小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

情報全体主義

2020年03月28日 15時20分57秒 | 社会評論


小池東京都知事が23日、新型コロナウイルスの大規模な感染拡大が認められた場合は、首都の封鎖=ロックダウンもあり得るとして、都民に対し、大型イベントの自粛などを改めて求めました。
また25日には、感染が爆発的に拡大する「オーバーシュート」の重大局面との認識を表明しました。
さらに26日には47人が新たに新型コロナウイルスに感染したことが確認されたと発表しました。
小池氏は同日夜、安倍首相と会見、首相に「国の大きな力強い協力が必要だ」と要請しました。
首都圏3県もこれに応じて、ただちに協力体制の表明と自粛要請の指示を出しています。

これ、なんだか変だと思いませんか。

東京五輪の延期決定が24日、小池知事の「ロックダウン」発言はその前日で、もちろん彼女はすでに延期決定を知っていたはずです。
まさに間髪を入れず、というより延期決定をとうに見越して、決定の発表前に先手を打っているわけです。
23日は月曜日でしたが、それまで月曜日は検査実施件数が30件前後だったのに、5週連続で陽性反応はゼロでした。23日には、実施件数77件、陽性反応16件とどちらも急に増えています。
そして24日には、86件中17件、25日には108件中41件、26日に100件中47人、と続きます。
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
こういう邪推はしたくありませんが、五輪が延期になるや否や、「今度の都政の最大テーマはこれ!」と彼女が選んだのではないかと疑いたくなるのは筆者だけでしょうか。
都知事選も近いことですしね。3年前の「希望の党」騒動、2年前の豊洲問題に続いて、ポピュリスト・小池劇場の再来?
それにしても、なぜこの大東京で、月曜日ばかり5週連続陽性ゼロが続いたのでしょうか。
何らかの隠蔽操作があったとかんぐりたくなりませんか?
ちなみに2月半ばから検査実施件数は毎日100件前後行なわれていますが、他の曜日も陽性反応はおおむね一けた台にとどまっています。

この国難の時期に、なぜこんなひねくれたことを言うかというと、「ロックダウン」「感染爆発」「重大局面」「首都封鎖」などのセンセーショナルな言葉が、単に国民の不安を掻き立てるだけの情緒的なものに過ぎず、事態を冷静に見極めたうえで発信されているとは思えないからです。
首都封鎖? 一大首都圏をなしている周辺の自治体との連続性をどのように確保するのか、想像もつきません。
しかも小池知事は、疫病蔓延の危機を訴えるだけで、過剰自粛がもたらすにちがいない経済の激しい落ち込みについては、何ら言及していません。
都の財政面からもあきらかに責任ある発言が伴うべきなのに、それは政府に丸投げの体です。
しかもその政府の「緊急対策」なるものは、すでにその大枠が報じられていますが、後述するように、情けなくなるほど貧しいものです。

未来は誰にも見えないので、予断は控えなくてはなりませんが、それでもあえて言わずにはおれません。
現状を見る限り、わが日本にとって、新型コロナ禍そのものは、そんなに大した危機でしょうか。

では、新型コロナが日本をどれくらい侵襲しているか、詳しく見ていきましょう。
それに先立って、次のような原則を立てておきます。

感染件数は、国や地域によって検査を受信したかどうかが大きく異なるので、当てにならない。
中国の統計は当てにならない。
これはGDPなどあらゆる面でさんざん言われてきたことですが、今回に限って言えば、27日のテレ朝「情報ミヤネヤ」で、武漢に遺骨を取りに来た人たちが大群衆をなしていて、とても全国で3000人クラスの死者にとどまっていたとは思えません。
また最盛期には武漢市内の全火葬場が文字通り火の車で、どのように処理したのかわからないという情報もあります。
③統計がしっかりしている国では、死者数に関してはある程度信用が置ける。
④死者数は絶対数でなく、人口当たりで見なくてはならない。

