2008年12月19日(金)
7:00 起床
Bologna Centrale8:20/RIMINI9:34 ES9775 (※ESスター2等席切符は前日購入14.5EURO)
Rimini9:45/San Marino 10:35 バス往復7.3EURO(バスに乗る際に係員から購入)
歩いてサンマリノ共和国一番の見所である3つある要塞の中で最も大きなロッカ・グアイタ(Rocca Guaita)へ
入場料3EURO
11:00~11:30 ロッカ・グアイタの塔に登る。
あいにくの曇り空だったが、それでもロッカ・グアイタから、チェスタの塔への続く要塞は見応えがある。
面積61平方キロメートル、山中にひっそりと佇む、世界で5番目に小さな国で、4世紀頃から始まった現存する世界で最も古い共和国を守ってきた要塞は、予想以上に素晴らしい。後から知ったことだが2008年から世界遺産にも指定されたのだとか。
11:30~12:30 ロッカ・グアイタとチェスタの塔とを繋ぐ要塞の道(中国の万里の長城を小さくしたような感じ)で、ギターを取り出して歌う。
12:50~13:10 バス停へ戻る道すがら、町中のレストランでラザニア(6EURO)と水(1EURO)の昼食をとるが、激マズ。
食品税がかからない為か料金は安いものの、ありえないマズさ。お隣のエミリア・ロマーニャ州は美食街道と呼ばれ、イタリアで最も食事が美味しい地域と言われているが、言葉や通貨はイタリアと同じでも、そういった意味ではやはりサンマリノはイタリアとは違う「異国」なのかもしれない。
SanMarino13:30/Rimini14:25 バス
Rimini14:47/Imola15:52 ローカル鉄道チケット 5.3EURO(当日購入)
イモラ駅からひたすら歩いて20分のエンツォ・エ・ディノ・サーキットへ
以前F1サンマリノ・グランプリが開催されていた同サーキットは、サンマリノ共和国ではなく、イタリアのイモラにあるが、サンマリノといえば、自分にとってF1グランプリのイメージがあり、また同サーキットは1994年5月1日に、天才ドライバーと言われたスーパースター、アイルトン・セナが命を落とした場所ということもあり、一度足を運んで見たいと思ったから。
16:20~16:40 セナの無くなったタンブロ・コーナー(現在は改修済)近くにある、セナの像の前で歌う。
クリスマスが近いということで、Silent Night(きよしこの夜の英語名)と、ジョンレノンのHappy Christmasを歌う。
94年当時自分はまだ学生で、夜中にテレビのLive中継でこの事故を知り、当時自分と同じくセナを応援していた同級生に電話し、彼の死を共に悲しんだこと、セナはロータス・ホンダ(当時のチームメイトは中嶋悟)やマクラーレン・ホンダでドライブし、ホンダと縁が深かったこともあってかものすごい親日家で、日本を第二の故郷と語っていたこと等を、歌いながら思い出す。
(故本田宗一郎氏とも親交が深く、セナが始めてワールドチャンピオンを獲得した記念パーティで、宗一郎氏が君の為に最高のエンジンを作ってやると語りセナが涙したこと、宗一郎氏が直前に亡くなった91年ハンガリーグランプリで、セナは喪章をつけてドライブし見事ポールトゥウィンを達成したことなども思い出していた)
「You were great chanpion and you live in our heart yet. Ayrton Senna Forever」
そんな言葉を残してサーキットを後にする。
16:40~17:05 イモラの駅へ
サーキットを出る時、すごいスポーツカーに乗ったサングラスの白人がサーキットから出てきて、ギターを片手に歩いている自分に向かって、ニッコリ微笑んで親指をたててきた。思わず微笑んで返す。
先程自分が歌っていた際は、もう夕暮れ時ということもあり、観客は誰もいなかったはずなのだが、少し離れた場所等で聞いていたのだろうか。
ひょっとしてセナが彼の体を借りて、自分に歌のお礼を言いにきたのかな?などと想像し、なんだか嬉しくなる。
(たぶん違うと思うけど)
