小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

奨学金も借りられない若者いじめの日本(SSKシリーズ23)

2016年01月29日 22時57分35秒 | 経済

      



*以下の記事は、このブログの「テロとグローバリズムと金融資本(その3)」と一部内容が重複します。

 ラジオで奨学金制度が暗礁に乗り上げていることを知りました。

 ふつう高3の5月に予約申請をするのですが、その時点ではそもそも大学に入学できるか決まっていず、大学卒業後、正規社員として採用されるかどうかもわかりません。非正規の場合は、職種も雇用期間も収入もきわめて不安定ですね。この時点で将来像を描けと言っても無理なわけです。先生は多忙で、とても生徒一人一人に適切なシミュレーションの指導などする余裕がありません。

 ちなみに経済的な事情から進学をあきらめた場合には、高卒の正規採用というのはほとんどゼロで、非正規を含めても2割就職できればいい方だそうです。

 調べてみたところ、日本学生支援機構の奨学金制度は、無利子だが選抜が厳しい1種と、有利子だがほとんどだれでも受けられる2種とに分かれていて、2種は1種の最高2倍まで給付されるので、こちらに人気が集まっています。

 しかしたとえば貸与月額10万円で四年在学すると総額480万円となり、これを償還期間20年、固定金利0.82%で返還すると、月々22000円支払わなくてはなりません。月収手取り16万円として、家賃その他の経費を差し引き、そこからさらに2万円以上を返していくというのは、相当辛いですね。頼りの親も次々と下流高齢者の仲間入りをしていく昨今です。将来展望が開けるわけがありません。

 非正規社員の割合がどんどん増えている(現在4割)この不況期に、労働者派遣法「改正」などを簡単に国会通過させてしまった政府、国会議員に大きな憤りを感じます。この「改正」なるもの、雇われる労働者の生活のことなど全く考慮されていません。派遣労働者を永久に低賃金で不安定な雇用形態に留めておこうとする悪法です。

 細かい点は抜きにして、ポイントは三つ。
①同じ労働者が派遣先の同一組織で3年以上働くことはできない。
②3年を超えて雇用されることを派遣元が依頼することができる。
③専門26業務とその他の業務の区別を取り払う。


 ①は労働者を入れ替えて使い捨てにすることが容易になる規則ですね。厚労省はこれをキャリアアップのためなどと言い訳していますが、逆だろう!と突っ込みたくなります。

 ②は「依頼することができる」となっているだけなので、派遣先が断ればそれで終わり

 ③は一見平等を期しているようですが、内実は正規雇用への可能性の道をいっそう閉ざすものです。これまでの派遣法では、専門26業務の派遣労働者が同じ派遣先で仕事をしている場合、その派遣先が新しく直接雇用をする際には当の労働者に雇用契約の申込み義務があるという制度が存在し、これにより当の労働者に直接雇用の見込みが不十分ながらあったのに、今回の改正ではこの制度が削除されたのです。

 この改悪の主役は誰か。規制改革を進める派遣会社会長・竹中平蔵氏らの一派、およびこの路線をよいことと信じている安倍政権です。日本の労働行政はアメリカの悪いところを見習って、ますます亡国への道を歩んでいます。これではいくら奨学金制度があっても、若者の将来設計を困難にしてしまうのは当然と言うべきでしょう。

参考:http://toyokeizai.net/articles/-/73553


「産経抄」に物申す

2016年01月22日 18時09分31秒 | 経済

      



 ちょっと野暮なことを書きます。お許しください。
 私は産経新聞の購読者ですが、これは、それ以外の大手メディアがあまりにひどいので、一種の消去法でとっている方策です。けっしてこの新聞を全面的に支持しているわけではありません。いろいろと不満もあります。とはいえ、記者陣営に優秀な書き手が多いことはたしかで、比較相対的にマシな新聞と言えるでしょう。
 一面に「産経抄」という有名なコラムがあります。いつも必ず読んでいます。ニュースの取り上げ方の的確さ、限られた字数での文章のさばき方のうまさ、背後に見え隠れする教養の高さなど、なかなか優れたコラムです。ふぬけた「天声人語」など及びもつきません。
 そうではあるのですが、何人かの執筆者が入れ替わりで担当しているせいか、やはりすごく決まっていると感じる時、そうでもないと感じる時、こういう切り口はちょっと違うんじゃないかと違和感を感じる時など、いろいろあります。
 今回は、これらの最後の場合について述べます。2016年1月22日付のもので、例の軽井沢町バス転落事故について書かれています。冒頭で日本航空第2代社長・松尾静磨の「臆病者と言われる勇気をもて」という名言を取り上げ、次に、昭和41年3月の羽田におけるカナダ旅客機炎上の際、日航機の機長が悪天候に不安を感じて着陸をあきらめた経緯について記しています。

