泡が一塊り浮かび上がってくる度に、自分の体の中が空っぽになっていくのを感じる。
そこには何もやることのない時間が流れている。
網を繕っていても延縄の仕掛けを作っていても、そこに流れている時間は、何もやることのない
時間なのだ。
高志は鉄さんのことが、今まで以上に身近に感じることができた。
九
今日は朝からめずらしく志乃が7階に上がり、代わりに桐山社長が店に出ている。
春もののシーズンが一段落して、店は夏ものの準備に入っていた。
客足もこの時間は途切れがちだ。
あやは入口のショウウィンドゥ越しに、通りを眺めていた。
何処へ行くのか、人の流れは切れ目もない。
いったい何をそんなに急ぐのか、誰もが脇目もふらず足早に過ぎて行く。
あの流れの中に入ると、知らず知らずの内に、目的の場所以外のことは考えられなくなる。
そのくせ当人達はさして、速く歩いているとも思っていない。
こうして動かずにショウウィンドゥの内側から眺めている人間だけが、彼等の速さに気付いてい
る。
あやはふとその速さに目眩を感じて目頭を押えた。
「気分でも悪いのかい」
背後の声に振り向くと、桐山社長が高い背を少こし曲げて、顔を覗きこんでいた。
くっきりと整った目鼻立ちの顔が、どきっとするほど近付いている。
そこには何もやることのない時間が流れている。
網を繕っていても延縄の仕掛けを作っていても、そこに流れている時間は、何もやることのない
時間なのだ。
高志は鉄さんのことが、今まで以上に身近に感じることができた。
九
今日は朝からめずらしく志乃が7階に上がり、代わりに桐山社長が店に出ている。
春もののシーズンが一段落して、店は夏ものの準備に入っていた。
客足もこの時間は途切れがちだ。
あやは入口のショウウィンドゥ越しに、通りを眺めていた。
何処へ行くのか、人の流れは切れ目もない。
いったい何をそんなに急ぐのか、誰もが脇目もふらず足早に過ぎて行く。
あの流れの中に入ると、知らず知らずの内に、目的の場所以外のことは考えられなくなる。
そのくせ当人達はさして、速く歩いているとも思っていない。
こうして動かずにショウウィンドゥの内側から眺めている人間だけが、彼等の速さに気付いてい
る。
あやはふとその速さに目眩を感じて目頭を押えた。
「気分でも悪いのかい」
背後の声に振り向くと、桐山社長が高い背を少こし曲げて、顔を覗きこんでいた。
くっきりと整った目鼻立ちの顔が、どきっとするほど近付いている。