小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

ポリティカル・コレクトネスという全体主義

2019年03月28日 22時58分07秒 | 思想



少し古い話ですが、これからも論議を呼びそうなので、ここで問題にしておきます。
2018年の12月に、滋賀県大津市で、住民票申請書に性別欄を記入しなくてもよいという決定がなされました。
LGBTというマイノリティに対する公共機関の配慮です。
その2か月前には、福岡県教育委員会が、高校の入学願書の性別欄をなくすという発表をしました。

ポリティカル・コレクトネスはいま世界の潮流のようですが、皆さんに違和感はありませんか。
筆者は、マイノリティに対する過剰な配慮ではないかという疑念が消えません。

はじめの住民票申請書の場合、申請書に性別を記入しなくても、住民票の基本台帳には、性別が記載されているわけですから、受け取るコピーには性別が出てしまいます。

住民票が必要な場合とは、どんな場合でしょうか。
一般的には、行政や企業がそれを要求した時です。
具体的には、転居する時、不動産を契約する時、免許証を取る時、車を買う時、通帳などを作る時、携帯電話を契約する時、住宅ローン控除制度を受ける時、就職する時などがこれにあたります。
いずれも、提出する住民票そのものには、性別が書かれているわけです。

また、あとの高校受験の場合、これまで入学願書には本人が性別を記入していたわけですが、本人が性別を記入する必要から免れても、学校が提出する内申書には、性別が書かれます。

すると、大津市や福岡県教委などの配慮は、要するに、ただ単に「記入したくない」という本人の感情に対する忖度だということになります。
性別を記入しなくても、彼または彼女がLGBTである事実には変わりません。

人間は、したくなくてもしなければならないことがいっぱいありますね。
人生はそんなことばかりと言っても過言ではありません。
性的マイノリティの心情がどんなに切実なものかは、筆者にはわかりませんが、世の中には、いわゆる「普通の人」で、もっと切実な悩みを抱えた人がたくさんいることはたしかでしょう。

では、なぜ性的マイノリティというカテゴリーに属する人に限って、これほどの配慮がなされるのか。
それは、「人権」や「差別」という概念に適合しやすいからでしょう。
普通の人の悩み苦しみは、どんなに深くても、なかなか「人権」や「差別」という概念に当てはまりにくい。
多数者と少数者という識別が難しいからです。
これに対して、障害者や人種なども、この識別がしやすいので、「人権」や「差別」という概念でとらえることが容易にできます。

そこで、この識別しやすさという特徴を狙って、左翼的な思想の持ち主が、これらを政治問題化するのですね。
お役所は、公正や平等をたてまえとしていますから、この種の政治的な批判に対して、きわめて脆弱な構造を持っています。
それで、糾弾されるとすぐそのまま言うことを聞いて、行政措置に踏み出すのです。
でも、本当に、LGBTの人たちの感情問題に、そこまで忖度する必要があるのでしょうか。

さて、この潮流がもっとエスカレートしていくと、住民票の基本台帳や、入学試験の内申書からも性別欄が抹消されるという事態に発展しかねません。
すると、住民票や入試資料を受け取る側にとって、現実的に困る事態が発生するのではないでしょうか。
たとえば、部屋を借りる人が男か女かわからない、免許証保持者が男か女かわからない、など、まずくないですか。

でも、何といっても、いちばん困るのは、企業が新入社員を採用する時ですね。
仕事の配分で男女差をなくそうという「平等」理想を掲げても、現実には、職業の性別適役というものがあります。
個人に職業選択の自由があるように、企業の側にも、その職種によって、採用男女割合を決定する自由があるはずです。
また、企業は、継続的集中的な戦力を必要としますから、妊娠した女性の長期休業や退職を本音では喜ばないでしょう。
こうした企業の論理は、もっともというべきです。

学校が入学生徒を採用する時も、男女の区別なしに試験を受けさせたら、女子のほうが成績がいいので、ふたを開けてみると、大部分が女子ばかりになってしまったなんてことにもなりかねません。

さらにさかのぼりますが、『新潮45』の2018年8月号に、杉田水脈氏の「『LGBT』支援の度が過ぎる」という論文が載り、大炎上を巻き起こしました。
「LGBTには生産性がない」という部分だけが切り取られて、左翼陣営から人権侵害だと大騒ぎされましたが、これは、子どもが作れないことを「生産性がない」と表現したまでです。
杉田論文の要旨は、少子化の解決に貢献しない彼らに格別の政治的・法的な支援や税金の投入をする必要があるのかと問題提起しているだけでした。
ただ、ここで、税金の投入というのが何を意味しているのかがあいまいでしたけれど。

また、彼女は、LGBとTとを分けていて、T(トランスジェンダー)は性的な指向というより、むしろ「障害」として位置づけられるので、そのつらさを救うための制度的支援(社会福祉)はありえてもよいという意味のことを述べています。
これはごくまともな見解でしょう。

さらに、LGBT当事者にとってつらいのは社会的な差別よりも、親が理解してくれないことだと指摘しています。
親が自分の子どもは普通に結婚して子どもを産んでくれると信じているのに、それができないことを知ったらすごくショックを感じるだろう、だからなかなか告白できずに悩み続けてしまうというのです。
これは、筆者がLGBTの若い人に実際に聞いてみたところと一致しています。

