醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  917号  白井一道

2018-11-23 11:36:23 | 随筆・小説


 『蟹工船』
 ―この一篇は、「殖民地に於ける資本主義侵入史」の一頁である。




 この言葉は「蟹工船」の最後に小林多喜二が附記したものだ。句労君、なぜ日本国内の北海道が日本国の殖民地だという認識を多喜二は持っていたのか、わかるかね。
 なんとなく解るような気がします。戦前の北海道は未開地の自然がまだまだたくさん残っていたように思います。だからなんじゃないですか。
 確かにそうなんだ。自然を切り開き、荒れ地を耕地にする。そのような地域がなぜ日本国の殖民地なのかな。疑問に思わない。
 そうですね。でも開拓するために日本全国から北海道に移住した農民やその他人々がいたわけですよね。それらの人々は北海道に殖民したわけですから北海道は日本の殖民地と言っていいのではないでしようか。
 なるほどね。句労君、殖民地とはどのような所を言うのだと思う。例えば、戦前、朝鮮は日本国の殖民地だったよね。その朝鮮と北海道が同じような地域だったといえるかと言うとどうだろう。ちょっと違うだろ
う。そう、思わない。
 うーん。先生の言うこと、良く分かります。朝鮮と北海道は違っています。民族が違うじゃないですか。朝鮮にも未開の自然は残っていたのかもしれませんが、大半の地域は朝鮮人が古来から住んでいた。その地域を殖民地にした。日本人が朝鮮に移住し、その地の人々を日本人が支配した。朝鮮を開拓するために移住したわけではないですからね。朝鮮人を統治し、税金を徴収し、日本人が豊かな生活した。
 そうだね。北海道と朝鮮
は違うよね。しかし本質的なところで同じだったんだ。
なぜかというとね、北海道は未開の自然を開拓する。これは北海道を開発するということだね。朝鮮の場合も文明の進んだ日本人が遅れた未開の朝鮮人を指導し、文明化して開発すると、言ったんだ。だから日本人は朝鮮人から感謝されることがあっても恨まれたり、憎まれたりすることはない、そう主張していたんだ。
 先生、思い出しましたよ。イギリス人はインドを近代化し、文明化した。鉄道を敷き、学校を作った。だから、イギリス人はインド人から感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。こんな風にイギリス人はインド人について思っていた。そうでしたね。
 そうそう、良く覚えているね。文明化とは開発するということでもある。だから北海道も開発し、文明化する地域である以上殖民地なんだ。開発し文明化するということは別の言葉で言えば、資本主義化することだ。開発も文明化も同じように資本主義化ということだよ。北海道を開発することは資本主義が侵入することでもある。発達の遅れた地域に資本主義が侵入するとその地域は発達した地域の殖民地になる。それは現代でも同じなんだ。東京は文明の進んだ地域だ。東京に比べて福島は遅れた地域だった。だから福島の開発のため原子力発電所が建設された。福島が必要とする電力を作るためではなく東京に電力を供給するために原発ができた。このことによって福島は東京に従属する殖民地になった。福島は東京の殖民地になることによって一部の人々は豊かになった。が、大半の人々は苦しむことになった。