Imola17:25/Bologna17:55 ローカル鉄道チケット 3.1Euro(当日購入)
18:30 宿に戻って荷物を置く
19:30 ボローニャの斜塔近くにあるボローニャでも1、2を争う人気レストラン、パッパガッロ(PAPPAGALLO)へ。
ここは現地でも人気のレストランなのに、日本語メニューあり。
(日本語メニューがある店は観光地化され過ぎていることが多い)
・コペルト(テーブルチャージ) 4EURO
・チーズのプディング、ポルチーニ添え 16EURO
・Tagliatelle al Ragu(太麺パスタ、ボロネーゼソース) 12EURO
・スズキのグリル 22EURO
・水(ガス入り) 3EURO
知らなかったのだが、ボローニャにはいわゆるスパゲッティ・ボロネーゼは存在せず、太麺パスタにボロネーゼソースをかけて食べるのが一般的である。
しかもここの生パスタを食べた瞬間、今まで食べていたパスタは何だったのだろう?と思えるウマさで、向こう側が透き通って見えそうなぐらい薄く、風になびきそうな位、ピロピロである。
(おそらくゆで時間は1分以下と思われ、しゃぶしゃぶのように湯をくぐらせる位かもしれない)
パスタはよく「アルデンテ」(みみたぶ位の食感)という言葉があるが、これを食べると、アルデンテは固すぎだろうとさえ思える程、舌から喉に向かってすごく滑らかに通り過ぎてゆき、良い意味での驚愕のサプライズである。
こういった生パスタは鮮度が命で現地でしか食べれないので、これを食べる為だけにわざわざ日本から来る価値大いにありという感じ。
その他のメニューももちろん美味しいが、特筆すべきはこのパスタ。
パスタだけならバックパッカーでも食べられる値段なので、朝食、昼食抜いて予算を確保してでもトライする価値ありだと思う。
21:30 帰りに中央駅で翌日のラヴェンナ往復およびフィレンツェ行き片道鉄道チケットと、個人商店でガス水(500ml。0.6EURO)を買って宿に戻る。
22:00 シャワーを浴びて就寝。
写真:ロッカ・グアイタの塔から眺めた、チェスタの塔へと続くサンマリノの要塞
7:00 起床
Bologna Centrale8:20/RIMINI9:34 ES9775 (※ESスター2等席切符は前日購入14.5EURO)
Rimini9:45/San Marino 10:35 バス往復7.3EURO(バスに乗る際に係員から購入)
歩いてサンマリノ共和国一番の見所である3つある要塞の中で最も大きなロッカ・グアイタ(Rocca Guaita)へ
入場料3EURO
11:00~11:30 ロッカ・グアイタの塔に登る。
あいにくの曇り空だったが、それでもロッカ・グアイタから、チェスタの塔への続く要塞は見応えがある。
面積61平方キロメートル、山中にひっそりと佇む、世界で5番目に小さな国で、4世紀頃から始まった現存する世界で最も古い共和国を守ってきた要塞は、予想以上に素晴らしい。後から知ったことだが2008年から世界遺産にも指定されたのだとか。
11:30~12:30 ロッカ・グアイタとチェスタの塔とを繋ぐ要塞の道(中国の万里の長城を小さくしたような感じ)で、ギターを取り出して歌う。
12:50~13:10 バス停へ戻る道すがら、町中のレストランでラザニア(6EURO)と水(1EURO)の昼食をとるが、激マズ。
食品税がかからない為か料金は安いものの、ありえないマズさ。お隣のエミリア・ロマーニャ州は美食街道と呼ばれ、イタリアで最も食事が美味しい地域と言われているが、言葉や通貨はイタリアと同じでも、そういった意味ではやはりサンマリノはイタリアとは違う「異国」なのかもしれない。
SanMarino13:30/Rimini14:25 バス
Rimini14:47/Imola15:52 ローカル鉄道チケット 5.3EURO(当日購入)
イモラ駅からひたすら歩いて20分のエンツォ・エ・ディノ・サーキットへ
以前F1サンマリノ・グランプリが開催されていた同サーキットは、サンマリノ共和国ではなく、イタリアのイモラにあるが、サンマリノといえば、自分にとってF1グランプリのイメージがあり、また同サーキットは1994年5月1日に、天才ドライバーと言われたスーパースター、アイルトン・セナが命を落とした場所ということもあり、一度足を運んで見たいと思ったから。
