影待や菊の香のする豆腐串 芭蕉 元禄六年
年中行事が生きている。それが前近代の社会であった。芭蕉が生きた江戸時代は年中行事が人々の生活を規律していた。影待という年中行事があった。友人、知人が集まって飲食を楽しむ行事である。
正月、五月、九月の吉日に、徹夜して日の出を拝する行事が影待であった。夜明かして飲食を楽しむ行事が影待であった。年中行事であるが故に無制限の飲食が許された。普段は許されない飲酒が許される。庶民の生活を規律したのが年中行事であった。近代社会になるにしたがって年中行事が廃れていく。年中行事が行われなくなると同時に飲食、特に飲酒がいつでも、どこでも、行われるようになっていく。飲酒への規律がなくなっていく。
江戸時代、清酒は貴重品であった。普段に飲めるものではなかった。影待の行事があるから酒が飲めた。芭蕉は酒が好きだった。豆腐田楽を肴に影待の宵を芭蕉は楽しんだ。九月の夜空に出た月を愛でて酔いを楽しんだ。日の出を待つことが楽しい。馥郁たる菊の香が漂う中で故郷を偲ぶ豆腐田楽をいただく。
俳諧があってこその芭蕉の人生であった。俳諧が芭蕉の人生を豊かなものにした。