つまり杉田論文は、エロス問題を政治的・制度的に解決することの困難さを指摘しているのです。
そしてそれが、LGBTという性的マイノリティを政治課題としてことさら前面に押し出す勢力に対する鋭い反論になっていたわけです。
筆者には、あるゲイの友人がいますが、その人は、ゲイであることを政治問題に結びつけることを嫌っていました。
そういう人のほうが多いかもしれません。
あるカテゴリーに属するとされた人々が、日常生活の中で、実際にどれくらいの差別を被っているのか、その実態を調べずに、LGBTだから差別されているはずだ、と決めつけるのはおかしなことです。

さて杉田論文にいきり立った左翼人権主義者たちは、自分たちのイデオロギーに反する考えを頭から否定しようとしました。否定しないと、同和問題と同じで、自分たちの反権力的な政治思想に利用できるネタがなくなってしまうからでしょう。

ただ、杉田論文には、荒っぽいところもありました。
たとえば、何でも多様性を認めて、結婚相手にだれを選んでもいいとなったら、ペットや機械と結婚させろなどという要求さえ出てくる。そうなると常識や社会秩序は崩壊してしまう。LGBTを取り上げる報道はそうした傾向を助長しかねないと述べているくだりです。

実際にそういう要求をする人がいるというのは事実でしょう。
しかし、それはごく特異例で、あったとしても、そんな要求が認められるはずがありません。
法制度というのは、人間のさまざまな欲望をどこまで容認し、どこまで規制するかを決めるところに意義があります。
そして、エロス欲望に関する限り、それはあくまで人間どうしの関係のあり方にかかわっています。
自分はネコちゃんと夫婦ですと思うのは自由ですが、社会がそれを制度的に公認するかどうかとはまったく別問題です。

それはともかく、杉田氏が、「何でも多様性がいい」「何でも自由がいい」という左翼リベラルのイデオロギーを攻撃する気持ちの中には、「変えよう、壊そう」とする勢力に対する健全な常識感覚が読み取れます。
「自由」などと理想を掲げてみても、実際にはこの世は困難と制約だらけです。
そのただ中をかいくぐることによってしか、自由は実感できません。
そしてそれはこれからも変わらないでしょう。

最近、こんなことがありました。
税務署に税務申告に行ったとき、裏に20台以上止まれる駐車場があり、半分ほどが埋まっていました。
そこに車を入れようとしたら、工事現場用のフェンスでふさいであり、係員が出てきて、「ここは身障者用です」と言います。
私は、「あの駐車している車の主はみんな身障者の方なんですか」と聞いてみました。
すると黙ってフェンスを取り外してくれました。
一応断らなくてはならないお役目らしい。
ご苦労なことだと思いました。
建物の表側には数台しか止める場所がなく、しかも人で混雑しているので、駐車禁止。
「あなたに言ってもしょうがないけど、これってバカらしいと思いませんか?」と柔らかく聞いてみました。
係員は面倒くさそうに、「そういうことは上のほうの人に言ってください」と、予想通りの答えを返してきました。
「上のほうの人」の愚かな判断のために、せっかくの広い駐車場を、ほとんどいるはずのない「身障者」専用にしています。
ほんの一部用意しておけば済むことなのに。
しかも「ここはすべて身障者用」と命じられた係員の人は、いちいち断ってはフェンスを開けたり閉めたりしなくてはなりません。
「社会的弱者にウチはこんなに配慮しています」という表看板のために、係員の人は、不条理と知りながら、毎日空しい仕事を続けているのです。
この人のほうがよっぽど弱者だ、と思いました。

何ごともバランスが大事です。
平等原理主義というポリティカル・コレクトネスに固執することが、普通の庶民を苦しめていないかどうか、それが新たな全体主義を生んでいないかどうか、わたしたちは、この世界の潮流に対して、注意の目を光らせることにしましょう。


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・先生は「働き方改革」の視野の外
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・水道民営化に見る安倍政権の正体
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・みぎひだりで政治を判断する時代の終わり
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・急激な格差社会化が進んだ平成時代
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・給料が上がらない理由
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・「自由」は価値ではない
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・日経記事に見る思考停止のパターン
https://38news.jp/economy/13382
●『Voice』2019年2月号
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日経記事に見る思考停止のパターン

2019年03月20日 13時39分58秒 | 経済


日経新聞もたまにはいいことを書くなあ、とひとまずは思いました。
3月19日の次のような記事に接したからです。
もっとも、「いいこと」と言っても、希望が持てるという意味ではなく、むしろ絶望的な現実をそれなりに見つめているという意味です。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42616170Y9A310C1MM8000/?n_cid=NMAIL007
経済協力開発機構(OECD)は残業代を含めた民間部門の総収入について、働き手1人の1時間あたりの金額をはじいた。国際比較が可能な17年と97年と比べると20年間で日本は9%下落した。主要国で唯一のマイナスだ。英国は87%、米国は76%、フランスは66%、ドイツは55%も増えた。韓国は2.5倍。日本の平均年収は米国を3割も下回っている。