さて、下のグラフをご覧ください。



出典:札幌医大:https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html

このグラフは、1月下旬から3月24日まで、G20 諸国のの新型肺炎による人口100万人当たりの累積死者数を時系列で追いかけたものです。
ちょっと読み取りにくいですが、原本に当たると、ポイントごとにどの時点で何人累積死者が出たかがわかるようになっています。
なおイタリアと共に相当な被害に見舞われているスペインが載っていませんが、これは同じ資料でヨーロッパ篇に当たると、ちょうどイタリアとフランスの真ん中を貫くように急上昇しています。

それで、主要国の100万人当たり死者数を直近(3月24日)で並べてみると、次のようになります。
 イタリア    124.13
 スペイン    73.45
 フランス    20.39
 イギリス    6.22
 アメリカ    3.17
 韓国      2.56
 ドイツ     2.36
 中国      2.29
 カナダ     0.93
 トルコ     0.70
 日本      0.36
 オーストラリア 0.31

何と日本は下から2番目、イタリアの345分の1です。
統計が当てにならないと言った中国でさえ、日本の6倍以上の数字になっています。
しかも以下の記事によれば、イタリアの新型肺炎死者の99%が基礎疾患を抱えており、平均年齢は79.5歳と報告されています。
https://www.sankei.com/world/news/200320/wor2003200050-n1.html
日本では、毎年11万人が肺炎で死に、死因の第4位を占めています。毎日300人が死んでいる計算。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth8.html
おそらくこの場合も、基礎疾患がある高齢者が多いのでしょう。

次のグラフは、インフルエンザによる死者数(日本)の年次推移です。
https://president.jp/articles/-/33053?page=2



これでわかるように、通常のインフルエンザだけでも、ここ7年間で、毎年平均2000人近くの死者が出ています。
しかしこれまで、インフルエンザが流行しているからというので、これほどの自粛が要請されたという話は聞いたことがありません。
結局、ワクチンができていないという未知の不安がことを大きくしているのでしょう。
それはそれでもっともな話と思います。
それにしても、連日コロナ、コロナで、まるで世界にはそれしか心配事がないかのような集団ヒステリー状態は何とかならないものでしょうか。
筆者は、こういう状況を情報全体主義と呼びたいと思います。

交通事故死者は2019年で3200人、1日10人近く死んでいる計算になります。これでも激減した方で、1970年には17000人、1日46人が死んでいました。
疫病の蔓延とは問題の筋が違うと批判される向きもあるでしょう。
しかし、なぜこういう例をあえて挙げるかというと、人々は、日々の生活のなかでじつに多様な困難や課題と闘っているので、何も新型コロナだけが闘う相手ではないということを示したかったのです。
もちろん、他の例を出すことはいくらでも可能です。

むろん、イタリアやアメリカの現状を見れば、コロナが問題ではないなどと言いたいわけではありません。
しかし、昔から清潔好きで律儀な生活習慣を身につけ、ウチとソトとを明確に分ける文化伝統をもつ日本人のことですから、よく言われているように、手洗いや消毒を励行し、密閉、密集、密接をなるべく避けるようにして、粛々と日々のやるべきことをこなしていけば、大災害に至ることはまずないでしょう。
遅れはしたものの、水際作戦や感染者対策も徐々に進みつつあります。
したがって、次々に続くイベント中止、外出自粛などを、これほど徹底させる必要はほとんどないと筆者は考えます。

さてこうした情報パニックがもたらしている過剰自粛が、経済に計り知れない打撃を与えることは、言うまでもありません。
新型コロナ騒ぎがまだ起きていなかった昨年10~12月のGDPの落ち込みは、▲7.1%という恐ろしいものでした。理由はもちろん、絶対に避けるべきだった消費税の値上げです。
そこに新型コロナによる過剰自粛が追い打ちをかけているわけですが、この分で行くと、1~3月期の落ち込みはさらに2ケタになるのを避けられないでしょう。
ただでさえ25年もデフレ脱却できていない日本経済は、トリプルパンチを食らって回復不能に陥る可能性がきわめて大きい。