 日航機はそのまま福岡に飛んだ。機長は翌日、自らの疲労を考慮して、他の機長に操縦を代わってもらい、客席に座って乗客とともに東京に帰ってきた。松尾が機長の対応を喜んだのは、言うまでもない。

 ここまでは大賛成です。問題はそのあと、軽井沢事故と東京都内での観光バスの中央分離帯衝突事故とに言及し、バス業界一般に上記の教訓の大切さをかみしめてもらいたいと敷衍している部分です。最後の部分を引用しましょう。

 松尾は毎年元日には、交通安全の川崎大師に参拝に行き、その足で羽田の整備工場の現場に向かっていた。評論家の大宅壮一はそんな松尾を、「祈りの気持ちをもつ人」と呼んだ。安さと便利さばかりが追求される昨今、「祈り」が忘れられている。

 最近のバス事故の頻発は、運転手が「祈り」の気持ちを忘れているからではありません。これは要するに、二つの要因に起因しています。一つは、外国人(主として中国人)観光客の激増によるバス不足と運転手不足によって、長時間を要する観光バスの運転に不慣れな運転手が駆り出されていることです。
 もう一つは、こちらの方が重要ですが、アベノミクス第三の矢の規制緩和政策によって、低賃金競争が激化して格安料金のバスツアーが続出し、無理な労働を運転手に強いる結果を招いていることです。軽井沢事故でも、おそらく大して高くもない高速料金の節約のためでしょう、正規のルートである信越自動車道から外れて、わざわざ暗く走りにくい碓井バイパスを通っていました。時間調整のためという理由も挙げられていましたが、それならサービスエリアで休憩すれば済む話です。
 ここには、バス業界のブラック企業化の実態が浮き彫りになっています。つまり、不況脱却と真逆の政策を採っている政府に最終的な責任があるのです。人によっては、こういう見方を「風が吹けば桶屋が儲かる」式と評するかもしれませんが、ことは、今回の事故にだけ限定されません。政府の進める規制緩和が、事件や事故に直接にはつながらないまでも、中小企業にさまざまな無理を強いていることは明らかなのです。
 ところで、こうした現実的・経済的な理由があることはすぐわかるはずなのに、「産経抄」氏は、そのことを見ずに「祈り」の欠落といった精神論、道義論に原因を帰着させています。これは、批判すべき論点を見えなくさせるという意味で、あまり感心できる話ではありません。
 産経新聞には、保守系メディアの一特徴として、とかく問題を精神論や道義論で解釈する傾向があるのですが、今回の記事は、その典型的な例と言えましょう。「産経抄」の愛読者の一人として、あえて苦言を呈してみました。





テロとグローバリズムと金融資本主義(その3)

2016年01月16日 23時14分07秒 | 政治

      




 このシリーズ(その1)で私は、第一次大戦時にバルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたのに倣い、現在の世界情勢がその当時によく似ていると指摘したうえで、次のように書きました。

 しかし、今やこの「火薬庫」の力が、かつてにも増して地球の隅々にまで広がりつつあることは明瞭です。そればかりではなく、その「火薬庫」それ自体のもつ意味がかつてとは変質しつつあります。それは単に、地球が狭くなったために、人の集まる賑わい豊かな都市ではどこでもテロが起こりうるようになったといった変化を表しているのではありません。(中略)「火薬庫」は今では、現実の火薬の爆発や殺傷の危険を秘めた場所だけを意味するのではなく、一つの象徴的な意味、日々の生活において私たちの大切にしているものをじわじわと破壊してゆく見えない動きという意味を担うようになったのです。それはむしろ「携帯(させられてしまった)化学兵器」あるいは「庭先やベランダに遍在する地雷」とでも呼ぶべきかもしれません。その心は、私たちの生産、消費、物流、情報交換などの生活活動そのものの中に常に、爆発の要因が深く埋め込まれるようになったということです。

