ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

僕の音楽魂と才能は反比例していく。

2016-05-11 | 雑念
雨という天の恵みは

リゾート地の雇用を奪う。
朝一の連絡でいわゆる「突休」に。
この突休が困る。

急に誰かに「飯行きましょ!」と誘いにくい。
結局、1人で過ごす休日に。

それはそれでイイのだけれども。

何やら虚無感が吹き抜けていく。
自分でコントロールできないスケジューリングを無理やり遂行しているかの暗闇のような。

そんな日は引きこもりが発病して
ネット住人になったり
ゲーマーになったり
たまに外に出て思い立ったように
スターウォーズの最新作の購買意欲が高まって
買い物に行くと売り切れていたり
そこにあった本日発売の「アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」という魅力的なタイトルのPS4ゲームを手にとって睨めっこしたり

結局何も買わなかったのです。

突休の昨日、そして今日はさすがに仕事。
そしてまた明日は普通の休日。

(休日多なぃ?!)

明日の予定もないのよさ(´Д` )
リア充…には程遠いべ?

そんな毎休日毎休日、デートしているわけじゃないんじゃけんっ!

でも自分でも「明日の休み何も予定ないのか~」と寂しく思ったりなんかするようになって、生意気な感情やわい!

か、金さえあれば!
金さえあれば!

ん~、最近また音楽熱が高まっているのに練習できる場所がないのが悩みで。

ディジュ、なんすけどね(´Д` )

ほとんど練習できてないのが現状で。
習いに行くのを本気で考えていたり。
神戸で探したり。

いや、自分でやりなさい!

という厳しいお言葉が脳内から聞こえてきたりする。

音楽、やりてぇー

路上で弾き語りテェー

警察に追いかけられテェー

「イイ年して何やってんだ」って思われテェー

「彼氏が売れないバンドマンで…」って愚痴られテェー

なんでもイイや。

とにかく音を響かせたいんだよ!おいらは!

どっかねぇのか?えぇっ??


芝生に入るべからず

2016-05-10 | 雑念
素敵な出会いはなかったが

素敵な人達のエピソードトークをした。
僕が如何に幸せなおじさんであるか。
かなりの年齢差の女性と食事に行き
世代間ギャップももろともせず
愉快な時間を過ごす。

僕の自己満足ならリピートはしない。
も一度誘っても乗ってくれるのなら
相手も楽しかったのだろう。

お酒を飲まない僕は食事に誘うしかない。
もしも「飲みに行こう」と誘えばまた更にアイテムが増える。バリエーションが増える。

でも僕はそのハンデを車とイベント企画で補って、あらゆる手段で誘いまくる。

実際、乗ってくれるのだから嬉しい限りである。

リア充……

リア充の対義語はなんだ?
引きこもり?
ネット住人?

僕は、結構頑張っている。
楽しい思いをするために必死で話しかけている。
話題を集めるために、家にこもらず車で出かけてハプニングを誘発させようとする。

だから必死である。

楽しいことはエネルギーを使う。

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今夜は仕事終わり。
毎月イベント「モンハンクロスナイト」
23:00からモンスターハンタークロスのツイキャスマルチプレイを行う。1クエスト集中!
出来ればノラではなく、リアル仲間やTwitterなどでつながっている人と狩りたい。
よろしくやで~

ツイキャス
http://twitcasting.tv/hokutoman
ここで音声は聞けると思います。コメントしてちょ!
************

めんどくさいとか、恥ずかしいとか。
また今度でイイやとか。
先延ばしにできること。

そういうことなんだよね。
僕なんかも1人が好きだし
人と会うことのエネルギー消費が大きいのは知っている。

だからこそ、会う人を選ぶしタイミングも図る。

相手が喜ぶ顔が見られたらそれだけで元気になれる。

エネルギーもらうんだよね。

スナフキンが公園の「芝生に入るべからず」の看板を引っこ抜くエピソードが大好き

人に強制されて禁止されるなんてまっぴらなんだ。

自分の思い通りに生きて、それが誰かの共感を得られたらそれだけで幸せだね。

そしてそんな「自分勝手」なチャレンジャーの話を聴けたら嬉しい。僕は生きた冒険譚を求めているんだよね。

少なくとも僕はチャレンジしている人に共感する能力も兼ね備えているみたいだし。

イェイ、イェイ、イェイ(ง •̀_•́)ง(ง •̀_•́)ง(ง •̀_•́)ง


自分探しの旅の行先はどちら?

