久しぶりに安積班シリーズを読んだ。安積班シリーズを読む楽しみは、なんと言っても強行犯第一係の係長・安積剛志とその部下たちとの人間関係である。互いに仲間の長所を良く知っていて相乗効果を発揮していくチームワーク、互いへの信頼感と思いやりだ。特に私の好きなのは、安積と須田、安積と村雨の人間関係である。今回もその関わり合い方の違いが、ストーリーの展開の中で、しっくりといかされている。須田と黒木、村雨と桜井のペアの動きも、いつものように対照的でおもしろい。安積班に元鑑識員の水野が安積班に溶け込み始めた段階になり一員として積極的に持ち味を出し始めていて楽しい。
もう一つ、強行犯第二係の相楽班の動き、また相楽の安積に対する対抗意識にも変化が出始めてきた局面が描き込まれるようになってきた。このシリースがさらに続くなら、安積班と相楽班がどんな相乗効果を発揮していくかの面白みがさらに加わりそうな気がしてきて、楽しみである。今回は交機隊の速水の出番はほとんど無いが、押さえどころにやはり顔を出してきて、興味深い役割りを担っていておもしろい。
さて、本書のタイトルが暗示しているが、本書は安積班を中心にしながら、相楽班の捜査活動や相楽の意欲・意識なども局面局面で織り込んでいくという形になっている。そして、強行犯係の安積班が東京臨海署管内で様々な事件に関わっていく。それらの事件が短編小説として描き出される。つまり、短編小説集である。タイトルに「組曲」とあるように、各短編はそのタイトルが音楽の用語で統一されていて、事件内容を表すような事件関連の名称になっていないことである。強行犯係が扱う事件の幅広さを集約したような構成になっている。短編なので粗筋的なことを感想にかけば、手品の種を語ってしまう形になりかねないので、簡単な感想だけを列挙しておこう。
ある意味で音楽用語のタイトルは取り扱われた事件の内容、事件捜査の展開あるいは事件の醸し出す雰囲気などにリンクしている局面がある。その辺りを、おのおのの事件の捜査を描いた短編を読みながら、楽しんでいただくとよい作品集である。ちょっとした時間の合間に、一編ずつ読み進めるのも、おもしろいかもしれない。すきま時間を充実して過ごすのに便利な作品集になる。私はほぼ一気に読み進めてしまったが・・・・。
捜査組曲の構成と導入だけを感想としてご紹介しておこう。音楽用語にあまり強くないので、その意味の覚書を付記して・・・・。
<カデンツァ> [独奏協奏曲で、独奏楽器の自由に即興的な演奏をする部分]
比較的新しい建物のショッピングセンターで、不審火が発生。警備員が発見し、通報。いち早くその警備員が消化活動を始め、ボヤで済んだ。安積班はアカイヌ(放火)とみて捜査を始めるが不審な点を感じる。その2日後、同じショッピングセンターで男性客が襲われる。強盗未遂事件が発生。通報者は同じ警備員だった。須田が「代理ミュンヒハウゼン症候群」ということを引き合いに出してくる。須田の知識は底がしれない・・・・。
<ラプソディ> [狂詩曲のこと。自由なファンタジー風の楽曲]
東京湾臨海署には水上署が吸収合併されたことで、水上安全課が運用されている。水上安全課・水上安全第一係の吉田係長から安積に連絡が入る。船火事があり状況からみて火付けと思われ、かつオロク(遺体)が出たらしい。安積班出動である。安積は12メーター型警備艇に乗り込む羽目になる。安積が船酔い気味の状態を味わう羽目に。事件現場はカンボジア船籍の『ロータス号』船内。東南アジアなど複数国籍の外国人7人が船を放棄したという。巡視艇に保護されていた。彼らは船員だった。船内の遺体は他殺と断定される。捜査で目撃情報は得られない。1艘だけの救命ボートは、船員たちが船を放棄する際に使ったので、犯人は船から出られないはず。だが、ようとして手がかりがえられない。
安積班の須田・村雨・水野が話し合いで事件解決への推理を重ねていくところが面白い。
<オブリガート> [伴奏楽器で奏される主旋律と相競うように奏される助奏]
