『スクープ』から始まった布施京一記者をストーリーの中心に据えた事件報道シリーズ第4作になる。布施はTBNテレビ報道局社会部に属し、看板番組「ニュースイレブン」所属の遊軍記者である。デスクの鳩村からは、番組の打ち合わせ会議に出席しないなど素行に問題がある点を日頃から不快に思われている。しかし、キャスターからは布施がスクープをとってくる特異な能力を認められ、少々の素行不良も容認され、逆にそれもスクープを取ってくる要素の一部くらいに思われている。そんな布施が事件をスクープするという経緯がおもしろいシリーズである。
この第4作では、『ニュースイレブン』の視聴率低下傾向が放送局の運営面から光が当てられる。一つのテーマとして視聴率至上主義のテレビ業界における報道番組のあり方、視聴率確保との両立という問題である。鳩村デスクは『ニュースイレブン』を正統派報道と位置づけ、ジャーナリズムの理念と矜持を持つ報道番組という信念をもつ。だが、番組発足当初の魅力からすると視聴率低下傾向が見られるのは事実なのだ。そこに油井局長が、大阪の局からセントラル映像に出向した栃本を『ニュースイレブン』のサブデスクとして起用する。視聴率アップのために番組に新たな発想を持ち込む助っ人、あるいは鳩村への刺客として送り込んだのである。栃本は冒頭から布施に興味があると言う。また報道番組が視聴率を上げるためには視聴者に魅力を感じさせる要素はどんどん使えと言い始める。「ウケればええんですわ。所詮、テレビやし」(p38)という現実主義の観点を主張する。鳩村は「私がデスクでいるうちは、『ニュースイレブン』では下品なスキャンダルや人を笑いものにするようなネタは、絶対に認めない」(p38)と反論する。さて、この二人の主義主張がどういうストーリー展開を見せるか。興味をそそる観点が一つの軸として織り込まれていく。
更に、著者は日本における報道番組のあり方についても、大きな問題提起を織り込んでいる。それは、本書のタイトルが表象している「アンカー」である。鳩村は報道する側の良心、客観性があり公平性を維持した中立不偏の報道という立場を取る。それは一方で特自性のない報道に堕しかねない。さらに、日本の場合は、報道番組のキャスターが取り上げるニュースを選んだり、自らの言葉でインタビューすることは稀で、デスクの方針に従う。キャスターの発言もインタビューの質問も事前に用意されているという約束ごとになっている。ところが、アメリカではキャスターがニュースを選び、生でインタビューもするし、、質問で相手を追い詰めるということもある。アンンカーパーソンとして重要性が求められている。個性や独自性が重視されたものになっているという。
鳩村がデスクを務め、鳥飼がキャスターだった『ニュースイレブン』が曲がり角に来ているのである。これは日本の報道のあり方、現状に対する日本の報道ジャーナリズムへの問題提起なのかもしれない。そういう意味で、サブストーリーの面白さがある。
さて、布施の行動に目を転じよう。メイン・ストーリーは何か。布施は警視庁の黒田刑事が担当する事案に関心を寄せたのである。警視庁捜査一課の黒田刑事は、谷口刑事とともに未解決事件の継続捜査、つまり特命捜査対策室の事案を担当することになったのである。それは、10年前、大学生が飲み会の帰り道、町田市内で誰かと口論になり午後11時半琴に殺害されたという事件だった。町田市内で一人暮らしをする大学2年生、当時19歳だった福原亮助が帰宅途中、居住するアパートの傍で誰かと口論になったようで、相手に刃物で刺されたのである。事件発生は4月30日の午後11時半頃。通報が約5分後の11時35分頃。被害者は失血死した。口論していたという目撃証言があっただあけで、犯行の瞬間を見た者はいない。行きずりの犯行のようでもあった。殺人の公訴時効が撤廃されているため、未解決事件の継続捜査になっているのである。
事件発生から1ヵ月ほど経った頃から、町田の駅前で10年近くビラ配りを続けてきた被害者福原亮助の両親に、布施は関心を抱き、事件について取材に行った。被害者の両親は事件の解決に繋がる情報に懸賞金を出すということまでしていた。その夜、布施は『かめ吉』でさりげなく黒田にアプローチし、黒田が事案を引き継いで担当することになったことを確かめた。
