小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

MMTの正しさ、リフレ派の誤り、誤解のひどさ

2019年07月24日 09時08分24秒 | 経済



7月16日にMMT(現代貨幣理論)の主唱者であり、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が来日しました。
衆議院議員会館で講演し、多くのメディアの記者会見にも応じました。
筆者も講演を聞くことができましたが、明快な論理と巧みな比喩を用いて、MMTの本質を展開してくれました。
また三回にわたって三橋TVに出演し、その理論と日本が抱える経済問題についてわかりやすく解説してくれました。
ケルトン教授の説くところは、これまで中野剛志氏、藤井聡氏、三橋貴明氏ら、一部の人たちによってさんざん言われてきたこととほとんど変わりませんが、これを機会に、MMTの主張も含めて、日本経済についての正しい議論をまとめておきたいと思います。

①自国通貨建ての国債発行額には原則として制約がない。政府はその限りでは、財政赤字を気にする必要はない。
②ただし、インフレ率という制約があり、政府・中銀は、過度なインフレになる兆候が見えた時には、コントロールする必要があるし、それは金利調整や増税などによって可能である。ただしインフレの場合でも、消費増税である必要は全くない。富裕層に優しく、貧困層に厳しい逆進性を持つ消費税は廃止すべきである。
③リフレ派は、金融緩和を続けることで市場に「予想インフレ率」が高まり、それが投資意欲に結びつくので、デフレ脱却が可能だと主張してきたが、資金需要は高まらなかった。また過度な金融緩和が金利を大幅に引き下げ、金融業界にダメージを与えてきた。
④企業の投資意欲を生み出すには、金融政策に特化するのではなく、同時に、政府が国債を発行して積極的に財政政策を打つことが、直接に需要創出につながり、生産活動に結びつくので、有効である。これはアベノミクスの二本目の矢を意味するが、二本目の矢は放たれなかった。


③と④についてちょっと解説を付け加えます。
リフレ派の理論に従って安倍政権(日銀)は6年半にわたり膨大な量的緩和を行ってきたにもかかわらず、「予想インフレ率」は高まりませんでした。
その結果、デフレ脱却はおろか、国民の生活はかえって困窮を招いてしまいました。
これには、量的緩和によって積み重なったお金が、日銀当座預金という特別の口座のお金(マネタリーベース)に過ぎず、一般の企業が引き出すことのできる市中銀行の口座ではないという必然的な事情があります。
だから日銀当座預金に滞留したお金と、マネーストック(金融部門総体の通貨供給量)との間には越えがたい壁がもともとあったのです。
したがって、このデフレ下では、よほどの投資意欲を持った奇特な借り手でも現れなければ(現れなかったのですが)、市中にお金が流れません。
リフレ派経済学者たちは、その壁についての自覚がなく、その無自覚を「予想インフレ率」という空しい期待によって覆い隠してきたわけですね。

⑤政府の赤字は民間の黒字。つまり、政府の負債が増えることは、反対側で、民間の預金が増えることを意味する。したがって、国民は、「国の借金」などをまったく気にする必要はなく、むしろ喜ぶべきである。政府・日銀は通貨発行権を持っているので、PB黒字化をしないとやがて政府が財政破綻をきたすなどという財務省の脅しには何の根拠もない。
⑥民間に資産が十分にあるから、国債発行の余地があるのではない(「お金のプールは存在しない」――この表現は、三橋貴明氏だけでなく、ケルトン教授も期せずして同じ表現を使っていました)。したがって、民間に十分な資産がある間は国債を発行できるがそれが尽きたら財政破綻するという論理は、完全に間違っている。
⑦これは一般の銀行が企業や個人にお金を貸すときにも当てはまる。国債の場合も普通の借金の場合も、銀行に潤沢な資金(政府の場合は日銀当座預金)があるから借金できるのではなく、金融機関は、ただ借り手に返済能力があるかどうかを査定したうえで、通帳に金額を書き込むだけである(万年筆マネー)。
⑧経済の話をするときには、政府・日銀の「お財布」の話ばかりしないで、生産のリソースが十分に獲得可能か、企業や消費者にとって政府の政策が適切かどうか、労働者が豊かに暮らせるだけの経済体制になっているかどうかなどに、話題の中心を移すべきである。財政ではなく、経済全体こそが問題なのだ(ケルトン教授は、このことを「眼鏡をかけ替える」と表現しました)。
⑨MMTには、JGP(雇用保障プログラム)という構想がある。これは、不景気で失業者が増えた時には政府が最低賃金で雇用し、景気が回復すれば、労働者は自動的に高賃金の民間企業に移行するという考えである。つまりデフレ期には、政府が失業者に救済の手を差し伸べるために積極財政策をとり、好景気の時には、その必要がなくなるので、政府の財政もそのぶん縮小することができる。