お台場の海浜公園で、怪我をして倒れている若い男が発見される。強行犯第二係、通称「相楽班」が出動する。警視庁本部の捜査一課から異動してきた相楽は安積に対抗意識を燃やしている。この被害者が安積班の捜査する事件と関係していたのだ。安積は相楽に情報を提供する。安積が相楽班の事件の被害者のことを知ったのは、相楽班の日野が安積班の水野に情報を提供したことがきっかけだった。相楽班と安積班が追う事件に接点が生まれた。「水野がな、日野のことを尋ねたとき、こんなことを言った。水野の理想の相手は、自分がオブリガートになれるかどうか、なんだそうだ」安積が相楽に語ったこの言葉からタイトルが由来する。それは、この事件の展開でもある。ダブルミーニングにしているところがおもしろい。
<セレナーデ> [恋人や女性を称えるために演奏される楽曲。夜曲あるいは小曲]
安積班の水野が二係の日野とつきあっているという噂が、安積班の中で話題になるという背景と重なりながら、挙偉大な複合商業施設内での傷害事件の発生に安積班が取り組む。被害者は25歳で、飲食店のアルバイト店員だという沢口麻衣。水野が沢口に質問すると、ストーカーされてたと言う。水野は、沢口の供述に対して、「彼女が言った一言に対しが、ひっかかっているのです」と安積に言う。それに対して、「刑事が違和感を抱いたときは、必ず何かある。俺はそう思っている」と安積は答えた。やはり、事件は思わぬ結末へ。
この事件の過程で安積は水野に言う。「・・・・おまえは、もう異分子なんかじゃない。立派な安積班の一員だ。だから、好きなときに好きなことを言っていいんだ」と。
最後に速水が水野の前に現れる。噂話のケリをつける役を引き受けてやると・・・・。
<コーダ> [楽曲において独立してつくられた終結部分。元来は「尾」の意味]
安積班の黒木が夜当番のときに、青山1丁目、大観覧車のすぐ近くの公園で傷害事件が発生する。通りすがりのカップルが通報。被害者の国枝政彦は都内の有名私立大学に通う21歳の学生で、ナイフで刺されていた。須田が国枝に状況確認の質問をする。その中で、被害者は公園の隣のゲームセンターのオンラインダーツをするためによく一人でくると言う。須田は「オンラインダーツは、501ですか?」と尋ねる。相棒の黒木と同様に、国枝はきょとんとしていた。質問の意味がわからない。須田の質問はそこまで。
事件の直後に、犯人の身柄が現場にほど近いところで確保される。単純な傷害事件に思えたが、須田は送検をぎりぎりまで待ってくれと言う。須田は調べ始める。「こんなはずはない。何か忘れているんじゃないかってね・・・・]と。
それが意外な事実の判明に繋がる。そして、事件は落着。
独立してつくられた終結部分は、安積の考えの表明だろう。「黒木。俺たちは、一人一人みな違うんだ。それぞれに持ち味がある。例えばみんなで登山をしているとする。たいていの者が頂上を見つめている。だが、そういうときでも、須田は足元をみているんだ。そういう男なんだよ」
<リタルランド> [音楽のテンポを次第に落としてゆく表現方法]
須田が夜当番の日に事件が起きる。江東区有明1丁目の路上で刃物で刺されたが命に別状はなさそう。だが手術が必要という。人着不明のまま、手分けして目の前の高層マンションでの目撃情報の聞き込みを始める。その最中に、今度は強姦の訴えが発生する。被害者の話での犯人は、午後8次くらいに発生していた強盗事件の犯人の目撃情報と一致してくる。バラバラに思えた事件が繋がって行く。
この一連の事件は、桜井刑事が貴重な体験をする事件となった。須田の褒め言葉に対し、桜井が答える。「村雨さんに、忙しいときこそ、ゆっくり考えろと言われたんです。」「ええ。最初は、ただ慌ただしさに流されているだけだったんです。とてもゆっくり考えることなんてできないと思っていました。でも、だんだんと気分がスローダウンしてきて・・・・。そうしたら、今までごちゃごちゃだったものが、すうっと整理されていったんです」タイトルのリアルダンドはこの桜井の体験に由来するようだ。
<ダ・カーポ> [曲の冒頭に戻ること]
