去年の2022年の8月3日に映画を観ていたことを思い出しました。ちょうどその頃はじめっと湿度の高いアジアンホラー映画を観たい気分でした。そいで近所で上映中だったのが「女神の継承」です。タイトルだけだと女神の地位や能力を受け継ぐ中二病的な雰囲気ですが、実物はそんなファンタジー色ありません。タイを舞台にしたモキュメンタリー・ホラー映画です。モキュメンタリーてのはドキュメンタリー風演出した造り物のことね。あくまで、本当にあった〇〇な話テイストで話が進むし、撮影スタッフも予定外のアクシデントに巻き込まれて撮っている設定なので、状況を的確に解説してくれる役割のキャラがいません。ただ起こった出来事を記録映像に残したという体裁なので、鑑賞後も「結局あれはどういうことだったんだ」といくつも、不明点が残り、観客ごとに解釈が分かれる内容です。そのため自分なりにネタバレ全開のつもりで感想を書きますけど、その解釈が正しいのか全く自信はありません。
1.これエクソシストじゃん
タイの地方都市では「バヤン」というローカルな女神様が信仰されていました。タイの習俗を取材に来ていたドキュメンタリー撮影チームが、バヤンの力を得ているらしい祈祷師ニムさんにインタビューしていますが、彼女はそんな大したことするわけじゃないと淡々とした答え。実際ちょっとした困り事に占いで答えたりするくらいの様子です。
- 見るからに只者ではない雰囲気をまとう祈祷師イムさん。
その頃、イムさんの姪のミンさんが体調不良で困っていました。月経が止まらないとか、泥酔して職場で寝たりとか、子供を押しのけて幼児スペースで遊んでいたりとか、本人に自覚の無い行動が、友人のスマホ動画や監視カメラに残っています。最初は周囲の親族もこれは「女神の継承」と考えていました。イムさんの家系は代々バヤンの祈祷師で、その力を得る時に体調不良を起こすそうで。でもミンさんが次の祈祷師を受け継ぐのを周囲は歓迎してない様子。本来なら現在の祈祷師はイムさんではなく、姉のノイさんがなるハズでしたが、本人が嫌がりキリスト教に改宗、それで妹のイムさんが代わりに祈祷師を受け継いだ経過がありました。こういうバヤンに非協力的な環境が後々ジワジワ効いて来ます。
- まだまともだった頃のミンさん。後々でヒドい人相へ変貌していきます。
一方でミンさんの体調不良や不審な行動は、どんどん悪化していきました。本人の自覚無いまま、幼児退行・泥酔・男とっかえひっかえで職場でセックス、まるで何かに取り憑かれているような酷い行動があちこちで目撃されています。
これはおかしい、バヤンの力を受け継ぐにしては素行が悪すぎる、違うものが取り次いてるんじゃないかと、ニムさんが悪魔祓いを始めます。悪魔祓いだけではなく原因は何かあれこれ情報探索も進めます。最近死んだミンの兄マックが祟ってるのでは……違うらしい。ニムさんは怪しげな儀式を続けながら、謎を解いていきます。ただ、ここまで観てた時点での感想は「これ舞台をタイに置き換えただけのエクソシストじゃん」でした。悪魔に取り憑かれた少女と、頼られた祈祷師が頑張る話。今ごろになって焼き直す内容だろうか。
2.絶望的な負けフラグ
ミンの具合は悪化の一途を辿ります。そして失踪してしまいました。そんな最中に女神バヤン像の首が折られる大事件が起きました。イムさん大号泣。精神的に弱ったのか、イムさんは、知り合いの祈祷師サンティに助力をお願いしました。サンティは派手な演出過多の胡散臭い祈祷師ですが、実力は本物だそうで。タッグを組んで悪魔祓いに挑むらしいです。このへんもエクソシストじゃんと思ったのさ。あれも敵が手強いからカラス神父とメリン神父が組むじゃない。
一方で失踪していたミンは発見されて以降、完全に正気を失っており危険人物と化していました。部屋に閉じ込めて監視カメラで撮られた映像では、もはや狂人どころか妖怪のような不気味な動きを繰り返しています。ここは映画「パラノーマル・アクティビティ」で効果的だった定点カメラで観測する手法が、非常に効果的に働いています。民家内に得体の知れない者を閉じ込めておけるのか、得体の知れない者が何をやらかすのか、薄気味悪い記録画像を見せられている感じが楽しいです。実際、室内に閉じ込められているミンはろくなことしません。可愛がっていた飼い犬を鍋で煮たりな。
それで一刻も早く、サンティとニムの祈祷師タッグチームで2倍力悪魔祓いを始めて欲しいところですが、恐怖の負けフラグ発生。
ニムさんが死にました。
ニムさんは自宅のベッドで冷たくなっていました。
え、どうすんの?ここまで一応の仮説を立て解説役を努めつつ、悪魔祓いも進めていたニムさんが途中退場したら、以降は誰が解説してくれるの?何もわからないまま悪魔に取り憑かれたミンに振り回されて、映画がお終いになっちまうよ。いや、もう既にストーリーが破綻している。主体的に行動する主人公が早々に退場したのに、交代する新主人公を担える人材がいません。より悪化していく状況に流されていく哀れな犠牲者達を、眺めていることしか出来ないのでは?