政府をはじめとした行政機関は、これだけ自粛を煽ったからには、経済の落ち込みに対する責任を取ってもらわなくてはなりません。
小池都知事にその構想などないことは明らかです。
中央政府はどうか。
ここに25日にヤフーニュースに掲載された、「緊急経済対策」の大枠なるものがあります。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200325-00000223-kyodonews-bus_all&fbclid=IwAR3AfIZolBVOeG_Q3YodKPDnq0-CCjsF7aKMiCdxeNjE9syfsQBbIx82a8w
これには次の項目が列挙されています。

①収入が減少した世帯への現金給付
②企業や個人事業主への特別融資枠拡充
③マイナンバーカードのポイント付与率を倍増
④感染終息後の旅行代金を半額補助
⑤雇用調整助成金の給付率引き上げ

一見して気づくことが二つあります。
この中に消費減税または消費税の凍結と、金額を明記した大規模な国債発行が盛り込まれていないことです。
この二つを盛り込むことで、国民の安心を得られるのは確実なのに、どれもこの二つを避けて、緊縮財政を維持したままでセコイ対策を打とうとしていることは明らかです。
①の現金給付は、収入減少の線引きをどこに引くのか明らかではありません。来年の申告時期まで待つのでしょうか。
②は粗利補償ではなく、融資です。
負債を抱えた中小企業がほとんどなのに、さらに返済が必要な融資を受けるでしょうか。
融資は申請が必要で手続きや時間もかかるので、わざわざ申請してくる企業などまずないでしょう。それを見越してこういう策を立てているに違いありません。
③は倍増されてもその金額は雀の涙。換金手続きも面倒です。
④に至っては、その子供だましの方法に思わず笑ってしまいます。
いつ終息するかもわからないし、旅行などにのんびり出かけるどころではないかもしれない。おまけに半額補助とは!
大事なことは、いま所得の大幅ダウンに苦しんでいる国民をすぐに救済できる手を打つことです。
⑤雇用調整助成金は事業主に対して給付されるものであり、それが各従業員の懐に収まるかどうかは、事業主の意向にかかっています。
しかも給付率引き上げとあるだけで、どれだけなのかさっぱり分かりません。
つまり中央政府は、口先だけで「今までとは根本から発想を転換して」などと息巻いていますが、実際にはほとんどやる気がないと言っても過言ではありません。
総じて、現在進行中の経済危機に対して、その危機感の欠落にはあきれ果てます。

この記事の本文には事業規模の総額56兆円、財政支出は15兆円(これでも少なすぎますが)とありますが、金額の大きさに騙されてはいけません。
先の補正予算の時にも、総額26兆円と謳いながら、半分は民間、残りのうち9.4兆円が国と地方の歳出、3.8兆円が財政投融資で、結局補正予算は、例年と大して変わらない4.3兆円でした。
https://38news.jp/economy/15140
今度も、国民の難局を救うことなど天から考えていない狂人たちによる緊縮路線死守のために、妙なからくりを使ってごまかすに決まっています。

しかし、消費税凍結によって20兆円、最低30兆円の国債発行によって(MMTを学べば、「国の借金」を心配する必要はまったくないことがわかります)、すぐにでも50兆円(GDPの1割)の経済効果が得られます。
消費をしない人はいませんから、10%を支払わなくて済む人は、その分だけ可処分所得が増え、しかもそれは間違いなく消費に使われます。結果、生産者、流通業者をも直接潤すことになるのです。
しかし政府は、間違いを認めたくないというただそれだけの理由から、絶対に消費税に手を付けることをしないでしょう。

コロナ騒動は、こと日本に関する限り、欧米の状況に煽動された政府、有力自治体によるマッチポンプです。
しかしマッチをつけたはいいが、それを適切に消火するだけのポンプの用意がないのです。
コロナ騒動は、1年も経てば、「あの騒ぎはいったい何だったんだ」となるでしょう。
ただし同時にその時、日本経済の悲惨な廃墟を見ることになる……
筆者の悲観的な予想が外れることを祈ります。