お台場のファーストフードのチェーン店でアルバイトをする23歳の西原喜一が、アルバイトの帰り道、縦横に走る遊歩道のある公園で襲撃され、頭を殴られ、脳震盪を起こすという傷害事件が起こった。突然衝撃を受けて意識を失ったという。財布、現金は取られていない。物盗りの犯行ではない。被害者は犯人の心当たりはないという。安積班の現場付近の聞き込みで目撃情報が得られたが、相互に喰い違っている。目撃者はいずれも犯人は一人だったという。「二つの目撃情報が喰い違う理由は何だ?」そこから捜査が始まって行く。
「なんか、行き詰まったみたいですね」
「こういうときは、どうしたらいいと思う?」
「ええとですね・・・・。振り出しに戻ることですかね・・・・」
「そのとおりだ。村雨、振り出しに戻ってまずやるべきことは何だ」
この短編のタイトルは、この会話に関連しているようだ。鉄則はおろそかにできない。
<シンフォニー> [交響曲。異なった要素がまじり合って、ある効果を生み出す]
この小説は、東京湾臨海署の鑑識班・石川進係長が主人公になる。強行犯係を陰で支えているのが鑑識班。安積班・相楽班の活動の陰には鑑識係が居る。鑑識係への依頼は強行犯係以外からも押し寄せる。強行犯係の出動する事件は次々に起こる。
石川は鑑識係が人員増加の要望も叶えられず、過重な業務の負荷がそれぞれの係員にかかっていることを憂慮している。
そんな折、相楽刑事が榊原課長に、鑑識の対応に不公平があると苦情を言ったことで、石川は課長室に呼び出される。石川は完全に切れてしまう。鑑識係が定時勤務時間内だけしか仕事を引き受けないという行動に出る。
鑑識係の仕事が具体的にどういうものかに光を当てた作品。最後は安積が石川と話をすることになる。石川は安積に問う。「あんたは、何のためにそんなに働かなくちゃならなかったんだ?」安積の信条がストレートに語られる。
安積の返答に石川の心がほぐれていく。警察の仕事は結局シンフォニーでないと成り立たないということを雄弁に描き出す。石川のストライキ!勃発。愉快な展開。
<ディスコード> [音楽で不協和音のこと]
東京湾臨海署ができたとき、野村武彦署長の思惑が働き、強行犯係を2つに分けられたと考えている者が多いという。安積班と相楽班を競わせることで、係員の志気をを高めようということらしい。相楽はこの状況を気に入っているようだ。安積は気に掛けていない。野村署長は安積班を支持し、副署長は相楽班を支持することで互いに牽制し合っているというか、利用している局面があると速水は眺めている。
高輪署管内で起きた強殺事件に捜査本部ができ、捜査本部が置かれたことから、東京湾臨海署から5名1班分の応援を出さねばならないという。野村署長は強行犯係を応援に送り込めという。安積班も相楽班も、目下事件を抱えて捜査に当たっている。
指示を受けた、榊原課長は署長・副署長の思惑と各斑の事件捜査に取り組む現状との板挟みになって、苦慮する。応援に出た班の仕事は、東京湾臨海署の実績にはならないのだ。
榊原がこの難題を抱える前に、榊原は速水と話す機会をつくった。そのとき、速水は榊原に言う。「不協和音は、音楽に味わいと深みを加えます。組織においても、そうじゃないんですか」と。
苦慮した榊原は安積に連絡して、事情を話す。やっぱり安積!というところ。
<アンサンブル> [2人が同時に演奏すること]
相楽班が事件の捜査過程で立て続けにヘマをする。今は相楽を傍で眺めているしか手はないと安積は判断する。
安積班も事件を抱えている。その最中で安積の娘が、離婚した安積の元妻の誕生日に一緒に食事を機会を競っている連絡をしてくる。安積班の班員はこの誕生日のことを知って、安積の行動を気に掛けている。
誕生日の食事をする予定のある週の月曜日の夜に、管内で変死体が発見された。知らせが入ったときに係に残っていたのは水野だけ。そこで安積と水野が現場に行く。安積班のメンバーが現着したすぐ後に、相楽班も現場にやってきた。安積の了解を得て、現場を確認する。署に引きあげた後、相楽が安積にこの事件を相楽班でやらせてくれと言い出す。 それはなぜか? 相楽に尋ねた安積に対し、速水が相楽に話した内容と相楽に欠けるものと言われたことを答える。
相楽は事件解決の実績を積み、安積は元妻と娘との食事ができたのだ。
この経緯が読ませどころの小品である。安積と相楽は、まさにアンサンブルができる関係を深めていく。楽しめる作品である。