残された登場人物を整理します。
ミン:悪魔に取り憑かれた女性。現在は災いを振りまく女妖怪と化している。
ノイ:ミンの母親。女神バヤンを嫌ってキリスト教徒になった。凡人。
マニット:ニムとノイの兄。面倒見は良いが凡人。
サンティ:ニムに助力を頼まれた祈祷師。弟子が何人もおり実力は高いらしい。
左から、伯父のマニット、悪魔に憑依された女ミン、母親のノイ。
もうサンティおじさんしか頼りに出来ません。おじさん、これどうすればいいんですか?
曰く、ミンには父方親類が代々悪事をやらかしており、被害者達が大量の悪霊となってミンに取り憑いているそうです。
この映画がモキュメンタリーじゃなければ、家系にまつわる忌まわしい因縁を描く脚本もあったのでしょうが、これは取材してたらたまたま悪魔憑き女が撮れただけの話なので、サンティさんの解説もイマイチしっくりきません。その唐突感も含めてモキュメンタリーのリアリティ演出なんだろうけど。
3.これエクソシストじゃないじゃん
完全にオカルト怪人と化したミンへ、サンティが悪魔祓いを始めます。ただここから後の細かい内容記述はしません。じっくり時間をかけて狂気に囚われていくミンの過程を描いたの対して、ぽっと出のサンティおじさんが対抗できるのか。できるわけありません。
一度はバヤンを拒絶したノイおばさんが娘のため、依代になる決心をしましたが無駄でした。兄のマニットはミンに嫁と子供を殺され、自分も死にました。サンティおじさんの悪魔祓いは通用しませんでした。弟子達もみな死にました。ノイおばさんもミンに焼き殺されてしまい、ミンに取り憑いた悪魔か悪霊かわからない者が完全勝利です。キリスト教圏以外ではエクソシストは通用せず、立ち向かった者達は皆殺しにされました。これはエクソシストじゃないな。エクソシストみたいな救いは無い。信仰心も親子愛も無力でした。
なんだこれ、これで終わりかよ。
気分がどんよりしたところで、映画にもう1場面差し込まれます。
生前のイムさんへのインタビュー場面。時系列的には亡くなる直前でしょうか。
イムさんが「自分の中にバヤンを感じたことなど無い」と泣いています。
え、女神バヤンの存在が揺らぐと、この映画の解釈があれこれ崩れてしまうのですが。
呆然としたままエンディング・スタッフロールを眺めながら、頭が混乱したまま映画を観終えました。
この映画で明確な事実として残るのは、ミンが超常的な邪悪存在に憑依されていたこと、それだけです。
バヤンの祈祷師だった筈のニムがバヤンの力を感じていなかったのなら、ニムの祈祷師能力は何を由来にしていたのか。
そもそもバヤンの力は存在したのか、継承されていたのかすら怪しくなる。
この映画では明らかに画面内で超常現象を描いているのに、現世と超常世界を橋渡し解説する霊能者が途中退場してしまうため、後半は眼前にひたすら不条理な惨劇が映されるのに、解釈をこじつける因果関係も曖昧なまま放り出されます。自分がその場に居合わせたらどうすれば良かったのか、まったくヒントを与えてくれません。
ただ人外の目に見えない存在がいることだけを伝えて終わりです。映画の始めにタイには精霊(ピー)がたくさんいるとナレーションがあり、その精霊の扱いをミスした顛末がこの結果と解釈しました。劇中でサンティが強力な悪霊の集合体とも言ってましたが、ボロ負けしてるので相手の正体を見抜いていたとは考えにくく、その見立ても違ってたのではと疑っています。
こうした「最後に前提条件を崩す」構成のため、正しい解釈を決めることが出来ません。ぶっちゃけ、お前が思うならそうなんだろうな、お前の中では。しかありません。