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安藤裕衆議院議員以下、42名の緊急提言

2020年03月11日 18時12分48秒 | 政治


「日本の未来を考える勉強会」を長らく主宰してこられた安藤裕衆議院議員がこのほど議員連盟を結成しました。
彼を中心とする国会議員有志42名が、先ほど西村大臣、岸田政調会長に、緊急提言を提出しました。
明日、幹事長に提出するそうです。
以下、その提言を全文コピペします。
安倍総理がこれをどう受け取るかがカギです。


************************

「令和の恐慌」回避のための30 兆円規模の補正予算編成に関する提言
                                   令和2年3月 11 日

今年に入り、中国武漢市を発生地とする新型コロナウイルスが蔓延し、これに罹患する国民が急速に増えつつある。こうした中、一日も早くこの新型感染症の拡大を終息させるとともに、感染症対策を抜本的に見直し、国民の生命及び健康を守ることこそ政治の最優先課題である。
それと同時に国民経済に及ぼす影響を最小限にくいとめなければならないことは言うまでもない。しかるに、旅行関連産業においては既に、中国や韓国のみならず日本国民の旅客までもが宿泊をキャンセルし、旅館及びホテルが大打撃を受けている。さらに、大規模店舗のみならず小規模な飲食店、カラオケボックス、屋形船、スポーツクラブ、個人タクシー事業者等も政府の要請や風評被害等により国民から忌避され、大幅な収入減により廃業の危機あるいは従業員の解雇をせざるを得ない事業主も出始めている。
そもそも、本来ならば回復基調でなくてはならない 1-3 月期の日本経済は、一連のコロナ自粛連鎖のあおりを受け、消費・雇用・賃金が大きく落ち込み、大幅なマイナス成長となることが見込まれる。昨年 10-12 月期の GDP 速報値が年率マイナス 7.1%であったことを考慮すると、2 四半期続けてマイナス成長となることは確実であり、その結果「日本は景気後退期に入った」と内外から判断され、日本経済が負のスパイラルに陥る可能性が極めて高い。
これらの経済被害は、国難とも言うべき新型コロナウイルスが日本国内に蔓延することを防ぐために政府が要請し、それに対して国民が一致団結して協力した結果生じているのである。だからこそ、政府が責任をもって、とりわけ中小企業及び小規模事業者、並びに非正規雇用者、個人事業主、失業者、ひとり親家庭、障がい者といった社会的弱者の立場に寄り添い、全国的かつ全員に行きわたるような従来の発想にとらわれない大胆な経済政策が不可欠である。
ここに、我々自民党有志は下記の政策を速やかに実行することにより、日本経済の失速にブレーキをかけ、成長路線に戻す大胆な政策を全力でかつ迅速に推進することを提言する。本年 1-3 月期の数値を確認してからの対策では遅いと言わざるを得ない。国民は、今すぐ希望を持つことができる強いメッセージを求めているのである。

            

1. 30 兆円規模の補正予算を編成し、財源には躊躇なく国債を発行してそれに充てること。なお、2025 年のプライマリーバランス黒字化目標は当分の間延期すること。

2. 被雇用者に対しては十分な休業補償をするとともに、事業者、特に中小企業及び小規模事業者(個人事業主を含む)に対しては、失われた粗利を 100%補償する施策を講ずること(特別融資だけでは不十分)。安心して休業できることは、有効な防疫対策にもなる。

3. 消費税は当分の間軽減税率を 0%とし、全品目軽減税率を適用すること(消費税法の停止でも可)。なお、消費税の減税のタイミングとして 6 月を目指し、各種調整を速やかに行うこと。

4. 従来から存在するあらゆる制度も活用し、資金繰り支援等企業の廃業防止、国民の不安を払拭するために全力で取り組むこと。

5. 国土強靭化、教育・科学技術投資、サプライチェーンの再構築、特定国依存型のインバウンドの見直しなど、内需主導型の経済成長を促す政策を検討すること。

以 上

       自由民主党若手議員賛同者 42 名
     [衆議院 1 回生~3 回生/参議院 1 回~2 回生]