ご一読ありがとうございます。
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』 徳間文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新4版 (45冊)
もう一つ、強行犯第二係の相楽班の動き、また相楽の安積に対する対抗意識にも変化が出始めてきた局面が描き込まれるようになってきた。このシリースがさらに続くなら、安積班と相楽班がどんな相乗効果を発揮していくかの面白みがさらに加わりそうな気がしてきて、楽しみである。今回は交機隊の速水の出番はほとんど無いが、押さえどころにやはり顔を出してきて、興味深い役割りを担っていておもしろい。
さて、本書のタイトルが暗示しているが、本書は安積班を中心にしながら、相楽班の捜査活動や相楽の意欲・意識なども局面局面で織り込んでいくという形になっている。そして、強行犯係の安積班が東京臨海署管内で様々な事件に関わっていく。それらの事件が短編小説として描き出される。つまり、短編小説集である。タイトルに「組曲」とあるように、各短編はそのタイトルが音楽の用語で統一されていて、事件内容を表すような事件関連の名称になっていないことである。強行犯係が扱う事件の幅広さを集約したような構成になっている。短編なので粗筋的なことを感想にかけば、手品の種を語ってしまう形になりかねないので、簡単な感想だけを列挙しておこう。
ある意味で音楽用語のタイトルは取り扱われた事件の内容、事件捜査の展開あるいは事件の醸し出す雰囲気などにリンクしている局面がある。その辺りを、おのおのの事件の捜査を描いた短編を読みながら、楽しんでいただくとよい作品集である。ちょっとした時間の合間に、一編ずつ読み進めるのも、おもしろいかもしれない。すきま時間を充実して過ごすのに便利な作品集になる。私はほぼ一気に読み進めてしまったが・・・・。
捜査組曲の構成と導入だけを感想としてご紹介しておこう。音楽用語にあまり強くないので、その意味の覚書を付記して・・・・。
<カデンツァ> [独奏協奏曲で、独奏楽器の自由に即興的な演奏をする部分]
比較的新しい建物のショッピングセンターで、不審火が発生。警備員が発見し、通報。いち早くその警備員が消化活動を始め、ボヤで済んだ。安積班はアカイヌ(放火)とみて捜査を始めるが不審な点を感じる。その2日後、同じショッピングセンターで男性客が襲われる。強盗未遂事件が発生。通報者は同じ警備員だった。須田が「代理ミュンヒハウゼン症候群」ということを引き合いに出してくる。須田の知識は底がしれない・・・・。
<ラプソディ> [狂詩曲のこと。自由なファンタジー風の楽曲]
東京湾臨海署には水上署が吸収合併されたことで、水上安全課が運用されている。水上安全課・水上安全第一係の吉田係長から安積に連絡が入る。船火事があり状況からみて火付けと思われ、かつオロク(遺体)が出たらしい。安積班出動である。安積は12メーター型警備艇に乗り込む羽目になる。安積が船酔い気味の状態を味わう羽目に。事件現場はカンボジア船籍の『ロータス号』船内。東南アジアなど複数国籍の外国人7人が船を放棄したという。巡視艇に保護されていた。彼らは船員だった。船内の遺体は他殺と断定される。捜査で目撃情報は得られない。1艘だけの救命ボートは、船員たちが船を放棄する際に使ったので、犯人は船から出られないはず。だが、ようとして手がかりがえられない。
安積班の須田・村雨・水野が話し合いで事件解決への推理を重ねていくところが面白い。
<オブリガート> [伴奏楽器で奏される主旋律と相競うように奏される助奏]
お台場の海浜公園で、怪我をして倒れている若い男が発見される。強行犯第二係、通称「相楽班」が出動する。警視庁本部の捜査一課から異動してきた相楽は安積に対抗意識を燃やしている。この被害者が安積班の捜査する事件と関係していたのだ。安積は相楽に情報を提供する。安積が相楽班の事件の被害者のことを知ったのは、相楽班の日野が安積班の水野に情報を提供したことがきっかけだった。相楽班と安積班が追う事件に接点が生まれた。「水野がな、日野のことを尋ねたとき、こんなことを言った。水野の理想の相手は、自分がオブリガートになれるかどうか、なんだそうだ」安積が相楽に語ったこの言葉からタイトルが由来する。それは、この事件の展開でもある。ダブルミーニングにしているところがおもしろい。
