『フィデル出陣』を手に取って読んでから、この『フィデル誕生』が文庫書き下ろしとして出版されていることを知った。『フィデル出陣』が2020年7月の出版に対し、『フィデル誕生』がポーラースター・シリーズ第3弾として2019年4月に出版されていた。
『フィデル出陣』は、フィデル・カストロがハバナ大学の入学式の為に颯爽と登場する時点からストーリーが始まる。そこから始まっても、フィデル・カストロの生き様を知るのに支障はない。だが、その生き様を方向づけた根っ子は大学に入学する前の少年時代に培われていた。それがわかると、『フィデル出陣』におけるフィデルの姿にさらに奥行が出てくることになる。それはこの第3弾を併せ読むことでたぶん実感できるだろう。ここには、フィデル・カストロが19歳になる前、大学への進学校であるハバナのベレン学院での生活と行動までのストーリーが描き込まれていく。
フィデル・カストロの人生は、フィデルの生誕時点から描いてもその実情は十分にはわからない。というのは、ビランで大農園経営者として成功し、ドン・アンヘルと呼ばれるようになったフィデルの父の生き様とその存在、フィデルとの関係が大きく関わっていることによる。
本書は二部構成になっている。「1部 あるガリシア人の物語」「2部 ゆりかごの中の獅子」である。
フィデル・カストロを直接扱って行くのは第2部。フィデルの父についての背景が第1部で描かれていく。「あるガリシア人」というのは、フィデルの父、アンヘル・カストロ=アルヒスのことである。アンヘルはスペイン北西部のガリシア地方の小村の小作人の子として生まれた。12歳の誕生日を迎えた後、兵役の義務化のもとで、スペインの陸軍に入隊する。そこで、バスク出身で16歳になったばかりのフィデル・ピノ=サントスと知り合う。それが二人の間での終生の友情のはじまりとなっていく。フィデル・カストロの名前は、ピノ=サントスの名前に由来するという。
第1部は、アンヘルとピノ=サントスが、スペイン帝国軍の兵員として、1895年5月に
スペイン艦隊の旗艦に乗船させられキューバに送り込まれることから始まって行く。この出発がなければ、フィデル・カストロは存在しない。
この第1部は少年兵アンヘルを扱うのだが、ストーリーの流れでは、ピノ=サントスの活動が主になっていく。アンヘルはピノ=サントスを信頼し行動を共にしていくという従の立場なのだ。だが、ピノ=サントスは一面でアンヘルを頼りにしているという関係にある。
この二人、キューバに着くと、ある時点で軍隊から脱走してしまう。そこから二人のキューバでの波乱万丈の人生が始まっていく。面白いのは、キューバへの船旅の途中で英国の観戦武官でウィンと自称する将校と知り合うことにある。本を見ながら甲板のモップかけをしていたアンヘルがハンモックに入っていた軍服姿の青年にぶつかったことが切っ掛けだった。アンヘルは英語がわからないが、ピノ=サントスは英語が使えたことで会話が始まり、関係が生まれる。結果的に、観戦武官ウィンがキューバ上陸後に、スペイン軍隊の状況を見極め、この二人に兵隊でいることに見切りをつけ、無駄死にしないよう助言をする。ウィンは勝ち馬を見極めろと告げて帰国して行く。
面白いのは、このウィンが、英国のウィンストン・チャーチルだったことである。ウィンの助言は、脱走後におけるピノ=サントスの生き方の原則となっていく。アンヘルはそのピノ=サントスを信頼して付き従っていくという二人三脚が始まる。