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コロナウィルスとインバウンド

2020年03月04日 20時31分31秒 | 政治


コロナウィルス情報が日本中を席巻し、政府の対応に対する賛否の議論が盛んに行なわれています。
さまざまな個別の対策や現象や問題に対して筆者にもそれなりの考えはありますが、今後の推移がどうなるか不透明な部分が多いため、しばらく静観しようと思います。
ただ、二つだけ言っておきたい。
一つは、多くの人が指摘していることですが、つまらぬ忖度を捨てて、一刻も早く中国人、および問題の時期に中国に滞在した履歴を持つ外国人の入国を拒否すること。ついでに韓国に対しても同じ措置を取るべきでしょう。
もう一つ、ようやく習近平主席を国賓として招く話が延期になったことを、とりあえず歓迎したいと思います。ただしコロナウィルスのために「延期」するのでは、この問題そのものの持つ外交的な意味が見失われます。新型肺炎の流行があろうがなかろうが、そもそもこんなイベントは日本の基本的な対中政策として行なわれるべきではありません。即刻中止すべきです。理由については、以下をご覧ください。
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20200202/

ところで、ここでは、新型肺炎の流行と、それまで政府が率先して煽っていたインバウンド・ブームとの関係について考えてみたいと思います。
総務省平成30年版情報通信白書では、2017年までのインバウンドの状況を次のように報告しています(太字は引用者)。いかにも得意気です。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd126310.html
近年、訪日外国人旅行者数は、急速な拡大を遂げてきた。昨年の訪日外国人旅行者数は2,869万人となり、訪日外国人旅行消費額は4兆4,162億円まで拡大し、観光は我が国の経済を支える産業へと成長しつつある(図表2-6-3-1)。従来の訪日外国人旅行者数2,000万人の目標達成が視野に入ってきたことを踏まえ、2016年3月には、内閣総理大臣を議長とする「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」において、2020年に訪日外国人旅行者数を4,000万人、訪日外国人旅行消費額を8兆円とし、さらには2030年にそれぞれを6,000万人15兆円とすること等も踏まえた、その実現のための施策を、「明日の日本を支える観光ビジョン」(以下「観光ビジョン」という。)としてとりまとめた。観光ビジョンは、観光は「地方創生」への切り札であり、GDP600兆円達成への成長戦略の柱であるとし、国を挙げて「観光先進国」という新たな挑戦に踏み切る覚悟が必要であることを示した。

図表2-6-3-1 訪日外国人旅行客数及び訪日外国人旅行消費額の推移


(出典)観光庁「訪日外国人消費動向調査」及び日本政府観光局(JNTO)

この夢はコロナウィルスによって見事に打ち砕かれた、とあざ笑いたいのではありません。
そもそも「観光先進国」などという政策目標を掲げること自体が、デフレ脱却を掲げて政権をスタートさせた安倍政権の経済政策の大失敗を物語るものだと言いたいのです。
グローバリズムが横行する世界に向き合う時には、その経済侵略に対してまず国民生活を守るための国家戦略を立てなくてはならないのに、安倍政権は、むしろ逆にこれを歓迎するような政策ばかり採ってきました。
大きなところでは、TPP参加、移民法、農協法改革、種子法廃止、水道民営化、IR法などがそれです。
これらはすべて外需依存を志向するもので、デフレ脱却のために必要な内需を充実させる方向に逆行しています。
これに緊縮財政(消費増税、PB黒字化)、規制緩和(外資誘導、国家戦略特区)がマッチングして、国民生活の貧困化がますます進み、その安全保障はまったく守られない状態になってしまいました。
そういう失敗を糊塗するために、ここ数年、インバウンド、インバウンドと騒ぎ立ててきたのでしょう。
しかし、インバウンド自体が、まさに外需依存そのものであって、失敗の上塗り以外の何ものでもない。
つまりは、安倍政権には、失敗の自覚すらないということになります。

ちなみに筆者は、2017年8月の時点で、同趣旨の記事を以下のメルマガに寄せています。その趣旨を要約します。
https://38news.jp/economy/10870
たしかに2014年から2016年までの2年間に訪日外国人は1.8倍に増えています。しかし同時に、この事実についていくつか押さえておかなくてはなりません。

