醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  号外1号  白井一道  

2018-11-01 13:04:19 | 随筆・小説


  沖縄、辺野古新基地沿岸埋め立ての承認撤回を石井啓一国交大臣は執行停止を決定   

 2018年10月30日、石井啓一国交相(公明党)が沖縄県による辺野古新基地沿岸埋め立ての承認撤回について、執行停止を決定した。2018年8月30日に沖縄県が行った埋立て承認取り消しに対し、防衛省沖縄防衛局長は国交相に、行政不服審査請求と同時に執行停止の申立てを行った。

 これに対し、沖縄県が国交相に執行停止申立てに対する意見書を提出したのが、10月25日。それからわずか5日後の執行停止決定である。
 安倍政権は法治主義を捻じ曲げ、違法な行為をしている。
 行政法学会の声明を紹介したい。

         行政法研究者有志声明

 周知のように、翁長雄志沖縄県知事は去る10月13日に、仲井眞弘多前知事が行った辺野古沿岸部への米軍新基地建設のための公有水面埋立承認を取り消した。これに対し、沖縄防衛局は、10月14日に、一般私人と同様の立場において行政不服審査法に基づき国土交通大臣に対し審査請求をするとともに、執行停止措置の申立てをした。この申立てについて、国土交通大臣が近日中に埋立承認取消処分の執行停止を命じることが確実視されている。
 しかし、この審査請求は、沖縄防衛局が基地の建設という目的のために申請した埋立承認を取り消したことについて行われたものである。行政処分につき固有の資格において相手方となった場合には、行政主体・行政機関が当該行政処分の審査請求をすることを現行の行政不服審査法は予定しておらず(参照、行審1条1項)、かつ、来年に施行される新法は当該処分を明示的に適用除外としている(新行審7条2項)。したがって、この審査請求は不適法であり、執行停止の申立てもまた不適法なものである。
 また、沖縄防衛局は、すでに説明したように「一般私人と同様の立場」で審査請求人・執行停止申立人になり、他方では、国土交通大臣が審査庁として執行停止も行おうとしている。これは、一方で国の行政機関である沖縄防衛局が「私人」になりすまし、他方で同じく国の行政機関である国土交通大臣が、この「私人」としての沖縄防衛局の審査請求を受け、恣意的に執行停止・裁決を行おうというものである。
 このような政府がとっている手法は、国民の権利救済制度である行政不服審査制度を濫用するものであって、じつに不公正であり、法治国家に悖るものといわざるを得ない。
法治国家の理念を実現するために日々教育・研究に従事している私たち行政法研究者にとって、このような事態は極めて憂慮の念に堪えないものである。国土交通大臣においては、今回の沖縄防衛局による執行停止の申立てをただちに却下するとともに、審査請求も却下することを求める。
呼びかけ人(50音順)
 岡田正則(早稲田大学教授) 紙野健二(名古屋大学教授)
 木佐茂男(九州大学教授) 白藤博行(専修大学教授)
 本多滝夫(龍谷大学教授)  山下竜一(北海道大学教授)
 亘理格(中央大学教授)



醸楽庵だより  898号  白井一道

2018-11-01 07:53:43 | 随筆・小説


  酔いの楽しみ


一、 お酒はイメージ商品である。

    日本酒のイメージ
      コップ酒濱の屋台のおばちゃんの人生訓が胃に沁みてくる  俵 万智

      悲しい酒     美空ひばり
     ひとり酒場で飲む酒は
     別れ涙の味がする
     飲んで捨てたい面影が
     飲めばグラスにまた浮かぶ
       ああ別れたあとの心残りよ
       未練なのね あの人の面影
       寂しさを忘れるために
       飲んでいるのに酒は今夜も
       私を悲しくさせるの 酒よ
       どうしてどうして あの人を
       あきらめたらいいの
       あきらめたらいいの
     酒よ こころがあるならば
     胸の悩みを消してくれ
     酔えば悲しくなる酒を
     飲んで泣くのも恋のため
     
       酒よ  吉幾三
     涙には 幾つもの 想い出がある 心にも 幾つかの傷もある
     ひとり酒 手酌酒 演歌を聞きながら ホロリ酒 そんな夜もたまにぁ なぁいいさ
     あの頃を 振り返えりゃ 夢積む舟で荒波に向かってた 二人して
     男酒 手酌酒 演歌を聞きながら なぁ酒よ

