流血の喧嘩沙汰が断えない、荒くれた工事現場仕事に凝りて、暫くはビルの清掃人や料理屋の
下働きをやった。
仕事に選り好みを言う気はないのだが、やはり冬は家の中がいいし、危険は少ない方がいい。
そうは思っているのだが、足が勝手にそんな思惑を無視して体をどこかに運んで行ってしまう。
行った先着いた先で、さて何かないかと探すのだから、思惑や希望の入る余地などないのだ。
父や母、兄との約束の一年は、あっという間に過ぎた。この間何度も兄に金の無心をし、決して
頼るまいと思った母にも、何度も泣き付いた。
何度同じことを繰り返しても、彼には明日に備えたり、先行きを考えることができない。
我ながらそのような思考の回路が欠如していると呆れる。母からのこれが最後との便りと共に、
幾ばくかの金を手にした時は、さすがに慙愧(ざんき)の念で胸が塞がれた。いよいよ家族からも見放され、
諦められたと実感した。
こうなったらせめてもう少こし、率の良い、どこへ行ってもできる仕事を身に着けなければと思
ったが、その考えは三日と続かなかった。
最初から分かっていたことなのだが、自分には何かになりたいというものがないのだ。
とり合えず食べていくために何かをやる、といった程度の考えしかないのだ。
その食べていくということが、どれほど大変なことなのか、まるで分かっていない。
人は人生の大半を費やして、ただその目的のためだけに呻吟し闘い、傷ついているなどというこ
とは彼には理解できないのだ。
生きていくために己を殺しても、立ち向かわなければならない現実があるなどとは考えられない。
そうまでして生きねばならない理由が、どこにあるのか彼には分からない。