城台山日記

 城台山の麓で生まれ、毎日この山に登り、野菜・花づくり、読書、山登りをこよなく愛する年寄りの感動と失敗の生活日記です。

面白い本はないか・2021年振り返り 21.12.30

2021-12-30 19:40:44 | 面白い本はないか
 本来であれば最も印象に残る本について書くべきだとは思うのだが、記憶力、理解力もともと乏しく、さらに年齢のせいでさらに悪化している。従ってどうしてもつい最近読んだ本が印象に残りやすく、古くなればなるほど印象が薄くなる。そんな言い訳を言うくらいなら、書かなくてよいという批判を受けるかもしれないが、これは日記であり、その時に何をしたかあるいは何を考えたかについて書いているのだからという弁解をしたい。もちろん、内心では人に読んでもらいたいと熱望していることは言うまでもない。

 ここのところ伝記、いわゆる偉人伝について読むことが多い。今日は親鸞聖人の伝記、ひろさちや著「親鸞を生きる」を読み終わったところだ。親鸞の思想は絶対他力であり、阿弥陀仏を信じることただそれだけで救われるというものだ。法然の浄土宗もお念仏を唱えるだけで成仏できるというものだが、そこには「お念仏」という自力が存在する。私たちは皆阿弥陀仏により生かされている存在であるから、仏を信じ、自分に与えらた人生を生きるほかはない。困っている人がいても、その人たち全員を私たちは救うことはできない。これができるのは仏以外にない。理解出来るところも多いのだが、あまりにも人間は非力だとする考えにはついていけない。ちなみに家は浄土真宗いわゆる「おひがし」である。

 大河ドラマの中でこれほど欠かさず毎回見たことはないのが「青天を衝け」(登場人物が多すぎて誰が誰だかしまいにはわからなくなったが)。図書館の伝記の棚を見ていたら澁澤秀雄著「澁澤栄一」という本があった。秀雄は栄一の四男(最初の妻千代がコレラで亡くなったのち、再婚したかねとの子。本の中にあるたくさんのエピソードがドラマの中でも取り上げられていた(脚本家はある程度史実に基づきながら、時に想像力を働かせて史実を膨らますのか。)。先に本(澁澤栄一について書かれた本はたくさんあるようだが、どれも読んでいない)を読む方が面白いのかもしれない。ちなみに栄一は婚外子を含めて子どもが20人以上あったが、この本でも巻末に家系図が載せてあり、そこでは10人ばかりとなっている。げすの読み方かもしれないが、当時はこうしたこともあまり問題となることはなかったのだ。

 岸信介と東条英機について書かれた本、太田尚樹著「満州と岸信介」、同「東条英機」を読んだ。岸は「昭和の妖怪」と言われるように満州の経済5カ年計画を見事に成功させ、その後東条内閣の商工大臣で彼の辞任が東条の退任につながった。言うまでもなく安倍晋三はかれの孫にあたる(父安倍晋太郎の妻洋子が岸信介の娘)。東条は日米関係が険悪になってきたとき、中国からの撤兵をあくまでも拒みつつけ、これが原因で太平洋戦争が始まった。短時間で片が付くと思った中国だが、日本軍は中国という広大な土地の点だけを抑えることができても面を押さえることはできなかった。そもそも何のために中国と戦争を始めたのかがよく分からない(満州侵略は資源確保、ロシアへの牽制など理由付けはできる)。この時宇垣一成とかが首相になっていれば歴史は変わったかもしれない。このとき「ポーツマスの旗」(主人公は小村寿太郎)に書かれたような政治家や軍人がいたならば・・・と考えて見るのも面白い。また、軍の資金(国家予算からの資金ではない)源としてケシから精製されるアヘンの販売の利益により様々な活動をしてきたことも明らかにされる。そして大杉栄等を虐殺したとされる甘粕正彦(本当の犯人でないという説もある、軍を辞めた後も軍との深い関係が続いたことからもその説を裏付ける)彼の満州での活躍振りも描かれる。

 石牟礼道子(3月30日付け「石牟礼道子と渡辺京二」に紹介した)については、その関連の本がいまだに出されている。それだけ多くの知識人と交友し、影響を与えたということだろう。石牟礼と渡辺との不思議な関係が米本浩二著「魂の邂逅」に丁寧に描かれている。公害問題の原点であり、企業の悪にある意味荷担する国、労働組合の実態が分かってくる。建築家の安藤忠雄も面白い。本は残さないが、特徴ある建築物を残す(建築家にとってそれは一種の芸術品であるのだが、使い勝手が悪いことが多い)。平松剛著「光の教会安藤忠夫の現場」は建築専門家の手によるものだけに一段と面白い。