この第1部は、1895年5月から1920年までの時代を描き出す。キューバを基軸にしながらスペインと米国の関係、キューバ国内の政治経済情勢が浮き彫りにされていく。キューバの独立戦争に米国が介入して米西戦争が引き起こされ、米国が戦勝する。そして戦後米国がキューバに居座る形になる。脱走した二人のスペイン人がどのようにして、その渦中で生き残り、キューバのサンチャゴで生き残り、名を知られ財を築いていくかが描かれる。その過程で押さえておくべきことは、1897年に二人がセリオ・バイオスの紹介で、老いた母親と娘の二人暮らしの家に下宿したことである。娘は小学校の教師になったばかりでマリア・アルゴタという。アンヘルはマリアから読み書きの指導を得る機会となり、マリアはアンヘルの人生に大きく関わって行く。つまりアンヘルの正妻になっていく。彼女がフィデル・カストロに大きく影響を及ぼしていくことになる。それはすっと後の物語なのだが。
ピノ=サントスは弁護士となり、米国のある弁護士事務所と連携して、キューバでの基盤を築き、政治家の道を目指す。アンヘルは米国資本であるユナイテッド・フルーツ社の農園委託責任者に任じられ、己の農地を所有して農業経営の道を目指す。
この第1部では、1)キューバの政治経済史の概要及びキューバと米国の関係がわかること。2)アンヘルとピノ=サントスの各々人生の前半における波乱万丈の経緯がわかること。3)主にピノ=サントスが何を切っ掛けにしてどういう人間関係を形成して行くかがわかること。4)キューバと米国との関係に繋がることだが、当時のアメリカ諸大統領のプロフィールと彼らのスタンスと行動がわかって興味深い。特に、セオドア・ルーズベルトが大きく関わっていたことが理解できるし、この作品を介してセオドア・ルーズベルトという人物を一歩踏み込んで知る機会となった。
これがフィデル誕生へのバックグラウンドになる。この背景が前提にあるからこそ、フィデル・カストロという傑物生の位置づけが理解できてくる。
そこで、第2部である。この文庫本の表紙絵は、フィデルにとって、最初の重要な人生の転機となる場面なのだ。第2部のストーリーを読み初めて、この表紙絵の持つ意味と重要性がわかった。
第2部は、1930年代、マチャド政権の時代から始まる。アンヘルは大農園経営を軌道に乗せていく。正妻のマリアは娘と息子の教育という名目のもとに、ビランの農村からサンチャゴに転居して住みたいと要求する。そのためにピノ=サントスにドン・アンヘルは仲介の労を頼むことになる。一方、アンヘルは大農園の小作人の娘・リナと関係を結び次々と子を成していた。アンヘルはカトリック教徒であるため、リナの産んだ子供たちは私生児扱いされ、洗礼を受けることすらできなかった。マリアはリナを泥棒ネコと罵り、その子供らを野良ネコと蔑んでいた。アンヘルは女にだらしなくビランの小学校の女教師エウフラシアにも手を出していた。
フィデルはアンヘルとリナの間で、次男として産まれた。正妻マリアが二人の子供とサンチャゴに居を移す時点で、フィデルは6歳。勿論洗礼を受けてはいない。フィデルの弟が三男ラウルである。『フィデル出陣』では、このラウルがフィデルを敬愛する弟として登場する。
リナは自分の子供をサンチャゴの学校に行かせたいと言い出す。長女と長男は学校嫌いでビランに居て農園の仕事をする方を希望する。フィデルはある事件を契機にして父アンヘルから疎まれていた。そしてサンチャゴの学校に行くという形で、結果的に遠ざけられることになる。
第1部と対比して、第2部は俄然おもしろくなる。なぜなら、フィデル・カストロ少年の思考と行動に焦点があてられる。そこに時代背景が織り交ぜられていく形になり、キューバの政治経済史的背景描写は少なく抑えめになるからである。
第2部で描かれるフィデルの少年期というストーリーに現れるキーフレーッズを時系列的にご紹介しておこう。これがどのような状況を意味し、そのように展開していくかが、このストーリーの後半のお楽しみである。読者が引きこまれて行く導入フレーズになることだろう。
