醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1495号   白井一道

2020-08-20 13:05:46 | 随筆・小説



  
  優生思想について



侘助 私の親族に心身に障害を持って生まれて来た女の子がいる。母親が妊娠初期に風疹に罹った。医者から注意を受けたが、心配はないと妊娠中の娘に母親は言い、母親の言葉を信じて女の子を出産した。生まれて来た女の子はどこにも異常のない元気な女の子であった。異常が現れて来たのは一歳を過ぎてからである。この話を聞いた私は思い悩んでしまった。私だったらどうしただろうか。私の妻が身籠り、風疹になったら医者の注意に思い悩み、堕胎させたのではないかと思う。
呑助 そのような子が親族にいるのですね。生まれつきの障害を負って生れてくる子供というのは確実に存在していますよね。
侘助 身体頑健、どこにも何の異常もない成人であってもすべての人が老齢になると障害を持つようになる。例えばプロ野球選手として名を成した長嶋茂雄氏も脳梗塞を患い、身体に障害を持つ身になり、リハビリに通っているという。
呑助 親族の女性の方は立派な方なのじゃないですか。障害を持って生まれて来る危険性があると注意を受けても、そのリスクを受け入れ、堕胎することをしなかった。立派な方だと思いますけどね。
侘助 子を持つということはリスクを受け入れ、覚悟するという面が確かにあるように思うよね。 
呑助 生を得て、この世に生まれて来たすべての子供は誰からも無条件で受け入れられなければならないと思いますね。
侘助 そうありたいと思うが現実はなかなか大変だ。障害を持って生まれて来た子を捨てる親がいるようだからね。
呑助 障害児を抱えることは大変なことだと思いますよ。この大変さに押しつぶされてしまう人がいるということなのでしよう。
侘助 誰でもが心身ともに優れた人でありたいと願い、優れた人を讃えるからね。アメリカ合衆国は民主的な国だと言われているが、人間を差別する国のようだ。アメリカは移民した人が作り上げた国でしょ。移民を受け入れるに当たって白人を優先していたようだからね。
呑助 オーストラリアも移民によって作り上げられた国ですね。昔はオーストラリアに移住するには厳しい制限があったのじゃないですか。
侘助 白豪主義かな。オーストラリアでは長く白人第一主義だった。先住民族のアボリジニやタスマニアへの迫害や隔離、移民制限法の制定によって白人以外の移入を厳しく制限していた。人種差別的な思想に基づく政策を取っていたからね。第二次世界大戦以後はかなり緩和されたが、それでも有色人種への偏見は根強いようだ。
呑助 選抜試験というのも一種の差別だと言えば言えるようにも思いますね。
侘助 社会の中にはいろいろな人間を選別する仕組みが出来上がっている。世界的にも有名な日本の物理学者が発言していた。教育というものは小中高大とすべて子供の能力を篩にかけ、選別し、有能な子供を選び出す仕組みだと言っていた。
呑助 確かに有能な子供を選び出すことができなければ日本の教育の水準を保つことができないという事なのですかね。
侘助 社会の貧しさが土台にあるからじゃないのかな。貧しい社会だから競争がある。人と人とが競い合うこと、その事自体に問題があるわけじゃない。そのことによって人間を差別することにあると思っているんだ。貧しい社会だから差別がある。差別しなければ分配ができないからだ。ナチスがユダヤ人を差別し、殺したのも貧しさ故だった。ユダヤ人に分配しなければ、ドイツ人は豊かになる。だからユダヤ人を殺した。今から三年半前、相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷される事件が起こった。この事件を起こした植松聖(さとし)は次のような発言をしていた。「重度障害者を殺害すれば不幸が減る」「障害者に使われていた金が他に使えるようになり世界平和につながる」だから私は政府から褒めてもらえると考えていたとね。