6月28日土曜日、プラハ放送交響楽団仙台公演に行ってきた。
威張るわけではないが「S席」である。エヘン。
といったって、ある幸運から手に入れたものではある。
超一流の交響楽団を聴くのははじめてである。
いやあよかった。
先ずはじめの「モルダウ」有名な曲である。
この有名な曲、目の前をヨーロッパの河が流れているように感じた。
それは紛れもなくヨーロッパの河である。
我々がいつも見ている日本の川ではなく、テレビとかでしか見たことのないヨーロッパの河を実感させられた。
そういう演奏であった。
そしてピアノ協奏曲やソプラノやテナーの歌を挟んで、ベートーヴェンの交響曲第5「運命」である。
一つの音なのであるが幅広く底ふかく聞こえるのである。
つまり皆が同じ音を出しているのである。
これって当たり前のことだろうが、これまで聴いてきたのではなんだか一つには聞こえなかったのである。
一つの音が深く広いというのは初めての経験である。
それだけも感動なのに、曲はあの「運命」なのである。
「運命」というとなんだか凄まじいドーンと来るイメージであるが、今回は「ドーン」というより「じんわり」と迫ってくるカンジであった。
音楽というのは底ふかく幅広いものなんだなあ、とあらためて感じたのであった。
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先ずはじめの「モルダウ」有名な曲である。
この有名な曲、目の前をヨーロッパの河が流れているように感じた。
それは紛れもなくヨーロッパの河である。
我々がいつも見ている日本の川ではなく、テレビとかでしか見たことのないヨーロッパの河を実感させられた。
そういう演奏であった。
そしてピアノ協奏曲やソプラノやテナーの歌を挟んで、ベートーヴェンの交響曲第5「運命」である。
一つの音なのであるが幅広く底ふかく聞こえるのである。
つまり皆が同じ音を出しているのである。
これって当たり前のことだろうが、これまで聴いてきたのではなんだか一つには聞こえなかったのである。
一つの音が深く広いというのは初めての経験である。
それだけも感動なのに、曲はあの「運命」なのである。
「運命」というとなんだか凄まじいドーンと来るイメージであるが、今回は「ドーン」というより「じんわり」と迫ってくるカンジであった。
音楽というのは底ふかく幅広いものなんだなあ、とあらためて感じたのであった。
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