家を建てる
ぱたぱたと家立ち上がる秋日和 一道
句郎 今年の夏は蝉の鳴き声も聞くことないね。
華女 確かにそうね。私も蝉の鳴き声を聞いていないわ。
句郎 今日、暦を見て驚いたよ。八月七日はもう立秋なんだね。
華女 まだ、季節は大暑なんでしょ。
句郎 今年の夏は大暑らしい大暑もなく立秋を迎え、秋になっていくのかもしれないな。
華女 今年の梅雨は長いのよね。こんなに雨の多い梅雨は何年ぶりかしらね。
句郎 今年の梅雨は実に梅雨らしい梅雨だった。毎日、雨が降っていたような気がするな。
華女 雨の降らない日がなかったように感じるわ。
句郎 Tさんが転居し、土地のGさんの息子さんがその跡地に家を今建てているようだ。
華女 まだ十分、住めるような住宅なのに壊してしまったのは惜しいような気もするな。
句郎 今の若い人には気に入らない家だったのかもしれないな。
華女 一階の居間になっている部屋には床暖房が入っていたと聞いたわ。
句郎 ちょっとそんなことを聞くと確かに惜しいようにも感じるかな。
華女 若い人には新しい家が良いのじゃないのかしらね。少しお金がかかっても、人の住んだ家の後に入るのが嫌だったのじゃないのかしらね。
句郎 今じゃ、住宅にも賞味期限があるのかもしれないな。
華女 今や、住宅は消耗品なのじゃないのかしら。
句郎 親の住んだ家に息子夫婦は住まないようだからね。この間、Kさんに聞かれた。白井さんの家に住む予定の子供さんはいるのと、ね。
華女 私たちには子供がいないのをKさんは知らなかったのね。
句郎 特に話していなかったからね。Kさんは京都、丹後半島出身の人で、彼の実家は大きな農家だったようだ。その家に父親が亡くなった後、子供たちは皆、都会に出て、母親が一人で長いこと、その大きな家に居たと話していた。
華女 大きな欅の木を処分してくれと市役所から言われ、その大木を業者に切ってもらったら、百万円かかったという人ね。
句郎 そうそう、欅の大木の枝が道路に延び、自動車の通行に支障が出たので止むを得ず、業者に切ってもらったようだ。
華女 田舎の大きな家を相続すると大変ね。屋敷は草ぼうぼうのお化け屋敷になってしまうわね。
句郎 本当に何代にもわたって住み継がれてきた太い大黒柱のある家が廃墟になっていく。
華女 都市化が進んだ結果ね。田舎には若者の生活を支える働く場所がないから止むを得ないのかもしれないけれど。
句郎 春日部は東京のベットタウンの一つには違いないけれども、この春日部でも空き家が増えてきているようだよ。
華女 地区長さんが言っていたというじゃない。市長選の時だったかしら、越谷は人口が増えているにもかかわらず、春日部は人口が減ってきていると言っていたように思うわ。
句郎 確かにそう言っていた。僕たちが家を建てた時、一日で住宅金融公庫の申し込みで満杯になったからね。
華女 もう今から四五年も昔の事よ。今になってみるとまるで四五年なんて一瞬の事だったように感じるわ。
句郎 華女さんも今や白髪お婆さんになってしまったからね。
華女 私だけじゃないわ。あんたも同じだけ年を取っているのよ。
句郎 本当に五十年なんて、一瞬の間なのかもしれないな。
華女 「秋近き心の寄りや四畳半」という芭蕉の句があるでしよ。なにか、心に沁みるものがあるわ。
句郎 芭蕉名句の一つかな。芭蕉晩年の句だ。老境を見事に表現している句の一つかな。どんな住まいであろうと家は心の寄りに違いない。