運びながら彼は大声で音頭取りに、繰り返す。
「働かざる者食うべからず、動かざる者寝かすべからず」
一段落したところに、最初に千恵が帰ってきた。
土間に入るなり声を上げる。
「いい匂い!」
それから並んだ見かけない二足のゴム長を見て「お客さん」と言ってから、そろりと引き戸を細
く開けて中を窺った。
その眼がカジカ鍋を運んできた、高志の眼と合った。二人は同時に「あっ」と小さく言って、ペ
コリと頭を下げた。
火挟みでストーブの輪蓋を外していた、トキが振り返った。
「あら、お帰り」
千恵は高志から眼を逸らさずに「ただいま」と今度は、はっきりと大きな声で言った。
言いながら同時に鼻をひくつかせた。
「ごちそうの匂い、おいしそうな匂いだ。魚の煮付けでしょう。それにカジカ鍋じゃない」
弾んだ声を上げ、鞄も離さずに真っ直ぐに台所に向かい、鉄さんの背後から覗きこんだ。
「うあ、美味しそう。鉄小父さん今日は、いらっしゃいませ。暫くですね」
彼女は喚声と挨拶を一緒くたに言って首を伸ばした。
「お母さん、今日は何、どうしたのお祝い。もしかして峠の人のお披露目、だったりして」
「失礼な言い方するもんじゃありません。ほら、ここにきてちゃんと挨拶しなさい」
トキは仕様がないといった顔で、娘を手招きした。
千恵は急に娘らしく温和しく、卓袱台の脇に正座をして両手をつき、お下げの頭を下げた。