 この「携帯(させられてしまった)化学兵器」「庭先やベランダに遍在する地雷」という言葉で表現したかったのは、金融資本の極端な移動の自由が、各国の普通の国民の生活を、真綿で首を絞めるようにじわじわと圧迫し、困窮に追いやっていくという現実についてです。この金融資本の極端な移動の自由は、国境とまったく関係なく、どこの国のどの企業やどの資源・産業にいくら投資しようが投資家の勝手しだいという様相を呈しています。ここで投資家とは、個人投資家ではなく、むしろそれをリードしている金融機関・グローバル企業などの巨大な機関投資家を指しています。
 こうしたグローバル資本主義が極限まで進むと(現に進んでいるのですが)、どの地域においても、極端な貧富の格差をもたらし、その結果として、世界のあちこちで怨嗟が鬱積し、貧困者の群れや経済難民が大量に発生します。そのコントロールを誤った地域では暴動や内乱や革命に発展します。
 現在の世界の為政者には、このことの恐ろしさと、そうなる必然性に対する認識と自覚が不足しているように思えてなりません。テロを絶対に許すなとか、市民的自由を守れとかいった道徳的な掛け声は盛んですが、繰り返すように、現在みられるようなテロの多発には、金融グローバリズムの極限までの進行による超格差社会の出現(再来)という、経済構造的な要因が根底にあるので、それを何とかする方策を考えない限り、けっして解決しないでしょう。
 もちろん、わが国の為政者(安倍政権、特に財務省、経産省)も、その無自覚さにおいて例外ではありません。それどころか、この政権は、金融グローバリズムの最大の発信地であるアメリカ・ウォール街の意向にひたすら追随するような経済政策を採り、自ら進んで自国民を貧困化に追い込み、世界のハゲタカたちの餌食として差し出すようなことばかり推進しています。以下、その政策を列挙してみましょう。

①TPP条約締結による自国産業保護の精神の放棄と、医療・福祉・保険分野への外資の強引な参入受け入れ。
②規制緩和路線による優勝劣敗の精神の導入、結果としての低価格競争によるサービスの劣化と過剰労働の強制。つい先日のバス転落事故にもこの政策が影響しているでしょう。
③「地方創生」と称して脆弱な地方を自由競争に巻き込むことによる都市と地方の格差拡大。
④消費増税によるデフレの長期化。
⑤緊縮財政による需要創出の抑制。
⑥外国人労働者の受け入れ拡大による低賃金競争の呼び込み。
⑦労働者派遣法改正(悪)による非正規労働者率の増大。
⑧農協改革による組合組織の解体と株式会社化を通してのグローバル資本の呼び込み。
⑨育児期の女性の労働市場への駆り立てによる人件費の削減とゆとりある育児の困難化。
⑩電力業界における再生可能エネルギーの固定価格買取制度・電力自由化・発送電分離による安定供給の解体。

……と、数え上げればきりがありません。

 これらはすべてひっくるめて、グローバル資本やごく一部の富裕層を利することは明らかです。そうしてその根底には、新自由主義イデオロギーがでんと居座っています。それは裏を返せば、日本が経済的な主権を放棄し、国民生活を発展途上国並みに追いやる道をひた走ることにほかなりません。よくもこれだけ「悪政」の見本をそろえてみせてくれたものだと驚いてしまいます。
 これこそが、私たち日本人がいま出くわしている「携帯(させられた)化学兵器」なのです。それを提供しているのは、経世済民を第一に考えなくてはならないはずの日本政府なのです。テロを警戒せよ、警戒せよと騒いでいる間に、安倍政権は、こうして着々と(?)一億総自爆テロの準備を進めているわけです。
 
 しかし、このように安倍政権が進めているグローバル政策のひどさを抽象的に列挙しただけでは、その国民貧困化の現実を実感できないかもしれません。以下に、いくつかの資料を示します。

①老後に夢も希望もない! 現役世代に忍び寄る「下流中年」の足音
http://diamond.jp/articles/-/82697
http://diamond.jp/articles/-/82697?page=2
http://diamond.jp/articles/-/82697?page=3
http://diamond.jp/articles/-/82739
http://diamond.jp/articles/-/82739?page=2
http://diamond.jp/articles/-/82739?page=3

 この記事からさわりを一つだけ紹介しましょう。

 30代前半までの「離職」が、中年での下流化につながるケースもある。Sさん(36歳)は、現在フリーター状態だ。彼は4年前まで一流企業に勤めていたが、日々の仕事にストレスを感じて退社。それからフリーターを続けているという。
「会社を辞めるときは、もう会社員にウンザリして『一生フリーターでいい』と思いました。それで2年ほど暮らしたのですが、実際にフリーターになってみると、生活を切り詰めるのは辛く、また将来も不安になってきます。ただ、いざ会社員として復帰しようにも、なかなか再雇用してくれる企業はなく……。今考えると、4年前の決断は安易でしたね」