 今年1月3日付けのブログ記事「初読みマルクス」。現在の資本主義が行き詰まり、富める者と貧しい者の格差が広がり続ける。その格差は生まれてくる家庭の経済的資源や文化的資源により再生産される。「中流」だと思っていても、実は「下流」に多くの国民がなっていく。アフリカの最貧国の生活と比べれば恵まれている(絶対的貧困ではない)けれど相対的貧困状態にある国民は多い。マルクスの出番はまだまだ続く。熱き人々で取り上げた井手英策氏などに頑張ってもらうしかない。

 明日は大晦日、暗い日本でありますが、とにかく健康に注意し、良い年をお迎えください。 

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GALAPAGOS 21.12.18

2021-12-18 20:07:24 | 面白い本はないか
 新型コロナの蔓延により、旅行中でも海外旅行は難しくなっている。加えて日本経済の衰退により、為替レートは円安のままであるから、海外に出かけるには、かつてなくお金がかかるようになってきた。一方で、外国の人々にとっては、日本の物価は安く、お買い得商品、サービスに溢れていることになる。一時期、スペインあるいは南米に行ってみたいと思っていた。そのために、ラジオのスペイン講座を数年聴いていた。生憎その願いはコロナ及び年をとったことによる出不精によって減退しつつある。ヨーロッパだと最低でも11時間狭い空間に押し込められる。そこに時差による睡眠不足、さらには旅の後半になると必ず胃腸の不調に悩まされる(食べ過ぎが原因だと分かっているのだが、つい食べ過ぎてしまう)ので、これを覚悟しなければならない。さらに連れ合いは、海外よりも温泉のある国内を希望していて折り合わない。

 そんな時に福岡伸一著「生命海流ーGALAPAGOS」に出会った。この本には著者のほプロの自然写真家も随行していることもあり生き物写真はもちろんのこと借り上げた船(マーベル号)の乗組員、料理なども掲載されており、十分行った気にはなる。

副題からもわかるように、南米エクアドルの西の太平洋上にあるガラパゴス諸島(名前の付いている島123、主要な島だけでも13島、しれが関東地方くらいの範囲に分布)の紀行文である。この著者は生物学者、かつての昆虫好き少年で、彼の書く文章はわかりやすく、かつ面白いので、是非読んでみて欲しい。ちなみにここを観光で訪れようとすると日数で9日間、費用50~60万円くらい最低でもかかるようである(もちろん今はコロナで行くことはできないと思うが)。

 (中の地図)南米大陸から1000km離れている、(左)海イグアナ(右)ガラパゴスゾウガメ いずれもガラパゴスを代表するは虫類である

 さて、著者はどのような旅を計画したのであろうか。1835年にイギリスの軍艦ビーグル号(排水量242トン、軍人70余名が乗船)が訪れたガラパゴス諸島、この時訪問した島々に上陸する計画だった。そしてこの船には、後に「種の起源」として結実することになる22歳のダーウィンが船長のコネで乗船していた。だから著者はここへ是が非でも、そしてビーグル号のたどった航路で行ってみたかったのである。この本前書きが長いがさすがに飽きさせることはない。最初テレビ局の仕事でここに行く計画(有名タレントに説明する役回りの生物学者)もあったが、著者の意向もありこれは破談。あきらめかけていたところに今回スポンサーとなった出版社(朝日出版社)の有名編集者との出会い等モあり、実現の運びとなった。

 ダーウィンはこの時、進化論の構想は全く心の中に準備されていなかった。ダーウィンは島々に分布する「フィンチ」(文鳥やカナリヤの仲間)を持ち帰った(今では生き物ばかりでなく無生物も持ち出し禁止で持ち出せば刑務所いきとなる、南米の刑務所はとても怖いとも書いてある)。硬い実を割るフィンチは太くて硬いくちばし、一方細い穴から虫を掘り出すフィンチは細長くて繊細なきちばしを持っている(以前テレビで見た)。この時ダーウィンは環境に適応し進化したものだとは考えていなくて、全く別の種だと考えていた。

