ケベックリタイヤ日記

ケベックでリタイア暮らし。ながらえば憂しとみた世も今は忘れた。毎日悦びの種をみつけてぽりぽりかじりたい。

それぞれの卒業ありや空仰ぎ

2022-03-09 16:54:33 | アート

先週のNHK俳句 季語は卒業。 卒業は学校だけじゃなく自分の中の古い世界にさよならするのも卒業 それはまた新しい門出。向こう見ずな私は向こうみずに新しい世界に飛び込んだ。先週初めての高齢者施設( 単にレジダンスと言ってます)でのアトリエ 生きてる人間相手なので戸惑うこともままあったけど振り返ってみれば また参加者の作品をしみじみ眺めながら これから高齢者である自分も彼らと一緒に一から学んでゆくんだという喜びが湧きました。

文化担当者にカフェテリアで食事できるまだまだ元気な方々対象のアトリエと提案したのですが 認知症の進んだ特別棟の方達もお願いと言われ一旦はお断りしたものの強く押し切られて2つのアトリエ開きました。授業で人数は最多で7人と学んだのですが8人にしてとこれも押し切られました。内心腹がたちましたが気弱ゆえ引き受けました。それが思いがけぬ発見があり私自身とても楽しかったです。元教員や銀行員 公務員 職業婦人といった方々が参加したしっかりグループは99歳でも認知症の陰りもありませんでしたが ボケ進行中グループはうまく描こうとかいう意識ゼロ 理解力も低下してる代わりに面白い作品に出会いました。

第一回アトリエテーマは( 手にオマージュを捧げよう )で 長年働き続けた手をデッサンし手にまつわる思い出を手の内に小さいモチーフとして散りばめるというものです。その中から90歳以上の二点

99歳作品 モチーフは鏡 櫛 本 人形 棒針 ( 職業はエステシャン ライトブルーとピンクは彼女の好きな色で編み物によく使用 8人の子供 14人の孫 13人の曾孫あり 御自身の人生を語り始め止まらずいかにストップさせるかが課題 )しっかりしてます。

91歳作品 モチーフは子供の目 点滴 ハート 薬 太陽 ( 職業はモントリオールの小児科専門病院看護婦 子供との思い出話が尽きない 彼女が病室に入ると わーい 大好きなアラン看護婦さんだと飛び跳ねた 赤は彼女にとって愛の色 )

ボケ進グループは飽きっぽく5分もしないで席を離れる人もいると伺ってたので 最初の10分はメトロノームを使って腕、手、指のリズム体操 柔らかくなっただろう上腕で鳥のように空を舞いましょう。その後 メトロノームに合わせてさまざまな線の練習 渦巻き ジグザグ 波線など描かせそれらの上に自分の手を好きなようにデッサンさせました。その中から一点 手を描いて下さいといったらオリジナルで唸ってしまいました。年齢をたづねてもわからず著名無しです。全員 最後まで残りました。嬉しい。

準備に時間がかかり 私自身 仕事しながらだしアートセラピーについてもっと勉強したいこともあり月2回のみのボランテイアにしていただきました。

さて 職場の方は おとといオデットおばさんが首になりました。可哀想だなと思う反面 自己愛障害のある女性でいつだって自分が正しく悪いのは周り ちょっと注意すると切れるしその割には人のミスを指摘し命令し威張るしでみんなから嫌われてました。私はかなりのポンコツ人間なので寛大に寛大にと接してきたのですが愛想が尽きて 思わず( 好きなようにしたら )とほっときました。もし彼女が組合員になってたら首にすることは至難の技だったと思います。仕事というのはできて当たり前 ボランテイアじゃないんだから。老いたらとにかく周りに迷惑にならないよう仕事を覚えること 注意されたら謙虚に受け止めること。オデットおばさんのようにかつて人を使っていたならボス的考えは捨て逆にどんな従業員が求められているか考えること。私が彼女から離れたのは どんなにフォローしても彼女のミスを私のせいにしたこと。誰も信じてくれなかったのは幸いです。ここまで首にならなかったのは人手不足ゆえ それを知っておりオデットは首にならないとたかを括ってたのかも。

人手不足で週30時間以上(4日勤務から)働くと月にして4万円のプライムがつきます。幸いに19歳の新人がお金が必要とのことで今んとこ週5日勤務してくれることになり助かってます。私は週2日勤務が理想ですがまたまた週3日勤務に戻りました。

今日はお休み 何しようかな。

 

 


