『SFが読みたい! 2016年版』における2015年 BEST SFの第一位。
シンギュラリティの向こう側から進入してきたOTC(Over Turing creature)によって人類は現実世界からの“退転”を余儀なくされ、新たな物理世界を作りだし、その中へ移動し続ける。世界が侵略され続けるならば、世界を作り続ければよい。まさに、扉に引用された黄泉比良坂のイザナミのごとく。かくして、世界は新たに増殖を続け、層宇宙を成す。
S-Fマガジンでの連載時にはよくわからなかった部分も、再読なのでなんとか理解できたような気がする。
『Self-Rference Engine』との比較がよく言われるが、個人的にはこっちの方がわかりやすい。というか、全体の俯瞰がしやすいのではないか。なんといっても、これが何についての物語なのかは明確に提示されているのだ。それだけでも、大きな違いといえるのではないか。
『Self-Rference Engine』が最初と最後以外、脈絡のない(ように見える)短編連作なのに対し、『エピローグ』は層宇宙という概念の中の別世界の話として短編が挿入されている。そして、その短編群は思わせぶりなキーワードで繋がるという体裁。
しかし、だまされてはいけない。この世界では、因果関係というものは成り立たず、過去も因果も作り出すことが可能で、すべては可逆的なのだ。まったく無関係のはずの存在が関係付けられることによって、新たな存在が生まれ、すべての歴史は書き換えられていく。
ゆえに、すべての始まり、カミが言葉アレ!といった瞬間へ立ち戻る。
まさにこの世は、すべてが終わってしまった後に、無限に繰り広げられるエピローグ。
どちらかというとこの物語の難解さは、すべてのものを情報処理の用語で語り始めるところにあるのかもしれない。EaaS(Existens as a Service)なんていわれたって、クスクス笑える人はその手のギョーカイ人だけでしょう。
ヒトの人格はもちろん、物語=ストーリーラインだって情報でしかなく、データでありソフトウェアである。オリジナルの著者がいてメンテナがいて、あまつさえオープンソースだったりして、noteにおける議論において改変が取捨選択されてコミットされる。
小説というのはバージョンアップもろくにできない原始的なソフトウェアだというのはなかなかおもしろい表現だと思った。もちろん、勝手にバージョンアップされても困るんだけれど、バージョン管理さえできていれば、お好みのバージョンに立ち戻ることができる。いや、ちゃんとラベルさえ貼っておけばな!
そしてまた、小説は暗号化され圧縮されたデータでもある。そこに著者が込めたものは、読者によって復号、解凍され、展開される。しかし、入力と出力が同等であることはどうやって保証されるのか。こうして、ここでもいくつものバージョンが発生していく。まさに、この世は層宇宙だ。
その手のコンピューター用語がよくわからない人は、ラブストーリーとして読めばよい。ラブストーリーとなることを宿命付けられた朝戸と、ラブストーリーに巻き込まれないように回避しつつも惹かれていく榎室南緒。そして、人智を越えた存在でもあるアラクネとのラブストーリー。
さらには、層宇宙に広がって人類未到達連続殺人事件を追う探偵/刑事、クラビトと、OTCを喰らう存在であるインベーダーである妻とのラブストーリー。
概念が概念に恋するようなわけのわからない設定であろうとも、円状塔の描くラブストーリーはどうしてこうも甘酸っぱいのだろうか。