この後、同記事には、賃金の値上げをきちんと行ってこなかったために、労働者一人当たりの生産性が上昇せず、生産性が上昇しないためにますます賃金の上昇が抑制されるという悪循環に陥ってきた、という指摘があります。
低賃金を温存するから、(特に3K分野などでの)生産性の低い仕事の自動化・効率化が実施されず、付加価値の高い仕事へのシフトが進まず、結果的に、生産性も賃金も上がらない「貧者のサイクル」に日本は陥っているというわけです。
言っていることは、ここまでは、まあ間違っていません。

たとえば、介護現場を見てみましょう。
この現場では、低賃金できつい労働に耐えなくてはならないため、大量の有資格者が転職してしまいます。
介護福祉士の平均月収は、全産業の平均月収に比べて、9万円から10万円近く低いというデータがあります。
https://www.minnanokaigo.com/news/kaigogaku/no89/
これでは、せっかく資格を持っていても、離職したくなるのは当然と言えましょう。
また、この仕事では、年齢に伴う昇給が見られません
その主因は、介護報酬が公定価格であり上限が決まっているところにあります。
さらに、離職率は、小規模施設ほど高くなっています。
給料の低さに反比例しているわけです。

では、離職した人たちの穴埋めをどうするか。
もちろん、一部は求職してきた有資格者を新規採用するのですが、採用率はたいへん低くなっています。
これは、労働需要が高く、供給がそれに追いつかない状態を意味しますから、数字上は、有効求人倍率の高さとして表れます。
有効求人倍率が高い(つまり人手不足)と聞くと、一見いいことのように聞こえますが、その主たる理由も、給料が低いからです。
労働需要が高ければ、その結果として給料は上がるはずだ、というのは、一般的な市場原理ですが、事実はそうなっていません。
むしろ因果関係は逆で、給料があまりに低いので、求人しても人が集まらず、結果的に人手不足となるのです。
こうして、無資格の失業者や、コミュニケーション能力に限界のある移民が雇われることになります。
はなはだしい場合には、ホームレスまでが雇用されることもあります。
2009年に、厚生労働省は失業者を対象とした「重点分野雇用創造事業」を行い、失業者やホームレスまで介護職に送り込むプロジェクトを大々的に繰り広げました。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47873?page=4
要介護レベルの高い後期高齢者がホームレスに介護される――なんだか、廃墟の町と化したビルの谷間か何かで、希望を失った貧困者がお互いをいたわりあっているような、惨めなイメージですね。
これで、福祉政策が行なわれていると言えるのでしょうか。

こう見てくると、初めの日経の記事には、言われていないことや間違った認識が含まれていることがわかります。
この記事の最後に、「働き手の意欲を高め、優れた人材を引きつける賃金の変革をテコに、付加価値の高い仕事にシフトしていく潮流をつくり出すことが不可欠だ」と書かれています。
モノの生産やサービスの現場にAIやハイテク機器を導入し、生産性を高めることには異議がありません。
それによって、現場の苦労が少しでも軽減され、その職業の付加価値が高まり、給料も上がることが期待されるからです。
しかし、「働き手の意欲を高め」るのは何によってなのか。
どうすれば、「賃金の変革」が起きるのか。
それを阻んでいる犯人は誰なのか。
「付加価値の高い仕事にシフトしていく」と言っても、きつい肉体労働を強いられる業界(たとえば介護業界や運送業界や建設業界など)がなくなるわけではありません。
もちろん、個人が、より付加価値の高い仕事に「シフト」していくのを抑えることはできないでしょう。
しかし「シフト」されてしまった業界で、もし生産性を高めるような処置がなされず、これまで通りの低賃金・重労働の実態が残されたら、どうなるのか。
ホームレスや移民が雇われて、奴隷労働のような状況が続くのでしょうね。

日経記者は、いまの日本のマクロな経済情勢を見て、その無残な有様を指摘しています。
しかし、それがなぜ起こってきているのかについては、民間企業が賃金を上げてこなかったからだという理由を挙げるだけで、思考停止しているのです。
つまり、このデフレ不況がなぜ続いているかについては、口をつぐんでいます。
介護報酬はなぜ上がらないか。
介護報酬のような公定価格だけでなく、一般企業の給料も人材投資に踏み込めません。
一般企業、特に中小企業は、人手不足なのに、なぜ給料を上げられないのか。
それは、安倍政権が緊縮財政を取ってきたために、デフレを終わらせることができないからです。
そこには、ちゃんと政治的な理由がある。

日経のようなマスメディアに限らず、さまざまな領域で、問題が提起されます。
しかし、どれを聞いても、その問題の真犯人が緊縮財政という根本的に間違った「経済政策」にあるというところまで話が発展しないのです。

虐待が話題になっています。
児童相談所が、家族への介入(親からの子どもの隔離)の役割に集中しがちだったこれまでの仕事を、養育に問題を抱えた家族を支援する本来の役割に戻すために、医師や弁護士などの専門家と連携を取ることが決まったそうです。
また、この役割を果たすために児童相談所の所員を増員するそうです。
たいへん結構なことですが、その予算をどうやって捻出するのか。
財務省という狂信集団がPB黒字化にこだわって、緊縮財政を取っていては、それもかなわないでしょう。
この狂信集団の考え方に従っている限り、他の予算がそのぶんだけ削られるだけです。
さまざまな領域のさまざまな問題。
解決の最終的なカギは、すべて、十分なお金を回すところにあります。
話を個別領域の個別問題の把握に終わらせずに、ある社会問題について考える時には、この当たり前の一歩にまで、考えを巡らせるようにしましょう。