布施はこの事件を調べる行動に踏み出そうとする。鳩村は報道の話題性に乏しいと判断し、布施に勝手な行動を取るなと言う。サブデスクに入り込んだ栃本は布施の事件に対する嗅覚、感性に興味を示す。メインキャスターの鳥飼は取り上げないと言う鳩村に同意するが、キャスターの香山恵理子は布施の関心に対して、布施の行動に賛成する。布施のスクープに対する嗅覚を信じているのである。そして、情報収集に協力すると言う。
結果的に3対2で、布施がこの事件を調べ始めることになる。香山は周辺の関連情報を調べ、町田の大学生刺殺事件に直結するとは思えないものの、当時町田の近くで興味深い事件が数件発生していたという事実を拾い出したのだ。そこから警察組織と警察文化に関わりの無い布施は、独自の視点で事件性を追究する事になる。一方、己の発想をさりげなく黒田にメッセージとして投げかけていく。町田の大学生刺殺事件を担当する黒田は、布施のメッセージを勿論重視して深く考え、捜査行動に移していく。布施が記者の立場で独自に行う取材行動、黒田の警察組織を使った捜査行動が、徐々に事件の本質に迫り、収斂していく。当時捜査における捜査方針と捜査活動の限界と陥穽が明らかになっていく。
この小説は、いくつかの問題視点を巧妙に組み合わせてストーリーとして織り交ぜながら、人間行動の盲点を暴き出し、意外な方向へと進展させていくおもしろさで読者を引きつけていく。
次の問題視点が含まれていると思う。本書に描き出される場面から、興味深い断章を上掲と重複しない部分で並記しておく。
1. 捜査本部体制で短期間に事件の解決に臨む警察組織と警察文化に潜む陥穽の視点。
捜査方針の貫徹による組織行動がもつ効率性とミスリードというリスクの可能性。
「殺人事件でもっとも捜査が難しいのが行きずりの殺人だ。被害者と加害者との間に人間関係がなく、鑑取りができないのだ。」 p50
「2週間経っても事件が解決しない場合は、捜査本部が縮小されます。それは、2週間を過ぎると、証拠も証言も集まりにくくなるからです。初動捜査が勝負なのです」p66
2. 警察組織が管轄領域を線引きし、所管の区域を分担することからくる相互不干渉、縄張り意識により事件性や発生事件についてのコミュニケーション・ギャップが生まれる可能性。
この2と3が、この小説のメインストーリーのテーマにもなっている。そこに部外者の視点で布施が風穴をあけるトリガー役となっていく。警察組織の縦割りによる問題点と解決への糸口の意外性をうまく俎上に載せていくおもしろさが描かれる。
換言すれば、発想の切り替えといえるのかもしれない。
このストーリーとは全く次元が異なるが、読後にアナロジーとして、かつてのオウム真理教のサティアンが警察の捜査という観点では盲点となるような場所に立地していたという事実を連想してしまった。
3. 未解決事件が継続捜査となったときはどうなるかという視点と実情。
「犯罪の証拠は、時間の経過に従い急速に失われていくからだ」 p50
「いわゆる思い込みで記憶が改竄されることもあれば、他人に言われて変化してしまうこともある」 p50
「警察から連絡がなくなり、こちらから問い合わせても、進展はない、と言われるだけになりました。マスコミはすぐに、事件に関心を示さなくなりました。マスコミが取り上げないということは、世間から顧みられないということです。つまり、もうそんな事件はなかったのと同じことになるのです。」 p63
4. 民間テレビ局のスポンサー依存と視聴率至上主義を背景とする中での報道番組のあり方という視点。
メインキャスターの立ち位置とアメリカのアンカーパーソンの違いは上記した。
栃本という仕掛け人を登場させたことが、この視点で一石を投じ、揺さぶりをかけるおもしろさとなっている。
こんなシーンも出てくる。
鳩村「知る権利は民主主義の根幹です」
黒田「知る権利なんて、あんたらには関係ない。問題は視聴率でしょう? スポンサーには逆らえない。そして、政府にも楯突けない。放送は許認可事業だ、というのが言い訳だ。反骨精神なんて、今のテレビにあるんですか?」
「ニュージャーナリズムが登場してからは、アメリカのニュース番組も変容していったんや。客観性よりも自分の意見や立場を鮮明にするキャスターが現れたんや」p111
5. 布施の対極に居る『ニュースイレブン』のデスク鳩村の心の葛藤を介して、ジャーナリストの矜持とジャーナリズムを考えるという視点。
4とはコインの裏表の関係にあると言えるが、布施記者の行動を鏡として、己を考えるという鳩村の心の揺れ動きが興味深い。栃本の発言も揺さぶりの起爆剤になっている。
さらに、鳥飼がキャスターを降りると言い出す。どんな展開になることかと、先を読ませる動因にもなる。
