油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その84

2021-03-15 12:12:56 | 小説
 その場からすばやく退散したいとケイは
思ったが、思うように体が動かない。
 ひどいパニックに襲われてしまう。
 そう感じたケイは、椅子からゆっくりと
腰をあげた。身に着けていたコートで自分
の頭をおおい、のろのろした動作でテーブ
ルの下にもぐりこみ、身をかたくした。
 目を閉じ、耳をふさいだ。
 (こうしていれば自分はどんな恐ろしい
ものにも傷つけられることはない)
 ケイはそう思った。
 外敵に遭遇した亀が、みずからの足や首
をずっと、硬い甲羅の中に引っ込めるのに
似ていた。
 「ケイ、どうしたの。なにも怖いことは
ないわ。ごめんね。騒いじゃって。メリカ
おばさん、あれでわるぎはぜんぜんないの
よ。許してあげて。とにかく、メリカおば
さんったら、口がへらないの。いつだって
言いたいことをずけずけ言って……。困っ
てるわ、わたしだってね。むかしは、ああ
じゃなかったんだけど」
 メイがケイに近づき、大げさなほど体を
震わすケイの耳もとでささやいた。
 ケイは何もいわない。ただ、うんうんと
頭を動かすだけだ。
 「ちょっとじっとしててね。わたしがな
んとかするから。あなたはいつだってわた
しといれば安全。今、それを証明してみせ
るから」
 メイはそう言葉をつなぎ、ベランダを降
りた。
 その刹那、シュウシュウいう音が、庭の
空気を震わせた。音が次第に大きくなって
くる。
 メイは顔をあげた。
 いつも目にするはずの空がなかった。
 何かとても大きく、黒っぽいものが空を
おおっていた。
 メイのくちびるがわなわなと震えた。
 ちゃんと地面を踏みしめているはずの両
脚が小刻みに震え、頼りなく思える。
 (ああ怖いわ。よりによってこんな時に
また……。わたしもう、どうにかなりそう
だわ)
 数か月前の恐ろしい体験が、メイの脳裡
にまざまざとよみがえってきた。
 世界中の国々から、あたかも神隠しのよ
うに忽然といなくなったに子供たち。
 メイが自らの能力で、彼らの運命を知る
こととなった時のこと。
 なんとかして彼らを助けたい。そうここ
ろに決めたメイは、モンクおじさんに頼み
込みんだ。彼のジープに同乗し、最寄りの
山を越え、谷を越え、そしてようやく穏や
かな田園地帯が広がる平地に足を踏み入れ
たときのことを……。
 メイはかっと目を見ひらいた。
 (自分はどんな時でも、もう決して弱気
ではいられない。円盤はひとめ見ると頑強
そうが、どこか具合がわるいようだ。シュ
ウシュウが時折、ガガッという雑音にさえ
ぎられる感じだ)
 目の前の円盤は、ほんの数日前に行われ
た戦いを生き延びたに違いない。どこも故
障してないなんてことはないはずだった。
 「ニッキ。早く来て。こんなときあなた
がいてくれれば」
 祈るような気持ちで、メイは両手を合わ
せた。
 不意に、その物体がするすると上昇をは
じめた。それが一台の黒い円盤だとわかる
くらいの高さのところでいったん停止して
から、すぐにまた下降しはじめた。
 メリカがわめいた。
 「あっ、また、あいつが来た。やっぱり
だ。ケイは敵だ。もうただじゃすませない
からね」
 家の壁に立てかけてあった箒を手に取る
と、ケイめがけてかけよろうとした。
 


 
  
コメント (4)
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