「シン・ゴジラ」「くまモン」「伊右衛門」の共通点【ヒット映画の仕事術に学ぶ。】
2018.06.06(liverty web)
Osugi / Shutterstock.com
ロンドンやニューヨークの美術館で開かれる、早朝の美術教室(ギャラリートーク)は今まで、観光客が多かった。しかし近年、背広を着たビジネスパーソンが、出勤前に顔を出すようになっているという。
世界有数の美術系の大学は、グローバル企業の幹部に向けた美術プログラムを提供し始めている。そこには、フォードやビザといった名だたる大企業の幹部が送り込まれている。
アップル社の創業者スティーブ・ジョブズもデザイン哲学を学んでいた。商品開発に芸術性を盛り込むことで、今世紀最大のヒット商品「iPod」「iPhone」を世に送り出した。
今、世界においても日本においても、経済における競争の局面が、「商品の機能の差別化」から「情緒の差別化」へと変化している――。社会の潮流を予測し、世界的なベストセラーになったダニエル・ピンク著『ハイ・コンセプト』は2005年、そう指摘した。
人々は、自分の美意識に合った商品や芸術性が高いものを所持し、精神的な高揚や満足感を得ることを求め始めている。
こうした付加価値を生み出す商品やサービスは、今までMBAで教えていたような、論理や分析のみで創造することが難しい。ビジネスパーソンたちは、より高度な芸術性や創造性が求められる時代となっている。
この傾向は、AI(人工知能)の発達で、さらに加速する。ロジカルな分析に基づく仕事は、コンピューターにシフトしていく可能性が高い。
本欄では、映画、小説、アニメーションなどにおける「ヒットが生まれた現場」に目を向ける。そしてそこから、ビジネスマンが仕事に「芸術性」「創造性」を加え、感動を創造するヒントを探っていく。
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映画「シン・ゴジラ」の"シン"の意味とは――?
第4回目は、日本のみならず世界中にファンがいる「ゴジラ」について取り上げ、そこから学べる企画・PR術について探っていきたい。
2016年7月、映画「シン・ゴジラ」が公開された。観客動員数は550万人、興行収入は約65億円という大ヒットとなった。1954年の第一作目から数えて29作品目のゴジラ映画である。
この作品でまず気になるのは、タイトルに入っている"シン"の意味だろう。これは、一つの意味に定まっておらず、読む人が様々な意味にとらえてよいことになっている。例えば、「新」や「真」などの漢字を当てはめてもよい。
そして中には、「神」という意味だと言う人も多い。
実は、初代ゴジラの制作に関わった特撮監督の円谷英二氏も、ゴジラのことを「荒ぶる神」と述べている(円谷英二監督はウルトラマンの生みの親でもある)。
ゴジラは、人間に対する神の怒りを「象徴的」に表現しているのである。神としてのゴジラは何に対して怒っているのか。それは、水爆や原爆といった核兵器をつくり、使用したことに対してである。
実際、初代ゴジラの設定は、水爆実験により海中に生息していたゴジラが被爆して怪獣の姿となり、水爆によって海中生物も大きな被害を受けたことに対して怒り狂い、日本に上陸したというものであった。
「ゴジラ」は単なる怪獣映画やパニック映画にとどまらない作品である。その象徴表現を読み解くことで、「目に見えない神々の怒り」といった、深く、かつ普遍的なメッセージが込められているのが伝わってくる。それこそ、ゴジラシリーズが長く世界中で愛されている一因ではないか。
こうした象徴表現は、様々な芸術で使われてきた。
そもそも象徴表現とは、先ほどの映画「シン・ゴジラ」のように、伝えたいことをストレートに表すのではなく、あえて他のものに置き換えて表現することである。
特に、抽象的なものを、具体的なものに置き換えて表現する場合がよくある。例えば、「平和」の象徴を具体化して「鳩」を描く場合がこれに当たる。
「象徴表現」を巧みに使った作品
こうした「象徴表現」を使った作品は多い。
例えば、2015年に公開されたディズニー・ピクサーの映画「インサイド・ヘッド」は、11歳の少女の頭の中を舞台とし、そこに暮らす「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「恐れ」の5つの「感情」を象徴的に擬人化し、登場人物として活躍させている作品である。
また、2016年に公開されたディズニー映画「ズートピア」は、人種の違いを「擬動物化」して象徴的に表現することにより、重くなりがちな人種差別のテーマを深刻にしすぎず、子供にも考えさせてくれる物語となっている。
余談だが、この作品は極めて巧みなストーリー展開で深いテーマを味わえる名作となっている。それを生み出すため、様々なストーリーのアイデアを400本もボツにしながら練り込んでいったという。
日丸屋秀和氏によるコメディ漫画『ヘタリア』は、世界各国のお国柄を、イケメンや萌キャラ風に「擬人化」し、ユーモアあふれる象徴表現に仕立てている。その工夫のため、笑って楽しみながら国際的な視野を育んでくれる作品となっている。
イギリスの作家であるサマセット・モームの小説『月と六ペンス』は、そのタイトルが象徴表現となっている。「月」も「六ペンス」も円形で銀色をしており、見た目には共通点があるわけだが、もちろんそれ以外は似て非なるものである。ここでは、「月」が夢や幻想を、「六ペンス」が現実を象徴しているとされている。夢と現実の激しい落差を、象徴表現によって強調・対比しているのである。