②「派遣法改正案」のいったい何が問題なのか(「案」となっているのは、記事掲載当時はまだこの法律が国会を通過していなかったからです。)
http://toyokeizai.net/articles/-/73553
http://toyokeizai.net/articles/-/73553?page=2
http://toyokeizai.net/articles/-/73553?page=3

 この記事で戸館圭之氏が述べている改正派遣法の問題点を簡単にまとめると、次のようになります。

 a.同じ労働者が派遣先の同一組織で3年以上働くことはできない。
b.3年を超えて雇用されることを派遣元が依頼することができる。
c.専門26業務とその他の業務の区別を取り払う。

 aは労働者を入れ替えて使い捨てにすることが容易になる規則ですね。厚労省はこれをキャリアアップのためなどと言い訳していますが、逆だろう!と突っ込みたくなります。 bは「依頼することができる」となっているだけなので、派遣先が断ればそれで終わりです。
 cは一見平等を期しているようですが、内実は正規雇用への可能性の道をいっそう閉ざすものです。これまでの派遣法では、専門26業務の派遣労働者が同じ派遣先で仕事をしている場合、その派遣先が新しく直接雇用をする際には当の労働者に雇用契約の申込み義務があるという制度が存在し、これにより当の労働者に直接雇用の見込みが不十分ながらあったのに、今回の改正(悪)ではこの制度が削除されたのです。

③そして、非正規社員割合がついに4割に達しました。政府は有効求人倍率のアップや失業率の低下だけを見て、雇用は改善していると嘯いていますが、問題はその中身です。非正規社員の給与は正規社員のそれに比べてはるかに低く(三分の二未満)、また男性の非正規社員の未婚率は正規社員のそれに比べてはるかに高い。政府はこの現状をどう見ているのでしょうか。少子化対策では、一向にこの問題に触れていません。

http://www.komu-rokyo.jp/campaign/data/


http://www.garbagenews.net/archives/2041223.html


http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3256.html


④「死ぬまで働け」・始発まで待機……ワタミ、当時の実態
http://digital.asahi.com/articles/ASHD85Q03HD8ULFA02X.html?rm=450

 ブラック企業の代表・ワタミが、女性社員の自殺から7年たってようやく過労自殺の責任を認めたわけですが、それにしても、社長の渡辺美樹氏が自民党の参議院議員をぬけぬけと勤めているというのは、許し難いことですね。

⑤一億総貧困社会がやってくる ニッポンの最貧困密着ルポ(週刊スパ2015年12月29日号)から一例を引きましょう。

 中高年にとって「介護離職」は年々、深刻な問題になっている。離職をきっかけに貧困生活へと転落してしまう例も少なくない。群馬県で母親の介護を続ける山西さん(仮名・52歳)も、介護が原因で、年収が520万円から160万円まで激減した。
「82歳になる母親は、心臓病や甲状腺の病気のほか、20年以上もうつ病にも悩まされていたりと、もともと体が弱い人でした。それが父の死や私の離婚などが重なり、とても一人じゃ生活させられない状態になってしまって」
 当時、山西さんは都内で勤めていたが実家に拠点を移し、片道1時間半の通勤と介護生活に耐える日々を続けたという。(中略)
 毎日終電近くまで残業を強いられ、たまの休日は母親の病院の付き添いで休むこともできない。そんな山西さんを病が襲った。
「無理がたたったのか、私もうつ病になってしまったんです。休職しても改善せず、母親の介護もあるので復帰をあきらめて地元の教育関係のアルバイトを始めました。今は大量のうつの薬を飲みながら、何とか介護を続けています」
 貯金も底をつき、頼りたい嫁も今はいない。山西さん自身のうつも悪化と再発を繰り返し、現在は母親の年金にも頼る生活だという。
「この先、もっと介護の出費が増えたらバイトの掛け持ちもしないと……自分の老後を考える余裕などありません」


⑥貧困寸前! 急増する「女性の生活苦」知られざる実態
http://diamond.jp/articles/-/83467
http://diamond.jp/articles/-/83467?page=2
http://diamond.jp/articles/-/83467?page=3
http://diamond.jp/articles/-/83467?page=4
http://diamond.jp/articles/-/83467?page=5

