前回の「ハノイ旅行(10)---ハノイの食堂(2015-12-25)」から続く。
昨今は、食の安全と栄養バランスへの関心が世界的に高まり、外国では日本食ブームという報道もある。また、TPPでは農産物や農業の将来が話題になっている。
すでにこのブログでも触れたが、最新の農林水産物の輸出額は6,117億円(2014年)、農林水産省はこれを2020年に1兆円に引き上げるとはいう。その一環として、農林水産省は「海外における食文化の戦略的調査」を日本総合研究所に委託した。
その結果は「日本食・食文化の海外普及戦略」(H27/2)としてインターネットに公開されている。この22ページの報告書を要約すると次のような内容になる。
「日本食・食文化の海外普及戦略」(日本総合研究所)の要約
1.総論(グランドデザイン)
(1)世界に通用する食文化の理念の確立
「いただきます」や「ごちそうさま」を候補の1つに挙げた。・・・しかし、報告書ではこの候補を採用せず、「食文化の理念」はうやむやになった。
「和食」の考え方
1)素材の持ち味の尊重⇒調理技術、道具の発達
2)栄養バランスに優れた食生活⇒長寿、肥満防止
3)季節の移ろいの表現⇒調度品や器(ウツワ)の利用
4)年中行事との関わり⇒家族や地域の絆
「和食」と「日本食」:一般家庭向け(広義)のものでほぼ同義
「日本料理」:京料理、精進料理、懐石料理など、専門店や料理人向け(狭義)のもの
(2)日本食・食文化プロモーション「基本指針」の必要性
従来:日本食の紹介が中心
今後:マーケティングのアプローチを導入
具体的には次のような点を明確にして日本食・食文化の普及活動(戦略)を展開する。
1)プロモーションの対象の明確化
対象を「日本食文化」「日本食」「日本食品」に絞る。
2)対象マーケットの優先順位・絞込みの明確化
海外各地の消費者と外食産業関係者を対象に、市場分析、商品開発、パッケージング、使い方や食べ方の情報提供、物流、各国の法規制の実態把握
3)ターゲットの絞込み
下の図に示すハイエンド層→ミドル層→マス層の順序でターゲットをトップ・ダウンで絞り込む。
図1.ターゲットの階層図
4)単年度のプロモーション企画を複数年度の企画に変更・・・継続性の重視
5)海外の研究機関、食品プロモーション企業、団体の活用
6)単発から長期的継続的な戦略への変更・・・継続性の重視
7)現在の見本市中心のプロモーションからの脱皮
2.各論(具体策)
(文化面)
(1)日本食・食文化の教育・検定認定制度の確立
(2)「複合文化パック」による訪日観光プロジェクトの実施・・・例:医療と観光の複合パック(シンガポール)
(3)日本食文化への目に見える尊敬と誇りを示す必要性・・・例:フランス最優秀技術者賞
(4)ジャパン・エキスポなど日本のサブカルチャーイベントの活用
【参考・・・以下は報告書からの引用文】
“今回の仏現地調査中に、パリで毎年開催されている「ジャパン・エキスポ」を視察する機会が得られたが、日本のアニメや漫画などのポップカルチャーを通して日本に関心を持つ欧州の若い世代、ティーンエイジャーに限らず、ローティーンや大人なども含め、5日間の開催期間中に25万人が来場した。
そこでは、単純に営利だけを求めた品質が低くて価格の高い日本食が販売されており、25万人もの来場者に間違った日本食のイメージが刷り込まれている。”・・・引用文の終り
(5)海外留学生向けの奨学金制度・・・日本食・食文化関係の留学生
(産業面)
(6)日本食・食材の物流体制の確立
(7)原産地証明制度の導入
3.日本食・食文化の海外普及に関する基盤整備(アクションプラン)
(中期計画)
(1)日本食・食文化親善大使(仮称)の制度の創設
(2)日本食文化サポーター制度の創設
(3)教育・資格認定制度の創設
(4)「複合文化パック」による訪日観光プロジェクトの実施
(長期計画)
(5)カルチャーイベントの活用
1)カルチャーイベントの実態把握
2)実態に基づいたプロモーション計画の立案
(6)日本食料理人への勲章授与の増大
(7)海外の日本食材物流体制の構築
(8)原産地証明制度の創設
【参考Ⅰ】聞き取り先レストランにおける食材・食品の調達状況一覧(フランス料理編)
【参考Ⅱ】聞き取り先レストランにおける食材・食品の調達状況一覧(イタリア料理編)
・・・参考Ⅰ、Ⅱ共に日本国内のレストランの聞取り調査・・・調査目的不明(筆者感想)