ここでは、鳩村をモデルにして、日本の報道諸媒体の有り様・現状に対する社会批判的視点が重ねられているように思う。
私は、まず布施と黒田の阿吽の呼吸とでも言えるやり取りを楽しく感じる。さらに、布施の問題意識は上記の5つの視点を、立ち位置を変えて眺めたところから生み出されているように思う。それが、事件性への臭覚の背景になっていると思う。東都新聞の持田が脇役として登場するが、狂言の太郎冠者的な存在としておもしろい。また、今回はキャスターの鳥飼と香山恵理子が、今までよりも一歩踏み込んだ行動を取っているところも、各々異なる次元で織り込まれていく読みどころとしてうまく機能している。特に香山のデスクワークでの情報収集がメインストーリーの進展の上で、重要な布石となっている。
一方、私はこのシリーズで鳩村の悩みと行動を楽しみに読んでいる。布施と鳩村はいい補完関係にある。それがこのシリーズの魅力の一つでもある。
読ませどころを巧みに組み入れたストーリー展開になっていて、エンターテインメント性もありおもしろい。
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本書の関連で少しネット検索してみた事項を一覧にしておきたい。
ニュースキャスター :ウィキペディア
News presenter From Wikipedia, the free encyclopedia
Best TV Anchorperson :「INLADER」
ジャーナリズム :「コトバンク」
ニュージャーナリズム :ウィキペディア
ニュージャーナリズム :「コトバンク」
「ジャーナリズム」の構築過程に関する一考察
-不確実性下における「信頼」概念を手がかりに- 山口 仁 氏
「慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要」
データ・ジャーナリズムの展望 :「データ・ジャーナロイズム・ハンドブック」
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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『継続捜査ゼミ』 講談社
『サーベル警視庁』 角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』 新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』 文藝春秋
『海に消えた神々』 双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『鬼龍』 中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新5版 (62冊)
この第4作では、『ニュースイレブン』の視聴率低下傾向が放送局の運営面から光が当てられる。一つのテーマとして視聴率至上主義のテレビ業界における報道番組のあり方、視聴率確保との両立という問題である。鳩村デスクは『ニュースイレブン』を正統派報道と位置づけ、ジャーナリズムの理念と矜持を持つ報道番組という信念をもつ。だが、番組発足当初の魅力からすると視聴率低下傾向が見られるのは事実なのだ。そこに油井局長が、大阪の局からセントラル映像に出向した栃本を『ニュースイレブン』のサブデスクとして起用する。視聴率アップのために番組に新たな発想を持ち込む助っ人、あるいは鳩村への刺客として送り込んだのである。栃本は冒頭から布施に興味があると言う。また報道番組が視聴率を上げるためには視聴者に魅力を感じさせる要素はどんどん使えと言い始める。「ウケればええんですわ。所詮、テレビやし」(p38)という現実主義の観点を主張する。鳩村は「私がデスクでいるうちは、『ニュースイレブン』では下品なスキャンダルや人を笑いものにするようなネタは、絶対に認めない」(p38)と反論する。さて、この二人の主義主張がどういうストーリー展開を見せるか。興味をそそる観点が一つの軸として織り込まれていく。