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・給料が上がらない理由
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・「自由」は価値ではない
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・結婚が危ない!
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「国民生活を脅かす水道民営化」

思想塾・日曜会のお知らせ

2019年03月12日 18時23分07秒 | お知らせ


春が本格的にやってきました。
ちょっと浮き浮き、ですね。
でも花粉症の方にはつらい季節ですね。どうぞご辛抱ください。

当ブログでは、各記事の巻末に、由紀草一氏と私が主催している「思想塾・日曜会」HPのURLをご紹介しておりますが、
この画面で、改めて直近の三つの催しについてご案内いたします。
詳しくは、以下をご覧ください。
https://kohamaitsuo.wixsite.com/mysite-3
なお、いずれの会も事前予約は必要ありません。
当日、ふらりといらしてください。
会費はその時に集めさせていただきます。


①シネクラブ黄昏

次回は後藤隆浩さんに上映者をお願いして、以下の要領で行います。
どうぞお気軽にご参加ください。

●日時:2019年3月17日(日) 15~18時
●店名:Sutekina (0422-72-7262) http://sutekina.me/  
●アクセス:http://sutekina.me/access
●会費:1000円

※会費とは別に飲み物を注文することもできます。ワンドリンク500円

 ********************

◇初めてこの会のご案内をご覧になった方へ◇

この会は、小浜の呼びかけで始まり、もう10年以上続いています。
ルールと言うほどのこともありませんが、次のようなお約束で進みます。
各会、上映者がDVDを持参し、みんなでそれを鑑賞した後に、
上映作品について楽しく語り合います。

・上映者は、前回の上映者の指名によって決まります。
・上映者は、事前に何を上映するか、誰にも知らせてはなりません。
・みんながすでに見たと思われる映画であっても、そのことを気にする
 必要はまったくありません。二度、三度見ると、前に見た時とはまた
 違った感想が得られるものです。
・上映者は、鑑賞後に、なぜこのフィルムをみなさんに見てもらいたいと
 思ったのか、その思いの丈を存分に語ってください。五分でも三十分でも
 かまいません。
・そのお話が終わった後、みんなで自由に感想を語り合います。
・映画であれば、実写、アニメ、無声映画、なんでも結構です。
・二次会もあります。


②文学カフェ・浮雲

この会は、これまで主として近代文学批評を扱ってきましたが、
これからはもう少し多くの方に取りつきやすいものにしようとの考えから、
よく知られた文学作品を選び、みんなで感想を話し合うという方針で行くことにいたしました。
どうぞお気軽にご参加ください。

次回は、カフカの『変身』を取り上げます。

●テキスト:フランツ・カフカ、山下肇訳「変身」(岩波文庫『変身・断食芸人』所収)
●日時:4月13日(土)午後3時~7時
(日曜会は原則として日曜日開催ですが、今回は会場の都合により土曜日となります。ご注意ください。)
●場所:四谷ルノアール3階会議室A
●アクセス:https://www.ginza-renoir.co.jp/myspace/booking/shops/view/%E5%9B%9B%E8%B0%B7%E5%BA%97
●レポーター:兵頭新児さん
●会費:会場費+飲み物代を参加者人数で割ります(高くても1500円程度です)。

※当日何かありましたら兵頭さんまでお電話ください(090-1763-6702)


③言語哲学研究会

次回は、日本文法への斬り込みが一段落しましたので、
古典に帰って『日本書紀』を扱うことにします。
『古事記』は以前取り上げたのですが、その際、
日本神話の公式版である『紀』のほうにも手を伸ばすべきだったにもかかわらず、
そのままになっていました。
現代語訳をテキストとしますので、専門的な深さには
到達できませんが、その代わり、素人でも気楽に
その概要と味わいを知ることができます。
どうぞふるってご参加ください。

●日時:2019年4月28日(日) 午後3時~7時
●会場:ルノアール四谷店 マイスペース3B室
●アクセス:https://www.ginza-renoir.co.jp/myspace/booking/shops/view/%E5%9B%9B%E8%B0%B7%E5%BA%97
●テキスト:福永武彦訳『現代語訳 日本書紀』(河出文庫・本体800円)
●レポーター:河田容英さん
●参加費:会場費+飲み物代を人数割します(参加人数によりますが、1300円程度です)。

結婚が危ない!