 フィンチ右が太いくちばし、左が細いくちばし

 ガラパゴスの謎が三つあるそうです。一つはこの島に生息する奇妙な生物たちはどこから来たのか。そしてなぜこのような特殊な進化を遂げたのか。一番近い南米の大陸からも海上1000km離れている。ガラパゴスゾウガメは甲羅の長さ1m、体重数百kgだが、その祖先といわれるリクガメはもっと小振り、しかもガラパゴスの方が環境が厳しいにもかかわらず。おなじみのイグアナ、海イグアナと陸イグアナでは生息環境が全く違うが、交雑することがたまにある(子どもはできないそうだが)。二つ目は誰がガラパゴスを発見したのか。スペインから南米インカに派遣された伝道師の船が漂着したのが1535年だが、それ以前に到達した人がいるのではないか。そして三つ目は1535年から300年世界史の中から忘れ去られていたこと。エクアドルが独立したのは1830年、そのすぐあとガラパゴスの領有を宣言した。ビーグル号到着のわずか3年前だった。

 最後にガラパゴスの生き物たちは人間を怖れない。なぜだろうか?伝説ではガラパゴスの生き物たちが人間世界から隔絶されており、人間をよく知らず、人間の恐ろしさに無知だからという説だ。ダーウィンは人間の脅威というものが学習されていない。人間の恐怖を経験しても、それが世代を超えて伝承されるためには膨大な時間がかかると考えた。著者は、こう考えた。すなわち、人間を怖れないどころか、人間に興味を持つような行動を示すのは、ガラパゴスの生き物たちには「余裕」があり「遊び」を知っているからだと。その理由はこの諸島へ来ることができたものは、そもそも選ばれし生き物であり、熱や乾燥に強く、植物性のそれもごく限られた貧しい餌に耐え、水もわずかしか必要としない生き物。ゆえにこの諸島では大陸で起きているような生存競争とは無縁の世界である。だから余裕、遊びが出てくる。なんとも羨ましいような環境ではないか。著者の言葉、ガラパゴスはあらゆる意味で進化の最前線であり、本来の生命の振る舞いを見せてくれる場所なのである。

 ※以下はおまけ。今日の早朝里でも雪が降った。冬靴を履き、いつもの城台山から城ヶ峰まで足を伸した。去年の里の雪はブログによると12月16日だった。

 揖斐小から城ヶ峰 8:51

 一心寺 9:01

 城ヶ峰(351.5m) 9:50

 城台山から池田山 10:20(帰り) ⒉回目か3回目の冠雪




 
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ポーツマスの旗を読む 21.12.15

2021-12-16 19:57:39 | 面白い本はないか
 今年も残すところ半月となった。随分少なくなった年賀状も既に書き終えた(もちろん「筆ぐるめ」を使っているので書いてはいないのだが)。これが最後の年賀状とか言ってやめて行く人も年をとったせいか多くなってきた。残る大きな仕事では窓ふきがあるが、これも一階の窓には高圧洗浄機を使って水をかけたので、あとは拭き取りのみとなる。

 さて、10月16日付けブログ「司馬史観とは」で司馬遼太郎の歴史小説を取り上げた。この司馬と同様膨大な歴史小説を書いている作家に吉村昭がいる。前から彼の作品は読みたいとは思っているのだが、ついつい後回しになっていた。先日佐高信著「時代を撃つノンフィクション100」(岩波新書)の一冊に「ポーツマスの旗」が取り上げられていたので早速購入して、昨日と今日読んでみた。先週の日曜日、大河ドラマ「青天を衝く」でまさしく日露戦争の前後を放映していたこともある。そこでは戦勝の知らせに沸く民衆、そして対照的に講和条約後の暴動、それは渋沢栄一にも及んだ様子が描かれていた。司馬も「坂の上の雲」の中で大きく日露戦争を書いているので、両方を比較して読むと面白いと思う。小村寿太郎は教科書の中でも大きく取り上げられており、講和会議さらには関税自主権の回復に果たした役割は大きく、明治以降で最大級の偉人であろう。

