ケベックリタイヤ日記

ケベックでリタイア暮らし。ながらえば憂しとみた世も今は忘れた。毎日悦びの種をみつけてぽりぽりかじりたい。

五月雨

2019-05-23 20:32:28 | 暮す
 五月雨よ共に歌おうカラオケで

 ヒヤシンスの花が咲いた。リラの花は蕾をもったばかり。雨降りで一日中どんより。交換授業の日だがダイアナも私もやる気なし。で、今CDが届いて聴いているJAMES RHODESの話をしながら、英語はなんとか辞書とくびっききで読めるけど会話ができんというと、歌を通して覚えるといいよと彼女の好きなイギリスのシンガー2人を紹介してくれた。英語字幕を読みながら一緒にカラオケして過ごした。二人で歌いながら私にも17才のときがあったのを思い出した。ダイアナと同じようにラジオから流れる音楽が楽しみだった。もうずいぶん昔のことだが、ナンシーシナトラの「シュガータウンは恋の町」とかピーターポール&マリーの「ハッシャバイ」とか二階の部屋で聴いていた光景が浮かぶ。確か季節のかぐわしい五月のような気がするのだが。17才かー。あれから半世紀も生きている。

二人のシンガー、私は知らなったのですが有名とのこと(夫でさえ知っていた)。歌唱力よし、歌詞よしとピーターガブリエルやフィルコリンズ等に感じる英国ポップのポエジーありますね。

 Adele : When we are Young
 
 James Bacy : Us

蜥蜴

2019-05-22 08:29:00 | 俳句
 あの声で蜥蜴食らうか時鳥  其角

 其角はこんな俳句を作る人。ドキッとする。NHK俳句、新しい選者の一人が長嶋有さん。斜に構えたような、一癖も二癖もあるような異色な方でドキッとする。新鮮。公開句会で参加者の大半が若者という。俳句の面白さは、幾通りにも解釈できる鑑賞のヴァラエティ。こんな光景がうかんだのか、こんな歴史的背景があるのか、こんな思いを読んだのか等々、たった17文字を巡って広がる世界。おまけに誰にでも門戸が開かれている。紙とペンがあればいい。私もいつか投稿しよう。今週の俳句番組で長嶋さん「雀荘」というこれまでにない光景を取り入れた句を選んでる。新しい俳句のおもしろがり方を伝えてくれます。長嶋さんの一言、初心者だのなんのと謙虚な姿勢なんていらん「やってみ?」

 「俳句は数式ではない。あらゆることに自分で答えを出し続け、考え続ける文芸だ」

  うーん名言なり、と私は思う。

 思えば私は平成時代をこちらで過ごしているので日本での平成時代を知らない。30年過ぎるとは0才の赤ちゃんが30才に、30歳が60才に、60才が90才になる年月、時代は移り変わるという事に鈍いまま時を過ごしたなあとテレビジャパンを観ながら思う。新しい作家も、画家も、スターも、歌手も知らない人ばかり。だから毎日いまだにいろんなことに目を瞠ってる浦島太郎気分、とはいえひしひしと実感するのは生活スタイルのグローバル化。テレビ画面に映るテーブル、椅子、食器、インテリア、ガーデニング、ファッションの流行はこちらと変わらない。ニューヨーク、モントリオール、東京のファーストファッション店H&MやZARAでみたのは何処も同じの品、ほぼ同じ値段だった。

 話は変わるが、昨日、お客様がありマドレーヌを焼いた。お皿はコーヒーソーサー。他人からみたらナニコレ、ガラクタ皿寄せ集めじゃんビンボクサと思うかもしれないが私は楽しいのよ。いつまで生きてるわけじゃないから他人にご迷惑かけないテリトリーで好きにしよう。長嶋さんじゃないが俳句でどんな冒険をして失敗しようとスポーツと違って怪我するわけじゃないからね。皿とて同じ。





 

つひに行く

2019-05-17 20:21:04 | 暮す
つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを  伊勢物語 (むかし男)

つひに行く道には金も要らじかと昨日経読む僧にくれしを    仁勢物語 (をかし男)

お隣さんは今日の午後旅立った。朝9時に病院に向かうとき投げキッスで最後のお別れのあいさつをすると投げキッスで答えてくれた。

最初の奥様は辛いからと死の床に立ち会わなかった。生前からすでに遺産をめぐり水面下でのあれこれがあると話していた。外目にはむしろ質素にみえる生活だが資産家。コスタリカでホテル経営しており、ケベックに引き揚げてからはアパート経営をしていた。2年前に400万で購入した電気自動車を50万で、2000万の家を500万で譲って欲しいと言ってる相続権のない親戚もおられるとか。遺言は生存中開封されることは禁じられてるので今夜開封されるのか主亡き家に車が3台駐車している。

今年の春は遅い。やっとチューリップが咲いた。3年前に植えたレンギョウがちっとも大きくならず花もつけないので無理かなーと思ってたら黄色い小さな花を咲かせた。アシデンタラの花がつんと芽を出した。さやえんどうとオクラの種を蒔いた。時々菜園に来て「ばっちゃんは立派な農婦になれるよ」とほめてくれたお隣さんはもういない。