16:20~16:40 セナの無くなったタンブロ・コーナー(現在は改修済)近くにある、セナの像の前で歌う。
クリスマスが近いということで、Silent Night(きよしこの夜の英語名)と、ジョンレノンのHappy Christmasを歌う。
94年当時自分はまだ学生で、夜中にテレビのLive中継でこの事故を知り、当時自分と同じくセナを応援していた同級生に電話し、彼の死を共に悲しんだこと、セナはロータス・ホンダ(当時のチームメイトは中嶋悟)やマクラーレン・ホンダでドライブし、ホンダと縁が深かったこともあってかものすごい親日家で、日本を第二の故郷と語っていたこと等を、歌いながら思い出す。
(故本田宗一郎氏とも親交が深く、セナが始めてワールドチャンピオンを獲得した記念パーティで、宗一郎氏が君の為に最高のエンジンを作ってやると語りセナが涙したこと、宗一郎氏が直前に亡くなった91年ハンガリーグランプリで、セナは喪章をつけてドライブし見事ポールトゥウィンを達成したことなども思い出していた)
「You were great chanpion and you live in our heart yet. Ayrton Senna Forever」
そんな言葉を残してサーキットを後にする。
16:40~17:05 イモラの駅へ
サーキットを出る時、すごいスポーツカーに乗ったサングラスの白人がサーキットから出てきて、ギターを片手に歩いている自分に向かって、ニッコリ微笑んで親指をたててきた。思わず微笑んで返す。
先程自分が歌っていた際は、もう夕暮れ時ということもあり、観客は誰もいなかったはずなのだが、少し離れた場所等で聞いていたのだろうか。
ひょっとしてセナが彼の体を借りて、自分に歌のお礼を言いにきたのかな?などと想像し、なんだか嬉しくなる。
(たぶん違うと思うけど)
Imola17:25/Bologna17:55 ローカル鉄道チケット 3.1Euro(当日購入)
18:30 宿に戻って荷物を置く
19:30 ボローニャの斜塔近くにあるボローニャでも1、2を争う人気レストラン、パッパガッロ(PAPPAGALLO)へ。
ここは現地でも人気のレストランなのに、日本語メニューあり。
(日本語メニューがある店は観光地化され過ぎていることが多い)
・コペルト(テーブルチャージ) 4EURO
・チーズのプディング、ポルチーニ添え 16EURO
・Tagliatelle al Ragu(太麺パスタ、ボロネーゼソース) 12EURO
・スズキのグリル 22EURO
・水(ガス入り) 3EURO
知らなかったのだが、ボローニャにはいわゆるスパゲッティ・ボロネーゼは存在せず、太麺パスタにボロネーゼソースをかけて食べるのが一般的である。
しかもここの生パスタを食べた瞬間、今まで食べていたパスタは何だったのだろう?と思えるウマさで、向こう側が透き通って見えそうなぐらい薄く、風になびきそうな位、ピロピロである。
(おそらくゆで時間は1分以下と思われ、しゃぶしゃぶのように湯をくぐらせる位かもしれない)
パスタはよく「アルデンテ」(みみたぶ位の食感)という言葉があるが、これを食べると、アルデンテは固すぎだろうとさえ思える程、舌から喉に向かってすごく滑らかに通り過ぎてゆき、良い意味での驚愕のサプライズである。
こういった生パスタは鮮度が命で現地でしか食べれないので、これを食べる為だけにわざわざ日本から来る価値大いにありという感じ。
その他のメニューももちろん美味しいが、特筆すべきはこのパスタ。
パスタだけならバックパッカーでも食べられる値段なので、朝食、昼食抜いて予算を確保してでもトライする価値ありだと思う。
21:30 帰りに中央駅で翌日のラヴェンナ往復およびフィレンツェ行き片道鉄道チケットと、個人商店でガス水(500ml。0.6EURO)を買って宿に戻る。
22:00 シャワーを浴びて就寝。
写真:ロッカ・グアイタの塔から眺めた、チェスタの塔へと続くサンマリノの要塞