バラの香り
一人の若い詩人がいた。彼は、自分の恋人を愛するために自分がこの世に存在すると思った。今までの自分のすべての人生はひたすら彼女を愛するためのひとつの準備過程に過ぎないと思った。
彼は一日、一日世の中のすべてのものが皆新しく感じた。葉をすり抜ける風も、若い枝にまぶしい日差しも、青い空を飛ぶ小さな鳥も彼女を愛する以前とは全く違う、また違う美しさと脅威の世界だった。
彼はやっと一人の人が一人の人を愛すると言うことの意味が本当に何なのか知ることになった。彼女と一緒でない一人だけの人生と言うのは本当に無意味な人生だと思った。
ある日、求婚するために赤いバラを何本か持ってその女性の家に行った。しかし、不幸にも彼の求婚は受けてもらえなかった。女性は冷たい顔で言った。
「ごめんなさい。私はあなたを愛していないわ。わかってちょうだい。」
目の前が真っ暗になった。急に天地がひっくり返ったようだった。彼は彼女が入れてくれたコーヒーも飲まずに家を出た。
しかし、彼が彼女の家の門を出た時だった。女性が窓の外にバラの花を投げてしまった。
「ごめんなさい。求婚の意味でもらうバラの花は受け取ることができない。」
彼はとっさに足元に落ちたバラの花を拾った。胸がポンと貫かれたような感じがして、急に涙があふれた。世の中のすべてが崩れていくようだった。
その後彼はバラの花がひどく嫌いになった。失恋の原因がまるでバラにあったように、花の中でもバラの花だけは極度に嫌いだと言う病的な姿を現した。
彼はバラの花を見るたびにその女性から受けた心の傷がよみがえっていやだった。その女性を忘れようと努力したが、決して忘れることができず苦しかった。心の地獄が他になかった。
彼はバラがあるところは避けて歩いた。しかし、バラの花はどこにでもあった。花屋や、隣の家の塀だけでなく、何気なく入ったカフェのテーブルの上にもバラの花があった。
彼はどうすればバラを避ける必要がなくなるのかという考えだけに没頭した。彼の願いはこの世の中のすべてのバラをなくすことだった。しかし、どんなに研究してもバラをなくす方法はなかった。
そうしていたところ、ふとバラの名前を変えればいいという思いがしてある日一人の言語学者を訪ねた。
「先生、どうすればバラと言う名前を変えることができますか。」
年をとった言語学者は言った。
「それがとても簡単です。言葉の中のバラをバラと呼ばなければいいのです。」
「それならば、果たして言葉の中でそういう風にできる方法は何ですか。」
「さあ、それは“言葉の中”しだいですね。学者である私たちとしてもどうすることもできないことです。」
彼は学者の家を出てきながら自分の人生をバラの名前を変えることに捧げると決心した。
彼は誰かに会っても、私たちがバラと呼ぶ名前を何か他の名前で呼ばなければならないと主張した。そして、一生懸命バラの否定的なイメージを表現した詩を書いて発表した。“言葉の中”が集まるところならばどこでも行って自分の書いた詩を聞かせてやった。
いつの間にか多くの時間が川の水のように流れた。若い詩人は年老いた詩人になった。ちょうど人々はバラをバラと呼ばなくなった。人々はバラの名前を忘れてしまって他の名前で呼び始めた。しかし、バラの名前は変わってもひとつ変らないものがあった。
それはバラの香りだった。