このJGPについては、ケルトン教授が講演で強調していたにもかかわらず、記者会見でこれに注目した記者はいなかったようです。
また、その後の報道記事でも、ほとんど問題とされませんでした。
メディアが関心を持ったのは、好意的、悪意的両方を含めて、自国通貨を持つ政府には国債発行額の制約はないという一点にもっぱら集中していました。
記者や論者たちの関心がここに集中していたのは、財務省の緊縮路線が人々の頭に刷り込まれてきたために、この「事実」の指摘によほどショックを感じた証拠です。
ですから、MMTについての論評やケルトン教授へのインタビューでの質問では、インフレになったとき抑制できないのではないかという、一種の「インフレ恐怖症」の症状を示すものがほとんどでした。
これに対してケルトン教授からは、「デフレから脱却しなくてはならない時にどうしてそんなにインフレを心配するのですか」と皮肉を言われる一幕もあったようです。
じっさい、日本政府は、デフレの時にインフレ対策というトンデモ政策をやって事態をますます悪化させたくらいですから、もともとインフレ対策については、得意中の得意なのです。
こうした記者や論者は、悪夢を見続けることに慣れ切ってしまって、「目を覚ませ」という声を聞き取ることができず、「たいへんだ、MMTによってデフレから脱却したらハイパーインフレになってしまう!」と錯乱状態に陥ってしまったのでしょう。

ところでJGPですが、これはとてもいいアイデアだと筆者は評価します。
というのは、このアイデアは、アメリカの民主党、共和党の間で盛んな、「大きな政府か小さな政府か」という不毛な二元論を克服する可能性を持っているからです。
不況の時には政府が公共事業を惜しまず提供して失業者を救済し(その財源については、国債発行で十分賄えます)、好況になったらより高給で雇用できる民間企業に彼らを吸収させる――つまり、不況の時には「大きな政府」、好況の時には「小さな政府」というように、柔軟に政府の規模と役割を調整できることになります。
そこには、右か左か、小さな政府か大きな政府かといった、イデオロギー支配が介在する余地はなく、経済の実態に合わせてただプラクマティックな対応機能を政府が備えるだけで十分だという思想が見られるわけです。

ところで、新しいものが出てきた時には、誤解の嵐にさらされるのが常です。
人々は、惰性的な感覚、感情からなかなか自由になれないからです。
MMTは90年代からケインズ派の流れをくむものとして既に存在しており、別に新しい理論ではありません。
ところが財務省のトリックによって、私たちがあまりに家計と政府の財布とを混同する習慣を身につけてしまっていたので、これが上陸した時に、「黒船」のように新しく見えてしまったのです。
この事態に適応できず、さまざまな誤解が生まれましたが、最近、ある人から得た情報で、これぞバカな誤解の決定版という代物に接しましたので、典型例として俎上に載せることにしましょう。

