

四国は讃岐国の小藩丸海藩に船井加賀守守利(ふないかがのかみもりとし)が流されてくる。
元幕府勘定奉行で妻子を毒殺し部下を斬り殺した、乱心者である。
加賀殿はもう人でなく、何か忌まわしく、恐ろしく、汚らわしいモノへと変じてしまった。
迂闊に命を絶てば、もっと悪いモノになって、将軍家に災いをもたらすかもしれぬ。
これはもう、遠ざけて封じるしかない。
時の将軍家斉公は、そうした事柄を非常に気にするので、なおさら処置が難しくなった。
そんな事情で加賀殿は丸海藩に流刑になったのである。
丸海藩としては、これは難儀な仕儀となったわけである。
もし加賀殿に何かあれば、御家取り潰しになってしまう。
幕府はそれも計算の上であるのだろう。
加賀殿をわけありの涸滝の屋敷に幽閉することになった。
丸海の民は加賀殿を悪鬼のごとく恐れた…。
海うさぎが飛ぶ夏の嵐の日、加賀殿の所業をなぞるかのように不可解な毒死や怪異が小藩を襲う・・・。
一方『ほう』は江戸市中、内神田の建具商「萬屋」の女中部屋で生まれた。
ほうのおっかさんが萬屋の若旦那と通じてこしらえた子供だ。
ほうのおっかさんはほうを生んで間もなくして死んだ。
ほうは育たずに死ぬことを望まれた赤子であった。
おっかさんが死んでしまったからなおさらだ。
だが、ほうは生き延びた。
阿呆のほうと名付けられた…。
哀しいことに、ほうは少し頭が弱かった、だが皆に小突かれ、大声で怒鳴なれしながらも、その心根は純真無垢であった…。
ほうは躾らしい躾は受けず、牛馬のごとくあつかわれた。
あげく、萬屋の旦那と若旦那が相次いで病みついてしまい、修験者に見てもらったら「不遇で死んだ奉公人の魂が、萬屋を恨んでいる」とのこと。
ほうのおっかさんのことである。
ほうを寺社へ送って拝ませればよいとのこと。
頑是ないほうは、江戸より何百里も離れた見知らぬ遠い土地にある、金毘羅大権現に参ることになった。
ひとりではやれぬので、しかたなく女中をひとりつけたが、この女中が性悪で、有り金持ってほうを置き去りにした。
それが丸海の地であった。
そして井上家にほうは引き取られた。
井上家は藩医で「匙」の身分であった。
この井上の家の息女、ほうに優しく接してくれた琴絵が毒殺された…。
ほうの波乱万丈はまだまだ続く…。
ほうはこともあろうに、悪鬼と恐れられる加賀殿が幽閉される、枯滝の牢屋敷に奉公することになった…。
多彩な登場人物、しかしながら、その登場人物が次から次へと殺されていく、この作者は何人殺せば気がすむのかと、その残虐性を疑うほどでもあった…。
殊に、ほうに優しく接する者は、ことごとく殺していった。
最後は、ほうが「おあさん」と慕う娘宇佐を殺してしまったのは、如何なものかと痛感した。
その反対に、ほうにきつくあたった者は、のうのうと生きている。
ほうを置いてきぼりした女中にしかり、萬屋にしかりである…。
本当はほうを苛め抜いて、ぼろ雑巾のように殺したかったのかも知れないが、体中に擦り傷や打ち身をこさえながら、純真無垢に自らのできる仕事に専念する、ほうに対して恐れをなして殺せなかったのだろうと読み進むうちに看破できる。
読者の反応が怖いからであろう!
乃南アサのような猟奇的な、誰がこれを読んで喜ぶのか不可解な小説を書きたかったのかも知れないが…。
総てが平穏に戻り、ほうは井上家に戻ったが、いずれどこかに追いやられることであろう。
頑是ないこの娘には安息の場所は、この作者は与えないであろう、自らは優雅な生活を送っていてもである…。
それほど、この作者は自ら創った『ほう』というキャラクターを憎んでいるのがよくわかるのである…。
何故憎むのか、それは作者自身が純真無垢なほうの心根に嫉妬したからであろう!
まずもって、著者は純真無垢な心を否定する人種なのであろう…。
頑是ない可哀想なほうに本当の救いは、果たして訪れるのであろうか…?
ほうは、小突かれたり、大声で怒鳴られたした時、いつも思う、自分が阿呆だからだと、哀しいことだ…。