第51回日本SF大会 variconの企画で川端さんと大森さんの対談、というかパネルを見た。
そこでの話が面白かったので、その場で買ってしまった本。当然のようにサイン入り。一番乗りだったコンサドーレユニは俺です。すみません。
水蒸気を見ることができ、空の温度分布を見ることができる。それにより天気を予測する超能力を持つ一族。それに対し、気象を観測し、予測し、さらには制御しようとする科学技術。
「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」というが、これが超能力ではなくて、特殊な観測技術であっても大枠の話は成り立つ。しかし、郷や一族の歴史が与えてくれる暖かな感覚は、冷たさを感じる科学技術には替え難い。
この暖かいとか冷たいとか言った感じ方がステレオタイプなのは自分でもわかっているし、これも文化のひとつなのだよなと思った。
雲を科学的に正しくとらえるということと、非科学的な能力を持った一族の歴史と葛藤を描くということがうまく組み合わさり、科学小説でありながらファンタジーであるということを両立させる稀有な小説になっている。そしてそれは、自然と相対するときの著者の姿勢、思想を表しているように思え、それに影響され、読者のものの見かたさえも変えてしまう力がある。
宇宙や未来ということよりも、身近なものに感じるセンス・オブ・ワンダーを題材にしたいという意識そのまま。『雲の王』において、空の一族という架空の存在を通して描かれるのは、遠い異星の気象ではなく、まさしく我々を取り巻く地球の大気であり、日本の台風である。水蒸気が見える、温度分布が見えるという特殊能力は、そのまま科学的なガジェットにも置き換え可能ではあるが、空の一族という土着の人々を登場させることにより、農耕民族として自然と折り合いながら(敢えて共存とは言わず)生きてきた日本人の歴史の重みを感じる。
そしてまた、大富豪が指揮するLCIという機関が目指す「善いと信じる研究を成せ」という精神は、ノーベルやアインシュタインの後悔を越え、科学技術を発展させる上での重要な指標になるはずだ。そこにもまた、著者の思想が見える。しかし、それは非常に難しい。はたしてそれはどうすれば可能なのか。
台風という怪獣を、科学技術で力づくで押さえ込むのではなく、穏やかに抑えるということができれば、「善きを成せ」と言われる思想を踏まえて、自然と共存する豊かな未来が見えるかもしれない。
雲や気象だけの問題にとどまらず、著者が追い続けているクジラやイルカの問題、さらには、原発事故や再生可能エネルギーの問題にまで、その思想は広がっているはずである。そして、雲だけではなく、いろいろなものの見方を変える力を持つ小説ではないかと思う。(ちょと大げさすぎか……)
台風の来ないと言われていた北海道生まれなので、台風に対するわくわく感は、実はあんまり無い。きっと子供の頃であれば、学校が休みになったりしたんだろうけど、社会人じゃ、電車が止まっても会社は休みにならないし、めんどくさいだけだ(´Д`)
北海道だと、朝の最低気温が、確かマイナス27度まで行くと始業時間繰り下げになったので、それはワクワクしながらニュースを見てた記憶がある(笑) そういった意味では、自然という怪獣にワクワクするこどもたちには共感せざるを得ない。もちろん、昨今の集中豪雨などでも、わくわくするでは済まされない被害が出ているのを承知の上であってもだ。肉親や知り合いを災害で失っていれば、また感じ方は違うのだろうけれど。
ちなみに、リンク先の集英社の特設サイトには、小説中に登場する「プードルの顔」のような雲をはじめ、いろいろな雲の写真も掲載されており、一見の価値あり。