そのことに気付いてからは、ジャコシカという言葉が一層良く分かるようになった。
だからつい、分かり過ぎるくらいなんて、言ってしまったのだと思う」
美奈子は既に身支度を整え終わっている。
外はまだしののめの気配もない。
淀みない動きと言葉の後で、明かりを豆電球に替えて言った。
「高志もジャコシカの匂いがする。でも気にしない、お互いさまだから」
豆電球に切り替える時見下ろした青味を帯びた眼が、一瞬の闇の中に残った。
美奈子は返事を待たずに、静かにドアを閉めて出て行った。
彼女のすらりと長い脚がそよがせた風が、横たわる高志の頬を打った。
遠い春がぐずぐすと躊躇(ためら)いながら近付いてきた。にじり寄るようなその気配が、初めての高志に
も分かった。
最初に雪の道に差す光りが変わり、次に屋根の上の雪がしっとりと柔らかくなるのに気付いた。
しかし、そんな日はたちまち翌日の吹雪に蹴散らされたり、嘲笑うかのような一夜のドカ雪に被
い隠されたりするのだが、それでも春はめげずに繰り返し忍び寄る。
気が付けばいつの間にか通りは、度々の霙や強さを増した陽射しで、シャーベット状になる。
そして翌朝、街はできの悪い、スケートリンクに囲まれる。
路面はテラテラの氷に被われて見るも恐ろしい。何せその上を鉄の固まりが突走っている。
しかし人々は気にもせず、街に溢れ出す。
雪かきは減ったが、道では何度もころんだ。
雪道では滑らない頼もしい底のゴム長も、氷の上ではあまり役に立たない。
だからつい、分かり過ぎるくらいなんて、言ってしまったのだと思う」
美奈子は既に身支度を整え終わっている。
外はまだしののめの気配もない。
淀みない動きと言葉の後で、明かりを豆電球に替えて言った。
「高志もジャコシカの匂いがする。でも気にしない、お互いさまだから」
豆電球に切り替える時見下ろした青味を帯びた眼が、一瞬の闇の中に残った。
美奈子は返事を待たずに、静かにドアを閉めて出て行った。
彼女のすらりと長い脚がそよがせた風が、横たわる高志の頬を打った。
遠い春がぐずぐすと躊躇(ためら)いながら近付いてきた。にじり寄るようなその気配が、初めての高志に
も分かった。
最初に雪の道に差す光りが変わり、次に屋根の上の雪がしっとりと柔らかくなるのに気付いた。
しかし、そんな日はたちまち翌日の吹雪に蹴散らされたり、嘲笑うかのような一夜のドカ雪に被
い隠されたりするのだが、それでも春はめげずに繰り返し忍び寄る。
気が付けばいつの間にか通りは、度々の霙や強さを増した陽射しで、シャーベット状になる。
そして翌朝、街はできの悪い、スケートリンクに囲まれる。
路面はテラテラの氷に被われて見るも恐ろしい。何せその上を鉄の固まりが突走っている。
しかし人々は気にもせず、街に溢れ出す。
雪かきは減ったが、道では何度もころんだ。
雪道では滑らない頼もしい底のゴム長も、氷の上ではあまり役に立たない。