リナの次男として誕生。リナの母親の家に同居。父アンヘルの書斎でフィデルが引き起こす事件。事件を契機にフィデルは口を閉ざす子になる。サンチャゴ市内のハイチ領事宅に預けられる(領事の妻はかつてのビランの小学校教師)。表紙絵の境遇に。<ロコ>団との出会い。エル・カルナバルで代役として雄叫び大会に出場。野良ネコが獅子に覚醒。ギテラス青年との出会い。幼き誘拐魔事件。サンチャゴのラサール小学校入学と寄宿舎生活。遅すぎた受洗。<フロリスト>タケウチ・ケンジとの出会い。図書室での一冊の本(詩人ホセ・マルティの詩)との出会い、フィデル主導による全国統一試験への準備とその結果のエピソード。一斉ハンスト事件を主導。ドロレス中学進学と寄宿舎生活。フランクリン・ルーズベルト大統領に手紙を書く。<シェラ>最高峰トルキノ山登山。バチスタが雇用した軍人教員との対決事件。バネスの姫君ミルタとの出会い。バチスタ将軍への質問。マリアの離婚承諾とアンヘル/リナ一家の記念家族写真。フィデルの洗礼名変更。ハバナのベレン学院進学と寄宿舎生活。アルマンド・ジョレンテ修道士との出会い。アベジャネーダ文学協会への入部試験。バラデロ・ビーチでの大男との出会い。西部高校演説大会にアベジャネーダ雄弁会の代表としてデビュー(⇒フィデル誕生)
この第2部は、フィデル・カストロの幼少年時代を描くが、その節目節目でフィデルとピノ=サントスが関わりを深めていくプロセスでもある。ピノ=サントスはフィデルに政治家の資質を見出していく。一方で、弁護士・上院議員の立場から、フィデルに助言をしていく。フィデルが視野と思考を広めるプロセスに関わっていくことになる。
最後に、この小説に記された章句で印象深いものをいくつかご紹介しておこう。
*<リベルタ・オ・ムエルテ> (自由か死か) p344
⇒詩人ホセ・マルティの一冊の本との出会い。
かつて<ロコ>団の首領だったギテラスが口にした言葉
*あなたは正しい。でも世の中、正しいことは嫌われる。それでもあなたは正義を貫いてほしい。だってあなたはそれができる力が与えられた、希有な人なのだから。 p362
⇒ラサール小学校を去る教師デボラの言葉
*一瞥で本の頁を写真のように覚えるフィデルにとって、試験でいい点を取るのは簡単なことだった。だから大して努力せず成績は凡庸だった。図書室の蔵書はラサール小の二倍あったが、ほとんどを眺めて覚えたフィデルは、その後は足を運ばなくなった。 p469
⇒ハバナ・ベレン学院 教育の殿堂での記述より
フィデル・カストロは超人的な記憶・検索能力を有していたようである。
*1945年8月13日、ハバナ大学入学の半月前に、フィデルは19歳になった。
2日後の8月15日、日本が無条件降伏して第二次世界大戦は終結した。その4ヵ月前、連合国を勝利に導いた稀代のカリスマ、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)は63歳で逝去し、凡人の副大統領トルーマンが大統領に昇格した。
やがて世界は冷戦時代を迎え、その渦の中でキューバは、そっしてフィデルの運命は、激動の時代を迎えることになるのであった。 p505
⇒この小説の末尾である。『フィデル出陣』にリンクしていく。
ご一読ありがとうございます。
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
出版年次の新旧は前後しています。
『ゲバラ漂流 ポーラー・スター』 文藝春秋
『フィデル出陣 ポーラースター』 文藝春秋
『氷獄』 角川書店
『ポーラースター ゲバラ覚醒』 文藝春秋
『スカラムーシュ・ムーン』 新潮社
『アクアマリンの神殿』 角川書店
『ガンコロリン』 新潮社
『カレイドスコープの箱庭』 宝島社
『スリジェセンター 1991』 講談社
『輝天炎上』 角川書店
『螺鈿迷宮』 角川書店
『ケルベロスの肖像』 宝島社