   酒痴                                   吉野 弘
      1日の終わり
      独り酒の顛末を最後まで鄭重に味わう
      酒痴
      ほとんど空になった徳利を、恭しく逆さにして
      縁からしたたるものを盃に、しかと受けとる
      初めに、二・三滴、素早く、したたり
      やがて間遠になり
      少しおいて、ポトリ
      少しおいて、ポトリ
      やや長く途切れたあと
      新たに、ゆっくり
      縁に生まれる、ふくらみ一つ
      おもむろに育ち、丸く垂れ、自らの重さに促されて
      つと、盃に飛び込む
      一滴の、光る凱旋
      長く途切れたあと
      少し傾げた徳利の縁に
      またも、微かにふくらみかける、兆し一つ
      しかし、丸い一滴へと、それがなかなか成長しないのを
      急には育たない少女の胸のように
      いとおしみ、見て
      オイ、どうした、急げよなどと
      お色気なしの、平らな胸の、清楚な愛らしさをからかいながら
      それが丸く育つまで
      逆さの徳利を静かに支え、じっと見守っている深夜の
      酒痴

 

  ○注 汚れちまった悲しみに    中原中也
     汚れちまった悲しみに
     今日も小雪の降りかかる
     汚れちまった悲しみに
     今日も風さえ吹きすぎる
     汚れちまった悲しみに
     たとえば狐の皮衣
     汚れちまった悲しみは
     小雪のかかってちぢこまる
     汚れちまった悲しみは
     なにのぞむなくねがうなく
     汚れちまった悲しみは
     倦怠のうちに死を夢む
     汚れちまった悲しみに
     いたいたしくも怖気づき
     汚れちまった悲しみに
     なすところもなく日は暮れる

    洋酒のイメージ
     イタリアンパセリの匂い口づけを白いワインで洗い流せり          俵  万智
     シャンパンは唇づけに似て唇づけは夜のひびきの名残にも似て         松平 盟子
    
 
   秋の黄金分割    田村隆一
     鎌倉の谷戸の奥にぼくの小さな家があって
     その裏山をのぼりつめると
     秋の風が吹き抜けていく
     落葉には
秋の風がしみこんでいて
どうして枯れ葉には
     いろいろな色がついているのだろう
     葡萄酒の色 琥珀の色 モルトの
     ゴールデン・メロンの色
     きっと風によっては飲む酒がちがうのかもしれない


マイルドウォッカ          チェリッシュ
     細いタバコに 火をつけながら
     ほかの席へ目を移すひと
     あなたの心が ああまた三センチ遠ざかる
      マイルドウォッカをロックでちょうだい
      マイルドウォッカを今夜は
     キザなセリフの切れはしばかり
     ひとの胸に置き去りにする
     きのうの言葉がああまたグラスに溶けていく
マイルドウォッカをロックでちょうだい
      マイルドウォッカを今夜は


2、 酔いに楽しみを求めて
 ① 宴の楽しみ
心ふかく人の隣にのむ酒の純米の純は淳にして潤       松平盟子
熱燗やふるさと遠き人と酌む               西沢波風
菊の酒人の心をくみて酌                  星野立子
盃をうけてかえして夜寒かな               鈴木真砂女
友酔わはず我また酔はずいとまなくさかずきかはしこころ温む  若山牧水

万葉集から
酒を讃(ほ)むる歌十三首   大伴旅人(六六五~七三三?)
一、 験(しるし)なき ものを思はずは 一坏(いとつき)の濁れる酒を 飲むべくあるらし
  訳 甲斐のない もの思いをしないで 一杯の濁り酒を飲むべきであろう
二、 酒の名を 聖(ひじり)と負(おほ)せし 古(いにしえ)の 大き聖の 言(こと)の宜(よろ)しさ
    訳 酒の名を聖人とつけた昔の大聖人の言葉の何とよいことよ。
三、 古(いにしえ)の 七の賢(さか)しき 人たちも 欲(ほ)りせしものは 酒にしあるらし
    訳 昔の七賢人たちも欲しがったものは酒であるようだ。
四、 賢(さか)しみと 物言ふよりは 酒飲みて 酔い泣きするし 優(まさ)りたるらし
  訳 賢く物云ふよりは、酒を飲んで酔ひ泣きすることが、優っているようだ。
五、 言はむすべ せむすべ知らず 極まりて 貴(たふと)きものは 酒にしあるらし
  訳 云ひやうも、為しやうも、知らないほどに、この上もなく貴いものは、酒であるようだ。
六、 なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒に染(し)みなむ
  訳 なまじっか人間であらずに、酒壺になりたいものだ。さうしたら酒にしんでいられように。
七、 あな醜(みにく) 賢(さか)しらおすと 酒飲まぬ 人をよく見ば 猿にかも似る 
  訳 何という醜態だ。賢ぶって酒を飲まぬ人をよく見たら猿にも似ていようよ。
  八、 価(あたい)なき 宝といふとも 一坏(いとつき)の 濁れる酒にあにまさめやも
    訳 価(あたい)で計ることのできない宝珠と云っても、一杯の濁り酒にどうしてマア勝ろうか。
  九、 夜光る 玉といふとも 酒飲みて 心を遣(や)るに あにしかめやも
    訳 夜光の玉と云っても、酒を飲んで心を晴らすのにどうしてマア及ぼうか。
十、 世の中の 遊びの道に すずしきは 酔(よ)ひ泣きするし あるべかるらし
    訳 世の中の遊びの道にあって楽しいことは酔ひ泣きをすることであるようだ。
十一、この世にし 楽しくあらば 来(こ)む世には 虫にも鳥にも 我はなりなむ
    訳 この世でさえ楽しくあったら来世では虫にでも鳥にでも自分はなりもしよう。
十二、生ける者 遂(つひ)にも死ぬる ものにあらば この世なる間(ま)は 楽しくあらな
   訳 生ある者は遂には死ぬものであるから、今こうして生きている間は楽しくあろうよ。
十三、もだ居りて 賢(さか)しらするは 酒飲みて 酔ひ泣きするは なほしかずけり 
    訳 とり澄まして賢こぶってだまっているのは、酒を飲み酔ひ泣きすることにやはり及ばないことよ。
 