 新潮文庫

 小説の冒頭に日本橋の人形商に国旗や旗竿を買い求める人でごったがえす様子が書かれている。日露戦争で日本軍が大きな犠牲を払いながらも、ロシアに対して勝ち戦をしていることに民衆が喜んで、手に入れたばかりかもしれない国旗を掲げて万歳と叫んでいる。旅順攻略、日本海海戦などで大きな戦果を上げているのだが、実態は兵も弾薬もなく、追撃できないという軍の事情があった。一方でロシアは内乱の危機が迫っているが、国力的にはまだ余力がある。戦い続ければ困るのは、ロシアより日本である。しかし、当然ながら民衆はこのような事情を知らない。これが小村寿太郎が全権となって望んだ講和会議における交渉が困難を極めることになった理由であった。戦争に動員された兵力は約109万人、戦死4万64百人、負傷約16万人、軍費陸軍約13億円、海軍2億4千万円、講和会議でその損害がおぎなえるかどうかは極めて疑問だった。

 ※戦争における賠償額
  日清戦争 下関条約で日本は清国から2億両(日本円にして3億1100万円 日本の当時の国家予算の4倍
  第一次世界大戦 ベルサイユ条約で敗戦国ドイツに化された賠償額は1320億金マルク(「天文学的数字」だと言われた。支払対象国フランス、イギリス、イタリア、ベルギー)この時イギリス大蔵省主席代表を務めたのが後に経済学者として有名になるケインズであった。そして書いたのが「平和の経済的帰結」。結局ドイツはナチス政権のヒトラーが1933年に支払いを拒否した。
  日本の戦後賠償 サンフランシスコ平和条約で連合国に対する賠償は放棄された。日本は占領国に対し賠償金を支払った(ドイツの例が参考にされた)

 随分前に小村の出身地、日南市飫肥を旅行で訪れ、小村の記念館でみた実物大の人形には驚いた。身長四尺七寸(1.43m)、当時の日本人はかなり小柄だったとしても随分低い。しかし、頭脳明晰で文部省の第一回目の海外留学生としてハーバード大学に学んだ。父親の残した多額な借金の返済に常に追われ、生活は慎ましいものだった。さらに美貌に惹かれて結婚した妻(家事、お付き合いができない)とは生涯うまくいかなかった(このため芸者遊びを随分行った)。外交官となったが、英語はできるものの、漢学の教養に乏しいこともあってなかなか出世街道に乗ることはなかった。陸奥宗光が小村の不遇に同情し、北京l公使館に代理公使として赴任し(この時情報収集に動き回る小村の姿を見た外国の外交官が「rat minister」と影で呼んだ)、後に起こる日清戦争において、その存在を際立たせることになった。その後、外務省の政務局長、駐韓公使、外務次官、駐米特命全権公使、駐露特命全権公使などを歴任し、明治34年桂太郎内閣の外相に就任した。そしてロシアを牽制するために日英同盟を実現させた。

 
 勝算の薄い講和会議なかでも領土の割譲、賠償金をめぐってはほとんど絶望的だった。日本軍はロシア軍がほとんどいない樺太を占領して、この割譲に最後の望みをかけたのだった。講和が決裂するばかりとなった時、日本政府からもたらされたのは、あくまで講和成立をはかること、そのため賠償金請求を放棄、それでも合意できない時は樺太の割譲も放棄せよという命令だった。政府としては戦争を続行することは不可能で、朝鮮、満州の権利の獲得で十分だと考えたのである。土壇場でロシア皇帝の譲歩があり、辛うじて樺太の南半分の割譲に成功した。しかし、戦争の実態を知らない知識人を含む人々はこの講和条件に著しく反対し、小村は英雄から国賊となってしまうのであった。

 読み終わって感じたことを最後に書いておく。1868年に明治維新、1904年に日露戦争、そして1941年に日米戦争開始と日露戦争が丁度中間地点にあることがわかる。司馬が強調するように、日露戦争は軍人、政治家ともに戦争の実情を正確に把握し、その止めどきを誤りなく実行した。一方、太平洋戦争は軍が独走し、政治家が追随し、すでに敗戦が濃厚になっているのにもかかわらず、止めようとしない軍の組織と政府のあまりの違いに驚くほかない。また、この作者は登場人物の描写について実に徹底している。それは小村一行に加わった外務省雇いのアメリカ人のデニソン(アメリカの外交官だったが退職し、日英同盟など日本が外国と結ぶ文書の作成に当たった)にも及んでいる。彼の年俸1万円(対する上司である小村の年俸は6千円)、彼の妻は日本の湿気を嫌いエジプトに住まい、デニソンからの仕送りで優雅に暮らしていたとまで書いている。小村の妻も外務大臣官邸に暴漢が来たことなどより精神に異常を来し、小村臨終の席にいなかったとある。人間小村の実像が明らかになる様はやはり読んでいて大変面白い。
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熱き人々その2 21.12.3