『玉村警部補の災難』 宝島社
『ナニワ・モンスター』 新潮社
『モルフェウスの領域』 角川書店
『極北ラプソディ』 朝日新聞出版
『フィデル出陣』は、フィデル・カストロがハバナ大学の入学式の為に颯爽と登場する時点からストーリーが始まる。そこから始まっても、フィデル・カストロの生き様を知るのに支障はない。だが、その生き様を方向づけた根っ子は大学に入学する前の少年時代に培われていた。それがわかると、『フィデル出陣』におけるフィデルの姿にさらに奥行が出てくることになる。それはこの第3弾を併せ読むことでたぶん実感できるだろう。ここには、フィデル・カストロが19歳になる前、大学への進学校であるハバナのベレン学院での生活と行動までのストーリーが描き込まれていく。
フィデル・カストロの人生は、フィデルの生誕時点から描いてもその実情は十分にはわからない。というのは、ビランで大農園経営者として成功し、ドン・アンヘルと呼ばれるようになったフィデルの父の生き様とその存在、フィデルとの関係が大きく関わっていることによる。
本書は二部構成になっている。「1部 あるガリシア人の物語」「2部 ゆりかごの中の獅子」である。
フィデル・カストロを直接扱って行くのは第2部。フィデルの父についての背景が第1部で描かれていく。「あるガリシア人」というのは、フィデルの父、アンヘル・カストロ=アルヒスのことである。アンヘルはスペイン北西部のガリシア地方の小村の小作人の子として生まれた。12歳の誕生日を迎えた後、兵役の義務化のもとで、スペインの陸軍に入隊する。そこで、バスク出身で16歳になったばかりのフィデル・ピノ=サントスと知り合う。それが二人の間での終生の友情のはじまりとなっていく。フィデル・カストロの名前は、ピノ=サントスの名前に由来するという。
第1部は、アンヘルとピノ=サントスが、スペイン帝国軍の兵員として、1895年5月に
スペイン艦隊の旗艦に乗船させられキューバに送り込まれることから始まって行く。この出発がなければ、フィデル・カストロは存在しない。
この第1部は少年兵アンヘルを扱うのだが、ストーリーの流れでは、ピノ=サントスの活動が主になっていく。アンヘルはピノ=サントスを信頼し行動を共にしていくという従の立場なのだ。だが、ピノ=サントスは一面でアンヘルを頼りにしているという関係にある。
この二人、キューバに着くと、ある時点で軍隊から脱走してしまう。そこから二人のキューバでの波乱万丈の人生が始まっていく。面白いのは、キューバへの船旅の途中で英国の観戦武官でウィンと自称する将校と知り合うことにある。本を見ながら甲板のモップかけをしていたアンヘルがハンモックに入っていた軍服姿の青年にぶつかったことが切っ掛けだった。アンヘルは英語がわからないが、ピノ=サントスは英語が使えたことで会話が始まり、関係が生まれる。結果的に、観戦武官ウィンがキューバ上陸後に、スペイン軍隊の状況を見極め、この二人に兵隊でいることに見切りをつけ、無駄死にしないよう助言をする。ウィンは勝ち馬を見極めろと告げて帰国して行く。
面白いのは、このウィンが、英国のウィンストン・チャーチルだったことである。ウィンの助言は、脱走後におけるピノ=サントスの生き方の原則となっていく。アンヘルはそのピノ=サントスを信頼して付き従っていくという二人三脚が始まる。
この第1部は、1895年5月から1920年までの時代を描き出す。キューバを基軸にしながらスペインと米国の関係、キューバ国内の政治経済情勢が浮き彫りにされていく。キューバの独立戦争に米国が介入して米西戦争が引き起こされ、米国が戦勝する。そして戦後米国がキューバに居座る形になる。脱走した二人のスペイン人がどのようにして、その渦中で生き残り、キューバのサンチャゴで生き残り、名を知られ財を築いていくかが描かれる。その過程で押さえておくべきことは、1897年に二人がセリオ・バイオスの紹介で、老いた母親と娘の二人暮らしの家に下宿したことである。娘は小学校の教師になったばかりでマリア・アルゴタという。アンヘルはマリアから読み書きの指導を得る機会となり、マリアはアンヘルの人生に大きく関わって行く。つまりアンヘルの正妻になっていく。彼女がフィデル・カストロに大きく影響を及ぼしていくことになる。それはすっと後の物語なのだが。