<セレナーデ> [恋人や女性を称えるために演奏される楽曲。夜曲あるいは小曲]
安積班の水野が二係の日野とつきあっているという噂が、安積班の中で話題になるという背景と重なりながら、挙偉大な複合商業施設内での傷害事件の発生に安積班が取り組む。被害者は25歳で、飲食店のアルバイト店員だという沢口麻衣。水野が沢口に質問すると、ストーカーされてたと言う。水野は、沢口の供述に対して、「彼女が言った一言に対しが、ひっかかっているのです」と安積に言う。それに対して、「刑事が違和感を抱いたときは、必ず何かある。俺はそう思っている」と安積は答えた。やはり、事件は思わぬ結末へ。
この事件の過程で安積は水野に言う。「・・・・おまえは、もう異分子なんかじゃない。立派な安積班の一員だ。だから、好きなときに好きなことを言っていいんだ」と。
最後に速水が水野の前に現れる。噂話のケリをつける役を引き受けてやると・・・・。
<コーダ> [楽曲において独立してつくられた終結部分。元来は「尾」の意味]
安積班の黒木が夜当番のときに、青山1丁目、大観覧車のすぐ近くの公園で傷害事件が発生する。通りすがりのカップルが通報。被害者の国枝政彦は都内の有名私立大学に通う21歳の学生で、ナイフで刺されていた。須田が国枝に状況確認の質問をする。その中で、被害者は公園の隣のゲームセンターのオンラインダーツをするためによく一人でくると言う。須田は「オンラインダーツは、501ですか?」と尋ねる。相棒の黒木と同様に、国枝はきょとんとしていた。質問の意味がわからない。須田の質問はそこまで。
事件の直後に、犯人の身柄が現場にほど近いところで確保される。単純な傷害事件に思えたが、須田は送検をぎりぎりまで待ってくれと言う。須田は調べ始める。「こんなはずはない。何か忘れているんじゃないかってね・・・・]と。
それが意外な事実の判明に繋がる。そして、事件は落着。
独立してつくられた終結部分は、安積の考えの表明だろう。「黒木。俺たちは、一人一人みな違うんだ。それぞれに持ち味がある。例えばみんなで登山をしているとする。たいていの者が頂上を見つめている。だが、そういうときでも、須田は足元をみているんだ。そういう男なんだよ」
<リタルランド> [音楽のテンポを次第に落としてゆく表現方法]
須田が夜当番の日に事件が起きる。江東区有明1丁目の路上で刃物で刺されたが命に別状はなさそう。だが手術が必要という。人着不明のまま、手分けして目の前の高層マンションでの目撃情報の聞き込みを始める。その最中に、今度は強姦の訴えが発生する。被害者の話での犯人は、午後8次くらいに発生していた強盗事件の犯人の目撃情報と一致してくる。バラバラに思えた事件が繋がって行く。
この一連の事件は、桜井刑事が貴重な体験をする事件となった。須田の褒め言葉に対し、桜井が答える。「村雨さんに、忙しいときこそ、ゆっくり考えろと言われたんです。」「ええ。最初は、ただ慌ただしさに流されているだけだったんです。とてもゆっくり考えることなんてできないと思っていました。でも、だんだんと気分がスローダウンしてきて・・・・。そうしたら、今までごちゃごちゃだったものが、すうっと整理されていったんです」タイトルのリアルダンドはこの桜井の体験に由来するようだ。
<ダ・カーポ> [曲の冒頭に戻ること]
お台場のファーストフードのチェーン店でアルバイトをする23歳の西原喜一が、アルバイトの帰り道、縦横に走る遊歩道のある公園で襲撃され、頭を殴られ、脳震盪を起こすという傷害事件が起こった。突然衝撃を受けて意識を失ったという。財布、現金は取られていない。物盗りの犯行ではない。被害者は犯人の心当たりはないという。安積班の現場付近の聞き込みで目撃情報が得られたが、相互に喰い違っている。目撃者はいずれも犯人は一人だったという。「二つの目撃情報が喰い違う理由は何だ?」そこから捜査が始まって行く。