秋夕焼音なく燃えて闇に入る

2021-11-03 20:15:07 | アート

 秋夕焼音なく燃えて闇に入る

ヤナーチェクの「イエヌーファ」を観る。手元にはないが昔愛読した吉田秀和が一番好きなオペラがヤナーチェクの「利口な女狐の物語」というのが記憶にありヤナーチェクということだけで録画しておいた。ローカルな民衆オペラとして評判がイマイチだったとかいうけどとても良かった。酒飲みの浮気男の子を孕み 生み 捨てられても 一途に彼女に恋し結婚を申し出る男や 継母や祖母の愛など現代でもあるある物語。圧巻だったのは舞台の素晴らしさ 民族衣装に目を奪われました。風潮なのか資金不足なのか昨今の舞台はジーンズやTシャツで登場 あるいはやたら現代的であろうと前衛的に凝らしたものが多く内心つまらない。

舞台衣装を見ながらある事に気づきました。飾ってあるヴォーグのポスターにそっくり 頭飾りなどどこからこんな発想が生まれるんだと てっきりアーチストの独創と思ってたのですが もしかしてというよりチェコモラヴィアの民族衣装から影響を受けモデルにしたんだと確信しました。

ついでに 複製絵画を変えたくてアンデイウオホールの日没というセリグラフィーを買って飾っておいたのですが 靴下編み用に選んだ毛糸の色合いがそっくりなんですね。これも日没の色彩が網膜にインプットされ知らずに手に取らせたのかも。

無意識に影響されてることってままあるんだと思わされました。私たちは何から何まで無意識な影響を多大に受けて暮らしてるんですね。

影響と言えば これも録画しておいた日本の芸能で雅楽の先生がこんなことおっしゃいました。お弟子さんは悪い影響ほどすぐ真似すると。私は妙に納得しました。と言うのも職場で10月初めに2人採用 半ばで2人とも辞めました。 先月末 新しく2人採用 一人が辞めたいと私に漏らしました。原因は お局様の底意地悪さです。一から十まで仕事にケチ付け嫌味言います。これが伝統というか3人の若い学生さんも真似るんですね お局さんそっくりになってきている。私は嫌だ 自分と同じ目に合わせたくない だから仕事の手順を微に入り細に入り書き手渡し何度間違えても何度も教える。自分がそうだったように時間と共に覚えるもの。仕事マニュアルは学生さんからも感謝されました。

新人さんはOさんという63歳の女性で子宮癌になり手術前後に病欠が続いたらクビになったとのこと。65歳年金受給まであと2年働かなくちゃと応募し即決採用です。私と組むとお互いに助け合い何の問題もなく仕事は進むのに他のお局さん達と組むと自分は無能人でしかなく屈辱的とこぼしました。Oさんに言いました。60過ぎたら仕事を見つけるのは難しいし あるとすれば何か問題ある職場 とにかく仕事をミスなくするよう前向きに努力し お局さん達の言葉は野蛮語を話してると聞き流すこと 私なんかあれこれ言われなくなるまでに1年かかってるよ それに組合が強いから組合員になればクビにできないし病欠もできるからそれまで辛抱しなさいと励ましました。

夫がお前タフだなーと呆れてますが 実は働き始めてから体調いいんです。汗ぐっしょりかくので気のせいか爪も髪の毛も伸びが早い。熟睡を超えて爆睡。仕事に行くというよりも体力増強エクササイズの感覚。あとレジダンスの皆さんにお会いするのが楽しみ。私の年齢知ってるけど できるだけ長く働いてねと励ましてくれるもん。ただね自由時間が激減。雑誌は封も切らずに溜まってます。来年から週2日勤務にしたい。

 


夕顔

2019-08-12 19:34:25 | アート
花に似ずその実の図太き夕顔や

 8月の台飾りは久隅守景の「夕顔棚納涼図」。くすんだ絵なので額縁を白にしてみたらぐーんと絵が引き立ち3人の登場人物が生き生きして嬉しくなりました。この小さな額をぬけるとそこは夕顔の棚に憩う守景と二人の子供。妻とその子と思っていましたが違いました。娘と息子です。久隅守景の生涯を歴史小説に仕立てた小嵐九八郎の著作「我、美に殉ず」を読んでいますが、文体が不思議と言うか、リズムにのれないでます。

 私は夕顔の花を見たことはないけれど子供の頃しょっちゅう食べていました。好きなおかずではなかったです。油炒めにしたもので、透き通っていてヘナっとしていて、淡泊で単調な味に思えました。台所にごろんとでっかい夕顔を見つけるとがっかりしたっけ。半分に切ると身は白く種が見えたっけ。夕顔の君も、早死にしなければ、結婚し子供を産み家庭を持ち、可憐な花から図太い実をむすぶように案外肝っ玉母さんになってたりして。