2019年03月07日 17時28分08秒 | 社会評論
厚労省の統計詐欺が国会で問題になっていますが、今回の記事では、厚労省が出しているデータのお世話になるしかありません。
皆さんは、現在、成人男性の四人に一人が一生結婚できないという話をご存知ですか。
この話については、のちほど詳しく述べます。
まず、婚姻件数(婚姻率、人口10万人対)の推移を見てみましょう。



棒グラフが件数(左目盛り)、赤い折れ線が婚姻率(右目盛り)です。
いずれも今世紀に入ってから減少の一途ですね。
少子化が言われてから久しく、すでに若者の絶対数が減っているので、これはある意味では当然でしょう。

では次に離婚件数(離婚率、同前)の推移を見てみましょう。



離婚全盛期には急激に増えていたのに、今世紀に入ってからピークを過ぎて今度はかなりの勢いで減っていることがわかります。
一見、喜ばしいことのように思えますが、これも、そもそも婚姻数が少なくなっているのですから、絶対数も対人口割合も減るのが当然でしょう。ただ、婚姻率の減少に比べれば、離婚率の減少がやや少なくなっていることはたしかです(違うグラフなので、カーブの緩急に惑わされないようにしてください)。
また、ここには掲げませんが、再婚率も少しずつ増えていますので、婚姻している世帯がそんな急激に少なくなっているわけではありません。

ちょっとややこしい話をしますが、どうかお付き合いください。
よくアメリカでは二組に一組が離婚し、日本もそれに近づいて三組に一組(60万組対20万組)が離婚するようになったなどと言われますが、この言い方は正確ではありません。
まるで、これまで結婚していた夫婦の三分の一がみんな離婚してしまう印象を与え、たいへん誤解を招く言い方です。
この3対1という比は、あくまで、ある年の結婚数と離婚数とを並べて比較したものです。
実際には、それまでに離婚しないできた夫婦がたくさんいるわけですから、累積夫婦数に対して離婚する夫婦の割合がどれくらいかを年次別に見なければ、正確な趨勢はわからないのです。
そこで、次のグラフと先の離婚のグラフとを大ざっぱに比べてみましょう。



このグラフで、②③⑤が、ほぼ夫婦数の推移を表していると考えられます(厳密には、⑤の中には、片親二世代と未婚の子どもという形態が含まれますが、これはそんなにいないでしょう)。
平成13年(2001年)の全世帯数が約4500万世帯、そのうち64%弱が夫婦世帯ですから、約2800万世帯、一方、平成25年(2013年)の全世帯数が約5000万世帯、そのうち60%弱が夫婦世帯なので、約2900万世帯となります。
各年の離婚数 対 夫婦数の割合を求めてみると、2001年が約1%、2013年が約0.8%です。
すると、近年の離婚数(率)の減少が夫婦世帯数の増加に反映している可能性があります。

家族を大切に、と思っている人は、なんだ、問題ないじゃないかと感じたかもしれません。
しかし、問題は別にあるのです。

たとえば離婚数の減少の理由は何でしょうか。
これは推測になりますが、貧困家庭が増え、女性の経済力が落ちたために、離婚したくてもできない人が増えたためではないかと思われます。

もう一つの深刻な問題は、やはり少子高齢化です。

出生率には、合計特殊出生率(一人の女性が出産可能とされる15歳から49歳までに産む子供の数の平均)と、有配偶出生率(結婚した女性が何人子どもを産んだかの平均)があります。
前者は、年齢を見てもわかる通り、現代では不自然です。
それでも統計の連続性の確保のために、これを使って、減った増えたと一喜一憂しているわけです。
本当は、後者の推移を見て、かつ、晩婚化の傾向とを合わせて、それらが何を意味するかを考えなくてはならないのです。



右目盛りで、結婚している女性は、2.5人くらいは産んでいることになります。
では未婚率のほうを見てみましょう。





この両グラフを見ると、女性では30代後半で24%、男性では、なんと35%の人たちが未婚です。女性も30代前半だと35%近くが未婚なのです。
まず押さえておくべきなのは、日本が欧米と違う大きな点として、婚外子を非常に嫌う傾向があるということです。
子どもを作るなら、ちゃんと法的に婚姻関係を結んで、というのが日本の伝統なのですね。
だからこそ、「できちゃった婚」というのもかなりあるわけです。

そうすると、有配偶出生率がいくら高くても、生まれる子どもの数が少なくなってしまうことは当然だと言えるでしょう。
一つは、晩婚化それ自体のため、もう一つは、高齢出産には危険が伴うので、たくさんは産めないためです。
有配偶出生率のグラフで、一人の女性が2.5人くらい産んでいると言いましたが、これは現代の若い女性ばかりでなく、昔、子どもを産んだ中高年女性も含まれています。
ですから、現代の若い奥さんは、たいてい子どもがいないか、いても一人か二人です。

では、どうしてこんなに急速に晩婚少子化が進んでしまったのでしょうか。
理由はいろいろあるのですが、ここでは特に経済的な理由を強調しておきます。
ほとんどの若者は、将来結婚したいと考えていて、その割合はそんなに減っていません。
ところが所得が低いために結婚できないのです。
特に非正規社員は、正規社員との間に、大きな賃金格差があります(男性)。



そして、両者の間には、未婚率にも大きな差があります(女性の場合は逆転していますが、これは家計の主たる収入を男性に依存することができるためでしょう)。



男性30歳代の非正規社員では、何と四人に三人が結婚できていないことになります。
40歳代でも半分近いですね。

さて、はじめに「成人男性の四人に一人が一生結婚できない」と言いました。
一生結婚できないのかどうか、それはわかりませんが、統計上は、50代まで一度も結婚したことのない人の率を「生涯未婚率」と呼ぶことになっています。
データで示しましょう。