2016-05-09 | 雑念
低気圧により頭の中に響く違和感

雨の日になりそうな予感がしますね。
ひょっとしたら天候により仕事の拘束時間が変わるので、休日になってしまうことも。

それでもいいんです。
自由に休みを組めて、自由にWワークできる仕事なんてないんだもん。

これ、本人がこのブログ読んだら気が悪いと思うけど、「幸せです」というその人が僕から見たらどうも幸せそうには見えないのだ。

幸せな人ってもっとハツラツとしていて、
ハッピーオーラが眩しいもんだと思っていたので、負のオーラを纏うその人に「幸せ?」って尋ねてしまった。

僕の人を見る目がまだ未熟なのか。

本当は不満なことがあるのに、
僕には本当のことが言いにくいのか。

相手の出方次第なんだけど。

深入りするのもどうかと思うから。

それにしても40過ぎてからの「人間観察能力」が自分でも驚くほど冴え渡っているように思える。

他人の第一印象は、確実に数日後にはその人の雰囲気を予知している。

体幹トレーニングや、ダイエットの効果なのだろうか。周りの変化を察知するスピードが速い。

逆に気になってしまうと寝られなくなったり
日々の生活の情報量が多くて疲れてしまうことも。

前は気にしなかったことが、気になったりする。

体型が鋭角に近づくと、神経も比例するのかもしれないね。

人を傷つけてしまう可能性もあるから気をつけないと。あまりズケズケ入り込むのはやめたほうがいい。

だからこそ「素敵な人」「素敵な場所」「素敵な出来事」を追い求めていたいのだ。

そんな「素敵な時間」に長くいることで、自分の中の小さな良心が少しずつ膨らんでいく。

その膨らんだ心に自分の考えたことを詰め込んで持ち歩きたい。

かといって、「素敵な」が完全に僕の主観による。世の中のソレとは異なる場合もある。

だから結局「自分が素敵だと感じるもの」を追い求めているのだ。

自分探しの旅

結局そういうことだ。
別に海外に行く必要もない。
本当の旅に行くだけでは得られない精神旅

心の旅人なのだ。

確かに実際、車に乗って初めての土地に行って、刺激を受けることも必要。

でも感動や素敵に出会わない旅は、日々の感動に劣る。

僕が毎日ブログを書く。
日々に感動が落ちているかもしれないからだ。
それを見つけられる目を持てば
GWに必死になって海外旅行に行く必要なんてないのだから。

今日は雨

雨の日にまた何か素敵な出会いがありますように

お悩み相談室の憂鬱

2016-05-08 | 雑念
昔、僕のこのブログをプリントアウトして海外に持って行ったという話を聞いた。

わしゃ味噌汁スティックか!?

ありがたい話だ。
そういう話が僕の原動力に変わる。

自分としてはこのブログに愛着がありつつ
内容も薄っぺらになってきたとは思うが、
それもそのはず。

毎日1日も欠かさず書き続けて
早、3年の月日を迎えようとしている。
6/17に満3歳になるのだ。

(何かお祝いでもしたい)

これは自慢しても良かろう。
毎日毎日だから。
凄かろう?

