それではシリーズ2作目。
「エコイック・メモリ」感想です。ネタバレ全開です。
始まりはとても良いです。前作の『鼓動』以上のブチ切れた犯罪者を期待してたので「動画投稿サイトに実際の殺人動画『回線上の死』をアップロードする猟奇殺人犯」なんて掴みは上々、今度の犯人も楽しそうだと思いました。
ぶっちゃけると今回の犯罪者「echo」は言動や容姿では、かなり有望な素質がありました。小柄な体格・陰湿な性格・耳障りな嬉笑。モンスターの如き狂気の犯罪者として個性の話です。
しかし本作を読んでいても気分が盛り上がりませんでした。前作のような因縁の収束具合に欠けてました。
中盤までは良いんだ……とも言えません。序盤の物語2割程進んだ辺りから部外者の介入が入り、そちらの描写に文字数が割かれ本筋が停滞し始めます。このスタートダッシュの躓きが最後まで響きました。
あらすじにあるとおりの、動画サイトに殺人動画を上げる猟奇犯罪の捜査物語を読みたいのですが、内容は警察の発砲問題や、暴力団とオンラインゲーム運営トラブルや、クロハを狙う殺し屋や、甥の親権をめぐる裁判の描写といった、傍らエピソードばかりが重なり、その合間に「回線上の死」の捜査が少しづつ挟まる配分で、前作での畳み掛けるような展開の速さはありません。クロハが仕事と私事と外部介入により慌ただしく振り回される場面ばかりが続き、事件捜査に集中していないように見えます。今回クロハは一度に抱える案件数が多すぎるんだよ。
人物配置も悪くて、片仮名の名前持ちキャラは行動の記述が少なく、登場しても話が進まないのに、キャラ名すら出てこない奴が裏でこそこそ活動してて、クロハ側から見えるのはその余波ばかりです。私には原因がわからない結果描写を意味不明として読み飛ばすクセがあるので、今クロハは何してるんだっけ、と物語の流れを見失うこともしばしば。
それでも動画を解析して犯行場所を探り出し、遺体発見からさらに犯行状況を明らかにしていく過程は読んでいて楽しめました。特に音声編集の痕跡から「意図的に消された音」を復元し、金属の軋みのような甲高い音を発見するあたり。これ犯人「echo」の笑い声なんだよね。こういう不気味な描写は好きです。そしてそんな怪物じみた猟奇殺人者を追い詰めていく展開はもっと好きです。
だから期待が肩透かしで終わった「エコイック・メモリ」は嫌いです。
ここから先のモチベーションは下るだけ。
殺人犯「echo」とクロハの間に、有限会社閃光社という暴力団が割り込んできます。わりと序盤。こいつらがクロハへ殺し屋を送り込み「echo」の命も狙い始めます。本編の1/3くらいは閃光社絡みの展開になり、もう回線上の死どころじゃありません。なんで暴力団が「echo」まで狙うのかといえば、被害者の中に組員の親類がいたらしいです。それも判明するのが終章のため、ずっと意味不明な妨害と襲撃が続きました。わかりにくい。中盤以降はクライムガンアクション的に話が流れていき、結婚式場跡らしき廃墟で銃撃戦。その前にカースタント場面もあったかな。
裏表紙に書いてあるあらすじと関係ない方向に物語がズレていって、そのまま話が終わりました。サイコスリラーを期待してたので読了後がっかり。
途中からのジャンル変更感もマズいが、今作では読者への情報開示タイミングが雑に感じました。前作「プラ・バロック」の冴えが嘘のよう。
だって劇中捜査でぜんぜん「echo」の概要が掴めないんだよ。思わせぶりに出てくる汚職警官イワムロや、犯罪組織閃光社や、オンラインゲーム運営トラブル、どれも「回線場の死事件」究明に関わるわけでもなく、クロハの行動を空振りさせます。
