伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

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ジャコシカ66

2018-08-22 07:49:19 | ジャコシカ・・・小説
 「二人で一日中黙ってそうやって聴いているのですね」

 「まあ、そうです。もっとも大概手は動かしていますよ。網繕ったり鈎結んだり、延縄仕掛け作

ったり、漁師は海の上にいる時だけが仕事じやない。それにラジオもある。だから退屈しないのは

当然なんだ」

 「そうなんですか」

 千恵の眼がだんだん輝いてくる。

 「さて、余りのんびりしていると天気が心配だ。今の内に引き上げるとするか。千恵さん漁師の

生活は今度春に来た時にでも、じっくりと観ていって下さい」

 鉄さんは高志をうながして腰を上げた。

 
赤間親子と別れた後、海の上の鉄さんはどこかぼんやりとしているように見えた。

海の上の鉄さんは、いつも神経のぴんと張った表情をしているのだが、今日はそれが感じられな

い。

 高志はふと今の鉄さんは漁師ではないと思った。

 そんな鉄さんを見ていたら、自分もまた次第に海の上にいることから、意識が離れていくのを覚

えた。

 海を離れた鉄さんの意識は何処に行くのだろう。多分まるで違う世界を彷徨っているに違いない。

自分もまたここに来る前の、いやそれよりもずっと遠くの時間が、甦ってくるのを覚える。

 忘れたいと思っている訳でもないのだが、いつか忘れてしまった生活が、時々何かのきっかけで

思い出される。しかし、そこからは何の感慨も湧いてこない。

 それなのに時折、ふわっとまるで水底からの泡のように浮かんでくる。

 そんな時はただ訳もなく物悲しい。
コメント
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