○注 山上憶良臣罷宴歌一首
憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ それその母も 吾を待つらむぞ

    古事記・仲哀記 酒楽の歌
      是(ここ)に還(かえ)り上(のぼ)り坐(ま)しし時、其の御祖(みおや)息(おき)長帯(ながたらし)日売(ひめの)命(みこと)、待酒を醸(か)みて献(たてまつ)りたまひき。爾(ここ)に其の御祖の御歌に曰(の)りたまはく、
       この御酒(みき)は、我が御酒ならず、酒(くし)の司(かみ) 常世に坐(いま)す 石(いわ)立たす 少名(すくな)御神(みかみ)の 神(かむ)寿(ほ)は 寿き狂ほし 豊(とよ)寿(ほ)き 寿(ほ)き廻(もと)ほし 献(まつ)り来し御酒ぞ あせず食(を)せ ささ
      とうたひたまひき。如(か)此(く)歌ひて大御酒を献(たてまつり)りたまひき。爾(ここ)に建内宿禰(たけしうちのすくねの)命(みこと)、御子の為に答へまつりて歌ひて曰(い)はく、萋萋
        この御酒を 醸(か)みけむ人は その鼓(つづみ) 臼(うす)に立てて 歌ひつつ 醸みけれかも         
舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやに うた楽(だの)し ささ      
とうたひき。此(こ)は酒(さか)楽(くら)の歌なり。
      応神記 百済の朝貢と酒の歌
    秦造の祖、漢直の祖、及酒を醸むことを知れる人、名は仁番、亦の名は須須許理等、参渡り来ぬ。故、是の須々許理、大御酒を醸みて献りき。是に天皇、是の献りし大御酒にうらげて、御歌に曰りたまわく、
      須々許理が 醸みし御酒に 我酔ひにけり 事無酒 笑酒に 我酔ひにけり
     とうたひたのひき。如此歌ひて幸行でましし時、御杖を以ちて大坂の道中の大石を打ちたまへば、其の石は走り避りき。故、諺に「堅石も酔人を避く」と曰ふ。

   小諸なる古城のほとり
   
小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ
緑なす繁萋(はこべ)は萌えず  若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾の岡辺   日に溶けて淡雪流る
あたたかき光はあれど  野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて   麦の色わずかに青し
旅人の群はいつくか    畠中の道を急ぎぬ
暮行けば          浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛    千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ    濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む
   
    
② 独酌の楽しみ
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり   若山牧水
かんがえて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏の夕暮れ    若山牧水
酔い果てて憎きもの一つもなしほとほとわれもまたありやなしや  若山牧水


忍ぶれど色に出にけり盗み酒               川柳


酒は心で飲んでいる
石川啄木の短歌から(哀しみということ)  
一、田も畑も 売りて酒飲み ほろびゆく ふるさと人に 心寄する日
二、こころざし 得ぬ人々の あつまりて 酒飲む場所が 我が家なりしか
三、酒飲めば 鬼のごとくに 青かりき 大いなる顔よ かなしき顔よ   
四、舞えといえば 立ちて舞ひにき おのずから 悪酒の酔ひに たふるるまでも        
五、いつも来る この酒肆の かなしさよ ゆふ日赤赤と 酒に射し入る
六、今日よりは 我も酒など 呷らむと 思える日より 秋の風吹く
七、しっかりと 酒のかをりに ひたりたる 脳の重みを 感じて帰る