聖書を学んだ経験のない方も、「したい放題にされている少年」はどのようになるかをご存知のことと思います。しかし、高学歴化が進み情報化社会の現在にも拘わらず、「したい放題にされている少年」は多いようです。このような子育てはどのような結果を招くのでしょうか。聖書の箴言には次のように記されています。
「むち棒と戒めは知恵を与える。しかし、したい放題にされて置かれる少年はその母に恥をかかせる」(箴言29:15)。
上の箴言に記されている「少年」とは幼児から思春期までの子供です。「したい放題にされている少年」は、言うまでもなく、その母に恥をかかすことを行なうのです。一方、少年への「むち棒と戒めは知恵を与える」ことが記されています。「むち棒」は文字通り、してはならないことを行なった子供のお尻を打つためのものを表しますが、「親の権威」を表わしています。
聖書の申命記には、親はまず「心をつくし、魂をつくし、活力をつくし、あなたの神エホバを愛さねばならない」、「そして、わたしが今日命じているこれらの言葉をあなた(親)の心に置かねばならない」と命じられています。そして、エホバ神の教えで備えをした親は、エホバの教えを常時自分の子に教え込み、み言葉を忘れないように導きを与え、エホバの教えから離れてはならないことを教えるように親に銘記させています(申命記6:4~9)。そのようにして、自分の子に教え込むなら、エホバからの知恵が与えられ、親を喜ばせる子供として成長します。経験のない子供が「したい放題にして置かれるなら」、知恵や識別力に欠け、かつ「明敏さもないゆえに」、「親に恥をかかせる」のです(箴言1:4)。「賢い者は聴いて、さらに多くの知識を取り入れ、巧みな指導を得る人」になるので、エホバ神を喜ばせ、親を喜ばす子となるのです。ですから、少年を親の権威を用い、戒めることを怠ってはならないのです。
築き合う 会話楽しき 夕涼し 今日の一句
姉妹の鉢植えの「バラ」