だからと言ってはなんだが
内容に関しては薄っぺらになっても
許してほしい。

マーガリンを薄~く広げて塗るように
内容も薄っぺらにしている。

だから今はプリントアウトする必要もなかろうが仕方があるまい。

そもそもそんな重厚な深い内容を書くつもりもない。

僕の日々の感じたことの日記感覚。
そして僕の感性を磨くトレーニングのためだけに利用している。

世の中に広めようとか
世間への影響なんてこれっぽっちも考えていない。

ただ第3者が見てくれる可能性がある場所に発表し続けることの緊張感と喜びをおすそ分けしてもらっている。

実際僕自身の文章力や組み立て方、物の捉え方はブログを書くことで変化してきたと思う。

文章なんて書くのは苦手だし、
そもそも僕は理系の人間だし。

国語は大の苦手科目だったのだから。

そういう意味で日々の日常を改めて文章にできることの幸せは人一倍である。

さて

僕は正直、相談されるのは得意ではない。
乱暴な楽観主義であり、
悩み多き子羊たちと根本的に異なる性格の持ち主であるため、
同情するような心を持ち合わせていない。

いつも自分で悩みを克服してきた、いや悩みを感じる前に「忘れる」能力を兼ね備えている。

克服するのではない。
忘れるのだ。

そんな雑なおっさんが、悩める子羊の心の闇に光を差し伸べられるはずもない。

「飯でも行く?」

もう一緒に飯でも食って、一瞬でも嫌なことは忘れてくれたらいいのに。

そんな思いで食事に誘った。
その悩みにアドバイスできるほど僕にスキルもない。コーチング?できるわけがない。

だから単純に、僕が「この人と食事に行きたい」と思うから誘うのだ。

食事に行けば、少しは話を聞くことはできる。
悩みは1人で抱えていては重すぎる。
一旦置いて、複数で担げば少しは軽くなるだろう。

そして店選び。
これは自分のセンスを磨く絶好のチャンスである。条件と相手に合わせ、どんな店を選ぶのか。ゆっくり話ができる、大人が行っても恥ずかしくない。

そして加えて、チャレンジャーの僕は「初めて」の店をホームページから判断してチョイス。

時間無制限のハンバーグとビュッフェ&ドリンクバーの店をお相手の家近くで見つけ決定した。

結果的に「美味しく」「愉快に」、オープン17:00から23:00の6時間も過ごしている。

下手にファミレスで長時間いるよりもいい時間を過ごせた。自分としては。

大したアドバイスもせず、
たらふくビュッフェのサラダやスイーツを平らげて満腹。どう考えてもお悩み相談室の担当者としては失格。

本当に楽観主義だなぁ。

そういう自分の事が大好きである。
愉快なおっさんである。



悪夢とは現実側にあるのかもしれない。

2016-05-07 | 雑念
目覚ましかけずに寝たのに

悪夢で起きた。
悪夢と言ってもお化けではなく
リアルに「嫌な夢」で起きた。

ラジオで
人間が悪夢を見るメカニズムを聴いた。

どうやら野生の本能らしい。
人間が動物として
安眠しないようにトレーニングとして
悪夢を見させるそうだ。

人間にも天敵がいた時代の名残だとか。
そして唯一安眠できる時
それが35人以上の群れでいる時

今避難所で体育館でプライバシーもない状態の人からしたら「そんなわけない」と思うかもしれないが、天敵がいた時代には代わる代わる深く寝られる時間を持つには35人以上の群れである必要があるというのだ。

この数

何故か学校でのひとクラスの人数と似ている。
ここからは僕の推察

35人以上

この数字に悠久の深い"意味"があるのではないだろうか。

無意識に現代人はその人数を合理的に分けたが、もっと遺伝子的にトレーニングするためにその人数で学習機会を作ったのでは?

人間は社会的な動物である。

その「社会を感じる」人数が35以上であるとしたら、そのクラス編成に重要な意味がある。

野生としての「群れ」

そういう意味で捉えている人は現代人としているのだろうか。

群れの中で、いじめや競争、恋愛、共感、苦しみ、克服、援助、マナー、ルール、懲罰など

まだまだ社会的な学ばなければいけないことがある。

群れとして体験的に学ばなければいけない。

社会に出たら腐るほど体験するのだ。
その荒々しさ、容赦ない攻撃、我慢できないほどの残酷さ

その社会というジャングルで、本当に生きていけるのか。

サバイバル

日本は年間3万人が自殺する。遺書がないものを合わせると15万を超える。

20代の若者の死因トップ。

原因は……

どう考えても学生時代のトレーニング不足によるものだと思う。

精神的なトレーニングは一切してないもんね。

座禅とかいいよな。

瞑想でも。

群れ(クラス)で遊ぶ時間も欲しいな。

困った時にお互いを助け合って生きていける関係を作りたいもんだ。

でも学校はその本分を忘れているような気がする。

「多様性の時代」

確かにそうなのだが、その多様性の中で強く自分を信じて生きる術を学びたい。

もうこうなると、教科書の内容を教える時間がなさすぎるのかもしれないね。

「はーい、教科書しまって下さ~い」