更に、著者は日本における報道番組のあり方についても、大きな問題提起を織り込んでいる。それは、本書のタイトルが表象している「アンカー」である。鳩村は報道する側の良心、客観性があり公平性を維持した中立不偏の報道という立場を取る。それは一方で特自性のない報道に堕しかねない。さらに、日本の場合は、報道番組のキャスターが取り上げるニュースを選んだり、自らの言葉でインタビューすることは稀で、デスクの方針に従う。キャスターの発言もインタビューの質問も事前に用意されているという約束ごとになっている。ところが、アメリカではキャスターがニュースを選び、生でインタビューもするし、、質問で相手を追い詰めるということもある。アンンカーパーソンとして重要性が求められている。個性や独自性が重視されたものになっているという。
鳩村がデスクを務め、鳥飼がキャスターだった『ニュースイレブン』が曲がり角に来ているのである。これは日本の報道のあり方、現状に対する日本の報道ジャーナリズムへの問題提起なのかもしれない。そういう意味で、サブストーリーの面白さがある。
さて、布施の行動に目を転じよう。メイン・ストーリーは何か。布施は警視庁の黒田刑事が担当する事案に関心を寄せたのである。警視庁捜査一課の黒田刑事は、谷口刑事とともに未解決事件の継続捜査、つまり特命捜査対策室の事案を担当することになったのである。それは、10年前、大学生が飲み会の帰り道、町田市内で誰かと口論になり午後11時半琴に殺害されたという事件だった。町田市内で一人暮らしをする大学2年生、当時19歳だった福原亮助が帰宅途中、居住するアパートの傍で誰かと口論になったようで、相手に刃物で刺されたのである。事件発生は4月30日の午後11時半頃。通報が約5分後の11時35分頃。被害者は失血死した。口論していたという目撃証言があっただあけで、犯行の瞬間を見た者はいない。行きずりの犯行のようでもあった。殺人の公訴時効が撤廃されているため、未解決事件の継続捜査になっているのである。
事件発生から1ヵ月ほど経った頃から、町田の駅前で10年近くビラ配りを続けてきた被害者福原亮助の両親に、布施は関心を抱き、事件について取材に行った。被害者の両親は事件の解決に繋がる情報に懸賞金を出すということまでしていた。その夜、布施は『かめ吉』でさりげなく黒田にアプローチし、黒田が事案を引き継いで担当することになったことを確かめた。
布施はこの事件を調べる行動に踏み出そうとする。鳩村は報道の話題性に乏しいと判断し、布施に勝手な行動を取るなと言う。サブデスクに入り込んだ栃本は布施の事件に対する嗅覚、感性に興味を示す。メインキャスターの鳥飼は取り上げないと言う鳩村に同意するが、キャスターの香山恵理子は布施の関心に対して、布施の行動に賛成する。布施のスクープに対する嗅覚を信じているのである。そして、情報収集に協力すると言う。
結果的に3対2で、布施がこの事件を調べ始めることになる。香山は周辺の関連情報を調べ、町田の大学生刺殺事件に直結するとは思えないものの、当時町田の近くで興味深い事件が数件発生していたという事実を拾い出したのだ。そこから警察組織と警察文化に関わりの無い布施は、独自の視点で事件性を追究する事になる。一方、己の発想をさりげなく黒田にメッセージとして投げかけていく。町田の大学生刺殺事件を担当する黒田は、布施のメッセージを勿論重視して深く考え、捜査行動に移していく。布施が記者の立場で独自に行う取材行動、黒田の警察組織を使った捜査行動が、徐々に事件の本質に迫り、収斂していく。当時捜査における捜査方針と捜査活動の限界と陥穽が明らかになっていく。
この小説は、いくつかの問題視点を巧妙に組み合わせてストーリーとして織り交ぜながら、人間行動の盲点を暴き出し、意外な方向へと進展させていくおもしろさで読者を引きつけていく。
次の問題視点が含まれていると思う。本書に描き出される場面から、興味深い断章を上掲と重複しない部分で並記しておく。
1. 捜査本部体制で短期間に事件の解決に臨む警察組織と警察文化に潜む陥穽の視点。
捜査方針の貫徹による組織行動がもつ効率性とミスリードというリスクの可能性。
「殺人事件でもっとも捜査が難しいのが行きずりの殺人だ。被害者と加害者との間に人間関係がなく、鑑取りができないのだ。」 p50
「2週間経っても事件が解決しない場合は、捜査本部が縮小されます。それは、2週間を過ぎると、証拠も証言も集まりにくくなるからです。初動捜査が勝負なのです」p66
2. 警察組織が管轄領域を線引きし、所管の区域を分担することからくる相互不干渉、縄張り意識により事件性や発生事件についてのコミュニケーション・ギャップが生まれる可能性。
