醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより 126号  聖海

2015-03-20 09:38:44 | 随筆・小説

   歌に酒に  若山牧水の歌を味わう

 肝硬変を病み、死の床にあった若山牧水は朝食として日本酒を100cc飲んだ。その一時間半に牧水は永眠した。享年44歳、昭和三年のことである。
 牧水もまた旅に生き、旅に死んだ詩人だった。牧水は酔いを楽しみ、酒に病み、死んだ。死に急いだ詩人だった。牧水は旅をせざるを得なかった。酒を飲まずにはいられなかった。牧水24歳の時に最初の歌集『海の声』刊行する。この歌集の中に酒を詠んだ歌がある。
 津の国は酒の国なり
 三夜二夜(みよふたよ)
 飲みて更なる
 旅つづけなむ
「津の国」とは、摂津。神戸市灘のことである。灘には銘醸蔵が並んでいる。若者は独り酒を飲んでは旅を続けた。
 浪速女(なにわめ)に
 恋すまじいと旅人よ
 ただ見て通れ
 そのながしめを
 『津の国』の歌の次にこの歌が詠われている。若者は色街に興味をそそられた。が一方怖かった。酒を女に興味をもつ平凡な若者がここにいる。
 ちんちろり男ばかりの
 酒の夜をあれちんちろり
 鳴きいづるかな
 「紀の国青岸にて」と注記がある。和歌山県那智町にある青岸渡寺に牧水は参拝した。そこでこの歌を詠んだ。青岸渡寺は西国33ヶ所巡りの第一札所である。牧水は一人遍路宿に泊まった。夜、遍路たちが集まり、酒を酌み交わした。その仲間に牧水は加わった。鈴虫の鳴き声が牧水の心の底に落ちていく。酒は若者の心に孤独と哀愁をそそう。
 とろとろと琥珀の清水
 津の国の銘醸白鶴(はくかく)
 瓶(へい)あふれ出(づ)る
 灘の生一本、溢れ出て来る酒に牧水の心はわくわくしている。
 女ども手うちはやして
 泣き上戸泣き上戸とぞ
 われをめぐれる
 酒を飲むと牧水は女々しく泣いた。哀しみがあふれ出た牧水は女たちからからかわれる自分をじっと見ている。
 ああ酔ひぬ
 月が嬰子(やや)生む
 子守唄うたひくずれや
 この膝にねむ
 酒場の女と楽しく飲んだ。ああ酔った。童謡を唄い続けて居眠りを始めた歌姫よ。私の膝で眠るがよい。陽気に楽しむ牧水がここにいる。
 歌集『海の声』にみる牧水の酒は朗々と楽しさを詠っている。
 第二歌集『独り歌える』は明治四十三年、牧水、二十六歳の時にだされたものである。
 いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見む
このさびしさに君は耐ふるや
 朗々と声を出して読んでみたい。牧水の気持ちが伝わってくる。女を恋う気持ちを詠っているのだろう。この朗々としたところが牧水なのだ。
 あなさびし
 白昼(まひる)を酒に
 酔い痴(し)れて
 皐月大野の麦畑をゆく
 歌集『独り歌へる』にでてくる初めての酒の歌である。五月、青空の下、麦畑の中を赤い顔をした若者が一人歩いて行く。懐かしい時代が偲ばれる。長閑にみえる風景の中の若者の心は寂しさに満ちている。
 朗々としてはいても、その中には哀愁がある。どうも酒を詠った歌は哀しいものが多い。陽気に詠ってはいてもその底には哀しみがある。哀しみを被う壁を酒は取り除き、心の襞を剥きだしにするようだ。