ご覧のように、男性の「生涯未婚率」はうなぎ上りで、2015年にはついに23.4%に達したのです。

しかし考えてみれば、「生涯未婚率」とは、ふざけた言葉ですね。
いまや平均寿命は男性でも80歳に近づき、人生100年時代とさえ言われています。
本気になれば、50歳を超えても結婚のチャンスはいくらでもあります。
一生涯結婚できないかどうか、それは50歳を超えてみなければわからないのです。
これもまた、合計特殊出生率と同じで、昔の感覚で概念を決めているのですね。
ですから、初めの「成人男性の四人に一人が一生結婚できない」という文句は、ちょっとショックを与えようと思ってわざと書いたので、本当はそんなことはありません。
50歳以上の未婚の方、どうもすみませんでした。

ただ、未婚化・少子化が今後も進むことは明らかなので、結婚したいなら、積極的に「婚活」しなくてはなりません。
しかし個人の婚活努力など実を結ぶかどうか、ほとんど当てになりません。
本当は、結婚できるだけの経済的余裕をみんなが持てるような社会にしなくてはならないのです。
そういう社会にすることを阻んでいるのは、言うまでもなく、安倍政権の緊縮財政です。

少子高齢社会の問題点はいくつもありますが、何と言っても、数少なくなってゆく現役世代が、当分生き残るであろう高齢世代を、細腕で支えていかなくてはならないという点です。
その意味でも、私たちは、一刻も早く、緊縮財政の過ちを改めさせるように、働きかけていかなくてはならないのです。

先に、全世帯数が増えていることを示しましたが、これは、単身者世帯が増えていることと、子どもが自立したのちの高齢者夫婦が増えていることが主な理由です。
そして、単身者世帯の増加も、若者が実家から自立したというのではなく、独り暮らしの高齢者(特に女性)が増えているためです。
高齢者(65歳以上)世帯のものすごい増え方を見てください。



グラフから上に述べたことが読み取れると思います。
この人たちは、多く年金暮らしや生活保護を強いられており、低所得者層に属するはずです。

安倍政権は、その社会保障費も削減する政策を取っています。
財務省が国債償還という、不必要な、何のためにもならない財政政策のために巨額のお金を使い、社会保障費を削っているためです(藤井聡氏の記事https://38news.jp/economy/13285参照)。
消費税の増税分は全額社会保障に回すという真っ赤なウソを平然とつきながら。
繰り返しますが、私たちは、この緊縮財政というとんでもない悪政をやめさせるよう、あらゆる手段を使って、政治に働きかけなくてはなりません。


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https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20190201/
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・消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿
https://38news.jp/economy/12512
・消費増税に関するフェイクニュースを許すな
https://38news.jp/economy/12559
・先生は「働き方改革」の視野の外
https://38news.jp/economy/12617
・水道民営化に見る安倍政権の正体
https://38news.jp/economy/12751
・みぎひだりで政治を判断する時代の終わり
https://38news.jp/default/12904
・急激な格差社会化が進んだ平成時代
https://38news.jp/economy/12983
・給料が上がらない理由
https://38news.jp/economy/13053
・「自由」は価値ではない
https://38news.jp/economy/13224
●『Voice』2019年2月号
「国民生活を脅かす水道民営化」

性差、人権、LGBT

2019年03月01日 21時11分40秒 | 思想


You Tubeで、三島由紀夫が、高校生の男女二人のインタビューを受けているおもしろい番組があります。
https://www.youtube.com/watch?v=Xy502F3slDo
上記URLは全体のインタビューの一部で、わずか7分程度に構成されていますが、当時の高校生のレベルの高さと、それに真剣に答える三島の誠意が伝わってきて、たいへん好感が持てます。
最初に三島が女子高生に「あなたのような若いお嬢さんが僕の小説読んでいやらしいと思う?」と聞くと、女子高生は、「いえ、そんなことはありません。ただ女の人のもつ弱さがそのまんま肯定されている気がするので、みんなでもうちょっと強いわよねって話してます」と答えます。
そのあと、「よろめき」(『美徳のよろめき』――引用者注)の女主人公は僕にとって理想の女主人公みたいに書いてるけど、女流批評家にさんざん叩かれたという三島の言葉があり、それに対して、「彼女の生き方って考える前に行動しちゃってる」という女子高生の言葉が続きます。うん、うんとうなずく三島。
すると男子高生が「女って、考えるのかしら」。
三島「ハハハ……大問題が出てきた」。
女子高生「女なりに考えるんじゃない?」
男子高生「だけどもともと、女性って考える能力に欠けてるから、それでいいっていう考え方があるのかなあ」
三島「僕もどっちかっていうとそれに近い考えだけどね、つまり男が考えるっていうのと女が考えるっていうのと全然違うんじゃないか」
このあと、女は大地や自然に近い考え方で、男の考えは一見論理的で整理されているようだが、大地や自然から遊離しちゃってる考え方だ、と三島がまとめます。

