TBSのプレバトの生け花で、ドウダンツツジを活けていた。
活けているのは、葉だけの枝だった。
ドウダンツツジは、花が独特なのだ。
大学の園芸学の授業で、受講している学生たちと先生が、お弁当を持って、卒業生のおばあさんのお住まいの庭を見学に行くことがあった。
多摩川の斜面の広大なお庭には多種多様な植物が植えられていて、ひとつずつ先生が名前を教えてくださって、見学していった。
おそらくその時だと思うが、「ドウダンツツジ」という植物が印象深く覚えて帰った、と記憶している。
母が亡くなる数年前に、二人で歩いていた時、ドウダンツツジの特徴的な白い花を見て、私は
「あ、ドウダンツツジだ」
と言うと、母は
「これが、ツツジかい??」
と、信用していなかった。
「葉がツツジでしょ。昔習ったよ。」
たぶん母は信用していなかった。
私も図鑑で見たわけではなかったので、それ以上はしつこく言わなかったが、きょうプレバトを見ていて、ネットで調べてみた。
やはり、私の思っていた植物は、ドウダンツツジだった。
母と話したことで、ドウダンツツジの思い出が強くなり、いまだに思い出すのだ。
福島に旅行した時、駅前のミスタードーナツで、コットンスノーキャンディを食べた。
マンゴーヨーグルト。 669円。
ひと口食べて、「おいしいいいいっ!」
高いかな、と思って買ったが、食べたら納得だった。
かき氷じゃない。
旅先だから、奮発したのもあるけれど、また食べたいと思った。
そして、うちに帰ってから、コマーシャルを見て、「ああ、これだったんだ」と思った。
売出し中なのね、だから、おいしかったんだ。
また、食べると思う。
今夜はちくわの磯辺揚げを作った。
小学校の給食で、ちくわの磯辺揚げがたまに出た。
写真をお借りしました。AJINOMOTOさん
好きだった。
私が小学校のころは、給食はおいしくなかった。
その中でも、ちくわの磯辺揚げは、おいしかったのだ。
小学5年くらいまでは、脱脂粉乳が出たし、米飯給食は始まっていなかったから、和風のおかずでも、食パンで食べた。
当時、食パンは、欠席だった人の分は、近所の児童が家まで届けて渡してきた。
最近なら、衛生上、そのようなことは絶対しないだろうと思う。
衛生上、で思い出した。
亡くなった母は小学校の教員をしていた。
林間学校に児童が家で作ってもらったお弁当を持参して出発して、施設についてから、夜だか、児童に
「持ってきたお弁当の残りは捨てなさい」
というと、子どもの中には、捨てるのをいやがって、泣きだす子がいたという。
「お母さんが作ってくれたから?」
と 母が聞くと、そうなのだそうだ。
こどもは、感受性が豊かなのだなと思う。
母から聞いた話で、こんな話を思い出した。
長袖の中に、腕を引っ込めて、袖の先をぶらぶらさせてふざけている男の子たちがいたときに、母は、
「その袖に入れる腕がない人もいるんだよ!」
と、悪ふざけを叱ったところ、子どもが泣いたそうだ。
私はその話を聞いたとき、涙ぐんだことを今でも思い出す。
夏は水の事故がよくニュースに出る。
小学生の頃、私は、東京都世田谷区に住んでいて、多摩川はあったが、下流のほうだったので、そこで泳ぐ人はいなかった。
でも、きっと川遊びの事故が当時も絶えなかったのか、学校で先生から、
「川で泳いではいけません」
という夏休みの注意があった。
最近では、川原でレジャーをするとき、子どもが川の中に入って遊んでいるせいで、水の事故の報道がよくあるということは、学校で
「川で泳いではいけません」とは言わないのだろうと思う。
夫は、子どものころは、山や川の自然が豊かなところに住んでいたので、川で泳ぐのが当たり前で、むしろ海を見たことがない環境だった。
そのような地域の人は川にはいることは、普通の遊びだったろうと思う。
学校ではまた、遠足や修学旅行に行くときに必ず、
「窓から手や顔を出してはいけません。 窓から出した頭を外の電柱にぶつけて頭を持って行かれてしまいます。」
という怖い注意もあった。
おそらく、先生が教室で言うからには、その前にそのような事故がよく起きて、学校への通達で児童に注意することになったのだろうと思う。
車窓から、頭は絶対に出してはいけないんだ、と肝に銘じた。
大人になってから観たドラマで、窓から身を乗り出したりする映像も目にしたが、コンプライアンスで、当時の放送の禁止事項であったろうなと思う。
ドラマで吸い殻を投げ捨てる場面が放送されなくなったように。
買ってみようかなと思うものは、買ってみることにした、と書いたが、この猫のアンブレラスタンド(傘立て)も新しく買った。
今まで使っていた傘立ては、新婚当初に狭いアパートの玄関のたたきの上に置くのに、コンパクトな傘立てが欲しいと、二人で、横浜市青葉区のあざみ野にあったホームセンターのダイオーへ行って買ったのだ。
そのころホームセンターと言う言葉があったかどうかわからないが、友人の間では、「ダイオー様」と言っていた。
小さいが電気製品から日用品までなんでもあったが、会社もなくなってしまったみたいだ。
平成2年のころに、買った傘立てだった。
引っ越すたびに、持って移った。
ずっと使ってきたが、よく見ると錆びてみすぼらしくなってきてしまった。
今まで、特に買い替えたいとは思わなかったが、今、小ぎれいにしたら、おそらく死ぬまでこれを使うだろう。
そう思うと、高いものではなし、手頃なものは買い替えることにしたのだ。
ネットショッピングにはまっているというのもあるが・・・。