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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

政治の問題点 2/2

2020-07-20 08:47:16 | 文化

 

 

> 先ほどの話ではありませんが、今の日本の状況をみても「原発なんて絶対悪だ!」と主張する人たちと、「いや、まずは電力が足りないんだから動かそうぜ!」と主張する人たちの間で水掛け論になっています。  

 

双方に ‘あるべき姿’ (things as they should be) が想定されていませんね。この状態ではお互いに説得力が発揮されませんね。

 

>お互いがお互いをバカだ、チョンだとけなしあっているのです。

>じゃあ、何故そんなどうしようもないことになっているのかと言えば、 『お互いが共通のものにしている』という意識を持たずに批判しあうからです。

 

そうですね。日本人には世界観がない。我々の遠い未来に行き着く先を想定していない。  

 

>それはもはや、本当のコミュニケーションではないんですよ。>それでは何も進展しませんし、まさに平行線とはこのことです。

 

そうですね。’問答無用・切り捨て御免’ の精神ですね。

 

>そういう不毛な様相を呈しているのが今の日本の現状であり、逆を言えば今回話したような凄く当たり前のことを抑えてさえいればもう少しマシになるんじゃないのかなぁ、と思う今日この頃でした。

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、時制の重要性を深く認識する必要がありますね。さすれば、対話・議論も可能になるでしょう。   

 

> 最後に 民主主義は最悪の政治といえる。 >これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けば、だが。 > 言い換えれば、「他と比べて民主主義は最もマシな政体である」とも言えます。

 

民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが’。(チャーチル)     

 

> 先述した通り、コミュニケーションが起こる政治形態というのは民主主義以外にはありません。

 

そうですね。上意下達ばかりの独裁政治では困りますからね。  

 

>そして、それをより良いものにするためには、我々一人ひとりの賢明さに掛かっているのです。 

 

そうですね。我々日本人は、無哲学・能天気ではいられません。  

日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。生きる力が不足している。困った時には他力本願・神頼み。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)  

 

>まずは、自分のことをしっかりと理解し、相手のことも知ろうと努力する。 >要するに、コミュニケーションの語義である『共通のものにする』という感覚を大切にしたいなぁという風に思います。 

 

そうですね。

自由とは、意思の自由の事である。だが、日本人には意思がない。そして、恣意がある。恣意の自由は何処の国でも認められていない。’自由のはき違え’ となる。だから、我々は、昔からの ’不自由を常と思えば不足なし’ のままでいる。 

欧米人は個人の哲学と意思により行動を説明する。日本人には、哲学と意思がないので、人の行為を ‘建前と本音’ を使って説明する。建前は (口実・言い訳・言い逃れ) である。本音は、(私意・我儘・身勝手) である。だから、現実の中に行為がうずもれて低俗な感じは避けられない。意思は未来時制の文章内容になるので意味があるが、恣意はバラバラの単語 (片言・小言・独り言) のままで存在するので意味がない。

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調しています。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」

日本人には、恣意疎通 (阿吽の呼吸・つうかあの仲) があって、意思疎通 (相互理解) がない。恣意 (腹) の探り合い (談合) があって、意見の交換 (議論・対話) がない。恣意決定 (盲目の判断) があって、意思決定 (理性判断) がない。だから、日本人の責任者は説明責任が取れない。日本人は未来時制の内容を持たないので、我々の未来は一寸先が闇である。危険が一杯である。お変わりのないことが何よりなことである。

 

 

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政治の問題点 1/2

2020-07-20 08:20:45 | 文化

 

>358572 現実を無視する民主主義政治の問題点  >時田 弘 ( 33 会社員 )  20/07/19 PM11 

>ここらで民主主義の問題点について真剣に考えてみようじゃないか。 >リンク > より引用です。

>・・・・・・・・・・・

>日本の原発問題

>まさに日本で言えば、原発をどうするのかという問題については、政治形態以上の何かで動いてます。 > 原発は悪、電力会社は悪、政府は悪。>それと闘う人たちは善という完全な善悪構造によって世論が動いちゃったわけです。  

 

勧善懲悪ですね。徳目の暗記力が功を奏しているのでしょうね。

 

>これが可能なのは”民主主義”だからです。 > 良くも悪くも、民主主義ってのはこういう特徴を持った政治形態なんですよね。

 

そうですね。リーズニング (理由付け) のない人たちの徳目教育による政治の結果ですね。

 

>だからデューイは、それを鋭く指摘していて、学者の中には今の日本の現状を見て嘆いている人もたくさんいるわけですが・・・。 >こんな当たり前のことも分からないのか、と。 

 

それほど簡単な問題ではなさそうですね。

 

> 数年前、東日本大震災という未曾有の危機のさなかで、僕らは「推進派」と「反対派」の2つに分かれ、争い合い、結局一つになれなかった。 >みんなで向かうべく、大きな次元で捉えることが出来なかった。

 

無哲学・能天気による祟りですね。日本人には世界観がない。みんなで向かうべき未来の世界を描いて見せる能力がない。

世界観は、非現実 (考え) の内容である。非現実の内容は、時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を埋めて行く。その内容の展開には際限がない。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、批判精神の持ち主になる。批判精神のない人の文章は、現実の内容の垂れ流しになる。

日本語には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。マスコミも現実を垂れ流す。だから、個性がない。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、相手からも信頼されない。協力者が得られない。社会に貢献する度合いが限られる。

 

>これは、完全なる”コミュニケーション不全”が原因だと言えます。

 

そうですね。それは難しい問題ですね。

 

> 非常に残念なことではありますが、民主主義を採用している以上、このようなリスクも当然含まれてしまうのです。 > 今日からできること  > ここで考えて欲しいのは、コミュニケーションが起こることで、何らかの動きの原動力になるってこと。

 

見ることのできる現実の内容は本当の事である。見ることのできない現実内容は嘘である。誰しも嘘つきにはなりたくない。だから、出鱈目は言わない。

日本人には、非現実がない。だから、自分の非現実 (考え) は語らない。これが、日本人の思考停止の原因である。

現実の内容は頭の外にある。だから、見ることが可能である。見ればわかる。楽ちんである。正解はただ一つである。

非現実 (考え) の内容は頭の中にある。だから、見ることができない。それは、ただの話である。その内容を知るには文法に基づいて文章の内容を理解しなくてはならない。これは、骨の折れる仕事である。だから、通常、日本人は理解をしない。忖度 (推察) で代用して済ませている。

理解と忖度は似て非なるものであるから注意が必要である。忖度 (推察) は聞き手の勝手な解釈であるから、話し手には何の責任もない。たとえ両者の間に齟齬が存在しても議論にもならない。現実直視になっていないことを忖度の主に指摘しても、'だって、私は本当にそう思ったのだから仕方がないではないか' と懸命に反発するので取りつく島がない。かくして、日本人の対話は成立しない。  

 

>そして当然、良い面にも悪い面にも振れる可能性があるんだけど、どちらに動くかというのは民主主義の当事者である”我々一人ひとりの賢明さ”の問題になってくるわけです。

 

そうですね。真の民主主義になるか、衆愚政治に落ち込むかは事業自得ですね。  

 

>これは残念ながら構造ではどうしようもない。 >なぜなら、今の僕らが知っている枠組み、つまり民主主義という構造を”何とかする構造”は存在しないからです。

 

そうですね。何とかする構造よりも、自分を何とかする方法を考えた方が早いでしょうね。

 

>だから民主主義というシステムを採用するならば、その構成員が賢明になるしか道はありません。

 

そうですね。それが正道ですね。  

 

 

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