単位不認定は争いうる」 東大理Ⅲ生「留年取り消し訴訟」、地裁差し戻しの重み
2/7(火) 17:01配信
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東京大学で起きた訴訟に変化が起きた(写真:夏夫/PIXTA)
新型コロナを発症した東京大学の学生の進級をめぐり、大学側の主張を一方的に支持して口頭弁論も開かず、「門前払い」にした東京地裁の判決が東京高裁で取り消された。コロナで授業が受けられずに単位を落としたことで留年が確定した学生に、法的な「処分」ではないから裁判の対象にしないとする非情な判決が否定された。具体的な審理はこれからだが、東大が「聖域」にしようとした単位認定をめぐる判断が問われることになる。
【写真】記者会見する東大教養学部理科Ⅲ類の杉浦蒼大さん ■コロナで欠席→単位「不可」、成績確認後さらに減点
訴訟の経緯はこうだった。
東大教養学部理科Ⅲ類の杉浦蒼大さん(20)が昨年5月にコロナを発症して基礎生命科学実験の授業を受けられず、6月に単位を「不可」とされた。そこで、コロナの罹患と後遺症について2通の医師の診断書を提出しようとしたが、担当教官は受け取らず、成績に関する説明も拒否した。
そこで、大学のシステムから、「成績確認申請」をしたところ、不可とされた同授業の成績が、さらに17点減点された。大学はその理由を「ほかの学生と成績評価を取り違えていた」と説明した。大学が杉浦さんに開示した同実験の成績は、100点満点中26点。東大は2年生の前半で、3年生として進学する学部を選択する。8月19日がその選択の日だったが、杉浦さんは大学のシステムで進学選択ができず、後期は1年生からやり直す「降年」が決まった。同日、東京地裁に提訴した。
訴えによると、理Ⅲの杉浦さんは医学部への進学を希望しているが、実験の単位は必須科目のため、落としたことで進学先選択が認められなかった。この進学先選択不可や降年などを東大による「処分」として、取り消すことを求めた。
しかし、東京地裁は、文書だけのやりとりで、口頭弁論を開くことさえなく、提訴から1カ月もたたない9月13日に訴えを却下した。
地裁判決によると、「法令や東京大学の学則上、進学選択の許可・不許可に係る定めは見当たらない」という。加えて東大の「履修の手引きにおいても、所定の単位数の取得等といった進学選択条件を満たしたものについて進学選択が可能となる旨が定められているのみ」であるとして、杉浦さんが進学選択をできなかったのは、実験の「単位を取得することができなかったこと自体から生じた結果」として、東大がそれとは別に処分をしたものではないと認定した。
そして、「授業科目の単位認定行為それ自体は大学内部における教育上の措置であって特段の事情のない限り司法審査の対象とはならない」としたうえで、「原告が降年となっても直ちに東京大学に入学した目的を達することができないわけではない」と断じて「特段の事情は認められない」と「門前払い」を宣告した。
杉浦さん側は、コロナが発病して授業が受けられなかったのに十分な救済措置を受けられなかっただけでなく、不本意な減点があったことなどについて訴えたが、裁判ではいっさいかえりみられることはなかった。
■東京高裁は訴えが不適法と「断ぜられない」
対する東大側は、単位の認定は「純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきもの」と主張。「単位不認定の評価にあたっては公平・公正な立場から担当教員らが判断した結果」などとして、杉浦さんの単位が認定されなかった事情や減点など、具体的なことに言及しなかった。最初から「法律上の争訟にあたらない」などとして、「門前払い」にすることを求め、東京地裁は、東大の主張に沿った判決を下した。
この判決について、東京高裁は、過去の判例をひきながら、単位不認定処分と降年処分について杉浦さん側が「処分行為が存在すると解すべき根拠」や「社会的不利益を受けている旨」を主張するなどしているため、訴えが不適法と「断ずることはできず、さらに弁論をする必要がある」と指摘した。
そのうえで、地裁判決を取り消し、審理を地裁に差し戻した。杉浦さんの代理人の井上清成弁護士は「単位不認定は争えないという誤解が全国の大学にあると思うが、東京高裁が争いうるということを明示した。口頭弁論を開かなかった地裁は極めて異例で、実体的な審議がないため、高裁は戻さざるをえなかった」と見ている。
東京高裁は杉浦さん側と東大側に最高裁に上告をする「上訴権」を放棄してはどうかと提案した。理由の説明はなかったが、井上弁護士は「杉浦さんが進級するためにととらえている」と、年度内の救済に期待を寄せる。杉浦さん側はすでに放棄した。東大は6日、取材に対し「本件係争中につき、回答は差し控えさせていただきます」と回答した。井上弁護士によると、東大の弁護士から「上訴権の放棄については全て法務省本省の指示に従うことになっており、東大だけでは決められない」と連絡が入っているという。
■コロナで留年を余儀なくされた学生への助けになるか 杉浦さんの進級のために残された時間は2カ月もないが、今回の差し戻しでようやく出発点に立つことができた。
杉浦さんの進級の可能性について井上弁護士は「東大側が、これまでの杉浦さんのレポートを評価しなおして3年生に進級させる措置はありえる。今回の杉浦さんの単位不認定は裁量権の逸脱的な行為があったために起きたと考えているので、適切な裁量をしてほしい」と話している。
コロナ発症で留年を余儀なくされた大学生は少なくないだろう。今回の東大の対応を見ると、いまだに100点中26点という杉浦さんの低い評価についての具体的な説明をしないなど、不誠実な対応をしてきた。その背景には、学生が不満を持っても単位の認定が「大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきもの」(東大の意見書)として不可侵であるというおごりがありはしなかっただろうか。
杉浦さんは「ぼくの訴訟をきっかけに、より学生の立場に立った対応を取ろうよ、という議論が進めばいいと考えています」と話すが、今回の高裁判決が、単位の認定も場合によっては裁判の判断の対象になることを示したことは、全国の大学生にとって大きな意味を持つだろう。