 この記事の中の概要部分を引用しておきましょう。

 色々な指標を見ると、そうした現状が見て取れる。たとえば、日本は子どもの6人に1人が貧困と言われ、OECDの発表によれば子どもの相対的貧困率はOECD加盟国34ヵ国中10番目に高い。また、ひとり親世帯の子どもの相対的貧困率はOECD加盟国中最も高い。ひとり親家庭の貧困率は50%を超える。そして、日本の平均世帯所得は1994年の664.2万円をピークに下がり続けており、2013年は528.9万円となっている。
なかでも前述したように、若年層を中心とする女性の貧困は深刻だ。昨年1月にNHKで放送された「深刻化する“若年女性”の貧困」では、働く世代の単身女性のうち3分の1が年収114万円未満と報じられた。非正規職にしかつけず、仕事をかけ持ちしても充分な収入が得られないという状況だ。


⑦また、現在年収200万円以下のワーキング・プアは、1100万人もいて、男性は全勤労者の1割ですが、女性勤労者では、なんと4割を占めます。
http://www.komu-rokyo.jp/campaign/data/
http://heikinnenshu.jp/tokushu/workpoor.html
 そういう人たちの多くは、乳飲み子や幼子を抱えながら、働かなければ食べていけないので、仕方なく職に就いているのです。

 以上、貧困化へと邁進している日本国民の経済状態を詳しく見てきましたが、政府は、有効な景気浮揚策(それは何よりも、アベノミクス第二の矢であったはずの財政出動です)をなんら打たずにこの現状を放置し、見て見ないふりをするために、「一億総活躍社会」だの、「すべての女性が輝く社会」だの、「GDP600兆円」だのと、空しい掛け声だけを上げています。そうしてやっていることは、先に見たような、グローバル資本家、グローバル投資家を富ませるだけの新自由主義的政策ばかりなのです。

 こうして、グローバリズムと行き過ぎた金融資本主義は、たとえ直接にテロや暴動や革命に結びつかなくても、中間層を貧困層へと追い落とし、そのすそ野をどんどん広げていきます。そうして怨嗟の蓄積が限界に達した時、相互扶助精神の発達したこのおとなしい日本国民も、いつか単純なスローガンのもとに集結して立ち上がるかもしれません。それがいまわしい全体主義への道に通ずるものであることは、歴史が教えています。
 EU・ユーロ圏の悲惨な状態や中東の終わりなき紛争、中国経済の破滅的状態に対して、日本は一国としてはほとんど何もできないでしょう(これらの危機が波及してきたときに瀬戸際でガードすることはできますが)。しかし、国民生活の安定と秩序を維持するためには、わが国は他国に比べて数々の有利な点を持っているのです。それらを活かすことは不可能ではないのに、安倍政権は国民経済や国民文化を破壊するグローバリズムの方ばかり向いています。
ウォール街から世間を席巻した、強欲を原動力とするような資本主義ではなく、道義を重んじ、真の豊かさを知る、瑞穂の国に相応しい資本主義を」と宣明したのは安倍首相自らです。いったいこの言葉を彼は覚えているのでしょうか。グローバリズムべったりの現在の安倍政権の性格に何としてもストップをかけなくてはなりません。

今こそ消費増税反対の声を

2016年01月10日 23時24分29秒 | 経済

      



 国会が始まり、消費増税に対する軽減税率についての議論が交わされました。しかし筆者は、この議論自体が意味のない、じつにくだらない議論だと思っています。以下の記事は、昨年9月にあるブログに発表した原稿を、現在の時点に合わせて多少改稿したものです。現在でも有効だと思いますので、ここに掲げます。

 少し古い話から始めます。
2015年9月9日、2017年4月から消費税が10%に増税される件について、財務省が2%の還付制度に関する一つの案を提出しました。
 この提案は、もともと低所得者層の負担軽減のために、日用の食料品に対しては軽減税率を適用すべきだという公明党の従来からの主張に、財務省の側から応えたものです。公明党のこの主張に対しては、自民党の野田毅元税調会長らが、品目の線引きが難しいとか、事業者負担が大きいとかの理由で反対を唱え、協議が中断していました。与党はその代替案を財務省に丸投げしたわけです。
 さてその財務省の「還付制度」案なるものは、みなさんご存じのとおり、2016年から実施予定のマイナンバー制と組み合わせたきわめて煩雑なものです。とりあえずこの還付制度案の概要を振り返ってみましょう。
 酒類を除く飲食料品をお店で買い物するごとに個人番号が付されたカードを店頭の端末に通して金額を登録し、それがセンターに送られて累計された結果、該当する商品につき年間4000円を上限として2%分が還付されます。しかし還付を受けるためには、消費者一人一人がスマホやパソコンで新しく振込口座も開設する必要があります。
 わざと手続きを面倒にして還付されないようにするという意図が見え見えですね。そもそも現時点で自主的にマイナンバー登録する人は四分の一に満たないと言われています。返してもらいたけりゃ登録しろという脅迫まがいの提案を政府が公然としているのです。現に、麻生財務大臣は、「誰でもカードで買い物したことぐらいあるじゃないか」とか、「マイナンバーに登録しないなら、還付が受けられないと覚悟すればいい」といった開き直ったことを傲慢な調子で言い放ってきました。
 この案に対しては、国民の間から、次のようないろいろな批判・疑問が出されました。