そのへんの事情は、閃光社の雇われ殺し屋「サイ」がクロハを襲撃中に説明してくれます。ただコイツの口調が遠回しなうえ、出す情報量が多いので、余計に事件概要と犯人像がぼやけていきます。
サイはクロハを襲撃したり、事情解説したり、奇麗だと言ったり、そのまま殺そうとしたり、これらを一度の遭遇で全部やるのだから行動が支離滅裂です。もう残りページが少ないのに話が全然進んでないから、コイツが一人で最強の敵・情報屋・恋愛ドラマ・共闘ライバル・後事を託す師匠を全部こなす事態となり、結果的に劇中最も狂ったキャラになってます。地の文で多少の狂気描写もあるけど、最大理由は整合性の無い言動です。
サイが退場後にクロハは真犯人と対峙します。
犯人「echo」とは本名「鼎計(カナエ・ケイ)」という小柄で神経質な笑い方をする女です。他人を唆して操り破滅させるのが好きな虚言癖の女、というのがサイの解説。職業はジャーナリストだが過去に少年犯罪を取材しており、その事件の加害者少年達を「回線上の死」で殺害していきます。回線上の死は複数人の寄せ集めメンバーで実行しており、鼎計は彼らにリンチ殺人を煽って楽しんでいただけらしいです。そのメンバーも後から殺す予定らしいです。
らしいらしいと、そのへんはっきりしないのは、本編が同僚の妨害と閃光社のヒットマン絡みばかりで全然捜査が進まず、サイの説明もわかりにくい言い回しで、最終場面で対面した鼎計はただの拳銃射殺魔と化しており、事件内情がさっぱりわからないままだったせいです。
ネットを駆使し他者を煽り、陰湿なリンチ殺人を繰り返すサイコキラーだった「echo」鼎計が、捜査の手が及ぶ前に警官襲撃・拳銃強奪・連続射殺魔にクラスチェンジしてしまいました。本編の中頃には知能犯から粗暴犯に変わり、猟奇犯罪者としての魅力はもうありません。殺害理由もただの口封じで、そこに情熱や快楽の強さは感じられません。
最初の始まり方までは良かったんだよ。リンチ殺人動画の連続投稿する犯人なんて、異常な自己顕示欲と加虐嗜好が溢れ出てるキャラクターです。前作の『鼓動』に欠けていた自己顕示欲と、引けを取らない残虐さを持った怪物のような殺人犯を期待していました。きっと終盤にコイツの「撮影スタジオ」に乗り込む場面は、前作の悪魔の塔「港湾振興会館」よろしく、血まみれの部屋への討ち入りになるのだろうか、という希望もありました。さらに「echo」の正体が小柄な女性と判明した時点で、拳銃に頼らずともクロハが体力的に十分対抗できる相手なため、殺人現場スタジオから「敏腕刑事クロハVSネットリンチ煽り手echo」のガチンコ殴り合い対決を生中継、くらいサービスしてくれんのかなと思ってました。だって前作の港湾振興会館バトルは、割れたガラスが散乱する展望室で無視界戦闘だったから、今度も最終決戦場は凝った場所だろうと、前作以上に盛るだろうと思うじゃない。
ちなみに今回のオチは、クロハが鼎計に拳銃突きつけてる間に応援の警察官達が駆け付けて、そのまま取り押さえて逮捕しました。普通すぎる。
そして話はあと27ページも続きます。とっくに着地してるだろ。回収する伏線も謎も無いだろ。
オンラインゲーム運営の話が少し。今回の事件に関係ないよね。
クロハは甥の親権を義兄に取られたとか。忙しいから仕方ないよね。
「プラ・バロック」の続編としては期待はずれでした。かなり肩透かしを食らいました。
続編として読む以上、前作と比較は必然で、サービスの行き届いた「プラ・バロック」に対し、品書きと中身の違う「エコイック・メモリ」には大きく落胆しています。
しかしシリーズはまだ続きます。3作目「アルゴリズム・キル」を読み始めました。まだ判断決めるには早いよね。次こそクロハVS凶悪犯罪者の物語が楽しめるかもよ。
しかし、読んでみると……期待してたんとずいぶん違ってたんだなこれが。