天満宮社 本殿 (江戸時代初期)
この天満宮社は旧枇杷庄村の産土神であり、祭神は天満天神(菅原道真公)である。
明治6年(1873)村社に列せられ今日に至っている。
境内には拝殿、御供所、みこし蔵などがある。
現存する棟札によると、本殿は寛永4年(1627)に近村の大工により造営された。
近年では昭和35年の木津川の堤防改修で、南の旧地から約30㍍北に移築され、
翌年の第二室戸台風による損壊のため、昭和37年に屋根を鉄板葺きに改めるなどの修復が行われた。
本殿は側面を二間とする三間社流造で、三間の向拝をもち、木鼻・蟇股・繋海老虹梁など装飾性もある。
近世初期における山城地方の神社建築を知る上で、建築年代の明らかな貴重な遺構の1つである。
記念碑
維持昭和34年9月26日伊勢湾台風により当区頭上木津川堤防決潰寸前の危険に瀕し
直に水害対策委員会を決成し地元各位の協力を得て建設省へ事情具陳せし処
我々の熱意と堤防の危険を確認され完全補強工事に着手今日其完成を見るに至る
真に当区の安楽を永劫に記念するべきものなり。
これに伴い天満宮社の移転並に阿弥陀堂の建替等大事業も本日これ又完成を見
本業の足跡を後世に伝ふべく茲に記念碑を建立するものなり
昭和35年4月16日建立
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