①個人情報漏洩の恐れがある。
②上限金額が安すぎる(一日換算するとわずか11円です)。
③消費者の手続きが煩わしすぎる。
④毎日の買い物だけでなく、外食の際にもカードを常に携行しなくてはならない。カードをけっして使わない人もいる。
⑤宅配の場合には宅配業者に記録端末によるチェック義務が生じ、通販業者との連携も必要になるが、そんなことを強制できるのか。
⑥各店舗に設置する端末の費用はどれくらいかかり、だれが負担するのか。
⑦自動販売機のシステムも変えなくてはならない。
⑧増税期までに全国の店舗、田舎の小さなお店にまで設置できないのではないか。

 これらの批判・疑問は、それ自体としては、いちいちもっともなものです。産経新聞とFNNが9月12、13両日に実施した世論調査でも、72.5%が反対、19.1%が賛成と出ています。また自公両党からも批判が続出して、与党の税制協議会では、増税時の導入を断念する方針を固めました(産経新聞9月17日付)。財務官僚の机上の制度設計がいかに庶民感覚をわきまえないバカなものであるかを示す典型的な例ですね。
 ざまあみろと言いたいところですが、しかしここで言いたいのは、その種の批判ではありません。むしろこれらの批判が、一番大事な問題点を忘れさせる役割を果たしていると指摘したいのです。
 一番大事な問題点とは何か。
 そもそも財務省は、10%への増税を既定の事実として前提にしながらこの案を提出しています。この前提では、なぜ10%に増税する必要があるのか、これを実施すると国民生活はどうなるのかという問いがまったく不問に付されているのです。
 財務省だけではありません。そもそも前回の消費増税は、安倍総理が財務省の猛烈な圧力に屈して決めたことで、それ自体が根本的な間違いなのですから、公明党の軽減税率の提案も、それに難色を示した野田毅税調会長(元)の判断も、狂った土俵の上での議論にすぎないのです。野党の民主党でさえ、軽減税率論議自体がいかに無意味な議論であるかという論点をまったく持っていないのです。
 そういうわけで、財務省の還付制度案が白紙に戻ったという事実を素直に喜ぶわけにはいきません。公明党の軽減税率の提案も実施が難しく、その他、商品ごとに税額や税率を請求書に記載するインボイス方式、低所得者に一定額を給付する案など、どれもその線引きや手続きの煩雑さ、システム変更に伴う所要費用の点で難しいものばかりです。そんなことなら、初めから増税などしなければよいと、誰もが思うでしょう。

 消費増税がなぜ間違いなのかを、この際おさらいしておきましょう。
 この間の消費税増税の動きは、現在「国の借金」が1000兆円あり、このままでは借金が膨らんで財政破綻するから財政健全化のために税収増で補填する必要があるという、財務省の理屈に基づくものです。「国の借金」とは、正確には政府の負債(国債)ですが、この債権者は95%が日本国民ですから、つまりほとんどが日本国民の財産だということになります。
 しかも円建てですから財政破綻の恐れなどまったくありません。たとえばギリシャのように、ユーロ建てで債権者の多くが外国の投資家だったら、いくらでも売り逃げされて暴落する危険があるわけです(現にそうなりました)。しかし日本国債の場合、通貨発行権を持つ日銀が買い取れば、政府との間で連結決算によってチャラにできますから、いくらでも減らすことができます。現に日銀は年間80兆円の国際買取という異次元金融緩和(アベノミクス第一の矢)を続けてきましたから、現在では、少なくとも250兆円ほどの「借金」がすでに減っているはずです。そのことも財務省はけっしてアナウンスしません。
 また政府は負債ばかりでなく650兆円という莫大な資産も持っています。およそ、政府の資産状態を示すのに、負債の大きさだけを宣伝して手持ち資産のことについては何も言わないというのは、小学生でもわかるおかしな話です。この資産のうち、半分ほどは、売ろうと思えば売却可能な資産なのです。
 ここに財務省の国民だましの意図が如実に表れています。つまり増税の必要などまったくないのです。
 また、そもそもデフレ不況時に増税や緊縮策などを取れば、消費や投資がますます縮退することは明らかです。現に前回の増税の影響で、実質GDPは大きく落ち込み、今年4~6月期の成長率の確報値は、年率換算でマイナス1.2%を記録しました。
 さらに、財界の圧力で法人税減税が計画されていますが、そもそも法人税を支払っている日本企業は全体の3割であり、一番儲けているはずのグローバル企業は、数々の法的特権(たとえば外国子会社からの配当収入は無税)を利用して、ほとんど法人税を払っていないのが実態です。法人税を減税すればグローバル企業が国内に生産拠点を戻すだろうというのは幻想であり、減税分は、デフレマインドがしみわたっている現在では、国内投資に回されず、内部留保としてため込まれるか、再びグローバル金融資本への運用資金に流れるのが落ちです。つまり条件付き(たとえば国内設備投資減税)でない法人税減税は、何の景気浮揚効果も及ぼさないままに、税収減を結果するだけなのです。
結局、何のために消費増税をするのかといえば、法人税減税による税収減の埋め合わせに使おうというのが財務省の考え方だということになります。国民の低所得者層を苦しめるとても悪い政策ですね。