2021-12-03 19:41:17 | 面白い本はないか
 最近のニュースでこんなのがあった。辺野古沖で進む埋め立て工事について、地盤が軟弱なため設計変更を沖縄県に求めているが、県は認めないとしている。再び振り出しに戻ったような話である。随分前から軟弱地盤であることは分かっていたはずなのに、工事はどんどん進み、今頃になって設計変更だときた。莫大な費用をかけて強行(ひよっとしたら未完成のまま終わる可能性だってある)するだけの価値があるのか疑問符がつく。さらに今度の超大型の補正予算により、防衛費は初の6兆円を超えるときた。この中には効果不明なミサイル防衛のための費用が含まれる。北朝鮮から飛んでくるミサイルを撃ち落とすのだそうだが、本当に打ち落とすことができるのだろうか。中国が開発を進めているマッハ5で飛んでくるミサイルは撃ち落とすことができない。アメリカの言うことなら何でも聞く日本政府は、効果もないような装備を買わされているように思える。現代版の軍拡競争を中国、北朝鮮、韓国、台湾等が繰り広げている構図。一体誰が最も得をするのだろうか。アメリカは軍産複合が強い国であるし、彼らにとっては軍事的緊張があることは望ましいのだ。東アジアはまさに彼らの金城湯池(稼ぎ所)なのだ。しかし、この中では日本は最も分が悪い。なにせ借金大国だし、経済成長していないので返済することも難しい。

 おじさんが高校生だった頃、ある歴史の会に出たことがある。その会では参加者は正座し、日本の戦後の歴史をめぐる理解不能な高尚な議論(どちらかというと国粋主義あるいは皇国主義とでも今なら分類するが)が行われていた。あるとき不意におじさんに発言の順番が回ってきた。当時のおじさんの戦後の歴史認識と言えば、戦前は軍国主義に支配され、敗戦により日本に民主主義や平和主義がもたらされたという中学校で習った程度の知識しかなかったので、それについて発言した。それに対して、おそらく周囲の人たちはあまりにも何も知らないと思ったに違いないが、皆さん大人でそれを注意することはなかった(とにかくこの正座に閉口して二度とこの会へ出ることはなかった)。高校では日本史を学んだが、授業は明治時代で終わりだった。大学時代にはベトナム戦争に対する反対や沖縄返還運動の中でデモなども参加したのだが、基本はノンポリであった。ベトナム戦争と沖縄の関係もっと以前なら朝鮮戦争との関係についても注意を払うことなどなかった。1990年代頃までは日本経済が好調であり、日米構造協議など難しい問題はあったが、おじさんも含めてまだ自信と余裕があり、日本がアメリカに従属していると感じることはなかった。日本経済が勢いを失いつつあった2000年前後の頃から戦後の日米関係について沢山の本を読み、敗戦から続く従属体制について少しばかりのい知識を得た。

 やっとここで今日の熱き人を登場させる。その人は2013年に「永続敗戦論」を書いた白井聡。もちろん戦後の欺瞞、問題を指摘する多くの知識人がいる。このブログで取り上げた加藤典洋(21.3.2「日本の戦後を考える」)、佐伯啓思、西部邁(21.8.29「日本のいびつな保守主義」)などもそうである。永続敗戦論とは、アジア太平洋戦争において膨大な犠牲者を出したうえに負け戦に終わったことの責任をとらないばかりか、直近の敵国に取り入り、この敵国の軍隊が駐留することを進んで促してまで自己保身を図った人物とそれの取り巻きとなることで権力を維持してきた。そして敗戦を終戦と言い換えてきた人たち。白井は「永続敗戦論」のあとがきでこう言っている。「元来政治哲学や社会思想を専門とする研究者である私が、本書のような時事的政論を主題とする書物をかく日が来るとは、考えたこともなかった。」「本書はこれまで何度も指摘されてきた、対内的にも対外的にも戦争責任を極めて不十分にしか問うていないという戦後日本の問題をあらためて指摘したにすぎない。」ここでガンジーの言葉が引用されている。「あなたのすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためでなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。」

