最近、思い切って、いろいろ捨てている。
先日は、 カーペットで座って食事をしていた頃の座卓を、まだ十分使えるが電気代を食う加湿器を、2005年購入のノートパソコン(申し込み済み)を、廃棄した。
今日は缶の日だった。
先週、姉が泊まりに来てくれた。
中学1年のとき、実家が横浜市に引っ越して、自室をもらい、隣の駅のスーパーで姉とお揃いに、花柄の絵のブリキのゴミ箱を買った。
どこに引っ越しても、いつもそれを持って行った。
50年近く使ってきた。
錆びも出て、印刷の図柄の色も褪せ、いかにも古い。
泊まっている姉が、
「まだこのゴミ箱使っているの? きれいな部屋に(それほどきれいでもない、お世辞だ)、このゴミ箱合わないよ。汚い。捨てれば?」
と言っていた。
そうか、これを捨てるという発案が私にはなかった。
今日、缶、金属の回収日で、缶を捨てに行ったとき、はたと思いついた。
「捨てるか・・・」
部屋に戻って、そのゴミ箱を洗い、水を拭き取って、金属の回収箱に置いてきた。
過去の思い出したくない記憶が突然思い出されて押し寄せてくる症状が私にはある。
このゴミ箱も、きのうデータ消去したノートパソコンも、過去を振り返る行為はあえてしないで、処分するのだ。
実家の荷物の整理をしたとき、思い出もたくさん捨てる決断が必要だった。
それから、4年。
捨てることは自分自身を始末することなのだ。
身軽に小ぎれいに生きるのが必要だ。
WindowsXP の ノートパソコンがある。
2005年7月に購入したものだ。
回線とは、とうに断絶してある。
動きが酷く遅くなり、2011年にはWindows7を買ったので、その後必要なデータはUSBメモリーに保存したり、新しいパソコンに移したりして、残っているのはあまり必要がないものにはなっていた。
廃棄することにした。
富士通のパソコンの廃棄のサイトを読むと、2003年以降のパソコンはメーカーが無料でリサイクル回収をしてくれることになっている。
パソコンの中身を一応見てみるとメールが残してあった。2006年ころから、人別にフォルダにあった。
家計簿のデータもあった。
Excelのデータや、Wordの手紙などもあった。
そのノートパソコンは数年間開いてもなかった。
データは消去して購入時に戻して、それから廃棄にするようだ。
「リカバリ&ユーティリティーディスク」が必要だとある。
私はそれは、パソコン購入時に自分で作成するものだと思った。
だから、このパソコンに関しての作成ディスクはもう廃棄してしまったのではないかと思っていたのだ。
富士通の問い合わせのサイトにそのことを書き込んで、そのディスクがない場合どうしたらよいか、問い合わせておいた。
翌日には、メールで回答があり、購入時に同梱されているディスクだと書かれており、それがないと、データの消去を完全にすることはできず、回収したパソコンは物理的に破壊するが、輸送途中で盗難などの理由で、パソコンの中のデータが他人の手に移った時の保証はしないというのだった。
私はデータの消去のディスクのことをあらためて知り、同梱の物品を保管してあるフォルダボックスを見ると、なんだ、そのディスクはちゃんと保管してあった。
というわけで、きのう富士通にPCリサイクル回収を申し込んだ。
いま、そのデータ消去に取り組んだ。
数時間かかるという説明がサイトに書いてある。
とはいえ、30分ほど前に始めたデータ消去は、いま、そのノートパソコンの表示を見ると、「あと23分」と出ている。
メールや手紙の下書きなど懐かしいのもあるが、それらを未来永劫持ち続けていくことに意味はない。
この数年見ずとも何事もなく過ごせてきたからだ。
これも断捨離で、ひとつづつ、物と同じく、データもお別れをしていくものだと感じた。
データ消去前に、すべてを見るのはやめた。
あまり過去を振り返るのも、いい加減にせい! と思うのだ。
(データ消去の所要時間は)ハードディスク容量などによって異なります、とある。
容量の小さい古いパソコンだから早いようだ。
あと15分、と出ている。
終了した。そして、データはすべて消去された。
母が亡くなったあと、派遣で若いころに一緒に働いていた時の友人にちょっとそのことを話したら、思いがけず花と線香のセットを送ってくれた。
線香だが、お香のような種類だった。
私のうちには仏壇もないが、仏具店で線香を一本立てるお道具を買ってきて、部屋で焚いた。
鼻水が出てきた。(鼻水の件)
あれ?今日はまったく鼻の調子は悪くないのになんだろう。まさか、お線香?
と思って、すぐ消して、換気をよくしたところ、しばらくしたら、鼻水が止まった。
お香のセットは片付けた。
そういえば、私が育った家は、祖母が仏壇によくお線香を焚いていた。
たばこを吸う家族もいつも何人かいた。
PM2.5の健康影響もいま問題になっているが、私の家は、排気ガスの多い環状八号線に面していたし、家の中は、線香とたばこで、空気は常に汚れていたわけだ。
アレルギーだなんだと親御さんが言う前に、室内の空気をきれいにする意識を持っていただかないと、いけませんねえ。
2018年2月1日の日本テレビの夕方のニュース every.で、認知症について解説していた。
認知症患者は2025年には約700万人にのぼるといわれる。それは、65歳以上の高齢者、約5人に1人にあたるという。
予防について、食いついてしまった。
というのも、認知症の予防には、運動と料理が効果的だと言うのだ。
運動は、有酸素運動のウォーキングが適していて、並んで歩いている人と話ができない程度の速さで10分歩くのが良いのだそうだ。
そして、認知症の予防には、なんといっても料理が良いと言う。
東京医科歯科大学・朝田特任教授によれば、料理というのは、まずメニューを考えることから始め、食材を集めて、それから調理して、適当なタイミングで炒めるとか、料理は多くの知的なプロセスを積み重ねてできているので重要なのだそうだ。
ただ料理を作るだけでも予防の効果があるという。
認知症予防はいくつかの作業を同時に行うことが脳を鍛えることにつながる。
新たなことに直面する、というのが脳への一番の刺激になるから、作り慣れた料理だけではなく、今まで作ったことのない料理に挑戦することが重要だという。
夫は、腎臓の食事療法で、新しい料理をテレビや新聞で仕入れてきては、ノートにまとめて、食事療法の制限に収まるように食品・調味料の選択や分量も、提示してあるレシピから、適宜アレンジして材料の決定をするところから始め、安く食材を求めて、買物をし、自分でレシピを見ながら初めての料理を作ってしまう。
ウォーキングも買い物に出ない日には、夜明け前に必ず行ってくる。
夫は認知症には、ならずに済みそうだ、これなら。
新しい料理に挑戦するのは、外食が自由にできなくて、それは、成分の量がつかめないからなのだが、家で、外食のように目新しい料理が食べたいからなのだ。
ただ問題は、持病の進行の恐怖にいつも怯えていることで、心休まるときは、眠っているときだけなのだ。
それでも、毎日工夫した料理が趣味のようになってくれて、とても助かっている。