遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『名画と聖書』 船本弘毅監修 成美堂出版

2012-04-09 21:40:57 | レビュー
 日本で企画開催される西洋絵画の展覧会で宗教画だけのものはあまりみかけない。しかし、企画された画家の年代によっては、かなり宗教にテーマを採ったものが含まれる。一方、ルーブル美術館、大英博物館やイタリアの諸美術館を観光と併せて訪れると、宗教画の展示数に圧倒される。私もその一人だ。
 キリスト教徒でなく、日頃「聖書」に接することのない者にとって、それらの聖書に題材を採った絵画は何となく眺めてしまうだけに終わってしいがちである。その絵の題名に描かれた聖書の背景についてほぼ無知である故に、その絵の鑑賞が表面的になってしまうのだ。
 手許には、岩波文庫刊の旧約聖書関連の翻訳書や、いただいた新約聖書、その他英語版ペーパーバックの子供向け聖書などがあるのだけれど、部分読みしかできていない。
 おかげで、聖書に関係する宗教画を鑑賞する目を深くは養えず、中途半端なままで見る機会だけかなり重ねてきてしまった。

 本書はキリスト教の門外漢である私には、宗教画という領域の西洋絵画を鑑賞する上で、入門書として役立つ格好のテキストになった。たぶん多くの日本人は同様の立ち位置におられるのではないだろうか。

 本書は表紙に記載のメッセージでほぼそのねらいが言い尽くされているように思う。
*「天地創造」から「最後の晩餐」まで一冊でわかる。
 『旧約聖書』と『新約聖書』それぞれをわかりやすく紹介
*107の名画とともに聖書のストーリーを解説
と記している。

 本書は三部構成になっている。
 序章「聖書をひもとく」では、聖書とは何かを簡略に説明し、聖書の構成を1ページに図示している。手許に聖書を持っていても、全体の構成を考えていなかった私には役立つ図解だった。そして、旧約と新約の違いを述べ、聖書と西洋絵画の関係を「祈りの場を壮麗に飾り立てた宗教絵画の誕生と発展」という視点で、キリスト教絵画史と画家の関係を年表風に図解してくれている。世界史のポイントとして、「30年頃 イエス、処刑される」から「1904年 日露戦争が勃発する」までの超簡略世界史年表を併記しているので、時間軸で宗教画の生成発展史を俯瞰するには便利である。
 第1部が『旧約聖書』であり、第2部が『新約聖書』である。
 両部とも、聖書という言葉からくる堅苦しさあるいは構えを抱かせない工夫を盛り込んでいるので、信仰者でなくても入りやすく、読みやすいまとめ方になっている。最初に主な登場人物が一覧にまとめられ、各章の初めには、あらすじとその章のテーマに関係する人々の行動や移動の地図あるいは人々の相関図が図解されている。このあたりは一目瞭然にという工夫なのだろう。両部の構成は次の通りである。(番号は、部及び章を意味する。)
 1.『旧約聖書』 p18~p103(86ページ)
  1.創世記と族長の時代 2.イスラエル王国の盛衰
 2.『新約聖書』 p104~p217(114ページ)
  1.メシアの誕生 2.イエスの試練と伝道の始まり 3.イエスの教え
  4.受難物語   5.使徒の時代  

 本書の基本的な特徴は、見開きの2ページで1つの項目をまとめている点である。いわば、図解本の定石であるが、そのお陰で読みやすい。そして、その2ページの中に、「聖書のあらすじ」が記され、さらに興味を持つ読者のために、出典箇所が明記されている。項目内には「名画解読法」と銘打って、少なくとも1枚の名画を掲載する。その名画の周囲に名画の部分図をズームアップして載せ、その絵のチェックポイントを説明してくれている。勿論、「名画を読み解く」説明が簡潔に付されている。そして、聖書の該当章節の要点を地図あるいは図表にまとめている。1項目を1ページにおさめたところもある。

 たとえば、第1章の最初の項目は、「天地創造」である。誰しも、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの絵画を思い浮かべるだろう。本書ではその中から『太陽と月の創造』部分をここでは取りあげている。(他の項目に『大洪水』(部分)と『最後の審判』が載っている)
 ヴァチカンに行き、この礼拝堂を訪れた時には、ミケランジェロの絵画全体に圧倒されてしまった。旅行前に絵について事前学習をせず、礼拝堂内では時間的にも細部までゆっくり鑑賞しているゆとりもなかった。本書記載のチェックポイントを読み詳細部分図から、神の左側に後を向いた神が併せて描かれていて、時間の経過を表現する仕掛けが施されているというのを知り、ホゥ!と再認識した次第だ。礼拝堂の中では、神が右手で太陽、左手で月をつくる図の箇所を主に眺めていたように思う。また、その神の両腕の下に描かれた図像にも、時の寓意が表現されているという解釈ができるとは・・・・表面的、部分的にしか見ていなかった!