 最近出た「主権者のいない国」では、安倍政権について厳しく断罪している。長期安定政権にもかかわらず、ろくな成果を出せず、ほとんどの政策が失敗に終わった。失敗を続けているにもかかわらず、それが成功しているかのような外観を無理矢理作り出し、嘘の上に嘘を重ねている。「公正」や「正義」といった社会の健全性を保つために不可欠な理念をズタズタにした。そしてそれに荷担したメディアの責任。民意に追い込まれて退陣したはずが、体調不良によるものとされてしまった。

※少し箸休めをしよう
 
  数々の政策、どれが実現しただろうか 次々と目先を変えて国民を騙す手法は見事
 
  リベラル政党の認識は高齢者と若者で大きく異なる 原典 読売新聞・早稲田大学共同世論調査(2017年)
  「日本社会は保守化・右傾化しているのでなく、革新=リベラルが絶望的なまでに退潮しているということです。革新政党を自認する共産党は、若者からは「保守政党」と見なされ、それ以外の生まれては消えていく野党も、保守かリ   ベラルかというイデオロギー対立以前に、そもそも政治勢力として扱われていません。」以上橘玲「事実vs本能ー目を背けたいファクトにも理由がある」から引用。「保守主義」とは理性に基づいた無条件の進歩を疑う、伝統を重視し、漸進的な改革を主張する。自民党は左翼ばりに改革ばかりを主張する。

引用を続ける。戦後日本は「敗戦を否認」してきたのであり、これを可能にした最大の要素こそ戦後の「親米」の名を借りた対米従属である。アメリカの最重要パートナーに収ることで、比較的速やかな復興をはじめとして、戦後日本は敗戦の意味を極小化することができたことはには幸福であった。その幸福の代償が政治と社会のゆがみとして全面的に露呈してきている。統治エリートの領域では世界に類を見ないような卑小さを伴う自己目的化した対米従属として現れている。冷戦時代の終わりにより対米従属の合理性は失われたはずなのだが、ポスト冷戦期において、さらに従属姿勢はより露骨になってきた。

 中国、北朝鮮そして同盟国であるはずの韓国という「良い関係」を結ぶことができない、あるいは良い関係作りに失敗している国に囲まれて、この過度の対米従属(西側の国で対米従属していない国はないとの主張もあるが、卑小な従属はいけない)から抜け出ることは容易ではない。でもガンジーの言葉に我々も勇気づけられていこうではないか。 
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熱き人々 21.12.1 

2021-12-01 20:47:18 | 面白い本はないか
 日々のニュースを見たりしていると世界のどこの国も課題や問題満載である。しかし、田舎で隠退生活を送っている者にとっては、情報も限られる。これはこれで心の平安には良いのだが、やはりこの国の行方は気になるので、様々な本を読んでいる。特に社会、政治や経済を扱う本では、読めば読むほどこの国の将来に対し悲観的とならざるを得ない。経済的な停滞感(停滞どころか下降、衰退)だけでなく、変われない政治、少子高齢化の伸展等々。それでも希望だけは捨てたくないと自身を励ましているのである(随分大げさか)。今日はこうした現状に対し、真の意味での改革(自民党が繰り返す「改革」とは異なる)を叫んでいる二人を紹介する。一人目は井手英策で最近出た著書「どうせ社会は変えられないなんてだれが言った?ーベーシックサービスという革命」のタイトルだけを見ても随分熱い人だとわかるだろう。

 なぜ私たちはこの先の日本に対して、希望を抱くことができないのだろうか。日本を含めて先進国は近年低成長が続いている。中でも日本は勤労者世帯の収入のピークは20年以上前の1997年でそれからずっと停滞している状態で多くの女性が働きにでるようになったのにかかわらずなのである。ではこれからは政府が言うような成長政策によって所得が上がっていくのか。成長を決める労働生産人口は減るばかりだし、新しい分野への投資(例えばグリーン投資)にも日本は及び腰であることを考えると停滞は続くと考えた方が良いということになる。こうなると高齢化さらにはコロナなどよって家庭の支出は増えていくばかりということになる。伸びない所得の中から、子どものための教育費、住宅費、医療費、介護費などを支出しなければならない。将来生ずるかもしれないこれらの費用に充てるため、消費を削り、貯蓄に励む暮らしとなってくる。その結果ますますGDP(消費+投資+輸出-輸入中でも消費の占める割合は大きく60%)は停滞することになる。

