『年刊日本SF傑作選 行き先は特異点』 大森望/日下三蔵 編 (創元SF文庫)
毎年、編者おふたりのアンテナの高さや読書量に驚かされるのだが、今年の目玉は「プロ作家による官能小説のアンソロジー」、要はエロ同人誌。書き手はお馴染みの方々なので安心ではあるのだが、こんなところからも収録しているのかと感心した。
コミック3作の中にも、完全下ネタが1作入っているのは、いったいどうしたことか、表現の自由を守るための戦いでも始めたのかと。
好みで言うと、「二本の足で」と「電波の武者」が傑出していて、さすがのS-Fマガジン。「海の住人」に出てくるセリフはいろんな意味で衝撃的だった。そして、一番笑ったのは、やっぱり「玩具」。
○「行き先は特異点」 藤井太洋
これが私小説というのがおもしろい。バグ修正パッチをコミットでもしたのか。わりとのどかな情景なのだけれど、配送担当者にしてみれば胃に穴が開きそうな感じ。鳥の飛行プログラム(プログラムとは言ってない)は、うちの研究室でもちょっとやってた。もう20年以上も前の話で懐かしい。
○「バベル・タワー」 円城塔
縦と横。というか、高さと広さ。東洋回帰と言いながら、英訳に適していそうというか、英訳したら受けそうな感じ。
○「人形の国」 弐瓶勉
長編の前日譚ということで、読み切りとしてはちょっと苦しいが、これだけでもイメージの奔流にさらされる。「絶望的な世界観のようですが僕にとってはこれが夢の国なのです」という著者の言葉は、とてもよくわかる。
○「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 宮内悠介
宇宙人が地球を見たら支配者は昆虫だと思うだろう、という言説があるが、こういうこともあるだろう。紫煙はすでに絶滅危惧種だけどな。
○「幻影の攻勢」 眉村卓
タイトルがセルフパロディーでクスっとする。内容は社会問題をSF的に考えてみたというエッセイとも取れるようなもので、攻勢というには、まだまだ序の口。
○「性なる侵入」 石黒正数
こっちはP・K・ディックのパロディー。たしかに、奴ら生きてるし、抜け落ちた後でも繁殖するよね。
○「太陽の側の島」 高山羽根子
読み始めて、これってそういう話かなと思ったら、そういう話になった。ただ、双方ともにファンタジーが入っているところが気になる。つまりは、そういうことなんだろう。
○「玩具」 小林泰三
そんなオチ、笑うわ。
○「悪夢はまだ終わらない」 山本弘
子供のトラウマになることを狙ったという作品とはいえ、確かにやり過ぎな感じが。しかしながら、果たして本当のサイコパスにはこれが効くのかどうかが気になる。
○「海の住人」 山田胡瓜
人間そっくりのロボット、アンドロイド(ゴーレムでもいいけど)を作るというのは、人類が持つ夢のひとつだと思う。それに対する言葉が衝撃的で、ちょっと考えさせられる。
○「洋服」 飛浩隆
キャプション芸としてはちょっと長めかもしれないが、「ボケて」同じカテゴリー。しかし、この試み自体が「傑作」に値する。
○「古本屋の少女」 秋永真琴
同様のキャプション芸ではあるが、こちらは起承転結を持った、ちゃんとしたストーリーになっている。
○「二本の足で」 倉田タカシ
SFマガジン掲載だったので、二度目なのに、説明しようのないせつなさが溢れるのが不思議。嘘なんだけれど、失われたもの。まるで、夏空の写真のような何か。
○「点点点丸転転丸」 諏訪哲史
なんか見覚えあるぞと思ったら『アサッテの人』のひとか。SF傑作選に入れるには、ちょっと方向違いのような気がする。そこから消えた中黒の捜索を始めろよと。
○「鰻」 北野勇作
エロいっていうか、怖い。
○「電波の武者」 牧野修
これも二度目だけれど、支離滅裂なだけに、何度読んでも衝撃が薄れない。これ、暗唱できたら別世界へ行けそう。
○「スティクニー備蓄基地」 谷甲州
疑似生物的な兵器が気持ち悪くも興味深い。《航空宇宙軍史》は、ちゃんと読み直したいと思っているのだけれど……。
○「プテロス」 上田小百里
驚異の生態系。宇宙生物学者の決意。
○「ブロッコリー神殿」 酉島伝法
こっちも驚異の生態系。いつものように難読造語だらけだが、比較的、楽に読めた。ストーリーがSF小説のフォーマットに適合しているからかもしれない。
○「七十四秒の旋律と孤独」 久永実木彦
創元SF短編賞受賞作。なかなか襲われずに戦闘が始まらないので、あれっとなった。始まったら始まったで、旧式なのに意外に強くて、またあれっとなった。最後のオチは見事にミスリードに引っかかってた。