この2と3が、この小説のメインストーリーのテーマにもなっている。そこに部外者の視点で布施が風穴をあけるトリガー役となっていく。警察組織の縦割りによる問題点と解決への糸口の意外性をうまく俎上に載せていくおもしろさが描かれる。
換言すれば、発想の切り替えといえるのかもしれない。
このストーリーとは全く次元が異なるが、読後にアナロジーとして、かつてのオウム真理教のサティアンが警察の捜査という観点では盲点となるような場所に立地していたという事実を連想してしまった。
3. 未解決事件が継続捜査となったときはどうなるかという視点と実情。
「犯罪の証拠は、時間の経過に従い急速に失われていくからだ」 p50
「いわゆる思い込みで記憶が改竄されることもあれば、他人に言われて変化してしまうこともある」 p50
「警察から連絡がなくなり、こちらから問い合わせても、進展はない、と言われるだけになりました。マスコミはすぐに、事件に関心を示さなくなりました。マスコミが取り上げないということは、世間から顧みられないということです。つまり、もうそんな事件はなかったのと同じことになるのです。」 p63
4. 民間テレビ局のスポンサー依存と視聴率至上主義を背景とする中での報道番組のあり方という視点。
メインキャスターの立ち位置とアメリカのアンカーパーソンの違いは上記した。
栃本という仕掛け人を登場させたことが、この視点で一石を投じ、揺さぶりをかけるおもしろさとなっている。
こんなシーンも出てくる。
鳩村「知る権利は民主主義の根幹です」
黒田「知る権利なんて、あんたらには関係ない。問題は視聴率でしょう? スポンサーには逆らえない。そして、政府にも楯突けない。放送は許認可事業だ、というのが言い訳だ。反骨精神なんて、今のテレビにあるんですか?」
「ニュージャーナリズムが登場してからは、アメリカのニュース番組も変容していったんや。客観性よりも自分の意見や立場を鮮明にするキャスターが現れたんや」p111
5. 布施の対極に居る『ニュースイレブン』のデスク鳩村の心の葛藤を介して、ジャーナリストの矜持とジャーナリズムを考えるという視点。
4とはコインの裏表の関係にあると言えるが、布施記者の行動を鏡として、己を考えるという鳩村の心の揺れ動きが興味深い。栃本の発言も揺さぶりの起爆剤になっている。
さらに、鳥飼がキャスターを降りると言い出す。どんな展開になることかと、先を読ませる動因にもなる。
ここでは、鳩村をモデルにして、日本の報道諸媒体の有り様・現状に対する社会批判的視点が重ねられているように思う。
私は、まず布施と黒田の阿吽の呼吸とでも言えるやり取りを楽しく感じる。さらに、布施の問題意識は上記の5つの視点を、立ち位置を変えて眺めたところから生み出されているように思う。それが、事件性への臭覚の背景になっていると思う。東都新聞の持田が脇役として登場するが、狂言の太郎冠者的な存在としておもしろい。また、今回はキャスターの鳥飼と香山恵理子が、今までよりも一歩踏み込んだ行動を取っているところも、各々異なる次元で織り込まれていく読みどころとしてうまく機能している。特に香山のデスクワークでの情報収集がメインストーリーの進展の上で、重要な布石となっている。
一方、私はこのシリーズで鳩村の悩みと行動を楽しみに読んでいる。布施と鳩村はいい補完関係にある。それがこのシリーズの魅力の一つでもある。
読ませどころを巧みに組み入れたストーリー展開になっていて、エンターテインメント性もありおもしろい。
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ニュージャーナリズム :ウィキペディア
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-不確実性下における「信頼」概念を手がかりに- 山口 仁 氏
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『継続捜査ゼミ』 講談社
『サーベル警視庁』 角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』 新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』 文藝春秋
『海に消えた神々』 双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
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