地獄という概念は、洋の東西を問わず、世界の様々な地域に存在する。西洋で言えば、ミケランジェロの描いた「最後の審判」には地獄に堕ちて行く人々が描かれている。ダンテの『神曲』に描かれた「地獄編」は有名である。ギリシャ神話「オルフェウスとエウリディケ」から発想を得て、オペレッタ「地獄のオルフェ」が1858年に初演されたという。J.オッフェンバッハ作曲の「天国と地獄」という曲は有名だ。
ゾロアスター教には『アルダー・ウィラーズ・ナーメ(敬虔なるウィラーズの冥界旅行』という書に地獄が描かれている。イスラム教の聖典である『コーラン』にも、最後の審判で地獄のことを記すという。
日本ではどうか。仏教の経典とともに地獄という概念が日本に伝わってきた。本書の総論「地獄-絶望と救い」で廣川勝美同志社大学名誉教授は、僧景戒の選述したわが国最初の仏教説話集である『日本霊異記』に地獄の責め苦が記されているという。地獄の痛苦とそこからの救済を説話の形でまとめているようである。
さらに、「地獄」そのものを明確に描き出した最初の書が惠心僧都源信の『往生要集』ということになる。仏典に描写された地獄を集約して、この書の最初「大文第一 厭離穢土」に六道の「第一地獄」を著している。そして第二から第六として「餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道」が説かれていく。岩波文庫『往生要集(上)』(石田瑞磨訳注)が原文に一番手頃にアプローチできるものだろう。
「第一に、地獄もまた分かちて八となす。一には等活(とうかつ)、二には黒縄(こくじょう)、三には叫喚(きょうかん)、五には大叫喚、六には焦熱(しょうねつ)、七には大焦熱、八には無間(むけん)なり」という書き出しで八大地獄の有様を微に入り細に入り描出している。
この八大地獄を絵に著したのが狭義の地獄絵である。文字を読み、己の頭脳でそのイメージを描き出せる人は、源信の時代、それ以降においても一部の人々である。一般民衆は文字を読むこのできる人は少数派だっただろう。文字の読めない人々に、地獄を実感させるには? そういう人に八大地獄をイメージさせるにはおどろおどろしき地獄絵として描き出すことが、どれほど強烈なインパクトになっただろうか。魑魅魍魎の世界を身近に感じていた人々がその絵を見るのである。現代人には想像を絶する心理的インパクトがあったのではないか。
仏教思想に取り込まれた「六道輪廻」という概念の中で「地獄」を筆頭とした痛苦・恐怖が様々に展開されていく。それが「六道絵」となって現出された。
この書は、源信が「厭離穢土」として記した内容を具体的にわかりやすく解説し、滋賀県大津市に所在の聖聚来迎寺が所蔵される「六道絵」の掛軸絵を使って画像で紹介するという構成になっている。掛軸としての一幅の絵全体を提示し、さらにその部分絵図を切り出して、具体的な地獄の場面と他の五道の場面を解説している。インターネットで検索すると、聖聚来迎寺所蔵の六道絵の掛軸絵について何幅の画像を見ることができる。だがその細部の具体的な絵まではわかりづらい。この六道絵を詳細に鑑賞するには手ごろな書である。
本書の目次構成をご紹介しておきたい。
総論 地獄-絶望と救い
1章 閻魔王庁で裁かれる人々 閻魔王庁
2章 地獄の恐怖と苦しみ 等活地獄・黒縄地獄・衆合地獄・阿鼻地獄
3章 餓鬼の飢えと渇き 餓鬼道
4章 畜生道の救いなき日常 畜生道
5章 修羅道の永遠の闘争 修羅道
6章 人道の苦しみと無常 人道不浄相・人道苦相・人道無常相
7章 天道の喜びと五衰 天道
8章 念仏功徳に託した願い 譬喩経所説念仏功徳・優婆塞戒経所説念仏功徳
いつの時代にもどの地域でも、人々はこの世に地獄を見てきた。この書は大凡の日本人が何かの機会に伝聞・見聞してきた「地獄」「六道」の諸相だである。改めて、見つめ直すのも、日本人の歴史を顧みる好材料だと思う。また、その思想、イマジネーションはシルクロードの遙かな道を介して西域、インドにまで繋がっていることに思いを馳せることになっていく。
最後に総論の冒頭に紹介されている武田泰淳の印象深い文を引用させていただこう。
「あたり一面、地獄がみちみちていたから、地球上どこへ行っても宗教の無い場所はなかった。地獄からの救い。それを求める人間が、宗教を生み出した。これを言いかえれば、地獄をふりすててしまえば、この世に宗教は存在できなくなる予感がする。」(『私の中の地獄』)
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
本書の地獄絵に直接関連する事項についてネット検索したものを一覧にしておきたい。
六道絵 :ウィキペディア
近江巡礼 祈りの至宝展 :「静岡市美術館」
大津 国宝への旅 :「大津市歴史博物館」
「国宝 六道絵」の魅力 :「大津れきはく日記」
絹本着色六道絵 国宝 聖衆来迎寺 :「なびポン写真」
絹本著色六道絵 :「まるじりあ」
国宝 六道絵[閻魔王庁図] 道教の美術 :「大阪市立美術館」
国宝・絹本著色六道絵(聖衆来迎寺、鎌倉時代)のうち、生老病死四苦相図
