「コンピューターの知識(3)」から続く。
3.英語と他の言語
このブログの「ことばとコンピューター(2011-06-04)」で述べたが、世界標準規格(ISO639-3)は459の言語を定義している。たとえば、3桁コード、ainはアイヌ語、ojpは中古日本語(古文)、jpnは日本語である。この459の言語に方言などを加えると五千以上との説もあり、今では世界の言語の数は正確に数え切れないというのが定説である。
数えきれない言語が存在するこの地球、グローバル化とともに言語の違いが一つの難問として浮かび上がってきた。
(1)言語の知識
言語には無頓着だった日本でも、近年では社内公用語や使用言語などといったことばがニュースになっている。まずここに、ほんの一部に過ぎないが世界の言語事情を眺めてみる。
1)公用語(Official Language)
組織、団体、国、地域などが文書や会話に使用する公の言語をいう。重要な文書や全国放送には公用語を使う。
2)使用言語(Working Language)
Working Language の和訳は、使用言語、作業用語、業務用語、使用用語、または実用的な言語である。使用言語は公用語の一つである。このブログでは、Working Language を使用言語という。
3)母語(Mother Tongue)
幼児期に家庭で最初に習得し、自由に使える言語をいう。母国語ともいう。国際機関などの職員の母語と使用言語が違うときは、その点を考慮して勤務を評定する。(このブログ「時代の流れ」(2012-3-25) 専門職以上の評価を参照)
(2)世界の現状
日本では標準語を国語として教えており、各地に方言があるものの言語環境は単純である。しかし、世界の言語環境はかなり複雑で、不明な点も多い。ここでは、公用語と使用言語の現状を分かる範囲で説明する。
1)国際連合(United Nations)
公用語(Official Language):
アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の6言語
使用言語(Working Language):
英語、フランス語
他の主な国際機関の公用語:
国際電気通信連合(ITU) - 英語、フランス語、スペイン語
万国郵便連合(UPU) - 英語、フランス語
国際労働機関(ILO) - 英語、スペイン語、フランス語
国際司法裁判所(ICJ) - 英語、フランス語
国際刑事裁判所(ICC) - 英語、フランス語
国際海洋法裁判所(ITLOS) - 英語、フランス語
国際標準化機構(ISO) - 英語、フランス語
など、これらの機関では公用語が使用言語である。
2)欧州連合(EU)
公用語:
ブルガリア語、チェコ語、デンマーク語、オランダ語、英語、エストニア語、フィンランド語、フランス語、ドイツ語、ギリシア語、ハンガリー語、アイルランド語、イタリア語、ラトビア語、リトアニア語、マルタ語、ポーランド語、ポルトガル語、ルーマニア語、スロバキア語、スロベニア語、スペイン語、スウェーデン語、以上23言語
使用言語:
すべての公用語が使用言語である。また、手話の公用語も定めている。
法令や公文書は23言語で作成するが、重要度が低い場合は必ずしもそうではない。しかし、公用語の維持管理では、人材とコスト面の負担が大きい。
EUの言語について興味深い報告が「HP of Satoshi Iriinafuku - EU社会の実像」にあるので、以下に引用する。
EUの言語の現状
2006年2月21日、欧州委員会は、EU市民の外国語能力に関する報告書を発表した。これは、2005年11月5日から12月7日かけて実施されたアンケート調査結果に基づいているが、調査は、EU加盟25ヶ国と、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、トルコの計29ヶ国において、15歳以上の市民、2万8694人を対象にして行われた。
それによると、56%の市民が母語以外の外国語で会話を楽しむことができる。これは、2001年の調査時(EU15ヶ国)より、9ポイント上昇しているが、特に、ルクセンブルク、スロバキア、ラトビアでその割合が高くなっている(それぞれ、99%、97%、95%)。その理由として、欧州委員会は、ルクセンブルクのように、複数の言語(ルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語)が一国の公用語にされていることや、近隣国との結びつきが強いことなどを挙げている。