 さて少し古いですが、1997年を100とした2009年までの先進各国の名目GDPの指数を掲げておきます。
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20100418/1271591592


 ついでに、1987年を100としたこの33年間における日、英、米、スウェーデンの名目GDPの指数も掲げておきましょう。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-122.html



 もちろん現在もこの状態は進行中です。
この間、政府は有効な財政政策をなんら打たず、財務省の緊縮財政路線に唯々諾々と従ってきました。本来ならこの結果に鑑みて、最低でも10兆円、最大20兆円ほどの補正予算措置を直ちに講じて、大幅な財政出動に打って出るべきなのですが、長年続いた公共投資、公共事業アレルギーに政府は骨の髄まで毒されているので、2015年度はわずか3兆円ほどの補正予算しか考えられていません。安倍政権誕生時の2012年度こそ13兆円の補正予算が打たれましたが、その後2013年度は5.6兆円、14年度は3.5兆円とだんだん減り、今回の体たらくです。つまりこれは、アベノミクスの第二の矢(機動的な財政出動)は、もう放つ気がないと告白しているのと同じです。
このような悲惨な状態にもかかわらず、日銀は、9月15日の金融政策決定会合で、相も変わらず「国内は緩やかな回復を続けている」との判断を維持し、この間の日本経済の縮退の原因を、消費増税をはじめとした国の財政政策の誤りに求めず、「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられる」などと、他国になすりつけています
また黒田日銀総裁は、この間の中国を中心とした新興国経済の減速に対しては、「先進国の成長が続き、好影響が波及して新興国は減速から脱する」などとわけのわからない超楽観的な見方を示しています。おいおい、その先進国の一つである肝心の日本はどうなんだ、と言いたくなりますね。
新興国経済が減速すれば(もうしていますが)、当然それは先進国経済を直撃します。FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げをめぐって、世界銀行は9月15日、新興国の成長率が今後2年間で7%落ち込む恐れがあるとの報告書を発表し、一部の新興国(おそらく中国のことでしょう)は「完全な嵐」に見舞われるかもしれないと警告しています。IMFのラガルド専務理事も、FRBに慎重な判断を求めています。(以上日銀発表と世銀報告に関しては、産経新聞9月16日付)
これに比べてまあ日本の政府及び日銀のノーテンキぶりはどうでしょう。
 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏は、「いま日本では消費税をさらに10%に上げるような話が議論されています。そんなものは、当然やるべきでない政策です。もし安倍政権がゴーサインを出せば、これまでやってきたすべての努力が水泡に帰するでしょう。日本経済はデフレ不況に逆戻りし、そこから再び浮上するのはほとんど不可能なほどの惨状となるのです。」と深刻な警告を発しています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40411?page=4

そもそも税率を上げさえすれば税収が増えて国家財政が均衡すると考えること自体が単純な誤りです。税収の増減はGDPの増減との関数ですから、増税によって消費や投資が縮退してしまえば、GDPが縮小し、結果、税収も減ってしまうからです。加えて公共投資をケチって民間の投資を刺激せず、有効需要を作り出すことができなければ、デフレ脱却などは夢のまた夢ということになるわけです。

