昨日は、私たちは「肉の業」ではなく「霊の実」(神エホバから出る教えの実)を培い、日常生活に適用することが、永続する幸福の道になることをお伝え致しました(ガラテア5:19~23)。霊の実の基盤は「愛」であることもお伝え致しました。現在の多くの人々は、この「愛」という特質を軽んじる傾向が見られます。また、他の人に「愛について説明できますか?」、と質問しますと、大抵の人は「・・・説明することができません」と答えられます。私たち人間は感謝すべきことに、「神の像(かたち)」に創造されていますので、偉大な創造者エホバの比類のない属性の一つの「愛」を培い、生活に反映し、尽きない平安と義の道を歩むことができます(創世記1:26,27.イザヤ48:17,18)。み言葉・聖書には「愛」を次のように説明しています。この「愛」について学び適用される方々は幸いです。
み言葉・聖書の教える「愛」
「愛は辛抱強く、また親切です。愛はねたまず、自慢せず、思い上らず、みだりな振る舞いをせず、自分の利を求めず、刺激されてもいら立ちません。傷つけられてもそれを根に持たず、不義を歓ばないで、真実なことと共に歓びます。すべての事に耐え、すべての事を信じ、すべてのことを希望し、すべてのことを忍耐します。愛は決して絶えません。・・・」(コリント第一13:4~8)。私たちがこのような「愛」を身に着けるなら、日々は快い道、命の道になります。この「愛」を基軸・基盤に「霊の実」の、喜び、平和、辛抱強さ、親切、善良、信仰(証拠に基づき、保証された期待・希望)、温和、自制等々の特質を培うなら、永続する幸福の道を歩むことができるのです。
さらに、この「愛」がどれほど私たち人間にとっ重要かについてみ言葉・聖書は次のように教えています。
「愛さない者は神(エホバ)を知るようになっていません。神は愛だからです」(ヨハネ第一4:8)。またイエス・キリストは弟子たちを愛した通りに、互いを愛するように、教えられ、「愛があれば」イエスの真の弟子である、つまり真のクリスチャンである証し、と教えられました(ヨハネ13:34,35)。み言葉・聖書を学び、このような「愛」を培い、生活に適用されますことをお勧め致します。
チューリップ 並び咲く様 愛らしや 今日の一句
庭に咲いている「チューリップ」
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