いぬのChoco.との暮らし方

罰や叱りを使わず、 動物福祉に則った犬との暮らし方を綴ります♪

座学で発表@横浜定例座学 ~20151215~

2015-12-27 | CDS主催: セミナー・座学・ワンラボ


みんなきっと心配していただろうな~ アリガト♪
発表の間何度もあたたかいビームを感じてました。アリガト♪
当事者より落ち着きのなかったチャーリーママさん。アリガトゴザイマシタ♪ 

自分の記録として残しておこうと思います。

チャーリードッグスクールインストラクターコース全10課題の提出が終わると最後に1時間の発表です。

今回お題がなかったので、自分と犬とのルーツ、自分がChoco.と暮らし始めてから今までやってきたことと、
私の犬との暮らし方に大きな影響を与えたCDSの犬学について話そうと思って準備を始めました。
準備のためにブログをはじめ、今まで参加した座学のハンドアウトや自分のノートを読み返しました。
それはそれは膨大で、このテーマを選んだ自分を半ばあきれながらもそのテーマから離れられずにいました。
なぜなら、これがもはや自分の中の基本のきになってしまっているからでした。

Choco.と暮らす前にすでに飼い主がいない、新しい飼い主を探している犬たちと出会っていました。
保護団体のボランティアをしていたからですが、きっかけは単に犬に触りたかったから…だと思います。
そこにいたのは北関東の野良犬の子どもたちで、県内では里親を見つけることが難しいということで
わざわざ都会の家庭に迎えてもらうための里親会でした。

それがだんだんブリーダー崩壊や飼育放棄などの理由を持った純血の小型洋犬が増えてきました。
そんな事実に理不尽な思いをずっと持っていましたが、我が家は犬や猫の飼育は禁止されていたので、
預かりさんもできなければ、そういう子たちの里親にもなれません。
救ってあげたいのに、できない葛藤の中にあって、里親会からフェイドアウトしてしまいました。
そんなときに、Choco.出現だったのです。(保護団体経由でなければ、家の子にするチャンスでしたから!)
Choco.も飼育放棄犬でしたから自分の中ではホッとした思いがありました。
でも・・・犬との暮らしは楽しいだけではありませんでした。

ビーグルは、森の中を仲間とともに獲物を追いかけて行って吠えて知らせるために
森の中でも声が通るように大きな声を持っているわけです。
それが、隣近所がひしめき合っている住宅では吠える声が問題とされます。
それをいけないといわれても、いけないがなにかわからないわけで、それをいくらトレーニングで
なんとかしようとしても、本能に埋めこまれているものはなかなか思うようになりません。

家で無駄吠え・・・はありませんでしたが、外ではいろいろなものに吠えました。
Choco.はビーグルが入っているから吠えやすいのは致し方ないこと・・・と
わかってあげられるようになったのはCDSの座学で学ぶようになってからでした。 

私もそうでしたけど、飼い主さんの多くはそういう風には教わりませんし、
トレーナーもそういう指摘はしません。
単にヒト社会の中ではそれでは困るからと、罰を使って封じ込めようとしたり
違う行動ではぐらかしてやりすごそうとする方法をとることをすすめます。
理由はどうであれ吠えないことだけを目的にトレーニングします。
その結果副作用が出てしまってますます困窮する飼い主さんを作ってしまうのが
多くの巷のトレーニング方法です。

そういう方法をとらずに犬を知り、犬の心を、感情を尊重しつつ
ヒト仕様の罰を使わず解決しようと考えて学んでいるのがここにいる私たちです。

そうなんです。しつけじゃなくて、暮らし方なんです。
犬がやることは間違っているからそれを正さなければ・・・
ヒト社会のルールを教え込もうとか…ではなくて
ヒトと犬が安心して暮らせる暮らし方をお互いを思いやりながら探していこう♪
私はそんな気持ちでいます。
そういうときに一番大切なのは、好子のシャワーを惜しみなく降り注ぐことです。
だからこれからもずっと「名前を呼んでおやつ」を極めていきたいと思います。 

ゴールに到達することを求めてはいません。
過程を大事にしたいんです。
始まりや途中がつらくても、乗り切れる力がついてくる・・・
自分だけではとうていできそうもないものでも周りから助けてもらいつつ学ぶって
本人、本犬にとってこんなに幸せなことはありません。
それが散トレですよね。