 中世までの絵画とはかぎらない。たとえば、誰でも知っているあのフィンセント・ファン・ゴッホが描いた「善きサマリア人」をp166で採りあげている。このタイトルから絵の構図の左側に描かれた道を行く二人の人物を認識できるには、「聖書」の知識が不可欠なのだと思う。ネットで見つけたゴッホの絵を引用してみよう。
  
「TIME LINE (旧 アート at ドリアン)」というウェブサイトに、
善きサマリア人」 ルカ 10:30-37 の箇所が紹介されている。 

 本書では、「隣人愛の本質を説いた最も有名なたとえ話」と題して聖書のあらすじを載せ名画の解読をしている。敬虔なクリスチャンなら多分当たり前に認識し、それを背景にして絵の構図とともにその意味を深く理解するのだろう。私のようなキリスト教徒でなく、聖書も未だ部分読みに留まる者には、解説がなければ鑑賞への理解が及ばない。人助けをしている人間を描いた図として、その構図や筆遣い、色彩のバランスなどを近代絵画的に見てしい、そこに含まれた深い意味合いを理解できないままになってしまう。
「サマリア人」という言葉そのものについても言える。サマリア人もユダヤ人と同じ神を奉ずる人々だという。「聖書マメ知識」には、「サマリア人は、イスラエル王国が滅亡した際に他国の者とユダヤ人が混血して生まれた民族」(p163)と記されいる。「純潔を至上とするユダヤ人はこれを蔑み、忌み嫌っていた」という。つまりサマリア人とユダヤ人は対立関係にあったのだ。ユダヤ人がエルサレムを聖地としたのに対し、サマリア人は「エルサレムの神殿祭祀を認めず、ゲリジム山を聖地としていた」(p163)とのこと。
「善きサマリア人」という一語にこれだけの背景があるということになる。

 もう一つ、ジャン=フランソア=ミレーの「種をまく人」(クリックしてね)という農民が種を蒔く姿を描いた有名な絵がある。ミレーの絵の本ならたぶん大抵紹介している絵だろう。
検索してみると、ボストン美術館のコレクションには、黒のクレヨン画の「種まく人」もあるようだ。
この絵も近代絵画として、農民の姿を「堂々と力強く種をまく」「厳しい作業のなかにも実りをまつ希望が見えるようだ」(p169)という側面を鑑賞することで終えることもできようが、種をまく人の背景に、「キリスト教の布教を象徴しているという解釈」もあるということである。つまり、「種をまく」という言葉が、マタイ13:1-9、マルコ4:1-9、ルカ8:4-8を想起させるというのだ。たとえば、ネット検索でも
 *『種まく人を見よ』
 *四つの土壌のたとえ
 *「種を蒔く人」 
など、いくつも理解を深める糧を見いだせた。もちろん、解釈は見る人の自由だが。

 巻末には、本書の「収録絵画リスト」が見開き2ページにまとめられて掲載されている。
 旧約と新約、両聖書の主要点をあらすじとして説明し、その場面にかかわる名画をとりあげて分析と解説を加えた本書は、宗教画を理解して鑑賞する手引きとして有益であると思う。長年、西洋美術を鑑賞してきながら、表面的にしか見ていない自分に改めて気づいた。
 聖書の旧約・新約の全体構成と内容のあらすじを一通りまずは認識できたことが私には収穫だった。信徒でない人間にとっても、聖書の掘り下げ方はいろいろあると思う。本書の説明もその一端にすぎないとは思うが、聖書と宗教画に一歩深く入っていくのには構えずに読める入門書として役立った。
 聖書と宗教画理解への足がかりとなったので、さらに歩みを深めてみたい。


ご一読、ありがとうございます。

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ネット検索で、聖書そのものの内容についてどの程度アクセスできるか検索してみた。
ほぼすべての内容をネット上で読むことができるようだ。具体的な解説もいろいろなサイトがある。それから、ベースになるいくつかの教会も。
基本になるものを一覧にしてご紹介しておきたい。

旧約聖書 :ウィキペディア
 この項目からそれぞれの個別の正典の項目にアクセスできる。
口語旧約聖書 目次 :Wikisource
旧約聖書メッセージ
old testament の画像検索結果

新約聖書(口語訳) 目次 :加藤正博氏の入力によるもの。
口語新訳聖書 目次 :Wikisource
付録. 新約聖書正典・外典・教父文書一覧
新約聖書外典一覧
聖書外典偽典
New testament の画像検索結果

口語訳聖書(新約および旧約 索引)
 旧約・新約の両目次から、それぞれの抜粋版にアクセスできる。要点を知りたい人向き。

ベツレヘム 生誕教会 :「ZeAmiブログ」
山上の垂訓教会 :「ふくちゃんのホームページ」
山上の垂訓教会(イスラエル) :YouTube
エッケ・ホモ教会 :「聖地信徒研修旅行記」
聖墳墓教会 :ウィキペディア
聖墳墓教会 その1その2 :「ハシムの世界史への旅」
聖墳墓教会 :YouTube
万国民の教会=苦悶の教会(ゲッセマネの園) :「ハシムの世界史への旅」
ゲッセマネの洞窟 :「ハシムの世界史への旅」
鶏鳴教会 :「ハシムの世界史への旅」
鶏鳴教会 :「イスラエル歴史探訪の旅」
鶏鳴教会中庭からの眺望 :YouTube

サン・ピエトロ大聖堂 :ウィキペディア
サン・ピエトロ大聖堂写真集 :「たかこの世界紀行」
行ってない人のためのサン・ピエトロ大聖堂~SAN PIETRO, Vatican~ :YouTube

五旬節 → 五旬節祭 :「Laudate ラウダーテ」

併せて、英語版も:
Old Testament :From Wikipedia
Bible Old Testament :”Daily Devotions A Few Moments With God”
Old Testament : "Catholic Online"
Old Testament Gateway HP 
:Roy and Sue Nicholson of Birkdale Queensland Australia

New Testament :From Wikipedia
Bible New Testament :”Daily Devotions A Few Moments With God”
New Testament :"Catholic Online"
The New Testament Gateway : Dr Mark Goodacre



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