神なる冬

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[SF] クロニスタ

2016-04-05 23:59:59 | SF

『クロニスタ 戦争人類学者』 柴田勝家 (ハヤカワ文庫 JA)

 

生体通信によって個々人の認知や感情を人類全体で共有できる技術“自己相”が普及した未来社会。伊藤計劃の『ハーモニー』や、それに続く『PSYCHO-PASS』などの諸作品からの影響は明らか。『虐殺器官』や『ハーモニー』に対する柴田勝家的な回答(反論?)のひとつなのだろう。

しかし、戦国武将が古代アンデス文明の小説を書くとはこれいかに……。

実は去年のボリビア、今年のペルーと、南米旅行をしてきたばかりなので、チチカカ湖周辺の描写や、アンデス縦断鉄道として出てくるペルーレールなどが懐かしく、見てきた光景がよみがえる感じがした。アイマラとかケチュアの人々についても、読む前に基礎知識として知っていて良かったと思う。

インカ帝国発祥の地であるチチカカ湖周辺から物語は始まり、旅路は大陸南端のパタゴニアへ至り、ラストシーンはウユニ湖だ。また南米に行きたくなってきた。

それはさておき、この作品に関しては正直なところ、荒削りで若書きな印象。高校生ぐらいが書きそうなキャラクターやシーンの連続で、なんだか親近感が沸くくらい。とはいえ、こっちをハヤカワSFコンテストに送っていたら、大賞受賞は難しかったんじゃないか。

クロニスタというのは、タイトルとしては「戦争人類学者」と表記されている。本文中では「文化技官」であり、語源はレコンキスタに付き従った書記官のこと。この小説においては、社会学の知識や技術を応用して、暴動や戦闘を発生させないように手を打つ軍人である。

主人公のシズマは人類学者にしてクロニスタ。おそらくは、著者の分身でもある。で、物語は“自己相”なるネットワークによって相互接続され、均質化された社会において、民族とは何か、自己とは何かを問いかけるべきものだったような気がするのだが、そっち方面での掘り下げはぜんぜん足りないんじゃないか。著者は博士課程の民俗学者(?)なのだから、もっと専門分野に切り込んだ鋭い指摘を期待したい。

均質化=危機であり、その回避にはまったく異質の存在が必要で、それが存在しないのであれば作り出してしまえばよい。という部分は『ハーモニー』に対する回答としてそんなに突飛ではないので、さらにプラスアルファの、心に刺さる何かが欲しかったと思う。

ネットワークによる均質化といえば、インターネットに代表される通信技術の普及によって、都市部と地方の、あるいは、国を越えた文化の均質化というのはすでに現実として始まっている。じゃあ、それが危機かというと、直ちに個人の危機ということでもなかろう。どちらかというと、先に死にいくのはローカル文化であり、それこそ民俗文化の方じゃないんだろうか。

たとえば、アイヌなんて今どうなってしまっているか。次のテーマにどうですかね、勝家さん。