:「滋賀報知新聞」
日枝の山道4(聖衆来迎寺と十界図の虫干し) :「Katata/堅田」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
ゾロアスター教には『アルダー・ウィラーズ・ナーメ(敬虔なるウィラーズの冥界旅行』という書に地獄が描かれている。イスラム教の聖典である『コーラン』にも、最後の審判で地獄のことを記すという。
日本ではどうか。仏教の経典とともに地獄という概念が日本に伝わってきた。本書の総論「地獄-絶望と救い」で廣川勝美同志社大学名誉教授は、僧景戒の選述したわが国最初の仏教説話集である『日本霊異記』に地獄の責め苦が記されているという。地獄の痛苦とそこからの救済を説話の形でまとめているようである。
さらに、「地獄」そのものを明確に描き出した最初の書が惠心僧都源信の『往生要集』ということになる。仏典に描写された地獄を集約して、この書の最初「大文第一 厭離穢土」に六道の「第一地獄」を著している。そして第二から第六として「餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道」が説かれていく。岩波文庫『往生要集(上)』(石田瑞磨訳注)が原文に一番手頃にアプローチできるものだろう。
「第一に、地獄もまた分かちて八となす。一には等活(とうかつ)、二には黒縄(こくじょう)、三には叫喚(きょうかん)、五には大叫喚、六には焦熱(しょうねつ)、七には大焦熱、八には無間(むけん)なり」という書き出しで八大地獄の有様を微に入り細に入り描出している。
この八大地獄を絵に著したのが狭義の地獄絵である。文字を読み、己の頭脳でそのイメージを描き出せる人は、源信の時代、それ以降においても一部の人々である。一般民衆は文字を読むこのできる人は少数派だっただろう。文字の読めない人々に、地獄を実感させるには? そういう人に八大地獄をイメージさせるにはおどろおどろしき地獄絵として描き出すことが、どれほど強烈なインパクトになっただろうか。魑魅魍魎の世界を身近に感じていた人々がその絵を見るのである。現代人には想像を絶する心理的インパクトがあったのではないか。
仏教思想に取り込まれた「六道輪廻」という概念の中で「地獄」を筆頭とした痛苦・恐怖が様々に展開されていく。それが「六道絵」となって現出された。
この書は、源信が「厭離穢土」として記した内容を具体的にわかりやすく解説し、滋賀県大津市に所在の聖聚来迎寺が所蔵される「六道絵」の掛軸絵を使って画像で紹介するという構成になっている。掛軸としての一幅の絵全体を提示し、さらにその部分絵図を切り出して、具体的な地獄の場面と他の五道の場面を解説している。インターネットで検索すると、聖聚来迎寺所蔵の六道絵の掛軸絵について何幅の画像を見ることができる。だがその細部の具体的な絵まではわかりづらい。この六道絵を詳細に鑑賞するには手ごろな書である。
本書の目次構成をご紹介しておきたい。
総論 地獄-絶望と救い
1章 閻魔王庁で裁かれる人々 閻魔王庁
2章 地獄の恐怖と苦しみ 等活地獄・黒縄地獄・衆合地獄・阿鼻地獄
3章 餓鬼の飢えと渇き 餓鬼道
4章 畜生道の救いなき日常 畜生道
5章 修羅道の永遠の闘争 修羅道
6章 人道の苦しみと無常 人道不浄相・人道苦相・人道無常相
7章 天道の喜びと五衰 天道
8章 念仏功徳に託した願い 譬喩経所説念仏功徳・優婆塞戒経所説念仏功徳
いつの時代にもどの地域でも、人々はこの世に地獄を見てきた。この書は大凡の日本人が何かの機会に伝聞・見聞してきた「地獄」「六道」の諸相だである。改めて、見つめ直すのも、日本人の歴史を顧みる好材料だと思う。また、その思想、イマジネーションはシルクロードの遙かな道を介して西域、インドにまで繋がっていることに思いを馳せることになっていく。
最後に総論の冒頭に紹介されている武田泰淳の印象深い文を引用させていただこう。
「あたり一面、地獄がみちみちていたから、地球上どこへ行っても宗教の無い場所はなかった。地獄からの救い。それを求める人間が、宗教を生み出した。これを言いかえれば、地獄をふりすててしまえば、この世に宗教は存在できなくなる予感がする。」(『私の中の地獄』)
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
本書の地獄絵に直接関連する事項についてネット検索したものを一覧にしておきたい。
六道絵 :ウィキペディア
近江巡礼 祈りの至宝展 :「静岡市美術館」
大津 国宝への旅 :「大津市歴史博物館」
「国宝 六道絵」の魅力 :「大津れきはく日記」
絹本着色六道絵 国宝 聖衆来迎寺 :「なびポン写真」
絹本著色六道絵 :「まるじりあ」
国宝 六道絵[閻魔王庁図] 道教の美術 :「大阪市立美術館」
国宝・絹本著色六道絵(聖衆来迎寺、鎌倉時代)のうち、生老病死四苦相図
:「滋賀報知新聞」
日枝の山道4(聖衆来迎寺と十界図の虫干し) :「Katata/堅田」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)