醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより 137号  聖海

2015-03-31 10:37:29 | 随筆・小説

    明日は檜だ。  アスナロ
      日は花に暮れてさびしやあすなろふ   芭蕉(貞享5年)

 芭蕉は俳文を書いている。「あすは檜の木とかや、谷の老木(おいき)のいへる事あり。きのふは夢と過て、あすはいまだ来たらず。ただ生前一樽(いっそん)のたのしみの外に、あすはあすはといひくらして、終(つい)に賢者のそしりをうけぬ」
 「日は花に暮れてさびしやあすなろふ」の句を推敲したのであろう。
 さびしさや華(はな)のあたりのあすなろふ
 青年期の心情が伝わってくる。
Aさんは中学、高校、大学と野球をした。W大に進学したAさんは野球部に入部した。大学の4年間、一度も公式戦に出場したことはない。3年生になってもグランドの土ならしをするトンボを引いた。甲子園に出場した経験を持つ選手たちは一年生の時から公式戦に出場する。華やかな早慶戦を客席からユニホームを着て応援した。大学を卒業すると出身高校教師たちの応援を得て県立高校社会科の教師になった。
県立高校野球部の監督になった若かった頃、夢は甲子園野球大会出場だった。40キロの長距離走を野球部員全員と一緒に走った。互いに励まし合い、走り切った。その後、野球の練習を日の暮れるまでこなした。甲子園出場を心に誓っていた。甲子園野球県予選が始まった。一回戦を勝った。二回戦に進むとエースのピッチャーが試合前日に胃が痛いと言って来た。メンタルトレーニングが不十分だったんだ。心の底の方から後悔が疼き始めていた。試合当日、心の乱れがチームに漂っているのを感じた。監督の俺の気持ちが生徒たちに伝染しているのだ。試合を棄権したい気持ちにかられた。その気持ちを生徒に見せるまいと奮起する自分を自覚した。エラーをしたことのないチームの要、セカンドにエラーが出た。イレギュラーのバウンドをしたゴロの捕球に失敗したのだ。記録にエラーと出てしまった。いいところもなく負けてしまった。
大会が終わると三年生は野球部を引退した。二年生を中心にした新しいチームをつくり始める。今年のテーマはメンタルトレーニングだ。
 朝は誰よりも早く学校に登校する。グランドに出て生徒たちが出て来るのを待つ。怒鳴っても意味ないことを知り、生徒たちが自主的に練習し出すのを待っている。生徒たちは集まると二列縦隊となって声を合わせ走り始める。一緒に走る。走り終わると体操をする。生徒たちはキャッチボールを始める。一人一人の生徒のキャッチボールをしっかり見る。これで朝練は終わりだ。
 朝は6時に出勤し、夜は9時に退勤した。夏休みはお盆に一日休んだだけだった。お正月に生徒たちは年賀状配達のアルバイトを部としておこなった。郵便局から出て行く生徒たちを見送るため、元日は朝6時に郵便局に行った。郵便局長からは間違いのない真面目な配達だと毎年、感謝されていた。アルバイト代はすべて部費として集めた。野球にはお金がかかる。保護者の負担を少しでも軽くするため、保護者の理解を得て、年賀状配達のアルバイトを部として行った。アルバイトを禁止している学校内あって野球部の年賀状配達アルバイトを特例として職員たちに認めてもらった。明日は檜になるんだ。その気持ちを30年間持ち続けた。弱小チームを監督し、甲子園出場を夢見たが、県大会ベスト8が最高だった。
 さびしさや華のあたりのあすなろふ
 甲子園野球大会出場を夢見た県立高校野球部監督の人生のようである。