(画像はWikipediaより)
西洋絵画にも象徴表現がよく使われる。右図はラファエロの「スキピオの夢」である。中央で眠る兵士はスキピオであり、両側にはスキピオの夢に現れている女性が描かれている。
左側の剣と書物を持つ女性は、「活動的・瞑想的生活」を象徴的に表現している。右側の女性はギンバイカの花(アフロディーテの象徴)を手にしており「官能的快楽」を擬人化した存在となっている。
この二人の女性が体現するものは、両方とも神の賜物とされており、「調和のとれた完全な人格となるには、いずれもそれなりに必要である」という主張を象徴的に表現しているのである(『西洋美術解読事典』175頁)。
象徴表現が全面に出ていなかったとしても、作中で象徴表現が使われることは、映画・小説・マンガ・絵画などには実に多くあり、芸術的表現の重要な要素となっている。
こうした象徴表現のバリエーションについては、拙著『クリエイティブ幸福論』をご覧頂きたい(関連書籍参照)。
ビジネスマンに活かせるヒント
"象徴表現"は、ビジネスパーソンでも以下のように活用できる。
(1)PRに象徴表現を取り入れる
例えば、ファッション誌で定番の服をおすすめするとき、「定番」とだけ書いてもインパクトは弱い。その場合、下記のような表現を使うと分かりやすくてインパクトもある。
- 「のど自慢で陽気な女性二人組がPUFFYを歌うように定番」
- 「猛犬注意のシールに描かれたブルドックのイラストのように定番」
- 「ナポリタンの食品サンプルの浮いたフォークのように定番」
※文例は、せきしろ氏の『たとえる技術』(文響社)より引用。
また、IBMの広告にも象徴表現を活用したものがある。「仲間に『野鴨』がいるのはタノシイものです」というキャッチコピーの広告だ。ここには、「どんな会社にも『一風変わった人物』といわれる人がいる。(中略)こういう人々を、わたしたちIBMでは『野鴨』と呼ぶことにしています。(中略)わたしたちは、『ビジネスには野鴨が必要なのだ』と、かたく信じています」といったボディコピーが書かれている。
これは、「強い独立性をもった個人」を「野鴨」で擬動物化し、新しい企業人のあり方として提案するものとなっている。
ちなみに、独立性のある個人を「野鴨」で象徴しているのは、哲学者キルケゴールの「野鴨を馴らすことはできるだろう。しかし馴れた鴨を野生にもどすことはできない。鴨はもはやどこにも飛んで行けない……」という言葉が由来となっている。
これらは、「言いたいことを何かに象徴させる」というテクニックだ。
(2)商品を顧客にとっての「象徴表現」とする
逆に、「"顧客にとっての象徴"となる商品を提供する」という方法もある。少し分かりにくいかもしれないが、重要な考え方である。
端的な事例としては、千葉県船橋市の「ふなっしー」や、熊本県の「くまモン」が挙げられる。これらは、地域おこしをするために、地域そのものを擬生物化し、愛着をかきたてる象徴表現である。
ちなみに「ふなっしー」は、人気沸騰時は「"年収"が一億円を超えているのではないか」との推計もされており、キャラクター化の象徴表現によって大きな成功を収めている。
また、ロングヒット商品となっているサントリーの「伊右衛門」茶にも、象徴的表現が込められている。
開発時の分析によると、緑茶飲料を飲んでいる7割が30~60代の男性で、職場内での飲用が主であった。開発責任者によると「サラリーマンは机の上に置く緑茶を、スーツやアクセサリーと同様、自分のステータスを示すブランドだと思っている」という。
そこで開発者らは、「伊右衛門」茶を「安らぎと机の上に置いたステータス感」という「感情的価値」を宿す商品とすべく努力したのである。
つまり、「伊右衛門」茶を、単なる水分補給の手段としてのみならず、「購買者にとって自分を象徴するアイテム」として位置づけたのだ。
ちなみに、「実用的価値」は「老舗の茶屋の茶葉を、急須で入れたような味わいを楽しむ」というものであった。この実用面と、先ほどの感情面との両方の価値をもつ「伊右衛門」茶が、できる社員の一つの象徴として、オフィスの机上に立ち並ぶことをイメージし、開発がなされていたのである(『Think!』2006年11月号より)。
経営学の父ドラッカーは、「顧客にとっての価値は何か」を問うことが、企業の目的と使命を考えるうえで最も重要であると述べている(『マネジメント―課題、責任、実践 上』)。
つい、顧客の「実用的な価値」ばかりに目がいってしまいがちだが、現代ビジネスのトレンドを考えるとき、「感情的な価値」についてもっと重視していくべきだろう。
この「感情的な価値」を商品やサービス・PRに宿らせたいとき、象徴表現の力が大きな助けとなってくれるのである。
筆者
内田 雄大
(うちだ・ゆうだい)京都造形芸術大学芸術学部卒、放送大学大学院修士課程修了。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ アソシエイト・プロフェッサーとして、「総合芸術論」「世界宗教史」等を教える。第6回「幸福の科学ユートピア学術賞」優秀賞(「プラトン芸術論の真相と現代的意義」)。筆名・小河白道で美術評論を執筆し、「幸福の科学ユートピア文学賞」において、2013年度から2015年度まで連続入賞を果たす。著作は『ルネサンス・コード』『クリエイティブ幸福論』。
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