《今仮に、日本政府がMMTの採用を真剣に検討しているというニュースが流れたとすると、私が真っ先にすることは、円建ての銀行預金をドルかユーロ建ての預金に預け替えることだ。
(中略)
MMTによれば、政府の財政需要をまかなうために、日銀は輪転機を回して、円の紙幣をどんどん刷り、それで国債を買うわけだから、円は供給過剰となって価値が下がるに決まっている。これは私だけでなくヘッジファンドなど世界中の投機家も円安を見越して円売りドル買いをするだろうから、ニュースが流れた1時間後には1ドル=300円まで円安となっているかもしれない。
(中略)
私は、MMTは法定通貨(不換紙幣)が国民の信用で成り立っていることをあまりに軽視していると思う。紙幣の価値が、中央銀行が持つ銀や金で裏打ちされている時代と違い、現在はどの国も国の信用(徴税力)だけが裏付けとなっている。MMTを実施すると言った瞬間に、この信用が根底から揺るがされるのだ。
(中略)
円にしてもドルにしても、インフレによる減価で、2019年の1万円や100ドルの価値は1965年の価値のそれぞれ4分の1、8分の1にも満たなくなっている。しかしこの減価は長い時間をかけて徐々に起きたから経済に混乱はあまり生じなかった。それを、MMTのようにこれから不換紙幣をどんどん刷りますと宣言するのは、フーテンの寅さんではないが「それを言っちゃあ、おしまいよ」ではなかろうか。》
http://agora-web.jp/archives/2040455.html

これを書いたのは、元財務省財務大臣審議官の有地浩という人ですが、よっ、さすが財務省、と声をかけたくなるほど、デタラメを振りまいています。
よくもここまで突っ込みどころ満載の文章を書けたものだと、思わずのけぞってしまいます。

まず冒頭から、この人は、MMTについての知識などまるで持ち合わせていないことがわかります。
MMTでは、自国通貨建ての国債発行額には、インフレ率以外に制約はないと言っているので、財政出動の際に、どれくらいのインフレを許容するのかということは、大前提としてあらかじめ繰り込まれています。
したがって、「ニュースが流れた1時間後には1ドル=300円まで円安となっているかもしれない」などという妄想の発生する余地はありません。だいたいどうして1時間後に300円なんて数字が出てきたのでしょうね。

次に、「日銀は輪転機を回して、円の紙幣をどんどん刷り、それで国債を買う」などといっていますが、財務省出身のくせに、日銀が国債を買う(貸す)際に紙幣など刷らないということを知らないのでしょうか。
そんなことをすれば、国立印刷局広しといえども、すぐに建物の中が一万円札でいっぱいになり、従業員の居場所もなくなってしまうでしょう。
仮に10兆円刷ったら、10億枚という想像を絶する量の紙幣で埋もれることになります。
この人は、お金というものを紙幣でしかイメージしていないのですね。
事実は言うまでもなく、政府が国債を発行するに際しては、ただ日銀当座預金の簿記の借方欄に10兆円と記載されるだけです。

こうして政府は額面10兆円の政府小切手を切り、これを、ある事業を受注した企業や組織に渡します(国債発行は、公共事業、社会福祉事業など、必ず何か具体的な公共投資としてなされるのですから)。
小切手を受け取った企業・組織は、市中銀行にこれを持ち込み、預金通帳に同額の数字を書き込んでもらいます。
銀行は受け取った政府小切手を日銀に持ち込み、日銀当座預金に同額の数字を書き込んでもらいます。
日銀と政府は統合政府ですから、これで政府小切手は、「お金=借用証書」としての役割を終えます。
一方、企業・組織は、労賃、原材料、設備資金などの支払いのために、預金から取引先、従業員などの預金通帳に必要金額の振り込みを行います。
取引先や従業員は、振り込まれた金額を必要に応じて現金紙幣に替えます。

さてこの一連の過程で、現金紙幣が現れるのは、最後の段階だけです。
現金紙幣なんて、そんなに動いていないのですよ。
私たちは、日常生活で現金紙幣を用いていますから、「お金」と聞くとすぐに現金紙幣を思い浮かべてしまいますが、日銀当座預金に書き込まれた数字も、政府小切手も、企業・組織の預金通帳に書き込まれた数字も、すべて「お金=借用証書」なのです。
現金紙幣も、日銀が私たちから借りている借用証書です。
いろいろな形の「お金=借用証書」があるのですね。
この証書の流通を成立させているのは、人と人との信用関係であって、金銀や現金紙幣のような「モノ」ではありません

有地氏は、このことがまるで分っていません。
いや、ほとんどの人が金本位制の観念を残滓として頭に残しているために、このことを理解していないと言えるでしょう。
テレビ朝日のニュース・ステーションで、ケルトン教授の講演の際に、MMTについて説明をしていました。
紹介してくれることはけっこうなことですが、そのために、現金紙幣の模型を使って、それをぐるぐる回していました。
これでは人々が、紙幣だけをお金と考えたとしても無理はないでしょう。
困ったものです。