ピノ=サントスは弁護士となり、米国のある弁護士事務所と連携して、キューバでの基盤を築き、政治家の道を目指す。アンヘルは米国資本であるユナイテッド・フルーツ社の農園委託責任者に任じられ、己の農地を所有して農業経営の道を目指す。
この第1部では、1)キューバの政治経済史の概要及びキューバと米国の関係がわかること。2)アンヘルとピノ=サントスの各々人生の前半における波乱万丈の経緯がわかること。3)主にピノ=サントスが何を切っ掛けにしてどういう人間関係を形成して行くかがわかること。4)キューバと米国との関係に繋がることだが、当時のアメリカ諸大統領のプロフィールと彼らのスタンスと行動がわかって興味深い。特に、セオドア・ルーズベルトが大きく関わっていたことが理解できるし、この作品を介してセオドア・ルーズベルトという人物を一歩踏み込んで知る機会となった。
これがフィデル誕生へのバックグラウンドになる。この背景が前提にあるからこそ、フィデル・カストロという傑物生の位置づけが理解できてくる。
そこで、第2部である。この文庫本の表紙絵は、フィデルにとって、最初の重要な人生の転機となる場面なのだ。第2部のストーリーを読み初めて、この表紙絵の持つ意味と重要性がわかった。
第2部は、1930年代、マチャド政権の時代から始まる。アンヘルは大農園経営を軌道に乗せていく。正妻のマリアは娘と息子の教育という名目のもとに、ビランの農村からサンチャゴに転居して住みたいと要求する。そのためにピノ=サントスにドン・アンヘルは仲介の労を頼むことになる。一方、アンヘルは大農園の小作人の娘・リナと関係を結び次々と子を成していた。アンヘルはカトリック教徒であるため、リナの産んだ子供たちは私生児扱いされ、洗礼を受けることすらできなかった。マリアはリナを泥棒ネコと罵り、その子供らを野良ネコと蔑んでいた。アンヘルは女にだらしなくビランの小学校の女教師エウフラシアにも手を出していた。
フィデルはアンヘルとリナの間で、次男として産まれた。正妻マリアが二人の子供とサンチャゴに居を移す時点で、フィデルは6歳。勿論洗礼を受けてはいない。フィデルの弟が三男ラウルである。『フィデル出陣』では、このラウルがフィデルを敬愛する弟として登場する。
リナは自分の子供をサンチャゴの学校に行かせたいと言い出す。長女と長男は学校嫌いでビランに居て農園の仕事をする方を希望する。フィデルはある事件を契機にして父アンヘルから疎まれていた。そしてサンチャゴの学校に行くという形で、結果的に遠ざけられることになる。
第1部と対比して、第2部は俄然おもしろくなる。なぜなら、フィデル・カストロ少年の思考と行動に焦点があてられる。そこに時代背景が織り交ぜられていく形になり、キューバの政治経済史的背景描写は少なく抑えめになるからである。
第2部で描かれるフィデルの少年期というストーリーに現れるキーフレーッズを時系列的にご紹介しておこう。これがどのような状況を意味し、そのように展開していくかが、このストーリーの後半のお楽しみである。読者が引きこまれて行く導入フレーズになることだろう。