 同書にある「目的別消費支出額の増加率」 1989年を100とした2018年 通信費が大きく増えているのに対しアルコール、被服は大きく減っている

 では著者の言うベーシックサービスとは何を言うのだろうか。私たちは将来に発生する費用、すなわち子どもの教育費、失業した時の失業保険、がんなど成人病にかかる医療費、高齢者になった時に発生する介護費、あるいはけがや病気などによりいきなり障害者となった時に発生する費用、所得が少ないあるいはなくなった時に払えなくなった住居費などを人の生活を支えるベーシックサービスと言い、これを現物を基本に提供しようとするものである。現状を見ると教育費は公的な支出は先進国の中で極めて少なく、かなりの額が個人負担となっている。特に大学等高等教育のサービスを低所得者は受けれないかその負担のために借金や消費の切り詰めを行う必要がある。医療費は70歳までは3割、以降は2割、1割となるが、この負担も大きい。さらに介護費では、1割の負担が原則だが食事代、居住費は原則自己負担とされ、持ち出しが多く、低所得だとサービスを満足に受けれなくなる。また、失業した時にもらう失業保険は適用者が少ないし、生活困窮に陥った時の最後のセーフティーネットの生活保護もその受給者は受給資格のある者の2割程度だと言われており、その役割を果たしていない(この割合が日本において極端に低いのは生活保護を受けるために受けるスティグマが強いことが原因の一つになっている)。このうち生活保護(その中に住居費が入っているが、この部分はベーシックサービスとする)を除くサービスを全ての所得階層に現物等で提供しようとするのがベーシックサービスの考え方である。

 現役世代向けの社会保障支出の対GDP比の各国比較 日本の社会保障は主に高齢者世代(年金、医療、介護)に偏っている
 このことは多くの論者が現役世代に対する支出(住居費、失業保険、教育費等)を増やすように随分前から主張している

 ベーシックサービスによる再分配のモデル図 格差は確実に小さくなる

 この考え方に似ているのがベーシックインカム(BI)であるが、国民一人一人に(例えば月12万円・現在の生活保護なみ)提供するために莫大な予算(約180兆円必要)を必要とし、かといって額を5万円程度にするとこれだけでは足りない。またお金持ちで必要のない人まで支給してしまうことになる。ベーシックサービスはこの点費用が発生した時に支給されるので、予算の額は抑えられるが、それでも増税は必至である。著者によると国民が安心して暮らせるためには消費税を現在の10%から16%程度にする必要がある。ヨーロッパの例からするとこの程度の消費税(ヨーロッパは付加価値税)は普通である。ただし、著者も言うようにヨーロッパの国々では日本よりも政府に対する信頼度が高いのに対し日本では低く、増税に対する抵抗は高い。増税論者は政府には確かに都合が良い。このためか著者は随分右からも左からも批判されている(ちなみにおじさんは増税必要論者であるが、もちろん政府の支出には厳しい目を注いでいく必要がある)。この本では著者の生い立ちが明らかになる。母子家庭で貧困の中で育った。幸い家族等の支援もあり高等教育を受け今や大学の教授である。しかし、著者も言うように現在ではこうした家庭環境にある子どもたちは高等教育を受けることがますます難しくなってきている。そして支援をしてくれた母と叔母の失火による死亡もあった。当時の民進党の前原代表に頼まれて政策のブレインになったこと、その政策を自民党が一部(幼稚園等の入園料の無料化、対所得者層の子どもに対する大学の授業料等の無料化)その政策として実現した。

 ではベーシックサービスが提供されるようになると社会はどう変わるだろうか。将来の教育や失業、病気、介護などへの不安は減るであろう。さらに生活のために長時間働く必要があった人たちにも少し余裕ができるだろう。何より今まで買えなかった商品やサービスを手に入れることができる。それはGDPを押し上げ、回り回って賃金水準を上げることにつながる。それでも低所得者は残るので、そのためのセーフティーネットは必要となるが、現在のような生活保護制度(この中には医療扶助、住居費がかなりの割合を占めているが、これらはベーシックサービスになるので、金額的には減ることになるであろう)は修正する必要がある。

 おじさんの力不足により、著者の熱い心は十分伝えることはできない。良かったら、この本を図書館から借りるか買って(1300円)欲しい。著者が言うように私たちは社会をまだ変えられる。そのためには度を超した政府への不信(それは国民にとって良くない結果をもたらす)を止め、選挙に積極的に関与するとともに、注意深く政府の行うことを見ていくことすなわち衰えた民主主義を活性化しなければならない。
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