安倍政権は何をしたか
「戦後レジームからの脱却」とは何を意味したか
安倍晋三首相(当時)は第1次内閣期(2006年9月〜07年9月)に、「戦後レジーム」を「憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組み」と定義しました(06年12月)。「戦後レジームからの脱却」には、大きく分けて2つの意味があります。
第1は、1960年代の高度経済成長期に自由民主党政権みずからが確立した雇用制度(終身雇用など)・社会保障制度(生活保護・国民皆年金・国民皆医療保険など)・農業のしくみ(家族経営の自作農の保護)・税制(所得税・法人税を基軸とする)・貿易のありかた(国内産業の保護)・地方自治(都道府県制度)などを解体し、多国籍企業に有利なように、非正規があたりまえの雇用制度、社会保障の緊縮、企業主体の農業、法人税減税と消費税増税、徹底した自由貿易、道州制などを確立することです。一言でいえば、新自由主義的な経済社会体制にすることです。その目的は、地域の中小自営業者・農民やサラリーマンを基盤とする戦後型保守政治を大都市の多国籍企業・金融資産家を基盤とする保守政治に再編することにあります。
第2の意味は、ポツダム宣言(1945年7月)と日本国憲法(47年5月施行)に基づく戦後日本国家、つまり植民地をもたず、軍隊をもたず、市民的自由と民主主義を基本とする政治体制を解体することです。めざすのは、日米安全保障条約(52年4月発効、60年6月改定)を根拠とする日米軍事同盟をグローバル化して、「日本軍」がアメリカに従属しつつ国内でも海外でも制約なしに武力行使できるように、憲法を改悪し、国家秘密保護法や集団的自衛権の行使容認の法体系等を整備することです。また国家主義的な教育政策や靖国神社公式参拝、植民地侵略・軍慰安婦問題のあいまい化をとおして<戦争する国>を国民が支持する体制を構築することです。
ただし、「戦後レジームからの脱却」と言っても、安倍氏らにはサンフランシスコ平和条約・安保条約を破棄して戦前の大日本帝国に戻ろうという意図はありません。安倍氏らの目的は、アメリカの軍事覇権に従属しつつ「日本軍」がグローバルに武力行使することで、日本の多国籍企業がグローバルに資本蓄積できる体制(現代的帝国主義)を確立することにあるからです。しかしこのような政治体制は、勤労者・地域諸階層からの批判、非軍事と民主主義を求める市民からの批判、植民地侵略への反省と謝罪を求めるアジア諸国民や欧米諸国民からの批判にさらされざるをえません。(進藤 兵)
第二次安倍政権は7年半の長期政権ではあったが、「戦後レジームからの脱却」はできなかった。憲法を改正し、自衛隊を軍隊にすることはできなかった。