リナの次男として誕生。リナの母親の家に同居。父アンヘルの書斎でフィデルが引き起こす事件。事件を契機にフィデルは口を閉ざす子になる。サンチャゴ市内のハイチ領事宅に預けられる(領事の妻はかつてのビランの小学校教師)。表紙絵の境遇に。<ロコ>団との出会い。エル・カルナバルで代役として雄叫び大会に出場。野良ネコが獅子に覚醒。ギテラス青年との出会い。幼き誘拐魔事件。サンチャゴのラサール小学校入学と寄宿舎生活。遅すぎた受洗。<フロリスト>タケウチ・ケンジとの出会い。図書室での一冊の本(詩人ホセ・マルティの詩)との出会い、フィデル主導による全国統一試験への準備とその結果のエピソード。一斉ハンスト事件を主導。ドロレス中学進学と寄宿舎生活。フランクリン・ルーズベルト大統領に手紙を書く。<シェラ>最高峰トルキノ山登山。バチスタが雇用した軍人教員との対決事件。バネスの姫君ミルタとの出会い。バチスタ将軍への質問。マリアの離婚承諾とアンヘル/リナ一家の記念家族写真。フィデルの洗礼名変更。ハバナのベレン学院進学と寄宿舎生活。アルマンド・ジョレンテ修道士との出会い。アベジャネーダ文学協会への入部試験。バラデロ・ビーチでの大男との出会い。西部高校演説大会にアベジャネーダ雄弁会の代表としてデビュー(⇒フィデル誕生)
この第2部は、フィデル・カストロの幼少年時代を描くが、その節目節目でフィデルとピノ=サントスが関わりを深めていくプロセスでもある。ピノ=サントスはフィデルに政治家の資質を見出していく。一方で、弁護士・上院議員の立場から、フィデルに助言をしていく。フィデルが視野と思考を広めるプロセスに関わっていくことになる。
最後に、この小説に記された章句で印象深いものをいくつかご紹介しておこう。
*<リベルタ・オ・ムエルテ> (自由か死か) p344
⇒詩人ホセ・マルティの一冊の本との出会い。
かつて<ロコ>団の首領だったギテラスが口にした言葉
*あなたは正しい。でも世の中、正しいことは嫌われる。それでもあなたは正義を貫いてほしい。だってあなたはそれができる力が与えられた、希有な人なのだから。 p362
⇒ラサール小学校を去る教師デボラの言葉
*一瞥で本の頁を写真のように覚えるフィデルにとって、試験でいい点を取るのは簡単なことだった。だから大して努力せず成績は凡庸だった。図書室の蔵書はラサール小の二倍あったが、ほとんどを眺めて覚えたフィデルは、その後は足を運ばなくなった。 p469
⇒ハバナ・ベレン学院 教育の殿堂での記述より
フィデル・カストロは超人的な記憶・検索能力を有していたようである。
*1945年8月13日、ハバナ大学入学の半月前に、フィデルは19歳になった。
2日後の8月15日、日本が無条件降伏して第二次世界大戦は終結した。その4ヵ月前、連合国を勝利に導いた稀代のカリスマ、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)は63歳で逝去し、凡人の副大統領トルーマンが大統領に昇格した。
やがて世界は冷戦時代を迎え、その渦の中でキューバは、そっしてフィデルの運命は、激動の時代を迎えることになるのであった。 p505
⇒この小説の末尾である。『フィデル出陣』にリンクしていく。
ご一読ありがとうございます。
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
出版年次の新旧は前後しています。
『ゲバラ漂流 ポーラー・スター』 文藝春秋
『フィデル出陣 ポーラースター』 文藝春秋
『氷獄』 角川書店
『ポーラースター ゲバラ覚醒』 文藝春秋
『スカラムーシュ・ムーン』 新潮社
『アクアマリンの神殿』 角川書店
『ガンコロリン』 新潮社
『カレイドスコープの箱庭』 宝島社
『スリジェセンター 1991』 講談社
『輝天炎上』 角川書店
『螺鈿迷宮』 角川書店
『ケルベロスの肖像』 宝島社
『玉村警部補の災難』 宝島社
『ナニワ・モンスター』 新潮社
『モルフェウスの領域』 角川書店
『極北ラプソディ』 朝日新聞出版