有地氏は、MMTの採用を検討しているというニュースが流れただけで、「円建ての銀行預金をドルかユーロ建ての預金に預け替える」そうですが、勝手にやれよと言いたくなります。
この人は、MMT(つまりこの場合は多少大胆な財政出動)が実施されると、たちまち過度なインフレが起きて円が暴落すると信じ込んでいるようですが、MMTがそんなちゃちな理論でないことは、すでに述べたとおりです。

また、「通貨が国民の信用で成り立っている」のは事実ですが、いま述べたように、通貨とは、不換紙幣だけではありません。それはごく一部であって、日銀当座預金や銀行預金に書き込まれた数字(万年筆マネー)も、政府小切手もみな通貨です。
MMTが財政出動を促す場合にもこのことは変わりありませんから、「信用が根底から揺るがされる」などということは、200%あり得ません。
それは有地氏のインフレ恐怖症の重篤症状のなかだけでしか起こりえないことです。

さらに有地氏は、「MMTのようにこれから不換紙幣をどんどん刷りますと宣言するのは、フーテンの寅さんではないが『それを言っちゃあ、おしまいよ』ではなかろうか。」などとつまらぬ冗談を吹かしていますが、MMTがどこで「これから不換紙幣をどんどん刷ります」と宣言したのでしょうか。
こういうデマを平然と流すのは、単に誤解や歪曲といったレベルの話ではなく、わざわざ来日してMMTの本質をていねいに説いてくれたケルトン教授に対する失礼極まる愚弄と称すべきでしょう。
日本の「経済識者」の無知ぶりをさらけ出して、世界に対して恥ずかしいと感じるのは、筆者だけでしょうか。
嘆かわしきは、有地氏に代表されるような重症のインフレ恐怖症に罹患した、日本の知的(痴的)病人どもです。
MMTの健全な主張を正確に理解して、このひどいデフレ状況から一刻も早く脱却したいものです。