もっとも、44%の市民は母語しか話せない。アイルランド(66%)、イギリス(62%)、イタリア(59%)、ハンガリー(58%)、ポルトガル(58%)、スペイン(56%)の6ヶ国では、その割合が50%を超えている。
外国語として最もよく使われているのは英語であり、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語がこれに続いているが、母語として最もよく話されているのはドイツ語である(18%)。
・・・中略・・・
「母語ぷらす2」
なお、欧州委員会は、母語以外に2つの言語の習得を長期的な目標に設定しているが、それに賛同した回答者は50%で、46%は反対している。なお、この要件を満たすと答えた者は28%であるが、とりわけ、ルクセンブルク(92%)、オランダ(75%)、スロベニア(71%)でその割合が高かった。
母語以外に、3つの言語をマスターしている者は11%であった。このように多くの言語を駆使しうる者は、若年層に多く、留学経験のある高学歴者とみられている。
半数以上の市民は、すでに6歳の頃から外国語を学んでおり、外国語能力の重要性は強く認識されているが、過去2年間に外国語を学んだか、または、それを向上させた者は、18%に過ぎず、学習意欲の低さが浮き彫りになっている。
以上で「HP of Satoshi Iriinafuku」からの引用は終り。
3)ドイツ語を公用語とする国
EUの公用語は23言語であるが、加盟国にはそれぞれの公用語がある。もちろん、その国の公用語はEUの公用語である。すべての加盟国の公用語を挙げるのは省略するが、ドイツ語を公用語とする国は次のとおりである:
ドイツ連邦共和国
オーストリア共和国
スイス連邦(他の公用語=イタリア語、フランス語、ロマンシュ語)
リヒテンシュタイン公国
ルクセンブルク大公国(他の公用語=ルクセンブルク語(ドイツ語の方言)、フランス語)
ベルギー王国(他の公用語=フランス語、フラマン語)
オランダの一部
たとえば、スイス連邦の使用言語の6割以上がドイツ語(またはスイスドイツ語とよばれる方言)であるが、公用語でない英語を必須単位にする学校が多い。ドイツ語とスイスドイツ語はかなり違うため、実際には英語を使う傾向にある。
4)カナダの公用語
カナダでは10州のうち、8州の公用語は英語、ニューブランズウィック州は英語とフランス語、ケベック州はフランス語だけが公用語である。
筆者の経験では、販売管理の受注センター(電話と夜間録音)は、英語とフランス語で注文を受け付け、それぞれの担当者が応対していた。コンピューターシステムは、英語とフランス語の2言語データベースで対応した。
5)インドの公用語
人口は、日本の約10倍、12億2千万人である。1965年の憲法で公用語はヒンディー語と定められ、植民地時代の公用語(英語)を15年でヒンディー語に切換えるとした。しかし、ヒンディー語の使用率が低い州、たとえば、タミル・ナードゥ州などからの反対があり、現在でもヒンディー語と英語の併用が続いている。
ヒンディー語はインド共和国の公用語であるが、他にも22の公的な言語を定めている。しかし、この22の言語は公用語と定義されない曖昧な存在である。
さらに、インド共和国の公用語とは別に州ごとに公用語を定めており、州の公用語にはヒンディー語と22の言語も含まれている。たとえば、アッサム州の公用語は英語とアッサム語、タミル・ナードゥ州は英語とタミル語であり、アッサム語とタミル語は共に22の言語に含まれている。しかし、ミゾラム州は英語とミゾ語であり、ミゾ語は22の言語には含まれていない。また、すべての州と直轄領は英語を公用語に含めている。
なお、共和国憲法では英語を公用語と認めないが、28州のうち3州、7直轄領のうち3直轄領は英語だけを公用語にしている。
インドの日常語は、方言を含む約850の言語といわれるが、大学のすべての授業は英語である。インドの公用語では、建前はヒンディー語、本音は英語と22の言語といえる。
ここで筆者のタイでの見聞になるが、1990年頃に進出した日系工場、数社は当時から社内公用語は英語である。しかし、建前は英語、本音は日本語とタイ語だった。ただし、業務システムは英語/タイ語であり、日本語/タイ語の画面は見たことがない。日本企業の言語問題は、「古くて新しい」課題である。
ここまで、世界の言語とその現状を、英語を中心に垣間見た。このような現状を踏まえて、次に、日本人の英語には何が重要かを筆者の経験と観点で検討する。
次回の「英語と他の言語(2)」に続く。