いかがですか。
いまこんなことを公式的に言ったら、三島だけでなく、男子高生も含めて、どこかから袋叩きに会いそうですね。
でも半世紀以上前には、こういうことが堂々と言えたのです。
とてもおおらかで、いい雰囲気です。
筆者自身、三島のこのとらえ方は正しいと思います。
30年近く前、そういう意味のことを書いたこともあります。
筆者が書いたときは、これよりだいぶ後なので、周囲に相当気を遣いました。
というか、フェミニズムやジェンダーフリー的な傾向にとても違和感を覚えたので、それに抵抗するつもりで書いたのです。
今はどうでしょう。
もっとずっと息苦しくなってますね。
性差について何か言うごとに「ポリコレ、ジンケン、サベツ!」のつぶてが飛んでくるのではないか、と絶えずおびえていなければならない。
でも、これらのつぶては、「人間は法的社会的な人格としてはあくまで平等だ」という近代の原理だけで人間生活のすべてを押さえられると思いこんでいる人たちによって投げられるのです。
法的社会的な人格として平等――福沢諭吉の言う「権理通義」において平等というやつですね。
もちろん筆者もこの近代の原理を正しいと思います。
でも、人間生活には、この近代社会のたてまえに当てはまらない領域がたくさんあります。
私たちはみんな近代に生きているのに、そんな領域があるのか、と思うかもしれません。

あります。
男と女が私的にかかわりあう領域、つまりエロスの領域です。
もっと広く言えば、親子関係、友人関係なんかもそうですね。
特に、エロスの領域での営みは、そもそも平等か平等でないか、という議論の観点そのものを受け付けないようにできています。
というのも、この領域では、「性差」を媒介にしてこそ交流が成り立つからです。
それは人々が幸福をつかむ重要な契機でもあります。
それが時として「差別」とされるのは、外からの社会的な文脈にもとづく解釈の視点が介入するためです。
本来、この領域で人と人とが個人として具体的にかかわる時には、対立関係とか、権力関係とか、平等不平等といった概念自体が役に立たないのです。
代わって役に立つのは、親和とか、融合とか、懸想とか、愛憎とか、葛藤とか、忌避といった概念です。

でも最近は、ポリコレ、ジンケン、サベツといった政治的概念が、エロスの領域にまで侵入し、猛威を奮っています。
何でも対立関係や権力関係で人間をとらえようとしているのですね。
こういうやり方で人間理解を済ませようとすると、文学も育たなくなるでしょう。
ある一流企業に勤める男性職員が、職場では「女は腫物」と言われているとぼやいていました。
親和的な気持ちで何か言おうとすると、セクハラ! と告発されるのではないかというので、若い男性職員たちは委縮してしまって、めったに声もかけられないというのです。
その結果、出会いの空間はいくらでもあるのに、個人対個人の本当の出会いが成立しにくくなっています。
少子化を政治的に解決するのではなく、政治的な概念の横行が少子化を助長していると言えるでしょう。

先のインタビューで、三島は、女は愛の天才であり、男にとって何かをくみ取る泉のようなもので、人間を作るのが女だ、だから良妻賢母こそ女の本当の生き方としか自分には言えないと述べています。男は夾雑物にからめとられて愛にすべてを込めるなど、絶対にできないのだ、とも。
現代は共働きが当たり前の世の中、男性にも育児休暇が求められる時代です。
なので、良妻賢母という言い方に、いかにも古臭いものを感じる人も多いでしょう。
男性が育児参加するというのは、私も大賛成です。
父親には父親としての大切な役割があるからです。
しかしどうしても育児期の任務と負担は女性に大きくかかります。
これを何とかするには、男と女を「平等」に近づけることが理想だ、そういう環境を整備することが急務だという考え方がいまでは当然と考えられています。
しかし何か肝心なことを見落としていないでしょうか。

まずここには、女性が労働市場に出て働くことが絶対の「善」であるという前提があります。
この前提をいったん認めてしまうと、ほとんどの家庭では共働きをしないと食べていけないからやむを得ずそうしているという現実が忘れられます。
また、女性の賃金は男性に比べて低いので、その構造を変えずに低賃金労働者が市場に参加することは、財界にとってたいへん都合がいい。
そういうからくりがあることも忘れられるのです。

多くの女性は、余裕さえあれば、せめて子どもが小さい間は、子どものそばにいて手厚く面倒を見てあげたいと感じています。
ですから、重要なのは、女性の労働市場参加を「絶対善」と考えるのでなく、大切な子育て期に無理をして働きに出ずゆとりをもって子どもを育てられるような経済的余裕を、どの家庭もが確保することなのです。
そしてこういう状態を実現させることこそ、政治の役割です。
ところが、いまの日本の経済政策は、多国籍企業の利益だけを考えて、こうした国民生活の豊かさの確保に逆行することばかりやっていますね。

欧米では共働きが当たり前という話をよく聞きます。
この話は、それがあたかも理想であり、日本も早くそうなるべきだといった文脈で語られます。
ところが、ここに次のようなデータがあります。

イギリスの民間保険会社BUPAと美容・健康雑誌「トップサンテ」が5000人の女性を対象に行なったアンケートでは、(中略)、金銭的な問題さえなければ、専業主婦や無職でいたいという女性がほとんどで、仕事をすること自体に意味を見出していた人は二割に満たない。オーストラリアでも、十八歳~六十五歳の女性を対象に同じような調査が行なわれている。人生で大事なことを順番に答えてもらうと、仕事を第一位に持ってきた人は5%だけで、母親であること、という答えが断然多かった。回答者の年齢を三十一~三十九歳に狭めると、仕事を重視する人は2%に落ちる》(『話を聞かない男、地図が読めない女』)