わたしは何に向かっているんだろうか・・・と考えることがあります。
やっぱり、飼い主さんがなんとか踏ん張れるように支えたい・・・
結果的に、センターにくる子を減らしたい・・・
これからもそれらを目指して学びも活動も続けようと思っています。 

このまなざしに応えなければ・・・

この一年、散トレや部活で一緒に歩いたみなさんとわんこさん、
座学で泣き笑いしながら学びあった皆さん、 
ヨコハマ座学でわたしの発表をあたたかい目と耳で聞いてくださったみなさん、ありがとうございました。
発表までの課題についていつも的確で心がほんわりとする講評をくださった
チャーリーママさん、あ、皆さんのように夏目先生とこれからは呼ばせていただきます。
ありがとうございました。

また来年もどうぞよろしくお願いします。


今年最後の横浜散トレでした  ~20151213~

2015-12-13 | 犬の森・オフ会(One Walk)・リードワークWS

年末最後の横浜散トレでした。
雨は降ったりやんだりでしたが決行した甲斐がありました。
Choco.さんやっぱり寒くて極寒仕様にしてあげればよかったと反省。

公園についてすぐは元気よくケリケリもしたんだけどね・・・。

行動は目に見えるからたぶんわかりやすいよね。座った、立った、吠えた、飛びついた…。
だから目につきやすい分その行動に目を奪われる。
そして飼い主は止める、やめさせるといったことばかりなんとかしなくっちゃって思って、
言わなくてもじっとしていたり、そばにいたりすることをスルー。
しかもそれって正しい行動ととらえてもらえていない気がする。
それを肯定してあげられるのが、名前を呼んでおやつなんだと思う。

ママさんは、なぜ第1バージョン、第2バージョン、第3バージョンとわざわざ分けたのか。
そこには時じゃなくて時間の感覚(状態)をわんこが理解できる絶妙な条件づけが組み込まれているんじゃないか。
犬は大好きな人とつながりをもとめている=探求=のスイッチを持っている。
名前を呼んでおやつは犬に探求のスイッチを押させる。
スイッチが押されると、犬はしあわせな感情、ワクワクする気持ちが持続する。
その感情や気持ちを持ったまま、おやつが口に入りそれで「やっぱりよかった、ほっとした」気持ちを確認できる。 

古典的条件づけは、経験に基づいたもの。
梅干を食べたら酸っぱかった・・・という経験があって初めて
梅干を見ただけで唾液が出るわけですから。 

名前を呼ばれておやつが口に入る。
梅干のように一発で強力な刺激にはならないかもしれないけれど
名前をきいたときいつもいいことがある…という経験こそが一番大事。
その経験が、第2バージョン、第3バージョンにつながっていく。

今日もデモをやったけれど、第2バージョンはグズグズだったのは
そこのところの説明がみんなに伝わるように言えなかったから。

これを学んでいない一般の飼い主さんにわかるように伝えるのって
どうしたらいいんだろうか?
自分が理解してこなれないうちはだめなんだろうなぁ。
古典的条件づけなんて言おうものなら、その説明をしたところで
シャッター下されてしまうもんね。

今日散トレで「名前を呼んでおやつ」の意味がはっきりわかってスッキリしました。
今さら~なことですが、今まで学んだ下地があってこそのこの理解だったと思う。 


今日は、寒いし、雨模様だったけれど、
テリーくん、れあちゃん、フランくん、空太くん、ラッシュくん、ユニくん、ぱとらくん、Choco.の8頭と
単品で参加のはるままさんと一緒に歩きました。
テリーくんとChoco.はなんかぴったりくっついてしかもリラックスしてたよねぇ。
Choco.は自分の空間が広くないと落ち着けない子だけど、
やっぱりそれって気を許しているかどうかなんだろうね。
てりままさんもわたしも叱らないしね。 

チャーリーママさん、参加された皆さん暖かくして風邪をひかないように。
ありがとうございました。 


チャーリーママさんが今回に限りあちこちで宣伝するのはなぜだろうか?
追い込まれたら、攻撃しちゃうぞ!と言いたいところだけどそこは我慢。
聞いてくれる人たちはすでに皆さん学んでいるのでそこが私にとって
吉とでると信じてやるよりほかないゾ!

みなさん、暖かい目で見て、聞いてやってくださいm(__)m 

 

 

 あとは寒くて文句たらたら~でもみんなからおやつをもらえてそりゃうれしかったことでしょう。