昼咲月見草が道端に咲いていました。
昼咲月見草は名前の通り昼間も咲き、こちらではあちこちで見かけます。
花期は7月~9月です。
用途は鉢植え、花壇です。
花言葉は「魅力的」と紹介されています。
今日は昼咲月見草と曼珠沙華を紹介致します。
道端に咲いている「昼咲月見草」
放置畑に咲いている「曼珠沙華」
昼咲月見草が道端に咲いていました。
昼咲月見草は名前の通り昼間も咲き、こちらではあちこちで見かけます。
花期は7月~9月です。
用途は鉢植え、花壇です。
花言葉は「魅力的」と紹介されています。
今日は昼咲月見草と曼珠沙華を紹介致します。
道端に咲いている「昼咲月見草」
放置畑に咲いている「曼珠沙華」
詩編25編には、真理によって歩むことをができるように求める祈りと、エホバ神との親密な関係は、エホバ神に健全な恐れを抱く者たちのものであることが明らかにされていました。今日紹介する詩編26編には、ダビデ王の純粋なエホバ神への忠誠の歩みの道が記されています。ダビデ王は、エホバ神の真理によって歩んだゆえに、謙遜に「エホバよ、わたしを調べ、・・・わたしの腎(むらと)と心を精錬してください」と祈ることが出来ました。私たちもダビデの精神態度に見倣うことが出来ます。
詩編26編には次のように記されています。
ダビデによる。
「エホバよ、わたしを裁いてください。
わたしは自分の忠誠のうちに歩み、
よろけることがないよう、
エホバに依り頼んだからです。
エホバよ、わたしを調べ、
わたしを試してください。
わたしの腎(むらと)と
心を精錬してください。
あなたの愛ある親切はわたしの目の前にあり、
わたしはあなたの真理によって
歩んだからです。
わたしは不真実な者たちと共に
座りませんでした。
わたしは自分がどんな者かを
隠す者たちと共に入って行きません。
わたしは悪を行なう者たちの
会衆を憎みました。
わたしは邪悪な者たちと共に座りません。
エホバよ、わたしは全き潔白のうちに
わたしの手を洗い、
あなたの祭壇を巡ります。
感謝の言葉を響かせ、
あなたのすべてのくすしい業を
告げ知らせるために。
エホバよ、わたしはあなたの家の住まいと、
あなたの栄光の住まう所を愛しました。
わたしの魂(命)を罪人たちと共に、
わたしの命を血の罪を負った者たちと
共に取り去らないでください。
彼らの手には、みだらな行いがあり、
その右手はわいろで満ちています。
しかしわたしは、自分の忠誠のうちに
歩みます。
ああ、わたしを受け戻し、
恵みを示してください。
わたしの足は必ず平坦な場所に立ち、
わたしは集合した群衆の中で
エホバを賛美するのです」(詩編26:1~12)。
上の聖句に記されている通り、ダビデ王は「自分の忠誠のうちに歩み、・・・エホバに依り頼んだ」ことが記されています。加えてエホバ神の「真理によって歩んだ」ことも明言しています。ですから、ダビデはエホバ神を信頼し、謙遜に「エホバよ、わたしを調べ、・・・わたしの腎(むらと)と心を精錬してください」と(詩編26:2)、懇願することが出来ました。ダビデはエホバ神のご意志を行なわない邪悪な者たちと行動を共にすることもありませんでしたので幸いな人でした(詩編1:1;26:26:4,5)。さらに重要なこととして、エホバ神に感謝の言葉をもって、「すべてのくすしい業」を告げ知らせています(詩編26:7)。現在イエスの残された模範の手本に見倣ってこのことを世界中の240の国や地域で行っているのはエホバの証人のクリスチャンのみです(ペテロ第一2:21)。ダビデ王は、「忠誠のうちに歩み」、「群衆の中でエホバを賛美」しました。エホバ神は忠節な神ゆえに、ご自分の忠節をもって行動してくださるのです(サムエル第二22:26)。ダビデ王のようにエホバ神に依り頼み、忠節をもって歩まれる方々は幸いです(詩編26:1.箴言3:5,6)。
彼岸花 雨露光る 散歩道 今日の一句
道端に咲いていた「ノウゼンカズラ」
山間部の住宅の道辺にピンクのノウゼンカズラが咲いていました。
花図鑑では花期は7月~8月と紹介されていますが、
山間部で少し高地なので、この時期も咲いているのではないかと想います。
用途は鉢植え、庭木です。
花言葉は「執着心」と紹介されています。
今日はピンクのノウゼンカズラとランタナにヒョウモン蝶を紹介致します。
山間部の道端に咲いていた「ノウゼンカズラ」
庭のランタナに来て吸蜜中の「ヒョウモン蝶」