以上が「日本食・食文化の海外普及戦略」の要約である。要約を終えたとき、情報収集の不足を感じた。この戦略は大切な国家プロジェクト、多少お金をかけても現地の情報を広く収集し、その分析結果を踏まえた戦略を策定して欲しいと思った。この戦略は当たり障りがないが、頼りない。さらなる検討を望む。
4.戦略への筆者の要望
「日本食・食文化の海外普及戦略」の前に気になるのは、農林水産物の輸出の現状である。
(1)現状
A.2010年の主要国の輸出実績(FAOの2010年データ参照)
米=12.3兆円、蘭=7.9兆円、仏=6.4兆円、伊=3.7兆円、、、日本=0.34兆円
B.日本の輸出実績(農林水産省の統計)
2013年 0.55兆円
2014年 0.61兆円(6,117億円)
C.世界の食料市場
2009年 340兆円・・・日本の輸出実績=4,454億円(農林水産省の統計) 0.13%
(2)輸出の現状と普及戦略への要望
平成27年2月の報告書に見当たらない項目は次のとおりである。
1)最終消費者の声
日本国内のレストラン(フランス&イタリア料理)の聞取り調査はあるが、海外の最終消費者の声が聞こえない。
現地レストラン経営者、現地人と現地日本人(レストラン利用者や日本食材購入者)の声を収集、戦略に反映すべきである。特に、現地の食生活や食文化には商習慣、生活習慣、宗教が深くかかわっている。この点を忘れずに分析して欲しい。
2)物流体制の戦略
文化面以上に産業面、特に物流体制が日本食の普及に大切である。産地から消費者に至るサプライ・チェーンの構築が日本食(材)普及のキー・ポイントである。
日本国内の物流体制の整理と海外ネットワークとの連携を検討して欲しい。また、新技術の動向と実用化時期を時間軸上に展開して欲しい。
3)海外産と国内産の日本食の輸出予測
たとえば、味の素やキッコーマンは東南アジアのスーパーでは定番商品、また外国産の日本米や水産物もよく見かける。これら海外産の日本食材と日本国内産の食材を考慮した需要予測が今後の戦略に役立つ。情報は公開できる範囲、また需要予測が困難ならば、目標値でもよい。一つの目安になる。・・・海外の日系食品メーカーや商社とのオール・ジャパンのコラボが必要
4)他国の戦略研究
アメリカ、オランダ、フランス、イタリアなどの農産物輸出額は日本とは桁違いに大きい。彼らの戦略を分析し、「日本食・食文化の普及」を重視する日本の戦略との比較が必要である。その比較で日本の戦略の妥当性も検証しなければならない。
現在、日本に出回っている外国の食材や加工品は、牛肉、ワイン、乳製品、水産物、野菜、果物など多種多様である。これらの食品は、生産地の食文化に関係なく即物的に味と価格や品質と供給体制で競いあっている。たとえば、鮭マスではノルウエー、チリ、ロシアなどの国々が参戦、日本産は影が薄くなり日本の漁業が心配になる。
輸出以前に、少子高齢化に向かう国内の農業、林業、漁業の見直しが最優先事項である。その見直しにもとづく施策で段階的に農林漁業の生産体制と国際競争力を強化する。そのためには、日本人が身に付けた生産技術と新しいテクノロジーが役に立つ。味、品質、価格の国際競争力を高めれば、食料自給に余裕がでて数兆円単位の輸出も夢ではない。
余談になるが、「いただきます」と「ごちそうさま」は食への感謝を表す日本語、アメリカの家庭ではディナーは主人(家長)の神への祈りから始まる。また、トルコの友人がソーセージにポークが含まれていないと確かめるのを見て、食品の成分表示は宗教上でも大切だと思った。あるとき航空機の食事で鶏肉ソーセージの存在を知った。
タイではワイ(合掌)で相手に敬意を表す。食事に合掌する人をときどき見たが、道路わきの道祖神や仏像に一瞬立ち止まり頭を下げたり合掌する人は意外に多い。老若男女貧富に関係なく仏への信仰心が厚い。
お寺にはお供えも多く食料が豊富、野犬も多い。観光上の理由で当局が野犬狩りをお寺から始めると、殺生を嫌うお寺と摩擦が起きる。人は困難に出会うとお寺に救いを求める。お寺はセーフティー・ネットの一部、故に「本物の物乞い」は少ない。バンコク市内でよく見る子連れの物乞いは組織的なビジネス、周辺国からの出稼ぎが多く同情は無用という。
ジャカルタの日系工場、バンコク、成田、羽田空港にも礼拝室がある。日本では神様仏様キリスト様など、商売繁盛のためなら誰でもOK、しかし外国では日常の食生活と宗教の関係を見落としてはいけない。
続く。