一つは、訪日外国人がすべて観光客であるわけではなく、観光客は全体の約6割で、残りはビジネスその他です。

次に、外国人の内訳は、韓国、中国、台湾、香港といった東アジアの人たちで、これが全体の73%を占めます。欧米加豪の合計はわずか14%です。
しかも、2014年当時、前者は、67%、後者は18%でした。つまり、増えているのは、東アジアからの訪問者であって、ヨーロッパや英米圏から日本を訪問する人たちの割合は、むしろ減っているのです。
台湾と香港はいいとして、韓国や中国の訪日客は、いろいろな意味で日本人にあまり歓迎されていません。こういう人たちが「訪日外国人」としてうなぎ上りに増えているからといって、外国人観光客が増えることはいいことだなどと単純に言えるでしょうか。

次に、国内景気がよくて、じゃんじゃん高級ホテルの建設でも進むなら話は別ですが、実際には、サービスの悪い民泊の増加による料金低下競争が起きています。老舗旅館などが経営難で閉鎖されていきます。
デフレ不況期にこういうことが起きると、移民による賃金低下競争と同じで、日本の経済全体に悪影響を及ぼすのです。

最後に、次の点が最も重要です。
2016年時点で、「旅行収支」が1.3兆円の黒字を示したと報告されていました。
1.3兆円の黒字と聞くと、それだけで日本経済の復活に大きく貢献するかのように思ってしまいます。
「旅行収支」とは、要するに、旅行によって外国人が日本に落とすお金(収入)と、日本人が外国に落とすお金(支出)との単なるバランスを示す数字です。
たとえば、外国人訪日客が変わらなくても、日本人が海外旅行にあまり行かなくなったり、海外で商売することに消極的になれば、それだけで黒字幅は増えます。
そして、この「旅行収支」の黒字分が、GDPを構成する「純輸出」の一部として参入されるわけです。
さて、1.3兆円の黒字という数字ですが、これはGDPのわずか0.26%にすぎません。

以上が前記事の要約です。
それでは、最新のデータではどうでしょうか。
上に掲げた総務省のデータでは、訪日外国人の旅行消費額は、2017年で4.4兆円とあります。
しかしお間違えのないように。
これは「旅行収支」ではありません。支出が差し引かれていませんから。
財務省が2019年2月に発表した2018年の国際収支速報では、旅行収支は、2.3兆円の黒字と出ています。
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_balance-trade20190208j-09-w390
この報告でも、過去最高の黒字額と謳って、以下のような浮かれた調子のグラフが載っています。



しかしたったの2.3兆円ですから、これでもGDPへの寄与率は、0.5%に達していません。
ちなみに、2013年以前が赤字になっているのは、外国人が日本に落とすおカネに比べて、日本人が外国に落とすお金が多かったことを示すもので、これは必ずしも悪いことではなく、むしろ日本人の活発さがこの頃までは残っていたとも言えるわけです。

さてコロナウィルスが上陸して、外国人(主として中国人や韓国人)訪日客は激減しました。
当分、「観光先進国」だの、観光を「地方創生への切り札」「成長戦略の柱」と見なすだのといった、政府の空虚な夢想はついえました。
不謹慎な言い方になりますが、これからは、この事態を奇貨として、外需に頼らず、日本人自身の生産と消費を堅実に伸ばしていくことを考えた方がいいでしょう。
しかしそのためには、まず政府がこれまでの路線(ドケチ路線と外資依存路線)を根本的に改め、国土強靭化や科学技術や社会福祉の充実や国防のために、財政支出を惜しまず提供することが不可欠です。
すっかり衰えてしまった日本経済が活気を取り戻すとき、それはそのままわが国の魅力として世界の人たちに訴えかけるでしょうから、観光などは自然に発展します。
MMT理論は、そのための強力な論拠となってくれるはずです。


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社会批判小説ですがロマンスもありますよ。
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