 でも、この絵いいですね。この絵だけで十分なんだけれど、ごちゃごちゃチープが好きなので、夏のセンスと菜園のとりたて野菜を添えました。ピーマン、ナスはそろそろ終わりです。今年も小ぶりなり。



夕涼み

2019-07-17 16:09:15 | アート
 夕すずみよくぞ男に生まれけり 其角

 7月のチェスト飾りを何にしようか雑誌をめくりながらどれもぴんとこない。夏の花が鮮やかに咲き乱れている元気な絵を探したが見つからない。思い切って西洋絵画絵図から切り抜こうかと思ったけれど今年は日本絵画にするつもりでおり富岡鉄斎の「漁夫快酔図」が目に留まった。というのも裸の男たちが酔い笑う姿に其角の句が浮かんだから。歌と酒で裸になっての夕涼みは江戸の庶民の楽しみだったとか。

 鉄斎85才の愉快な絵図は、実は友の病中見舞いに描いたもの。絵に添えられた詩は「魚を捕ってそれを酒に換えたのでまず一杯やって酔おう。明日心配事が起きたら明日心配すればよい」。ガラスの花瓶を徳利に見立て、絵図の周りをワインカレンダーから切り抜き背景とした。ダサく、ごちゃごちゃが好きな悪趣味なんだけど今回は夏故すっきりしたつもり。

 この絵を夫に見せて感想を聞いたら「グロテスク、デカダンス、だらしない」。ははははは、絵の鑑賞に文化的背景がどんだけ影響してるか。確かに、西洋文化において、メタボ腹で半分ヌード、酒飲んでる姿が粋だなんて、オーマイゴッド、解説がいると思います。

 今日はボランテイアの日で、奇しくも一人の女性がこんな句を披露した。もちろん目新しくないけれど。「昨日を後悔し涙で暮れ、明日を憂うのは、今日という日の時間泥棒」鉄斎もボランテイアの人も、いやいや誰もが同じこと思ってる。ただそれが身につまされる年齢はある。

 だいぶ前からご近所に住む二人のボランテイアの方から日本料理が食べたいと催促されてた。ワインは私たちが持参するからと。安い、早い、簡単なものしかできないよ、私そんなにお料理上手じゃないからと言うとそれでOKだって。夫がまたまた近くにオタワ出張なので、その日に呼ぼうと思う。女3人、裸にはならないけど、どれ、焼き鳥や枝豆、卵焼きなんぞで愉快に飲もうではないか。



布袋

2019-06-16 20:30:09 | アート
 布袋だって遊びをせんとや毬を蹴る

光琳の燕子花絵図が好きかと言えば今のところ何も感じないというのが正直な感想。我が菜園のアヤメの群生とよく似てるなぐらいにしか思わない。本物を観るとどうなんだろう。自分の鑑賞力や感性が不足な時は何年か期間をおいてみるといいと思う。

光琳の絵で好きなのは「蹴鞠布袋図」。最初目にした時、布袋さんが月明かりの冴えた夜、袋を風船にして玉乗りしお月様をおちょくってるのかと思いました。それにしてはお月様の形が胡桃みたいでおかしいなと。違いました。地上に袋ほっぽり投げて蹴鞠して遊んでる絵なんです。それにしても布袋さんも袋も軽々として重力感じさせません。布袋袋の丸い形に太鼓腹+お月様の楕円形、大中小3つの丸が縦に並び、「せーのワンツースリー」と毬を蹴上げてるような躍動感があります。よく見ると布袋様、目をひんむき鼻の穴を見せ歯をむきだし笑ってるんですよ。そんなに何が楽しいの布袋さん?

光琳40才の絵です。放蕩で借金まみれになった光琳は屋敷を売り払い町娘と結婚し、この年、人生のリセットに奮起したのか生活費のため画業に精を出し始めます。住み慣れた家屋敷を売り払うって断捨離の最たるものですよね。でもなぜか捨て切るとさっぱり晴れやかな気分がするのは断捨離した方ならわかります。

いまだに断捨離続いてる私はこの蹴鞠布袋図に、重荷を下ろしたような、「やれやれ晴れ晴れ、いい気分」ポーンと毬を蹴ってるように見えます。もちろん我田引水、絵画は一人で勝手解釈し楽しむ世界でもあります。