蜜蜂

2019-05-15 20:56:32 | 雑誌雑読
 蜜蜂が消えて彼方よりドローン蜂

 「自立型兵器は最悪の脅威」と題した人工知能倫理を問いかけるSTUART RUSSELLの記事を読んだ。たった2ページなのにぞっとし背筋が凍るとはこのことかと思いました。

 核兵器も化学兵器も時代遅れ。高性能ドローンの開発は安価で確実に大量の人間を殺すことができる。以前、街を破壊することなく人間だけを殺す新兵器が開発されていると読んだことがあったが高性能ドローンのことだったんだ。手のひらにのる「殺人蜂」とよばれるドローンの集団は、殺したい人間の顔を認識し正確に殺す。あっというまに一つの町全体の住人を殺すことができる。これまで6千万人がみたというビデオ(SLAUGHTERBOTS)を是非ご覧になってください。この殺人兵器は無人自動車を作るよりも簡単ですでに戦場で使用されています。

 この新型兵器は近い将来、人間操縦による潜水艦も戦闘機も脆弱な代物と化すという。ドローン兵器の前にはいちころ。

 怖いのは、ドローンが指示通りに完璧に動くのかと言う問題。以前モントリオールのマギル大学のドローンの危険性についてのルポをみたことがあります。つまりドローン同士が人間の命令をきかずに勝手にコミュニュケーションするんです。そして勝手に行動するんです。悪退治にドローンを使ったつもりがさらなる悪を引き起こすことになりうる。また、簡単に安価に個人の手に入るので「あいつ嫌いだから殺しちゃえ」とゲーム感覚で殺せることの恐怖の蔓延。

 このドローン兵器の抑制協定に反対しているのはアメリカ、英国、ロシア。特にアメリカは自由への侵害と反対。自分たちは自由に考え行動する権利があると。これに対して「自分は好きなように運転すると言って無法に運転したらどういう結果になるか狂人の考えだ」と反論してます。

 記事は以下の言葉でしめくくってます。
「何もしないのは自立型兵器の進化に賛成ということだ」

遺伝子、テクノロジー、細胞、、、あらゆる分野での発見や進化が著しくオッタまげーと口あんぐりしてる私はこのごろ思うのよ。そうだよなー、火縄銃が画期的に戦国時代の戦をかえたように時代は兵器の世界でも常に動いているんだと。

最近、物忘れがひどく言葉もでてこなくて夫から認知症が始まってるんじゃないかと心配されてるので、文章もへんてこりんですが書かずにいられなかった。

以下「殺人蜂ーabeilles tueuses」の写真



 
  
 




さようなら

2019-05-13 21:30:29 | 暮す
 死はそこに 楽しかりし生に 手をふるや

 お隣さんの安楽死は今週の金曜日午後2時に決まった。3本の注射(催眠剤、深い眠りすなわち植物人間状態への誘導剤、そして最後の心臓停止剤)でこの世にさよならする。

 お隣さん自らお電話があり夫と二人で最後のお別れに行ってきた。菜園で一仕事終え手を洗っただけの野良着そのままでお会いした。会話はいたって普通。死をすぐそこに控えてるのに茶飲み話のごとくつらつらとしたもの。安楽死許可はたいへん難しいとのことで自分はラッキーだと喜んでました。はじめて知ったのですが、安楽死の条件の一つは意識がはっきりしていることだそうです。だから少しでも認知症の兆候があると許可されないそうです。それで精神科のお医者様の診断を受けなければなりません。また安楽死にサインした後、いつでも取り消しできるそうです。極端に言うと、注射をうつ直前でも「安楽死やーめた」と言えるそうです。明晰な意識のある本人以外は安楽死を選べません、これが鉄則。

 私達との会話はあちこち飛んで、葬儀用に飾ってあった写真を指差しながら「男前だろう」と言うので思わず「ミドルエイジの男ぶりもいいけど、私若い男好きだから20代の頃の写真飾って欲しいな」と言うと取り換えるに遅すぎるとのこと。

 毎日のように老若男女国籍とわずいろんな方が訪問してパーテイーしてるみたいな雰囲気です。生前そうだったように最後まで賑やかなお宅です。30年前に別れた最初の奥様と30年ぶりに再会し、年が明けてからは彼女がお世話をしています。いろいろな方と和解し平和で幸せな気持ちでお別れできるのが嬉しいと喜んでました。安楽死を選ばずとも今年1年もたないのは鈍い私でもわかります。骨と皮ばかりで痛み止めのためモルヒネの10倍つよい注射でもっているそうです。

 ほぼ10年のお付き合いで、右隣さん、左隣さんともども、なんだかんだいいながら仲良しになり、冗談いいあってました。お隣さんは素敵な女性に目がなく、私には「よっ、隣のばあちゃん」と元気に声かけるのに、女性のお客様が我が家にみえると即「誰だ、あの女は、きれいだなー紹介してくれないか」と、まあ良くみてること。いっぱい働き、いっぱい遊び、ご本人曰く「悔いのない楽しい人生だった」感謝あるのみとのこと

金曜日の午後2時に手を合わせます。親しんだ人とのお別れは悲しいというよりも寂しい。

さよならドンジュアン。