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熊さん、増税に大いに憤慨

2019年07月10日 23時41分10秒 | 文学



♪テンツンシャン、トコトントン♪

熊さん へい、ご隠居さん、ごめんなすって。
ご隠居さん おや、熊公か。どした。
 へい。ちょいとわからねえことがありやしたんで、うかがいやした。
 わからんこと。ま、突っ立ってないで上がんなさい。
 失敬しやす。
 何だね、そのわからんことってのは。
 へえ。じつは不景気のことなんすがね。
 ほう、不景気。なんだ、借金で首でも回らなくなったか。
 いえ、そうじゃねえんで。たしかにあっしも酒屋に借金してるし、家賃も滞ってますが、何とかしのいでるんで、その辺はご心配なく。
 ご心配なくって、おめえ、借金して家賃滞納して、何とかしのいでるはねえだろ。
 いや、これまでいつもそうでやしたから。
 しょうがねえ奴だな。
 いや、酒屋や大家なんぞてえしたこたぁありゃしません。
 そんなこと言うと、ばちぃ当たるぞ。
 ばちなんぞ怖れとっちゃ生きちゃあいけませんや。それより、昨今、世間に不景気風が吹きまくってるみてえですけど、それについてうかがいてえんで。
 じゃ、何かい。おめえ一身のことじゃねえってのか。
 へえ。どうもこの世間一般の不景気についちゃぁ、わからねえことがいろいろあるもんで。
 ほほお。向学心起こしたってわけだ。どういう風の吹き回しだ。ま、しかしおめえにしちゃ感心なこったな。何でも言ってみなさい。
 へえ。いま世間見るてえと、どこもかしこも貧乏人が増えとりますな。ウチの長屋でも去年亭主に死なれたお菊さんてえのがね、これまで仕立て屋から仕事もらって何とか食いつないでたんすが、こないだ、家の前とおったら、シクシク泣いてるじゃありませんか。聞いてみるてえと、このごろめっきり注文が減って、これから先どうやって暮らし立てていったらいいかわかりませんてんで。あっしゃ、つい不憫になって、お菊さんの肩にこう手を置いて、お菊さん、いまにきっといいことあるから辛抱、辛抱て、ながながと慰めてやったと、こういうわけでさ。いや、これがいい女でね。
 おめえ、肩に手を置いただけだろうな。
 そ、そりゃ、それ以上何にもしてませんよ。嬶にばれたらてえへんだ。
 まあいい。たしかにおめえの言うとおり、昨今は貧乏人がぐんと増えてる。それももう何年も続いてるな。で、何が聞きたい。
 ところがお上は、景気はだんだんよくなってるとか言ってるそうじゃありませんか。こりゃいったいどういうわけなんで。
 うーん、おめえ、いいところ突いてくるな。こりゃこの季節に桜が咲く。
 ヘンな褒め方しねえでくだせえよ。
 よし教えてやろう。それはな、お上ってのは、昔からそういうウソを平気でつくもんなんだ。
 そりゃまたどうして。
 そりゃな、てめえたちがやってきたことの間違いを認めたくねえからよ。てめえたちのおかげで貧乏人が増えちまったってこと認めたら、民百姓が黙っちゃいねえだろうが。
 でもご隠居さん。民百姓が暮らしに困ってるの援けるのがお上ってもんじゃねえんすか。
 それはあの連中の建前ってもんでな。ほんたあ、金持んところにますますカネが集まるようなことばっかりやってる。ほれ、こんどまたモノ買うごとに取り立てる税が厳しくなるだろ。このまんまだと幕府の借金がかさんで、もたねえとかなんとかウソついてな。
 え? ありゃウソなんすか。幕府がつぶれっちまっちゃまずいと思って、しょうがねえけど我慢すっかって思っとったんでやんすがね。
 ウソもウソ、大ウソさ。税なんか取り立てなくたって、幕府は印旛沼の干拓でも何でも、なんかやりたきゃ、お抱えの両替商んとこ行って、何千両借りるぞって書きつけりゃいいだけの話。まあ約束手形みてえなもんだな。手形もらった業者はふつうの両替商にそれ持ってって、大判小判に代えて仕事に使う、と。こりゃいくらでもできる。そうやってこそ、民百姓の暮らしが潤うのさ。ただこれ、あんまりやりすぎるとコメの値段が高くなって、貧乏人は買えなくなっちまうけどな。そこんとこお上がよく見て気ぃつけてりゃいいだけの話よ。
 へえ、幕府が借金するほど、あっしらの暮らしがよくなる。初めて聞いたな。こりゃ世間に触れ回って瓦版にでも書いてもらうとよござんすね。
 ただその瓦版がこのリクツを全然わかってねえのよ。お上の言い分をそのまま垂れ流してるだけだからな。
 なんだかわかったようなわからねえような話だけど、するてえと、何ですかい。そのお抱え両替商ってのは、別に千両箱ため込んでおかなくてもいいし、幕府も借金するのに、世間にいくらカネがあるか気にしなくていいってことでやんすか。
 熊、おめえ、今日は妙に頭冴えてるな。こりゃ、この季節に梅が咲く。
 ヘンな褒め方しねえでくだせえってば。