詩編25編の前半には、ダビデの謙遜で純粋な信仰、「わたしをあなたの真理によって歩ませ、わたしに教えてください。・・・わたしは一日じゅうあなたを待ち望みました」と書きし記されていました(詩編25:5)。今日紹介する詩編25編の後半は、「では、エホバを恐れる人とはだれか」という言葉で始まっています(詩編25:12)。エホバ神に健全な恐れを抱く人とはどのような人なのでしょうか。
詩編25編12節~22節には次のように記されています。
「では、エホバを恐れる人とはだれか。
神(エホバ)はその選ぶ道を
これに教え諭される。
その人の魂(命)は善良さのうちに宿り、
その子孫は地を所有する。
エホバとの親密さは
神を恐れる者たちのもの。
またその契約もである。
彼らにそれを知らせるために。
わたしの目は絶えずエホバに向かう。
神がわたしの足を網から引き出されるからだ。
み顔をわたしに向け、わたしに恵みを示してください。
わたしは独りにされ、苦しんでいるからです。
わたしの心の苦難は増し加わりました。
わたしに加えられる圧迫から、
どうかわたしを引き出してください。
わたしの苦悩と難儀を見てください。
わたしのすべての罪を赦してください。
わたしの敵がどんなに多くなったかを見てください。
彼らは激しい憎しみを抱いて
わたしを憎みました。
わたしの魂(命)を守り、
わたしを救い出してください。
わたしが恥をかくことがありませんように。
わたしはあなたのもとに避難したからです。
忠節と廉直がわたしを保護するものとなりますように。
わたしはあなたを待ち望んだからです。
神よ、イスラエルをそのすべての苦難から
請け戻してください」(詩編25:12~22)。
上の聖句に示されている通り、エホバ神に健全な恐れを抱く人とはどのような人かについて記されています。それは①エホバ神が選ぶ道、つあり益することを教え諭す者、②善良な人ゆえに子孫が地を所有する者、③エホバ神と親密さを培っている者、④絶えずエホバの教えを求める者、⑤エホバ神の恵みを示される者、⑥圧迫や苦難を与える敵から救い出してくださる者、⑦命を守り、恥をかかないように保護してくださる者です。エホバに健全な恐れを抱く人は「忠節と廉直」な行動ゆえに、エホバ神から忠節もって保護が与えられるのです(詩編25:21、サムエル第二22:26)。 聖書の伝道の書の結論でも、エホバ神に健全な恐れを抱くように教えています(伝道の書12:13)。
切り花に ほうずき並ぶ 道の駅 今日の一句
近くの道端に咲いている「デュウランタ」
連日、横浜市の大口病院に入院し、点滴治療を受けた二人の入院患者の方が点滴を開始し、5時間の経過後に死亡に至った驚愕する事件が報道されています。報道されている状況をTVやラジオニュースで聞いていると、病院で起きた恐ろしい事件に、恐ろしく心臓が高鳴り、驚愕です。報道では同じ階に入院された方々が多数亡くなっているとも報道され、それらの方々が今回の点滴への異物混入事件と関係があるのかは分かりませんが、日々の恐ろしい事件の中でも特異な事件と感じます。病院に入院し、安心安全のうちに治療を受け、快復を願っておられたご家族の悲しみと苦しみはいかばかりでしょうか・・・1日も早く、この驚くべき事件の真相が解明され、解決することを願ってやみません。
聖書には、現在の社会では邪悪な者が増々悪を行なうことが予告されています。「邪悪な者とかたり(騙り)を働く者はいよいよ悪に進み惑わしたり惑わされたりする」(テモテ第二3:13)。このように邪悪な者と騙りを働く者はいよいよ悪に進み、邪悪な者は、今回の事件:点滴に密かに異物を混入するような、考えられない身震いする悪を行ないます。現在は聖書が予告している通り「対処しにくい危機の時代」に私たちは住んでいるのです(テモテ第二3:1)。特に病院や施設は、安全安心を確保する面で最新の注意が求められます。
聖書は幸いなことに、間もなく神の王国が、邪悪な者たちを地上から断ち滅ぼし、義の宿る真の平和が回復する新しい社会に回復する保証された約束が記されています(箴言2:22、詩編37:9,10.啓示18章~19:21;21:3~5.ペテロ第二3:10~13)。それまでの間、善良な人々にとって激痛を味わうことが次々と生じますが、イエス・キリストは最後まで、神の王国に希望を託し、忍耐するように励ましてくださっています(マタイ24:8,13)。邪悪な者が神エホバの目を決して逃れることはできないので、叫びたくなるような悲しみや苦しみや嘆きの涙を拭い去ってくださる日が近づいていますので、忍耐し、堅く立たれますことを心から願っています(啓示21:4)。
良いたより 灯火親しむ 今宵かな 今日の一句
柿原からの宇和島城の遠景