「なんか、行き詰まったみたいですね」
「こういうときは、どうしたらいいと思う?」
「ええとですね・・・・。振り出しに戻ることですかね・・・・」
「そのとおりだ。村雨、振り出しに戻ってまずやるべきことは何だ」
この短編のタイトルは、この会話に関連しているようだ。鉄則はおろそかにできない。
<シンフォニー> [交響曲。異なった要素がまじり合って、ある効果を生み出す]
この小説は、東京湾臨海署の鑑識班・石川進係長が主人公になる。強行犯係を陰で支えているのが鑑識班。安積班・相楽班の活動の陰には鑑識係が居る。鑑識係への依頼は強行犯係以外からも押し寄せる。強行犯係の出動する事件は次々に起こる。
石川は鑑識係が人員増加の要望も叶えられず、過重な業務の負荷がそれぞれの係員にかかっていることを憂慮している。
そんな折、相楽刑事が榊原課長に、鑑識の対応に不公平があると苦情を言ったことで、石川は課長室に呼び出される。石川は完全に切れてしまう。鑑識係が定時勤務時間内だけしか仕事を引き受けないという行動に出る。
鑑識係の仕事が具体的にどういうものかに光を当てた作品。最後は安積が石川と話をすることになる。石川は安積に問う。「あんたは、何のためにそんなに働かなくちゃならなかったんだ?」安積の信条がストレートに語られる。
安積の返答に石川の心がほぐれていく。警察の仕事は結局シンフォニーでないと成り立たないということを雄弁に描き出す。石川のストライキ!勃発。愉快な展開。
<ディスコード> [音楽で不協和音のこと]
東京湾臨海署ができたとき、野村武彦署長の思惑が働き、強行犯係を2つに分けられたと考えている者が多いという。安積班と相楽班を競わせることで、係員の志気をを高めようということらしい。相楽はこの状況を気に入っているようだ。安積は気に掛けていない。野村署長は安積班を支持し、副署長は相楽班を支持することで互いに牽制し合っているというか、利用している局面があると速水は眺めている。
高輪署管内で起きた強殺事件に捜査本部ができ、捜査本部が置かれたことから、東京湾臨海署から5名1班分の応援を出さねばならないという。野村署長は強行犯係を応援に送り込めという。安積班も相楽班も、目下事件を抱えて捜査に当たっている。
指示を受けた、榊原課長は署長・副署長の思惑と各斑の事件捜査に取り組む現状との板挟みになって、苦慮する。応援に出た班の仕事は、東京湾臨海署の実績にはならないのだ。
榊原がこの難題を抱える前に、榊原は速水と話す機会をつくった。そのとき、速水は榊原に言う。「不協和音は、音楽に味わいと深みを加えます。組織においても、そうじゃないんですか」と。
苦慮した榊原は安積に連絡して、事情を話す。やっぱり安積!というところ。
<アンサンブル> [2人が同時に演奏すること]
相楽班が事件の捜査過程で立て続けにヘマをする。今は相楽を傍で眺めているしか手はないと安積は判断する。
安積班も事件を抱えている。その最中で安積の娘が、離婚した安積の元妻の誕生日に一緒に食事を機会を競っている連絡をしてくる。安積班の班員はこの誕生日のことを知って、安積の行動を気に掛けている。
誕生日の食事をする予定のある週の月曜日の夜に、管内で変死体が発見された。知らせが入ったときに係に残っていたのは水野だけ。そこで安積と水野が現場に行く。安積班のメンバーが現着したすぐ後に、相楽班も現場にやってきた。安積の了解を得て、現場を確認する。署に引きあげた後、相楽が安積にこの事件を相楽班でやらせてくれと言い出す。 それはなぜか? 相楽に尋ねた安積に対し、速水が相楽に話した内容と相楽に欠けるものと言われたことを答える。
相楽は事件解決の実績を積み、安積は元妻と娘との食事ができたのだ。
この経緯が読ませどころの小品である。安積と相楽は、まさにアンサンブルができる関係を深めていく。楽しめる作品である。
ご一読ありがとうございます。
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』 徳間文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新4版 (45冊)