この本が出版されたのは、2000年で、少し古いですが、20年近く経った今の欧米女性が一転して、「働くことは素晴らしい」と考えるようになったとは到底思えません。
欧米の一般家庭の経済情勢も、格差社会化のためにますます厳しくなっているからです。
欧米に比べて日本人の労働意識や男女観は遅れているなどという把握が成り立たないことがわかるでしょう。
三島の言う「良妻賢母」は、古くなってもいなければ、間違ってもいないのです。

三島はまた、男子高生に、先生は同性愛を扱った作品を書かれているが、自分などは同性愛に生理的な嫌悪感を抱くので、その辺はどうなんでしょうかと聞かれて、次のようなことを答えています。

文学は、社会に公認された愛を描くよりは、近松のように、ばれたら死罪になるような愛、社会に受け入れられないような愛であればあるほど、そのなかに純粋さを見出そうとする。同性愛もそういう一つだ、と思っていたんだけれど、最近は、あんまりそう思えなくなっている。同性愛もけっこう普遍的になってきたので(市民権を得てきたので――引用者注)、そこにも不純なものが混じり込んできた。同性愛の人たちにとってはそれはいいことだけれど、文学としてはおもしろくない。

これも真相を穿っていますね。
というか、半世紀前にこういうことをすでに言ったのは、まるで今を予言しているようです。

周知のように、LGBT論議が盛んです。
LGBTという言葉は、90年代半ばから欧米で一般化したらしいですが、これが差別撤廃の動機を潜ませていたことは明らかでしょう。
日本にも上陸して、左翼陣営にとっては反差別運動の恰好の材料とされています。
2018年の初夏、杉田水脈議員が、「生産性」がないのに税金投入するのはおかしくないかと問題提起し、一気に炎上しました。
この「税金」というのが何を意味するのか、明確でないのが杉田論文の難点の一つですが、冷静に読めば、杉田氏がLGBTをかなりよく理解している(たとえばLGBとTとの違いについて)ことがわかります。
また後述しますが、いくつか勇み足はあるものの、彼女が何を問題視しているのかも納得できます。
その後いろいろありましたが、長くなるので委細は省きましょう。
ここで押さえておきたいのは、次の諸点です。
(1)LGBTは、性的な「対象」にかかわる生まれつきの「指向」であって、SMとかフェティシズム、痴漢や窃視癖、スカトロジーなどの性欲求満足の「方法」にかかわる「嗜好(嗜癖)」とは異なること。
(2)レズカップルやゲイカップルの入籍を認める自治体が少しずつ増えてきたが、彼らのすべてが法的な婚姻を望んでいるわけではないこと。自治体の承認によって、あたかもそうであるかのようなイメージが広がってしまったのは困った現象であること。
(3)昔はLGBTであること自体に悩む人が多かったが、いまでは、親にどうやって理解してもらうかについて悩んだり、逆にそれを知った親が悩んだりするケースが多くなっていること。つまり、通常の意味でカミングアウトするかしないかは、あまり問題にならないこと。
(4)日本では昔から、同性愛を禁じる宗教、法律のたぐいがないため、異性愛者と同性愛者は棲み分けが成立していて、さほど緊張した差別関係は見られないこと(ただし、学校でのいじめの材料にはされる)。

以上を踏まえると、LGBT差別を政治問題として言挙げしたのは、このカテゴリーに属する人たち自身であるよりは、むしろ政権に対する攻撃材料を探し求める左翼勢力であることがわかります。
杉田議員は、保守的な立場から、それを問題視したのでしょう。
こうした左翼の「材料探し」は、障碍者問題や、同和問題、古くはアイヌ問題などと同型です。
言うまでもなく、生きにくさを抱えているのは、別にLGBTの人たちだけではありません。
安倍政権の誤った経済政策(デフレ脱却不作為、消費増税、移民政策、派遣法改悪その他)のために、膨大な人たちが低賃金や高額医療や介護離職や派遣切りなどで苦しんでいます。
左翼野党は、こういう人たちの抱える問題をこそ掬い上げて、安倍政権の経済政策を批判すべきなのに、一向にそれをしません。
代わりに、社会問題としてはマイナーでしかないLGBTなどをエサに、人権問題を中核に据えて騒ぎ立てています。それは、彼らが現実課題に頬かむりをして、「反差別」イデオロギーに金縛りになっているからです。
これは日本だけでなく、先進国全体に見られる荒廃現象です。

三島が指摘しているように、同性愛者がある程度市民権を得て、同性愛者であることそのものにさほど特殊性の印を認める必要がなくなったのなら、政治はその対象を、普通の苦しむ人々に向けるべきでしょう。
それだけではありません。
文学もまた、ことさら公認された特殊例の中にその素材を絞るべきではなく、むしろ、一見特殊な印を刻み込まれているのではない人々の中に、固有の実存がはらむ問題の在りかを探り当てて、それを深く掘り下げるべきでしょう。
それは必ず見つかるはずです。


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・急激な格差社会化が進んだ平成時代
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・給料が上がらない理由
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・「自由」は価値ではない
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