 しかしおめえの言う通りさ。そもそもふつうの両替商が業者にカネ貸すんだって、お蔵にカネため込んどく必要ねえのさ。ただ借りに来たやつよく見て、こいつはちゃんと期限までに利子払って返しそうかなって見込みつけりゃいいのよ。
 へえ、そうなんだ。んじゃ、あっしもお菊さんのために一肌脱ぐかな。
 だからおめえはバカだってんだ。酒代も家賃も払えねえ奴に、どこの両替屋が貸してくれるてえんだ。
 なある。それがあっしら貧乏人の悲しいとこっすね。ところでご隠居さん、お上はそういうからくり知っててウソついてんのか、それとも知らねえで税上げるぞ、税上げるぞって言ってんのか、どっちなんす。
 それはな、知ってる連中もいれば知らない連中もいる。知らない連中のほうがずっと多いけどな。だから困るんだ。
 しかし知っててあっしらから税むしり取るってのは、ひでえじゃねえすかい。誰っすか、その知ってるやつってのは。
 まあず、勘定方だな。たぶん連中はほんとは知ってるくせにあたしらに知らせないようにひた隠しにしてる。それでとにかくケチくせえから、自分たちの台所の帳尻合わせることばっかり考えて、これからこんなにカネかかるんで、税よこさねえと幕府の財政があぶねえって脅しかけてるのさ。これ、ずーっとやってきたんで、幕府の他の連中もみんな騙されちまったってわけよ。
 んでも、世間にゃおつむのいい学者とかいっぱいいるんでしょう。そういう人たちが、みんな集まって、勘定方、おかしいぞって騒ぎゃいいじゃねえすか。
 それがな、学者ってのもお上にくっついてりゃ安心だから、物事の道理をきちんと考えようとしねえのよ。あの連中も、自分の財布と幕府の財布とをごっちゃにしてる。自分の財布の中身は限られてるけど、幕府の財布はいくらでも増やせるんだ。そこんところの違いもわからんらしい。学問やってる連中の鈍感さだな。だから勘定方に騙されるのさ。
 なんか、こう無性に腹立ってきたな。だけど勘定方は、どうして知ってながら、やり方改めねえんすか。
 そこがお役人のしょうもねえところよ。連中は自分たちだけで仲間作って、いったんこうしようって決めると、ご時世が変わっても何でも、絶対改めようとしねえ。要するに石頭ぞろいなんだな。
 あっしが、ねえ頭で考えるに、税取り立てるんじゃなくて、その約束手形でも何でもどんどん振り出せばいいじゃねえすか。
 熊、おめえ今日は異様に勘がいいな。こりゃこの季節に雪が降る。
 ヘンな褒め方しねえで……。
 いやしかし、そのとおりなんだ。いまのご時世はな、モノ作っても買う人がいなくて困ってるご時世だ。だから誰も作ろうとしねえし、そのためにカネ使おうともしねえ。そうすっと働く連中にもカネが回ってこねえ。そこであたしら庶民はしょうがねえから節約しようとする。そうすっとますます買う人がいなくなるから、モノ作るためにカネ出す人がますますいなくなっちまう。
 ふむふむ、なあるほど。……そうすっと働く連中にますますカネが回ってこねえから、ますます節約する。そうすっとますます買う人がいねえから、モノ作るためにカネ出す人がますますいなくなっちまう。そうすっと働く連中にますますカネが回らなくなるから……。
 いつまでやってんだ、熊。もういいよ。とにかくこうやって回り回って貧乏人が増えてるのさ。ところがお上は何やってるかってえと、そういうご時世に、庶民からカネ吸い上げて、使えるカネ少なくさせて、悪いご時世をさらに悪くさせてる。みんながカネ出す気なくしてるときにお上がやるべきなのは、自分たちが借金して、干拓でも作物の栽培でも何でもいいからどんどん民のために仕事作ってやることなのに、逆をやってるってわけさ。
 ご隠居さん、出刃包丁一本貸しておくんなせえ。
 なんだ、やぶからぼうに。
 あたぼうよ。その勘定方のおエラいさんてえ奴めっけ出して一発かますのよ。
 ちょ、ちょっとぶっそうなこと考えるんじゃねえ。おめえには女房も子どももいるじゃねえか。つかまって手打ちんなったら、おめえはいいかもしれねえが、路頭に迷うのは女房子どもだぞ。
 じゃ、こういう理不尽、許しといていいんすか。
 よくねえさ。あたしもそれは十分承知してる。しかし、いかんせん、お上に逆らったって手打ちにされてそれでおしめえだ。
 じゃ、あっしら弱いもんはどうすりゃいいんすかね。
 血の気の多いおめえにゃあ、我慢ならないかもしれねえが、お上の考えが間違いだってことをできるだけ多くの人に伝えてだな、だんだん仲間作って、その力使って、お上に改めさせていくしかねえだろうな。
 そりゃあ、何年かかるんすかね。
 さあ、こればっかりはあたしにもわからん。十年、二十年……。
 その間にお菊さん、飢え死にしちまいますぜ。
 なんだ、やっぱりお菊さんのことだけしか頭にねえのか。
 へえ。キクは知るの初めなりって申しやすから。

