去年の読書
「乙霧村の七人」
作者は伊岡瞬て人。
戦慄のホラー・サスペンス、とあらすじにありますけど既にここからトリックが始まっています。
まずは、都市伝説風に昔とある村で起きた惨殺事件を紹介し、現場となった村をへ大学生の男女7人が訪ねて調査に向かうところから話が始まります。ただ、それだけだと昔の2ちゃんオカ板洒落怖スレの肝試しテンプレ話と変わるところがありません。もちろんプロの作家がサスペンスを書く以上、ありがちなスタートからいかに物語をひっくり返せるかが主題であり、これもその変化球を狙った小説です。叙述トリックが仕込まれています。
ありがちな導入から始めて、惨劇のあった村で大学生達がトラブルに遭遇するのが前半の第1部。そのトラブル中に読者に違和感を与えるのが目的のパートです。惨劇の起きた村で、今夜また新たな惨劇が……と思わせて、あれ?これ惨劇じゃないなといくつも引っかかる伏線を撒いています。
本編は参加した大学生7人の側面を掘り下げていき、事件の真相を明らかにする第2部のほうです。ここで見えてくる参加者7名の人物像がなかなかに癖があり、基本的に好ましくない嫌な人物が揃っています。ただし単純に悪人ではなく、それぞれに嫌味具合が違い、傲慢や卑劣、狡猾や貪欲、しかしそれぞれ性格が多少曲がるのも理解できそうな苦労も抱えており、唾棄すべき極悪人ではなく、長所短所が同居する少々情けない小悪人のように書かれています。これらを調査していく探偵役が実は……のトリックもありますが、それは勘が良い読者なら1部で気づいてるネタ。
この小説のひっくり返す範囲はもっと大きいです。しかしそれが物語を大化けさせるどんでん返しとまでは機能しておらず、むしろ狙ったのは物語ではなく読者への疑問提示効果ではないかと思います。
つまり「噂の証言や資料にも恣意が含まれる」そもそも前提の噂は正しいの?という疑問です。よくある典型的な都市伝説の原典にも最初から錯誤が含まれているかもよ。