 折から、昨年9月の豪雨により複数個所で堤防が決壊し、大きな被害を及ぼしました。災害大国日本は常にインフラのメインテナンス費用を考えておかなくてはならないのですが、ことここに及んでも、政府はこの問題に関しては相変わらずのほほんと構えています。おそらくあの時の被害は氷山の一角であって、全国あちこちにこうした危険箇所がいくらでもあるに違いないのですが。
 NHKをはじめマスコミは、防災時の「心がけ」を呼びかけるばかりで、肝心のインフラ整備の必要については何も報じません。いくら「心がけ」だけ呼びかけても、劣化したインフラは人間ではありませんから、言うことを聞いてはくれないのです。
 これは、「コンクリートから人へ」なる美辞麗句を唱えて「無駄をなくす」という名目のもとに、事業仕分けを行って公共事業費を削った民主党政府の大きな失政のツケというべきですが、そのツケを、デフレ脱却を掲げた安倍政権にはぜひ支払ってもらわなくてはなりません。「コンクリート」と「人」とは二項対立関係にあるのではなく、まさにまず「コンクリート」を整備してこそ「人」が生きることができるのです。
 もちろん、民主党だけが悪いのではありません。公共事業費の削減は、ここ20年間における一貫した傾向なので、これを推進してきた財務省こそが最も責められるべきであり、それを長年許してきた自民党政権(現在の安倍政権も含む)にも大きな責任があります。
 このことを端的に示しているのが、「三橋経済新聞」9月15日付で京都大学教授・藤井聡氏が掲載した、次のようなグラフです。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=697495253684754&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1

 

これを見ると、歴代政府がいかに災害に備えたインフラ整備をさぼってきたか、一目瞭然ですね。
そのことが昨年の水害で、いっそう明らかになったと思います。「まさか」の時に備える、そのために公費を惜しまない――こうした発想の転換を早急に諮らなくてはなりません。そうしてこのような公共事業を積極的に進めることが、結果的に民間需要を生み出し、景気回復にもつながるのです。一石二鳥です。また未整備の高速道路などのインフラに資金を投ずることは、疲弊した地方の産業を活性化させ、生産性を大いに高めます。

 もともと消費税という生活弱者に厳しい逆進性のある消費税を増税することによって財政を「健全化」しようという政府の政策は、自分たちが打つべき景気回復策(まずは大幅な財政出動です)を何ら打たないその無策の責任を、国民になすりつけようとするとんでもないペテンなのです。
 10%への増税を既定の事実として、その上でできっこないヘンな提案をする財務省は、自身の最愚策については何の反省もせず、その欠陥を隠すために論点をずらしているわけです。こんな卑劣な誘導にけっして乗せられてはいけません。
 私は、日本人のあきらめのよい国民性が嫌いではありません。それは新しい状況をすぐに引き受けてその中で不平を言わずに新しい生き方を見出していくポジティブな面を表していると考えられるからです。しかし、反面この性格は、人為的・社会的に作られている悪い状況を、あたかも逃れようのない自然現象であるかのように受け止めて何の抵抗も示さない奴隷的な精神の表れとも言えます(「長い物には巻かれろ」)。消費増税のような私たちの生活に直接かかわる明らかな悪政に対しては、この性格を引っ込め、きちんと抵抗する必要があります。まだ決まったわけではないのですから。
 安倍総理は前回の総選挙前に、リーマンショックのような特別のことがない限り、10%への増税を2017年4月に必ず実行すると「約束」しました。それで大方の国民はもうあきらめてしまっているのかもしれませんが、こんな「約束」は、いくらでもひっくり返すことが可能です。
ちなみにいつも安倍総理の近くで取材しているある有能な新聞記者に、「安倍さんは、土壇場で増税をしない決断をする可能性もありますか」と尋ねたところ、「あります」とはっきり答えました。この希望の発言を現実のものにするために、私たちは、安倍総理のもとに、なんとか声を届けなくてはなりません。
 消費増税そのものがいかに間違った政策であるかをけっして伝えようとしないマスコミを信じることはできません。もう一度私たち自身で、消費増税が果たして必要なのかどうか、不況時にそんなことをするとどんなひどい目に遭うか(もう遭っていますが)、一から考え直そうではありませんか。そうして、「消費税還付」「軽減税率」なる甘言にまぶした詐欺提案の是非について議論することなどきっぱり止めて、この議論が国会で始まったことをきっかけに、今こそ予定された10%への消費増税そのものに対する反対の声を盛り上げていこうではありませんか。時間はそんなにないのです。