♪ツレトンシャン、トントトトン♪

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長編小説が完成しました

2019年07月07日 18時03分38秒 | お知らせ



アメブロに連載していた長編小説『ざわめきとささやき』が今日で終わりました。


社会批評小説とでもいったものですから、文学的な評価に耐えるかどうか、わかりませんが……。
でもロマンスもありますよ。


ご関心のある方はどうぞ。
https://ameblo.jp/comikot/

★思想塾・日曜会からのお知らせ★

2019年07月01日 18時28分15秒 | お知らせ
病む心・病む社会
――滝川一廣・小浜逸郎 公開対談――

先にご案内しました公開対談の参加お申し込み方法が確定しましたので、改めてお知らせいたします。

●11月2日(土) 13:30開場 14:00開演~16:30終了
●JR大井町駅隣、きゅりあん5F第2講習室
●アクセス:http://www.shinagawa-culture.or.jp/…/page0…/hpg000000268.htm
●参加費2000円
●参加申し込み方法
 ①以下のメールアドレスにお申し込みください。
 nichiyokai_event@yahoo.co.jp
 ②メールに、「11月2日の対談に参加します」とお書きください。
 ③お名前、メールアドレス、お電話番号を明記してください。
 *この個人情報は、「思想塾・日曜会」のご案内その他、小浜からの情報発信以外には
  使用いたしません。
 ④参加費のお支払いは、銀行振り込みにてお願いいたします。
  お申込みいただいた方に、参加費の振込先をメールでお知らせいたします。
 ⑤定員は60名です。先着順ですので、お早目のお申し込みをお勧めします。
  当方でお申し込みメールを受信した時点をもって、お申し込みの確定とさせていただきます。
  参加費の振り込み順ではありませんので、ご安心ください。

************************

【対談趣旨】

現代日本は、さまざまな不安定と予測不可能性に満ちています。
政治の屋台骨が揺らぎ、経済はいまだにデフレを脱却できていません。
若者は低賃金と臨時雇用ときつい労働にあえぎ、将来の見通しが立たず、結婚もままならないありさまです。
高齢者は年金の削減や医療・介護の負担を抱え、老後の不安はいや増すばかりです。
現役世代は、分厚い高齢世代の生活を背負わなくてはならず、教育にも多額の費用が必要とされ、厳しい生活維持に追われています。
貧困家庭のみならず、中流家庭でも、しばしば「虐待」やDVと呼ばれる現象が起きています。また、いわゆる「引きこもり」による殺人事件や、それを恐れて息子を殺害する事件などが世間を騒がせ、8050問題などという言葉も生まれました。
いま日本人は、戦後最大の危機に直面しているのだと思います。
それは、ひとりひとりの「こころ」の問題としても現れ、同時に「社会」全体の解決困難な課題としても現れています。

こうした現実を踏まえ、思想塾・日曜会では、子どもや青少年の精神発達に詳しい精神科医・滝川一廣氏をお迎えし、結婚や家族問題を専門としてきた評論家・小浜逸郎と対談をしていただきます。
この対談では、日本人の病むこころから、それを生み出している社会病理に至るまで、広い視野のもとにその背景を探り、適切な処方箋を見出していきたいと思います。

たとえば、いわゆる「虐待」事件が報道されると、マスメディアはこぞってその関係者をたたき、そのたびに児童相談所の相談件数はうなぎ上りに増えてきました。
しかし、「虐待」とは何か。じつはその定義すらはっきりしていません。
ところが、「虐待」という連絡が入ると、児童相談所では、実相を詳しく調査するゆとりもないままに、とにかく親と子の隔離という、本来の業務ではない対処に追われています。行政もこれを問題視してはいますが、有効な対策を打てているとは思えません。
こうしたところに、わたしたちは、いまの日本社会の他の現象にも共通する、性急な対応と思考停止の状況を見ないでしょうか。

多くの芳しくない社会現象はなぜ起きるのか。わたしたちは、何よりも、その背景と歴史をしっかりつかむ必要があります。この対談によって、少しでもその糸口にたどり着くことを期待したいと思います。
                          思想塾・日曜会 対談企画委員会